チアアップ!

101の水輪

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チアアップ!

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 ようやく戻って来た日常、そして学校行事。気候も穏やかなこの時期は、全国津々浦々で体育大会が催される。
 
 村井中学校も、2週間後に体育大会を控えていた。全員走や綱引き、棒倒しなど、生徒たちが力の限りを出して競技を行う。その中でも、朱雀、白虎、青龍、玄武の団対抗の応援合戦は、まさに大会の華。応援といってもかつてのような学ランを着たバンカラ一色の応援ではなく、団演技と称し、全員ダンスを組み込んでの応援をするのがスタンダードとなってきている。
 ただ、本来は競技力を競い合うはずの体育大会が、生徒はもちろん、保護者の意識の方も、応援合戦がメインと捉える傾向にあるのは事実だ。

 放課後、玄武団の応援リーダーたちが集まり、ミーティングを開いていた。その中心にいるのが、団長の河嶋英司と副団長の安原夏実。
「ねえ、今日の練習、団員の乗り悪かったわ」
「俺もそう思ってたんだ。なんか覇気がないというか」
「やる気が見えてこないって感じ。私たちががんばってるのに、何あの態度ときたら」
 応援優勝を目指して、これまで英司たちはかなりの時間を費やしてきている。特に玄武団に代々伝わる三三七拍子は、時間をかけて練習してきていた。
「これって私たちの気合いが足りないってこと?」
「ではなく、団員からなめられてるってことなんだよ。きっと」
「そうよね。明日の練習からは、もっとビシバシいきましょう」
 団リーダー8人は、いわゆるふんどしを締め直し、気合いを入れて取り組に直すことを約束した。
        
「ちょっと、みんな気持ちが入ってんの?これじゃ勝てないよ。悔しくないの?」
 さっそく夏実のカミナリが落ちた。玄武団員総勢二百人を前にし一括するが、どうも団員たちの耳には、その言葉が届いてるようには見えない。
「ちょっと、ちゃんと聞いてんの?」
 夏美の怒りを察して、思わず英司が間に止めに入ってきた。
「まあまあ、とにかくみんながんぼろうぜ。がんばった応援優勝しようじゃないか」
 このかけ声にも“しら~”とした空気が漂ってるのは明らか。
 すぐに夏実がリーダーたちを集め、本心を吐露した。
「あんたたちがしっかりしないと。せめて私たちだけでも目立てば勝てるはず。いいわね」
 その後の練習でも、夏実が満足することは決してなかった。

  英司と夏実は、同じ塾からの帰ってたとき、大きな声がしているので足を止め聞き入った。

 フレーフレー明ー応 フレフレ明応 フレフレ明応
 
 彼らに聞こえた声は、道沿いにあった明応大学からだった。
 明応大学は、創立130年にも及ぶ全国的にも名が通った名門大学。特に神宮球場で春秋に行われる野球の定期リーグ戦は、テレビの全国放送がされるほど。その応援スタイルは、かつての強面から、スマート極まりないほど変化してきている。まさに時代に即した姿への進化といえる。
 夏実は、興味津々にその声がする施設に近づき、中をのぞき込んでみたところ、
「英司、あの明応の応援団じゃない?入ってみない?」
と、どうしても練習風景が見たくなってしまったようだ。 
「そんなことしていいの?まあ俺たち玄武団のヒントになるかもな」
 
 2人はダメモトで、校門の受付で話すと、二つ返事でOKが出た。
 通された先は、大学校舎の中庭。そこでは学生服を着た応援団員と覚しき10人前後が、発声練習に打ち込んでいた。
 その中心にいた背丈が160cmほどの小柄な女性が、こちらにやって来た。
「君たちが練習を見学したい中学生君たちかな?私は団長の小塚です。よろしく」
「えっ団長?」
 2人が驚くのも無理もない。大学のそれも明応の応援団長といえば、体格もゴツくひげ面の大男を想像していたからだ。それが女性、しかもファッション雑誌の読者モデルかと見間違うようなキュートな女子だったとは。
「驚いたでしょう。私が明応大学応援団の第96代団長、小塚真希です」
「へー96代?いったいいつからあるんですか?」
「戦争の一時期を除いて、明治時代から引き継がれてきてるの」
「でも、何で女性なんですか?」
「じゃあ逆に聞くわ、何で男性じゃなけだめなの?」
「えっまあ、そうですけど」
「練習を見たいんでしょ。とにかく見てみたら?」
 夏美にはまだ聞きたいことはあったけど、まず見学させてもらうことにした。

 こんちは!
 
 大きな声で団員たちから歓迎を受けた。それも初めて聞くあまりの声の大きさに、2人は後ずさりしてしまった。
 すぐに練習が再開された。拍手一つとっても全力さが伝わってきて、常に大きな声で気合いを入れ合っている。声はガラガラ、額からは大粒の汗がしたたり落ち、地面をぬらすほど。まるで何かに取り憑かれたような懸命な姿に、好奇の目で見ていた2人が、いつのまにか引き込まれていった。

 どうしてあれほどまでに、全力を出せるのかなあ?

 夏実は、ついつい自分たちの応援と比べていた。それは英司とて同じ。
 
 いや何て美しいんだ!

 2人は一生懸命な団員の姿に、心を打たれることを通り越し、ショックを受けた。
「私たちって、何のための応援してるのかしら?」
「そうだなあ、誰のための応援だったんだろう?」
 英司は、団長の真希にその素直な疑問をぶつけてみた。
「すみません、何であんなに一生懸命なんですか?いや、そうさせてるんですか?もしかして団長が実は恐いとか?・・・あっごめんなさい」
「面白いこと言うね。本当は恐いのよ、なんて冗談。どう考えても屈強な男たちに、私が力尽くでやらせられる訳ないじゃない。やっぱり彼ら自身が自分から応援したいと思わないとね」
「では誰のための応援ですか?」
「それはもちろん選手のため。主役は選手。そしてチーム、まあ学校のためもあるかな?応援団員が目立ってちゃダメ。あくまでも私たちは裏方、そう盛り上げ役。そして選手たちが気持ちよく活躍できための役回ってとこかな」
「じゃあどうすれば応援って盛り上がりますか?」
「それには、仲間みんなを巻き込むこと。あくまでも一緒に応援してくれる仲間たちに、応援したいという気持ちになってもらうこと。もしリーダーさえ目立てばという考えが少しでも仲間に伝わっちゃうと、みんなも協力する気にならないんじゃない。確かに応援団員はみんなの前には出るけど、あくまでも裏方、盛り上げ役。あっそれと自分への応援、真希がんばんなさいってね」
 そのひと言を聞いて、夏美は今まで勘違いしていた自分に衝撃を受けた。確かに自分たちは応援リーダーを名乗りながら、自分さえ目立てばと思っていたのもしれない。あくまでも選手が活躍できる場を作る。そのためには仲間を巻き込む。そんな当たり前のことに、気づかされたように感じた。
「チアという言葉の意味を知ってる?」
「チアガールのチア?ですよね」
「そう。チアには“元気づける”とうい意味があるの。誰を?もちろん選手たち。そのためにリーダーに何が出来るかを、いつも考えてるかが大事かな」
「裏方!」
「そう、君たちのヒントになれたらうれしいわ。そうそう最初の河嶋君の質問に答えるね。なんで女性なんですか、だっけ?もう分かったと思うけど、目的さえはっきりしていれば、男女なんて関係ない。当然、男子でもいいってこと。なぜなら?」
「チア、そして裏方!」
 二人は丁寧にお礼を言って、その場を去った。ただわずか数時間前と明らかに違うのは、確固たる信念が芽生えたということだ。
 早く明日の応援練習が来ないかというワクワク感が、溢れ出てくる。 

 翌日、残り少ない応援練習が始まろうとしていた。
 まず、英司と夏実が、団リーダーたちに、昨日の明応大学でのエピソードを熱っぽく話し始める。その口調は真剣そのもの。
 
 さあみんなでがんばりましょう。私たちは?
 裏方!
 主役は?
 選手!
 そのためには?
 仲間を巻き込んで
 チア・アップ チア・アップ!

 ここに新しい玄武団がスタートした。
 
 多様で先が見えないこの時代、真のリーダーシップとは何か、ふと考えてしまう。
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