雨はやはり憂鬱で死ぬ

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思い出の味

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 空が明るくなって来た頃、俺は目を覚ました。
 隣には毛皮を着た人間の女が寝ている。
 夜は暗くてよく見えなかったが、彼女は綺麗な金色の髪をしていた。
 お腹に赤ちゃんがいるらしいが、果たして本当だろうか?
 母さんが弟を腹に宿した時のことを思い出す。
 幼い頃の話なので、ほとんど覚えていないけど、腹が異様に膨らんでいたことは覚えている。
 彼女が死なないための咄嗟の嘘である可能性もあるので、まだ警戒しておいたほうがいいだろう。

 警戒するにしても腹が減っていては気力が持たない。
 とりあえず飯の調達が最優先だな。
 昨日獲った魚で残していた頭の一部を針にぶっ刺して、川のなかに放り投げる。
 飯来い、飯!

 しばらくすると釣竿が大きく引っ張られた。

「うろっしゃあー!」

 掛け声とともに引き上げる。
 釣り針にはなんと、俺の太ももくらい丸く太ったデカい魚が!
 今日はご馳走だ!
 いやぁ、住処を変えて正解だったな!
 魚の背骨を折って動けないようにしておき、また釣竿を垂らして飯を待つ。
 鼻歌を歌いながら魚を待ってると、女が起きた。
 近寄って俺に話かけてくる。

「釣りしてるの? この激流なのに、その釣竿よく壊れないわね」

「先祖代々受け継がれてきた釣竿らしい。魔法でもかかってんじゃね?」

「へぇ。便利ね」

「あげないぞ」

「わかってるわよ」

 もう一匹さっきの魚と同じくらいの大きさの奴が釣れたので、一匹女にあげることにした。

「ほらよ」

「あら、ありがとう」

「しっかり噛んで食えよ」

 もぐもぐと食べるが泥臭くてあまり美味しくない。
 美味しさでいうならちっこい魚のほうが勝るだろうな。
 まあ、食わないと死ぬので食うが。

「そういえばあなた、名前はなんていうの?」

 女が俺の隣に座って無表情で魚を食いながら聞いてくる。

「俺はリュカ。お前は?」

「ゾーイよ」

 ついでに赤ちゃんがいるか再確認しとくか。

「腹のなかの子の名前とかあんの?」

「まだ決まってないけど、男の子ならギルバートね」

 ちゃんといるらしい。
 腹の大きさは普通に見えるのにな。
 それにしてもギルバートって名前か。

「シャレた名前だな」

「この子の父親の名前よ。滝から落ちたけど」

「あーらら。死んだの?」

「……帰って来ないから死んだのかもね」

「死体見つけてないわけ?」

「もちろん探したわ。でもいなかった」

 悲しそうに目を伏せるゾーイ。
 子供の父親は、魚か動物に食われてしまったのだろう。

「先に見つけたら肉が手に入ったのに」

 そしたら父親はゾーイと子供の栄養になれたのにな。
 可愛そうだ。
 俺も悲しくなっていると、ゾーイがなぜか怒り出した。

「あなたね! もう少し気を使いなさいよ!」

「は?」

 俺は今、父親とゾーイと子供の悲しみを想像して胸が締め付けられてるぞ?
 父親としてしっかり栄養になれなかったし、ゾーイも子供のための貴重な栄養を摂取出来なかった。
 悲しいだろう。

「あなただって家族がいるでしょ! 死んだときのこと考えなさいよ!」

 ちらりと弟のことが思い浮かぶが、あいつは死んでいない。
 だったら両親か。
 死んだ時のことを思い出す。
 美味しかったな。

「家族は食うものだろ?」

「……え?」

「俺たちが巣立ちする時に食ったんだ。これなら母さんも父さんも俺もハッピーだろ?」

「……そ、そうなの」

 なぜゾーイは俺から距離をとったのか?
 今、俺が生きているのは母さんと父さんの血肉のおかげなんだぞ?
 母さんも父さんも元気に生きてって幼少期に血を飲ませてくれたし、最後は全身の肉を俺に分け与えてくれた。
 最高の親だったなぁ。
 俺は肉の味を思い出して笑う。
 唇を舐めずり、チラリとゾーイをみた。

「早く食べたいな。肉」

 どこかに動物いないかなぁ。
 ゾーイが雨の冷たさのせいか震えていたのがちょっと心配だが。
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