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第02章――帰着脳幹編
Phase 254:いつ決行するの?
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《カプセルラウンジ》店舗戦艦に備え付けられた休息施設。重力制御技術を利用し、外壁に組み込まれた防音設備と免振構造が店舗の移動によって生じる振動や騒音を軽減し、酸素カプセルによって短時間で深い睡眠を実現することで心身を癒す。もともとは重力制御技術を用いた実験のための施設だったらしい。
Now Loading……
ロブスターガレージの廃棄物置き場にて――。
「ようソーニャ! すまなかったな呼び出しちまって」
と笑顔で謝罪するマシュー。
駆け寄ったソーニャは首を横に振る。
「ううん。それより作業は順調? 人も増えたけど……」
「ああ順調だ。見ての通り人員も物資も貰えた。それに有難いことに、うちの工場から残りのデベロッパーの試作品を回収してもらえた」
無事だったんだね、と喜ぶソーニャが目にした機材はどれも見覚えがあり、それら試験的な装置から発せられる突然の騒音や軽微の火花に対して、新しい人員はおっかなびっくりな様子だ。
「手伝いに来た奴らは頼りなく見えることもあるが、どいつもこいつも技術はあるし、機転が利く」
マシューは机の上から取り出した書類やノートや写真をソーニャに提示し、ほら試験結果だ、と告げた。
紙を捲り数値や経過報告を検めるソーニャは。
「なるほど、着実に最終成長重量は増えてるね。すごい、これなんて第三世代組織片なのに飛びぬけてる。なるほど、ゲイボルマムとペヨルーラ、それとブリトーが決め手か……」
椅子に座るマシューは、机の上のノートに綴った記録とシャーレに収めた組織片に向き合う。
「リソースと人が増えたおかげで治験も増えて成果も上がったんだが、ソーニャにも実験記録を確認した上で意見を出して欲しいんだ」
受け取った書類と写真にざっと目を通したソーニャは、生きのいいサンプルは? と周りを振り返る。
マシュー曰く。
「生かしてたら、こっちの身が持たなくてな。ほぼ、不活動処理をしちまった。けど、3体だけは麻酔で眠らせて端っこで鎖で締め上げてる」
「分かった。見せてもらうね。けど、ソーニャはあまり口出ししないほうがいいかも。これだけの成果があるならソーニャの望む結果が十分に得られるはず。それに、これ以上要求が出たら、みんな一斉にこだわっちゃう気がするし。そうなると計画の予定日が延びちゃいそう」
「はは、いい職人の性だな。けど、実際に現場で使うのはお前だ。俺も皆も職人としての矜持があるし、現実を理解する脳もある。ユーザーの希望を聞いて、ぎりぎりまで理想に近づけるつもりだ。戦いの役に立ちたい気持ちは、みんな一緒だからな」
「それに、新しいものを作るのは楽しいし」
ソーニャは図星を突いたという笑みを見せる。
ばれたか、とマシューも笑う。
「まあ、全員真面目ぶってはいるが職人の道を選ぶ奴らなんて根はみんな一緒ってこった。そこに老若男女の区別なんてねぇな」
へへへ、とソーニャは控えきれない笑いを零す。
マシューは、笑みを少しずつ消して、顔を下げる。
「……それに、親しい人間を失って、一矢報いたい気持ちも……」
ソーニャは凍り付いたように表情を失う。
短い間に親しくなった女性が脳裏に蘇る。彼女との思い出は数える程度だが、どれも昨日のことのように鮮明だった。
彼女に降りかかった悲劇は、何も、彼女固有のものではなかった。町を横断したアガメムノンの砲撃は、その射線上にいた人にも、直接、間接を問わず影響を及ぼしていた。
ソーニャは涙なき泣き顔となる。
椅子から立ったマシューは片膝を下し、少女の肩に手を置いた。
「だから、徹底的にやろう。そんでもって俺たちは負けないってみんなに伝えるんだ」
俯いていたソーニャは目元を拭って、顔を上げると頷いた。
マシューも頷き。
「それじゃ、実際に持って行ってもらうデベロッパーを見てもらおうかな」
ソーニャは目を大きくして、もう出来たんだ、と驚く。
「かねてから設計して外側だけは出来上がっててよ。大勢の手を貸してもらって中身に着手したら、完成まで早いもんだった。まあ、工場から持ってきた試作品から引っ張り出した部品とか、市販品の部品を転用したりして、時間とコストの削減もしたが、俺の設計をもとに一から作ってもらったパーツも入ってる。それらが動作するかテストしないと」
歩き出すマシューにソーニャは追従して、ライトで照らしだした容器を見渡した。外見からは溶接による継ぎ接ぎと配管が目立つタンクにしか見えない。
「なら、今すぐ試してみよう。作戦に使う候補の組織を使ってさ」
閣下が望むままに、とマシューは応じて首を垂れた。
一方、アガメムノンを相手に激しい攻防を繰り広げる店舗戦艦の内部では、地下道のように閉鎖的だが広い通路が整備され、低い分離帯めいた構造を中心に片側を徐行する車が行き交い、もう一方を鉄板や作業服、それに溶接のための機材を積んだ荷車を多数の人間が押していく。時にボスマートのロゴである、目玉にも見える同心円の図像を刻んだセマフォを手に持って、自分の辞令を読む。そして、響き渡る警報に耳を欹てる。
『第四層のブロックA-4でガス漏れが発生! 繰り返す……ッ!』
「畜生、ちょうど通る予定の場所だ。仕方がない迂回しよう」
「だったら、B-7のメンテナンスホールを経由しよう。あそこなら区画AからDまで繋がって近道になるし、もし途中でまた問題が起こっても、すぐに迂回できて、逃げ道も多い……」
頭に溶接に使う防護面を載せていた2人は歩き出すが、目の前を小型トラックが横切る。どこ走ってやがる危ねえだろ! と文句の途中で通路に甲高い警告音が鳴り響く。
分離帯を乗り越え、人々を追い越すほど急いでいた車は停止し、人々は通路の壁に張り付き、直後に襲う振動に耐える。分離帯の真ん中に等間隔で並ぶ円形が上にせり出し、柱の列となり、車両や荷台に成長を邪魔されあっけなく引っ込んだもの以外は天井の円形のくぼみに接続して、車と歩行者を分断する。
一度ならず連続する騒音と振動の波に、皆、歯を食い縛った。
これ爆発じゃないのか? 今度はどこがやられた? などの不安の声が飛び交う。
それに応えるようにセマフォに新しい通知が届いた。
「甲板が砲撃を受けた? って、この位置、もしや……」
戦艦の一室に、実に静かな場所があった。室内は円筒形を横にした作りで、床と壁の境のない内径に沿ってカプセルが並び、その表面にあるディスプレイに人の名前が表示されている。カプセルが開くと乗組員が起き上がり、腕と背筋を伸ばす。
「はあ、よく寝た……。でも眠たい」
文句の出る利用者に蓋を閉じてもらったカプセルは、内部で空気が循環する音を鈍く発する。
部屋の真ん中と出入り口前の二か所に、カプセルを離して設けた通路めいた空間があり、利用者はそこを歩く。
そして、今まさに円形のドアがスライドして、慌てて人が入ってきた。
店長は!? などと慌てた人物の藪から棒な質問。顔を顰める利用者は今出ようとしていたが、質問者が全身に纏う煤に異常事態を察して、Bの24番ポットだ! と指さした。
慌てる人物は感謝も言わず飛び入り、部屋自体が緩やかに回転しているせいでカプセルに激突するが、痛みも耐えて急ぎ、目的のカプセルに駆け寄り、ボタンを押した。
寝床の内部では目覚まし程度のブザー音が鳴り、まるで納棺された故人のごとく折り目正しく眠っていたゼインが開眼する。カプセルの蓋が開いて早々、起き上がった彼は、何事か? と目が合った相手に問い詰める。
「艦橋が直撃を受けました」
その回答に一気に覚醒したゼイン。
「なぜセマフォに連絡を……ッ。いや、重要事態だからあえて店内通信を使わなかったかッ」
頷く船員は落ち着きを取戻し始める。
「トリュフェ副店長はご無事です。今、予備艦橋へ人を移しています。ただ、現場が混乱していたので」
「艦橋が潰されたなどと一般店員が聞いたら更なる混乱を招いただろう。よく考えてくれた」
ゼインは伝令が来た道を辿って、たどり着いた円環をなす段差を登り部屋を出る。
「全力で回頭せよ! 尻で奴の頬を打ってやれ!」
そう告げるのは全身煤だらけで片耳のガーゼを抑えるため雑に包帯を頭に巻くトリュフェだ。今までいた艦橋より一回り小さい室内には、アームで吊るされた席はなく、代わりに備え付けの椅子が真ん中にあり、その前には欄干が用意されている。人員の数はほぼ同じ、館長席の置かれた床から一段下がった場所に存在するコンソールに、管制官は組み付いて、艦の各所からの通信や、その他の操縦業務を執行し、業務に加わる負傷者の治療をしている人もいる。
管制官の頭上に複数並ぶモニターのうち、真ん中の一回り大きなメインモニターでは、行く先の風景が左へ流れ、それが時計回りに艦が回っていることを示した。
ドアが開き、館長が飛び入り参加する。
皆無事か!? ゼインの第一声に喜び勇む複数の眼差し。直後、室内を振動が襲う。
鳥瞰7を出せ! とトリュフェが要求すれば、アガメムノンに尻を押し付ける戦艦の姿がモニターの1つに映し出される。
ゼインは振動に負けず欄干に掴みかかり、モニターを凝視した。甲板にある崖を思わせるように張り出した構造が半壊していた。それは根元の残骸から複雑な形状の塔であったと窺わせるが、今は崩れた瓦礫から黒い煙が立ち上る。
あれだけの破壊をよく免れたな、とゼインは険しい表情のまま労う。
トリュフェも面持ちを変えず。
「ぎりぎりまで、席にいた管制官たちのおかげで退避する猶予ができました。全壊したのは撤退してからです。アガメムノンは動きが一層軽快になっています。対して、我々の店舗は各所のダメージが……。もはや、Vs機関の力で持っているようなものです」
「それも、いつまで耐えられるか。仕方がない。ここは……」
撤退ですか? とトリュフェは険しい表情で尋ねる。その時管制官の1人が。
「地上部隊から報告! 当店舗に集団が接近中とのことです!」
まさか漁夫の利を狙われたかッ? とトリュフェはある種の確信を元に青ざめる。
映像があれば補助モニターに出せ! とゼインが告げる。
欄干に備え付けられていたモニターに外の様子が現れた。深夜に近い時間であっても、ボスマートがそろえた様々な車両が背負う照明は、巨体はもとより、人々の動きを余すことなく照らし出す。
その中を異質な車列が突っ切る。
今まで巨体へ注目していた粗野な印象のある武装集団は、何だあれ? と車列に目を見張り。照明を向けろ! と同胞に呼びかける。
廃材で構築した装甲車両の上から、サーチライトが闖入者を照らし出す。
車列に加わるバイクを走らせるミゲルが、俺たち注目されてんな! と告げた。
敵のど真ん中ってこと忘れるなよ! と並走するイサクが忠告する。
「おお! なんだかとっても明るいね! よっぽど暗いのが怖いんだねボスマートは、まぶしッ」
地上からの光が少女の網膜を白く塗りつぶす。
「これじゃあマーシャルボーイの暗視モードも約に立たないや」
と残念そうに口を結んだ彼女は、ヘッドギアを額に上げた。
地上の光が上を向く先には、ワニの絵をあしらった機影が飛んでいる。
それを間近で視認するのは、蜻蛉を背負うバンディットで、航空機に見覚えがあり、ヘルメットの中で目を細めた。
蜻蛉の翅の羽ばたきで飛翔するバンディットの1人は、機影との距離を保ちつつ、頭を覆うヘルメットの耳に位置するダイヤルを捻り、通信する。
「機体を確認した。間違いなく敵対勢力だ。数日前にノルンで交戦した。だが、少し形が変だ」
実際は少しどころではない。銀色の機体は、前面から胴体の上半分、そして翼が玉虫色の甲殻に置換していた。銀色の装甲との繋ぎ目には、煉瓦色の組織が根のように部材の間を埋め、また装甲の一部として機能する。
そんな機体の中も、やはり天井が有機組織で覆われ、まるで生物の体内の様相を呈するが、機内にいる人々は懸念を感じさせない。それどころか、操縦を務めるレントンは快活に言ってのける。
「飛行機が壊れた時はどうなることかと思ったが! 皆さんのお陰でディノモウが生まれ変わった!」
ソーニャは操縦席に駆け付け述べる。
「そうでしょう! コロンビーナの甲殻組織を組み込むように提案したのはソーニャだったけど、その設計を手伝ってくれたマシューにSmNAの改変の指揮を一任して本当によかったよ。そして形質変化の誘導と実際の機体への適合作業をしてくれた職人たちには感謝永遠に!」
感謝永遠に! とレントンは復唱する。
車体の背中に埋め込まれた銃座に陣取るマーキュリーは、生まれ変わったコイツに食われなければいいがな、と呟くのだった。
Now Loading……
ロブスターガレージの廃棄物置き場にて――。
「ようソーニャ! すまなかったな呼び出しちまって」
と笑顔で謝罪するマシュー。
駆け寄ったソーニャは首を横に振る。
「ううん。それより作業は順調? 人も増えたけど……」
「ああ順調だ。見ての通り人員も物資も貰えた。それに有難いことに、うちの工場から残りのデベロッパーの試作品を回収してもらえた」
無事だったんだね、と喜ぶソーニャが目にした機材はどれも見覚えがあり、それら試験的な装置から発せられる突然の騒音や軽微の火花に対して、新しい人員はおっかなびっくりな様子だ。
「手伝いに来た奴らは頼りなく見えることもあるが、どいつもこいつも技術はあるし、機転が利く」
マシューは机の上から取り出した書類やノートや写真をソーニャに提示し、ほら試験結果だ、と告げた。
紙を捲り数値や経過報告を検めるソーニャは。
「なるほど、着実に最終成長重量は増えてるね。すごい、これなんて第三世代組織片なのに飛びぬけてる。なるほど、ゲイボルマムとペヨルーラ、それとブリトーが決め手か……」
椅子に座るマシューは、机の上のノートに綴った記録とシャーレに収めた組織片に向き合う。
「リソースと人が増えたおかげで治験も増えて成果も上がったんだが、ソーニャにも実験記録を確認した上で意見を出して欲しいんだ」
受け取った書類と写真にざっと目を通したソーニャは、生きのいいサンプルは? と周りを振り返る。
マシュー曰く。
「生かしてたら、こっちの身が持たなくてな。ほぼ、不活動処理をしちまった。けど、3体だけは麻酔で眠らせて端っこで鎖で締め上げてる」
「分かった。見せてもらうね。けど、ソーニャはあまり口出ししないほうがいいかも。これだけの成果があるならソーニャの望む結果が十分に得られるはず。それに、これ以上要求が出たら、みんな一斉にこだわっちゃう気がするし。そうなると計画の予定日が延びちゃいそう」
「はは、いい職人の性だな。けど、実際に現場で使うのはお前だ。俺も皆も職人としての矜持があるし、現実を理解する脳もある。ユーザーの希望を聞いて、ぎりぎりまで理想に近づけるつもりだ。戦いの役に立ちたい気持ちは、みんな一緒だからな」
「それに、新しいものを作るのは楽しいし」
ソーニャは図星を突いたという笑みを見せる。
ばれたか、とマシューも笑う。
「まあ、全員真面目ぶってはいるが職人の道を選ぶ奴らなんて根はみんな一緒ってこった。そこに老若男女の区別なんてねぇな」
へへへ、とソーニャは控えきれない笑いを零す。
マシューは、笑みを少しずつ消して、顔を下げる。
「……それに、親しい人間を失って、一矢報いたい気持ちも……」
ソーニャは凍り付いたように表情を失う。
短い間に親しくなった女性が脳裏に蘇る。彼女との思い出は数える程度だが、どれも昨日のことのように鮮明だった。
彼女に降りかかった悲劇は、何も、彼女固有のものではなかった。町を横断したアガメムノンの砲撃は、その射線上にいた人にも、直接、間接を問わず影響を及ぼしていた。
ソーニャは涙なき泣き顔となる。
椅子から立ったマシューは片膝を下し、少女の肩に手を置いた。
「だから、徹底的にやろう。そんでもって俺たちは負けないってみんなに伝えるんだ」
俯いていたソーニャは目元を拭って、顔を上げると頷いた。
マシューも頷き。
「それじゃ、実際に持って行ってもらうデベロッパーを見てもらおうかな」
ソーニャは目を大きくして、もう出来たんだ、と驚く。
「かねてから設計して外側だけは出来上がっててよ。大勢の手を貸してもらって中身に着手したら、完成まで早いもんだった。まあ、工場から持ってきた試作品から引っ張り出した部品とか、市販品の部品を転用したりして、時間とコストの削減もしたが、俺の設計をもとに一から作ってもらったパーツも入ってる。それらが動作するかテストしないと」
歩き出すマシューにソーニャは追従して、ライトで照らしだした容器を見渡した。外見からは溶接による継ぎ接ぎと配管が目立つタンクにしか見えない。
「なら、今すぐ試してみよう。作戦に使う候補の組織を使ってさ」
閣下が望むままに、とマシューは応じて首を垂れた。
一方、アガメムノンを相手に激しい攻防を繰り広げる店舗戦艦の内部では、地下道のように閉鎖的だが広い通路が整備され、低い分離帯めいた構造を中心に片側を徐行する車が行き交い、もう一方を鉄板や作業服、それに溶接のための機材を積んだ荷車を多数の人間が押していく。時にボスマートのロゴである、目玉にも見える同心円の図像を刻んだセマフォを手に持って、自分の辞令を読む。そして、響き渡る警報に耳を欹てる。
『第四層のブロックA-4でガス漏れが発生! 繰り返す……ッ!』
「畜生、ちょうど通る予定の場所だ。仕方がない迂回しよう」
「だったら、B-7のメンテナンスホールを経由しよう。あそこなら区画AからDまで繋がって近道になるし、もし途中でまた問題が起こっても、すぐに迂回できて、逃げ道も多い……」
頭に溶接に使う防護面を載せていた2人は歩き出すが、目の前を小型トラックが横切る。どこ走ってやがる危ねえだろ! と文句の途中で通路に甲高い警告音が鳴り響く。
分離帯を乗り越え、人々を追い越すほど急いでいた車は停止し、人々は通路の壁に張り付き、直後に襲う振動に耐える。分離帯の真ん中に等間隔で並ぶ円形が上にせり出し、柱の列となり、車両や荷台に成長を邪魔されあっけなく引っ込んだもの以外は天井の円形のくぼみに接続して、車と歩行者を分断する。
一度ならず連続する騒音と振動の波に、皆、歯を食い縛った。
これ爆発じゃないのか? 今度はどこがやられた? などの不安の声が飛び交う。
それに応えるようにセマフォに新しい通知が届いた。
「甲板が砲撃を受けた? って、この位置、もしや……」
戦艦の一室に、実に静かな場所があった。室内は円筒形を横にした作りで、床と壁の境のない内径に沿ってカプセルが並び、その表面にあるディスプレイに人の名前が表示されている。カプセルが開くと乗組員が起き上がり、腕と背筋を伸ばす。
「はあ、よく寝た……。でも眠たい」
文句の出る利用者に蓋を閉じてもらったカプセルは、内部で空気が循環する音を鈍く発する。
部屋の真ん中と出入り口前の二か所に、カプセルを離して設けた通路めいた空間があり、利用者はそこを歩く。
そして、今まさに円形のドアがスライドして、慌てて人が入ってきた。
店長は!? などと慌てた人物の藪から棒な質問。顔を顰める利用者は今出ようとしていたが、質問者が全身に纏う煤に異常事態を察して、Bの24番ポットだ! と指さした。
慌てる人物は感謝も言わず飛び入り、部屋自体が緩やかに回転しているせいでカプセルに激突するが、痛みも耐えて急ぎ、目的のカプセルに駆け寄り、ボタンを押した。
寝床の内部では目覚まし程度のブザー音が鳴り、まるで納棺された故人のごとく折り目正しく眠っていたゼインが開眼する。カプセルの蓋が開いて早々、起き上がった彼は、何事か? と目が合った相手に問い詰める。
「艦橋が直撃を受けました」
その回答に一気に覚醒したゼイン。
「なぜセマフォに連絡を……ッ。いや、重要事態だからあえて店内通信を使わなかったかッ」
頷く船員は落ち着きを取戻し始める。
「トリュフェ副店長はご無事です。今、予備艦橋へ人を移しています。ただ、現場が混乱していたので」
「艦橋が潰されたなどと一般店員が聞いたら更なる混乱を招いただろう。よく考えてくれた」
ゼインは伝令が来た道を辿って、たどり着いた円環をなす段差を登り部屋を出る。
「全力で回頭せよ! 尻で奴の頬を打ってやれ!」
そう告げるのは全身煤だらけで片耳のガーゼを抑えるため雑に包帯を頭に巻くトリュフェだ。今までいた艦橋より一回り小さい室内には、アームで吊るされた席はなく、代わりに備え付けの椅子が真ん中にあり、その前には欄干が用意されている。人員の数はほぼ同じ、館長席の置かれた床から一段下がった場所に存在するコンソールに、管制官は組み付いて、艦の各所からの通信や、その他の操縦業務を執行し、業務に加わる負傷者の治療をしている人もいる。
管制官の頭上に複数並ぶモニターのうち、真ん中の一回り大きなメインモニターでは、行く先の風景が左へ流れ、それが時計回りに艦が回っていることを示した。
ドアが開き、館長が飛び入り参加する。
皆無事か!? ゼインの第一声に喜び勇む複数の眼差し。直後、室内を振動が襲う。
鳥瞰7を出せ! とトリュフェが要求すれば、アガメムノンに尻を押し付ける戦艦の姿がモニターの1つに映し出される。
ゼインは振動に負けず欄干に掴みかかり、モニターを凝視した。甲板にある崖を思わせるように張り出した構造が半壊していた。それは根元の残骸から複雑な形状の塔であったと窺わせるが、今は崩れた瓦礫から黒い煙が立ち上る。
あれだけの破壊をよく免れたな、とゼインは険しい表情のまま労う。
トリュフェも面持ちを変えず。
「ぎりぎりまで、席にいた管制官たちのおかげで退避する猶予ができました。全壊したのは撤退してからです。アガメムノンは動きが一層軽快になっています。対して、我々の店舗は各所のダメージが……。もはや、Vs機関の力で持っているようなものです」
「それも、いつまで耐えられるか。仕方がない。ここは……」
撤退ですか? とトリュフェは険しい表情で尋ねる。その時管制官の1人が。
「地上部隊から報告! 当店舗に集団が接近中とのことです!」
まさか漁夫の利を狙われたかッ? とトリュフェはある種の確信を元に青ざめる。
映像があれば補助モニターに出せ! とゼインが告げる。
欄干に備え付けられていたモニターに外の様子が現れた。深夜に近い時間であっても、ボスマートがそろえた様々な車両が背負う照明は、巨体はもとより、人々の動きを余すことなく照らし出す。
その中を異質な車列が突っ切る。
今まで巨体へ注目していた粗野な印象のある武装集団は、何だあれ? と車列に目を見張り。照明を向けろ! と同胞に呼びかける。
廃材で構築した装甲車両の上から、サーチライトが闖入者を照らし出す。
車列に加わるバイクを走らせるミゲルが、俺たち注目されてんな! と告げた。
敵のど真ん中ってこと忘れるなよ! と並走するイサクが忠告する。
「おお! なんだかとっても明るいね! よっぽど暗いのが怖いんだねボスマートは、まぶしッ」
地上からの光が少女の網膜を白く塗りつぶす。
「これじゃあマーシャルボーイの暗視モードも約に立たないや」
と残念そうに口を結んだ彼女は、ヘッドギアを額に上げた。
地上の光が上を向く先には、ワニの絵をあしらった機影が飛んでいる。
それを間近で視認するのは、蜻蛉を背負うバンディットで、航空機に見覚えがあり、ヘルメットの中で目を細めた。
蜻蛉の翅の羽ばたきで飛翔するバンディットの1人は、機影との距離を保ちつつ、頭を覆うヘルメットの耳に位置するダイヤルを捻り、通信する。
「機体を確認した。間違いなく敵対勢力だ。数日前にノルンで交戦した。だが、少し形が変だ」
実際は少しどころではない。銀色の機体は、前面から胴体の上半分、そして翼が玉虫色の甲殻に置換していた。銀色の装甲との繋ぎ目には、煉瓦色の組織が根のように部材の間を埋め、また装甲の一部として機能する。
そんな機体の中も、やはり天井が有機組織で覆われ、まるで生物の体内の様相を呈するが、機内にいる人々は懸念を感じさせない。それどころか、操縦を務めるレントンは快活に言ってのける。
「飛行機が壊れた時はどうなることかと思ったが! 皆さんのお陰でディノモウが生まれ変わった!」
ソーニャは操縦席に駆け付け述べる。
「そうでしょう! コロンビーナの甲殻組織を組み込むように提案したのはソーニャだったけど、その設計を手伝ってくれたマシューにSmNAの改変の指揮を一任して本当によかったよ。そして形質変化の誘導と実際の機体への適合作業をしてくれた職人たちには感謝永遠に!」
感謝永遠に! とレントンは復唱する。
車体の背中に埋め込まれた銃座に陣取るマーキュリーは、生まれ変わったコイツに食われなければいいがな、と呟くのだった。
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