同じ屋根の下で

101の水輪

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同じ屋根の下で

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 方島村は、周りを高い山々に囲まれ、春には桜、夏には蛍、秋には赤とんぼ、そして冬には背丈以上積もる雪と、典型的な田舎の風情が特徴的だ。しかし、めぼしい産業がなく、多てくの住民が村を離れていき、この10年で人口が半分にも激減している。今後の20年で消滅が予想される、いわゆる限界集落となる。
 そんな現状に対して、村も手をこまねいているわけではなかった。村の存続を賭け、あれこれチャレンジしてきた。例えば村のHPに、透明度抜群の清流、星が満開の夜空、5mもあろうかというほどの深雪等、自然の豊かさを前面にうたったところ、閲覧者が一気に増えた。海外からもアクセスが出てきたほどだ。さらに、大御所の演歌歌手に依頼した応援歌“方島音頭”がバズり、多くのメディアが取材に来るようにもなった。
 しかし、こんな小手先の手段では、観光客の微増が望めるだけで、人口減の根本的な解決策となるはずがない。やはり移住者を増やすためには根本的な対策が必要となってくる。

 方島中学校は、村で唯一の中学校。全校生徒で25人。そのうち3年生は男子4人、女子4人の8名。増川裕太もそんな方島中の生徒の1人。明朗快活な性格のおかげで、クラスのリーダー的な役割を果している。

   今日も新しい一日がスタートした。朝の会が始まろうとしている。
「おはようございます」  
 少人数だからこそ、朝から大きな声で挨拶が交わされる。
「えっと、いきなりだけど転校生が来ました」
 急にクラス内がザワつきだした。そして担任が廊下に待たせていた女子生徒を招き入れ、紹介し始めた。
「名前は寺島満華さん。東京の中学校からの転校です」
 東京と聞いて、さらにザワつきが大きくなっていく。
「寺島といいます。またいろいろ教えてください。よろしくお願いします」          
 生徒たちは物珍しそうに見ている。何せ転校生を受け入れること自体が珍しい上に、東京のあか抜けた女子は、テレビや雑誌の中だけでしか、会えないと思っていたからだった。
「君たちは、村を代表してお客さんを迎えるのだと意識しろよ」
 こうして、プラス一の学校生活が始まった。


 休み時間になると、すかさず満華のところに集まってきた。さっそく興味津々な質問攻めが始まる。
「これから満ちゃんて呼んでもいい?」
「うれしい。私も早くみんなの名前を覚えたいし」
「東京ってどんなところ?」
「人がいっぱい。どこへ行っても人人人って感じかな」
「やっぱりきれいでおしゃれな人が多いの?」
「別に意識したことない。たまに芸能人と会うこともあるかな」
「何でこんなとこに来たの?」
「私も分かんない、家って母一人娘一人の二人。ママがそう決めたから」 
  あっという間に溶け込んでいく。一日目にして、すでに受け入れられた。

 裕太は帰宅するとすぐに、父の孝義の工房へ顔を出した。
「父さん、ただいま。あっ、この中ってやっぱり暑いわ」
 増川家は父子家庭で、10年前に東京からこの村に移住していた。
 義孝が“方島焼き”の師匠に弟子入りし、最近ようやく自らの工房を開くまでにきていた。しかし裕太にとって移住したのはまだ5歳だったので、東京での生活はほとんど覚えてないというのが事実だった。まさに村の子として成長してきたといえる。
 ちなみに増川家の移住して来られたのも、村の人口増加計画の1つである、移住促進事業を利用したからだ。
「何ニヤニヤしてんだ。学校で何かいいことでもあったのか?」
「やっぱり分かる?転校生、それも東京からの美少女」
「ほうそれは珍しい。いやちょっと待てよ、もしかして5号室に来た家族のことか?」
 村は移住者の居住先として、アパートを無償で提供している。増川家もそこのアパートの住人で、その6号室に住んでいる。
 裕太は気になりすぐにアパートに戻ってみると、ちょうど学校から帰ってきた満華が、階段を上っていくところだった。
「あれ?裕太君もこのアパートなの?」
 名前を覚えてくれてたのがうれしかったことはもちろんだったが、何よりも気になる女子と同じ屋根の下で暮らすことになった運命に感謝してしまった。そのときだった。
「満華?誰なの?その子」
 5号室のドアが開いて、女性が顔を出しきた。どうやら満華の母親のようだ。
「あっママ。同じクラスの裕太君。お隣の部屋に住んでるんだって」
「そう。初めまして、満華の母の三奈江、よろしくね。あれ?なんてイケメンなの」
 三奈江のからかいに、なぜか裕太は顔が真っ赤になってしまった。
 その日から、奇妙な同居生活が始まった。

「おはよ。裕君行くわよ」
 登校時刻になると、満華が6号室の裕太を呼びに来る。始めのうちは照れてた裕太だったが、慣れてくると目覚まし代わりとなっていた。
 学校からの帰りも二人は一緒。今日学校であったこと。推しのアニメキャラのこと。そしてたまに勉強こと。何気ない会話が楽しくてたまらない。
 裕太が初めて経験する淡い青春の一コマだった。
 
 そんな裕太には、どうしても満華に確認しておきたいことがあった。
「前にも聞いたけど、何でこの村に?」
「だから・・・」
 満華は少しムッとした表情を見せたが、今の和樹なら許せると思い話を続けた。
「東京から来たけど、ほんとは居たの3週間だけ。その前は北海道だし、その前は福岡」
「へえ、お母さんってそんなに仕事忙しいんだ」
「うん、まあ・・・。色んな所行ったから、それはそれで楽しかったけど・・・。それよりもおじさんの工房が見てみたい」
 満華に懇願されると断る理由もなく、すぐに孝義の工房へ向かっていた。

「おじゃまします。裕君にお願いして、見学しに来ました」
 義隆は、まさに窯の中へ、作品を入れようとしてるところだった。
「どうぞご自由に。満華ちゃんって、焼き物に興味あるんだ」
「いえ、初めて見ました。でもおもしろそう」
 満華の目は真剣そのもので、食い入るように義孝の動きを観察していく。
「私もやってみたいけど、できますか?」
「いいよ、いつでも教えてあげるから、来な」
 トントンと話が進んでいき、翌日の放課後からチャレンジすることになった。なんと弟子入りしてしまうことが決まったのだ。
 
 それからというもの、めきめきと満華に秘められていた才能が開花していく。好きこそものの上手なれのごとく、どんどん腕を上げていった。そして数カ月後には、
「おじさんの個展に、満華ちゃんの作品を出してみないか?」
と惚れ込まれるほど、満華にはキラリと光る才能があった。
「すごいね、満ちゃん。何か俺までうれしくなってきた」
 
 夕食を済ませると、いつも裕太と満華は満天の星空の下で、夢を語り合うことになっている。
「なんてきれいな星空。あの星は私のにするから、あれが裕君の星ね」
「OK!で、満ちゃん、やりたい陶芸の道が見つかってよかったね」
「初めて自分で何かを続けたいと思ったのは。裕君は?」
「俺?具体的にない。でもとにかく早く方島脱出。田舎生活はもう勘弁てとこ」
「ふ~ん。私なんて、都会よりこの環境がドンピシャなんだけど」
「そういってくれるのはうれしい。ねえ、分かってるよね、これからもずっと一緒だよ」
「当たり前じゃない。だから裕君もずっとここにいてね」
 こんなたわいもない会話が、途切れることなく続いていく。今の二人には、

 この時間が止まってほしい

 と、ただただ願うばかりだった。

「あれ、今朝は来ないの?満っちゃんの声がしない」
 嫌な予感がした裕太は、隣の5号室のドアをノックしたが反応がない。そっとノブを回わしてみると、そのままドアが開いた。
 そっとのぞいてみると、中はもぬけの殻で、玄関に一通の手紙が無造作に置かれていた。

  この手紙を見てるなら、事態に気づいたのでしょう。いきなりだけどここを出ていきます。実は 私たち親子は、お父さんのDVから逃げ回ってたんだけど、見つかっちゃって。だから次の場所へ行きます。
   裕君と会えてうれしかったし楽しかったのに、お別れなんてすごくつらい。でも、どこにいても一緒だよ。夜空を見ては、裕君の星を探すから。裕君も私の星を探してね。
 直接言えなくてごめんなさい。短かったけど本当にありがとう、そしてさようなら。
大好きな裕君へ                                                                            満華

 その日の夜も、裕太は同じ場所で星空をながめている。
 
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