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妖ノ世界
壱,妖ノ世界ヘヨウコソ
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長い手足を存分に伸ばし、駆け抜ける。久しぶりに体を動かし、全身の固まっていた筋肉がほぐれていくのを感じる。
私、千幸は貧相な村でくらす19歳の…いや、今日で20歳の一人暮らしの娘だ。家の裏手にある畑を自ら肥やし、自炊して暮らしている。
自分で言うのも恥ずかしいが、私はなかなかの美少女…らしい。腰まで届く長い艶やかな黒髪で20歳にしては幼い可愛らしい顔立ち。瞳は薄蒼、小さな唇は桜色。
そんな私は陽が真上に来た頃、着物が翻るのも気にせず、離れた川に向かって走っていた。
そんな私を畑仕事をしている気前のいいおばちゃんが目をとめた。
「千幸ちゃーん!今度さぁ、うちで…」
「ごめんね、おばちゃん!今忙しいの!」
私はちょっと足を止め、おばちゃんが言い終わる前にきっぱりと言い放った。
気前がよく、優しいのだが、おばちゃんは自分の息子と私を結ばせようとするのだ。
私はにっと笑うとまた走り出した。
小さな丘を駆け上がると、今度は私にベタ惚れなおじさんとあった。
「ああああ、千幸ちゃん!そんな走ったら、折角可愛いのに…!」
「こんな私をそれだけで手放す男なんてこっちから願い下げだわ!」
私は走りながら笑い声を立てた。
少し硬い土の道にでると、私はさらに走る早さを上げた。
目的の川はすぐそこに迫った。
私は坂を下るのももどかしく、走っている速さのまま川に飛び込んだ。夏のとても暑い気温のなかでも、川の水は気持ちいほど冷たく、私は汗でべとべとな体を癒した。
しばらくもぐり続け、冷たい水を満喫すると、私はぷはっと水面に顔を出した。
私は岸まで泳ぎ、体を持ち上げた。かるく体を振り、水滴をおとす。
それでも、着物は水をたっぷり含んでいて、私の体に張り付き、細いラインがくっきり見える。体はすっと細いのに、胸はやけに大きい…仕事の邪魔になるから時々しぼんでしまえばいいのにと思う。
私は水で重い体を無理やり動かし、丘の上まで登った。そのまま仰向けに寝っ転がる。
青く澄んだ空は眩しいほどで、私は眺めているうちに目を閉じていた。
…光る銀髪…鋭い赤い瞳…きらめく牙…ぞくりとする笑顔…
私はがばっと飛び起きた。悪い夢を見た気がする…
忙しく息をつき、鋼を打つ心臓を無理やり抑える。だんだんと全身の感覚が戻ってきた。
しかし、胸に違和感が。
むに、むに、と揉まれて……いる?!
「ひぎゃあっ?!」
私は悲鳴をあげ、手を払い除け振り返った。
この野郎、ぶっとばす………野郎?!
私はきっ、と後ろの人物を睨みつけたが、ぽかんと口を開けた。
ごめんごめん、とひらひらと手を振りながら謝っている人は明らかに女性…しかもかなりのべっぴん…
小さい顔には長い睫毛に縁取られた大きな猫のような目。濃い藍色の髪は高い位置で結ばれているが、それでもかなり長い。着ている着物は薄いオレンジ色で、袴は薄い赤がかった黒。なかなか上等そうだ。
その女性は愛想のよい笑みを浮かべた。
「ごめんごめん、私は千雪(ちゆき)。あなたは?」
「私は千幸です…あの、千雪さん…なぜあんなことを?」
千雪はきょとんとして私を見た。
「自覚してないのぉ?こんなスタイルよくて、胸が大きい人ってレアだよ?これじゃあどんな男もそそられちゃうよぉ私も例外じゃないけど♡」
私は自分の体をちらっと見た。
「そうなのかなぁ…」
まあ満更うそでもないだろう。千雪もそそられるとか言ってるし。
…ん?私も、例外じゃないって言わなかった?
私の胸の中にある疑問が渦巻く。
「あの、千雪さんって、女性ですよ…ね?」
千雪はまたもきょとんとして私を見た。
「男だよ?」
こいつ、さらりといいやがった。
私は人生初、最大級の悲鳴を上げた。
私は布団がわりの藁のなかに潜り込み、嗚咽をこらえていた。
「ごめんって、千幸ちゃん…僕が悪かったって…」
とぺこぺこ謝ってるこいつは千雪。とんでもなくべっぴんな男。オカマとかそういう訳では無いらしい。(いつの間にか一人称が僕になってる…)よくよく見ると喉仏は出てるし、胸もぺっちゃんこだし、なにより背は私より10センチぐらい高いし…そのうち8センチほどは下駄で盛っているが。
こいつは私の胸を…ごほん、失礼をはたらいた。それで私はいじけて藁に潜り込んでいるわけだ。
千雪はさらに重ねて謝ったが、不意にため息をついた。
「ね、千幸ちゃん。僕は本題に入るけど、いい?」
「…好きにしてよ」
私はぶっきらぼうに言った。
「あのね、僕は妖なんだ。」
「もう驚き疲れたわ…嘘はよして」
「ほら、見て」
疑いながらのも、そう言われて、私は千雪を見た。
その姿を見た私は驚いてがばっと藁から飛び起きた。
千雪の頭には獣耳が、そして後ろでは細長い尾が2本、ゆらゆらと揺れているのだ。
私が唖然として見ている中、千雪はどさっと私の隣に腰を下ろした。
「僕は猫又の妖。主人っていうのかな…まあ主人からの命令で君を攫うよ」
「……?」
「さあ、行くよ?」
「え、ちょ、つまり、私は攫われるの?」
「そういうことだね。さ、行こうか」
にこりと笑った千雪はそういうと、軽々と私を担いだ。
「ひやぁぁ?!」
私は悲鳴をあげ、手足を振り回す。
そんな私の必死の抵抗をもろともせず、千雪は私の家からでた。
「ねぇ下ろしてよ!!いやよ、誰か助けて!」
「あきらめなよー」
「誰かぁ!助けて!」
私の悲鳴は奇跡的に近くに見回り来ていた武士に届いた。
丘の上に立つ武士はここらへんで有名な将軍らしく、立派な防具を付けている。
「どうした、娘!」
野太い声が響く。
「助けて、攫われる!」
私は助けを求めた。
武士はもさもさの髭が生える顔を赤らめたが、すぐに刀を抜き放った。
「そこの者、娘を解放しろ!さもなくば切るぞ!」
「やですよ。僕の任務だもの。それに、切れるもんならどうぞ、やってください」
武士は憤怒の表情で丘を駆け下りてきた。
千雪はそっと千幸を下ろし、囁く。
「ここでまってて」
千雪はくるりと踵を返し、武士に向き合った。その手にはいつの間にか立派な薙刀が握られている。
「さ、いつでもかかってきてくださいね、将軍サマ?」
千雪は嫌味をいっぱい含んで言い放った。ついでにウィンクも放つ。
武士はぎりっと歯軋りし、千雪を睨む。
「やあっ!!」
武士は野太い気合いと共に上段から切りかかる。千雪は力まない構えから素早く武士の刀を弾いた。武士の腕がうえに弾き飛ばされる。千雪はそのまま石突を武士の脇腹に叩き込んだ。武士はうっと呻いたが、がしっと薙刀の柄を掴んだ。千雪は一瞬目を見開いだが、すぐに薙刀の石突を下から武士の顔面にまた叩き込む。渡さまい、と力強く薙刀を引っ張っていた武士の力を利用した攻撃だった。当の武士はくらっと目を回した。隙を見た千雪は柄で武士のこめかみを殴り、決着を付けた。
つ、強い…
私は唖然として千雪を眺めた。
さっきまで握っていた薙刀はすでになく、千雪は私に笑いかけた。
「さ、行こうか、姫さま?」
「は、はい…」
私は出された手を掴み、立ち上がった。
千雪はそのまま私の手を握って歩き出す。
私達は一言も喋ることなく歩き続けた。
どれほど歩いただろうか。
いつのまにか陽がくれ、当たりは赤く染まっている。
「ついたよ、千幸ちゃん」
千雪はふと立ち止まった。
「…え?」
目の前には見たことないほど大きい池があった。夕日が反射し、ちらちらと水面で踊る。
「ここが妖の世界だというの?」
「うーん、入口って言った方があってるかな。人間には秘密の入口さ。入るよ」
千雪はそういうと、私をだき抱え、地面を蹴った。池の真上までくる大ジャンプだ。
「ひゃっ」
私は千雪の首にしがみついた。
だんだんと落ちていき………
どぷんっ。
水が耳に入る…と思ったが水の感覚はない。
恐る恐る目を明けてみると、池の底には空、が。
感動したのもつかの間、まわりの景色がくるりと回転した。不思議な感覚に包まれる。だんだんと体が落下している、と思うとすとんっと千雪が地面におりた。
慌てて上を見るが、池などは影もない。
千雪はそんな私を見て笑い声を上げた。
「不思議な感じでしょ?僕もはじめて通った時はびっくりしたよ」
千雪は私をおろし、二三歩前に出た。千雪すっと片手でその先を指す。
「妖の世界にようこそ、千幸ちゃん」
私はわあっと歓声をあげた。
千雪が指した先には明るい灯が無数にともり、ほのかに赤く輝く村…いや、街といえるほど立派な街だった。
これが私が妖世界で生活していく場所だった。
私、千幸は貧相な村でくらす19歳の…いや、今日で20歳の一人暮らしの娘だ。家の裏手にある畑を自ら肥やし、自炊して暮らしている。
自分で言うのも恥ずかしいが、私はなかなかの美少女…らしい。腰まで届く長い艶やかな黒髪で20歳にしては幼い可愛らしい顔立ち。瞳は薄蒼、小さな唇は桜色。
そんな私は陽が真上に来た頃、着物が翻るのも気にせず、離れた川に向かって走っていた。
そんな私を畑仕事をしている気前のいいおばちゃんが目をとめた。
「千幸ちゃーん!今度さぁ、うちで…」
「ごめんね、おばちゃん!今忙しいの!」
私はちょっと足を止め、おばちゃんが言い終わる前にきっぱりと言い放った。
気前がよく、優しいのだが、おばちゃんは自分の息子と私を結ばせようとするのだ。
私はにっと笑うとまた走り出した。
小さな丘を駆け上がると、今度は私にベタ惚れなおじさんとあった。
「ああああ、千幸ちゃん!そんな走ったら、折角可愛いのに…!」
「こんな私をそれだけで手放す男なんてこっちから願い下げだわ!」
私は走りながら笑い声を立てた。
少し硬い土の道にでると、私はさらに走る早さを上げた。
目的の川はすぐそこに迫った。
私は坂を下るのももどかしく、走っている速さのまま川に飛び込んだ。夏のとても暑い気温のなかでも、川の水は気持ちいほど冷たく、私は汗でべとべとな体を癒した。
しばらくもぐり続け、冷たい水を満喫すると、私はぷはっと水面に顔を出した。
私は岸まで泳ぎ、体を持ち上げた。かるく体を振り、水滴をおとす。
それでも、着物は水をたっぷり含んでいて、私の体に張り付き、細いラインがくっきり見える。体はすっと細いのに、胸はやけに大きい…仕事の邪魔になるから時々しぼんでしまえばいいのにと思う。
私は水で重い体を無理やり動かし、丘の上まで登った。そのまま仰向けに寝っ転がる。
青く澄んだ空は眩しいほどで、私は眺めているうちに目を閉じていた。
…光る銀髪…鋭い赤い瞳…きらめく牙…ぞくりとする笑顔…
私はがばっと飛び起きた。悪い夢を見た気がする…
忙しく息をつき、鋼を打つ心臓を無理やり抑える。だんだんと全身の感覚が戻ってきた。
しかし、胸に違和感が。
むに、むに、と揉まれて……いる?!
「ひぎゃあっ?!」
私は悲鳴をあげ、手を払い除け振り返った。
この野郎、ぶっとばす………野郎?!
私はきっ、と後ろの人物を睨みつけたが、ぽかんと口を開けた。
ごめんごめん、とひらひらと手を振りながら謝っている人は明らかに女性…しかもかなりのべっぴん…
小さい顔には長い睫毛に縁取られた大きな猫のような目。濃い藍色の髪は高い位置で結ばれているが、それでもかなり長い。着ている着物は薄いオレンジ色で、袴は薄い赤がかった黒。なかなか上等そうだ。
その女性は愛想のよい笑みを浮かべた。
「ごめんごめん、私は千雪(ちゆき)。あなたは?」
「私は千幸です…あの、千雪さん…なぜあんなことを?」
千雪はきょとんとして私を見た。
「自覚してないのぉ?こんなスタイルよくて、胸が大きい人ってレアだよ?これじゃあどんな男もそそられちゃうよぉ私も例外じゃないけど♡」
私は自分の体をちらっと見た。
「そうなのかなぁ…」
まあ満更うそでもないだろう。千雪もそそられるとか言ってるし。
…ん?私も、例外じゃないって言わなかった?
私の胸の中にある疑問が渦巻く。
「あの、千雪さんって、女性ですよ…ね?」
千雪はまたもきょとんとして私を見た。
「男だよ?」
こいつ、さらりといいやがった。
私は人生初、最大級の悲鳴を上げた。
私は布団がわりの藁のなかに潜り込み、嗚咽をこらえていた。
「ごめんって、千幸ちゃん…僕が悪かったって…」
とぺこぺこ謝ってるこいつは千雪。とんでもなくべっぴんな男。オカマとかそういう訳では無いらしい。(いつの間にか一人称が僕になってる…)よくよく見ると喉仏は出てるし、胸もぺっちゃんこだし、なにより背は私より10センチぐらい高いし…そのうち8センチほどは下駄で盛っているが。
こいつは私の胸を…ごほん、失礼をはたらいた。それで私はいじけて藁に潜り込んでいるわけだ。
千雪はさらに重ねて謝ったが、不意にため息をついた。
「ね、千幸ちゃん。僕は本題に入るけど、いい?」
「…好きにしてよ」
私はぶっきらぼうに言った。
「あのね、僕は妖なんだ。」
「もう驚き疲れたわ…嘘はよして」
「ほら、見て」
疑いながらのも、そう言われて、私は千雪を見た。
その姿を見た私は驚いてがばっと藁から飛び起きた。
千雪の頭には獣耳が、そして後ろでは細長い尾が2本、ゆらゆらと揺れているのだ。
私が唖然として見ている中、千雪はどさっと私の隣に腰を下ろした。
「僕は猫又の妖。主人っていうのかな…まあ主人からの命令で君を攫うよ」
「……?」
「さあ、行くよ?」
「え、ちょ、つまり、私は攫われるの?」
「そういうことだね。さ、行こうか」
にこりと笑った千雪はそういうと、軽々と私を担いだ。
「ひやぁぁ?!」
私は悲鳴をあげ、手足を振り回す。
そんな私の必死の抵抗をもろともせず、千雪は私の家からでた。
「ねぇ下ろしてよ!!いやよ、誰か助けて!」
「あきらめなよー」
「誰かぁ!助けて!」
私の悲鳴は奇跡的に近くに見回り来ていた武士に届いた。
丘の上に立つ武士はここらへんで有名な将軍らしく、立派な防具を付けている。
「どうした、娘!」
野太い声が響く。
「助けて、攫われる!」
私は助けを求めた。
武士はもさもさの髭が生える顔を赤らめたが、すぐに刀を抜き放った。
「そこの者、娘を解放しろ!さもなくば切るぞ!」
「やですよ。僕の任務だもの。それに、切れるもんならどうぞ、やってください」
武士は憤怒の表情で丘を駆け下りてきた。
千雪はそっと千幸を下ろし、囁く。
「ここでまってて」
千雪はくるりと踵を返し、武士に向き合った。その手にはいつの間にか立派な薙刀が握られている。
「さ、いつでもかかってきてくださいね、将軍サマ?」
千雪は嫌味をいっぱい含んで言い放った。ついでにウィンクも放つ。
武士はぎりっと歯軋りし、千雪を睨む。
「やあっ!!」
武士は野太い気合いと共に上段から切りかかる。千雪は力まない構えから素早く武士の刀を弾いた。武士の腕がうえに弾き飛ばされる。千雪はそのまま石突を武士の脇腹に叩き込んだ。武士はうっと呻いたが、がしっと薙刀の柄を掴んだ。千雪は一瞬目を見開いだが、すぐに薙刀の石突を下から武士の顔面にまた叩き込む。渡さまい、と力強く薙刀を引っ張っていた武士の力を利用した攻撃だった。当の武士はくらっと目を回した。隙を見た千雪は柄で武士のこめかみを殴り、決着を付けた。
つ、強い…
私は唖然として千雪を眺めた。
さっきまで握っていた薙刀はすでになく、千雪は私に笑いかけた。
「さ、行こうか、姫さま?」
「は、はい…」
私は出された手を掴み、立ち上がった。
千雪はそのまま私の手を握って歩き出す。
私達は一言も喋ることなく歩き続けた。
どれほど歩いただろうか。
いつのまにか陽がくれ、当たりは赤く染まっている。
「ついたよ、千幸ちゃん」
千雪はふと立ち止まった。
「…え?」
目の前には見たことないほど大きい池があった。夕日が反射し、ちらちらと水面で踊る。
「ここが妖の世界だというの?」
「うーん、入口って言った方があってるかな。人間には秘密の入口さ。入るよ」
千雪はそういうと、私をだき抱え、地面を蹴った。池の真上までくる大ジャンプだ。
「ひゃっ」
私は千雪の首にしがみついた。
だんだんと落ちていき………
どぷんっ。
水が耳に入る…と思ったが水の感覚はない。
恐る恐る目を明けてみると、池の底には空、が。
感動したのもつかの間、まわりの景色がくるりと回転した。不思議な感覚に包まれる。だんだんと体が落下している、と思うとすとんっと千雪が地面におりた。
慌てて上を見るが、池などは影もない。
千雪はそんな私を見て笑い声を上げた。
「不思議な感じでしょ?僕もはじめて通った時はびっくりしたよ」
千雪は私をおろし、二三歩前に出た。千雪すっと片手でその先を指す。
「妖の世界にようこそ、千幸ちゃん」
私はわあっと歓声をあげた。
千雪が指した先には明るい灯が無数にともり、ほのかに赤く輝く村…いや、街といえるほど立派な街だった。
これが私が妖世界で生活していく場所だった。
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