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101の水輪

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 高道市は人口十万人の地方都市だが、東京まで電車で2時間ほどで行けるので、都会からの移住先としては、常に上位に位置している。そして、ベットタウンとしても、急激に町が拡大してきまた。そんな高道市には、高道二中がある。二中は急激に人口が増え出したことを背景に、学年に400人以上はいるマンモス校で、上野恵奈はその二中に通う一年生だ。恵奈の両親は、東京からの移住者だが、恵奈は生まれも育ちもこの高道市のため、クラスには幼なじみが大勢いる。

 1年5組に転校生が来た。担任から紹介される。
「今日から2か月間、この学校に通うことになった葛城充君です。みんな仲良くしてあげてください。自己紹介してもらいます、葛城君お願いします」
「葛城充です。熱海の中学校から転校してきました。10年前にもこの町に住んでたので、今度で2度目です。よろしくお願いします」
「では席について、そう上野さんの隣の席が空いているから」
 言われたとおり、充が恵奈の隣の席に座った。さっそく恵奈は充に話しかける。
「葛城君っていうの?私は上野、上野恵奈。よろしくくね」
 伏し目がちな充は、緊張した面持ちなのは明らかだ。身長にして150cmほどできゃしゃな体つきは、まだ小学生かと思わせるほどで、顔立ちも少女のようなかわいらしさが残っている。
  
 3時間目は国語の時間。充はまだ教科書がないので、恵奈に見せてもらってる。
「川端康成は日本を代表する文豪だ。〝雪国〟をぜひみんなにも読んで欲しい」
 教師から川端康成の説明を受けるが、現代っ子が本を手にとることは、ほぼほぼ希なこと。
「ねえ葛城君って、本読む?」
 授業中だったが、コソコソ話が始まった。
「俺、勉強苦手で漢字も苦手。だから自分から読んだことなんて、まずないかなあ」
「私も、どちらかというと動画派」
 恵奈の返しに、充は意外な答えを出してきた。
「でも一冊だけあった。それって川端何とか。えっと伊豆の踊り子だっけ?親が読めって」
 川端康成だってことは、恵奈もすぐに気づいた。
「へえ~すごいね、どんな話?」
 会話が進んだことがうれしかったのか、恵奈も突っ込んでくる。
「そんなの覚えてるわけない」
 大方、予想された答えが返ってきた。すると教師からピシャリ。
「おいそこ、ちゃんと授業聞きなさい」
 話はそこまで。その後、充の口から〝川端〟の〝か〟の字が出てくることはなかった。 
 
 相変わらず授業中の充は寝ていた。それもイビキまでかいている。
「おい葛城君、起きなさい」
 当然、注意の言葉が飛んできた。恵奈も起こしにかかる。
「充君、ねえ起きて」

 恵奈は、あまりにも毎日のことだったので、授業後に聞いてみた。
「いつもお疲れね。体の調子でも悪いの?」
「いや別に。俺ってどうせ頭悪いから」
  予想通り、無愛想な反応しか返ってこない。確かに数学の時間では、分数の足し算はおろか、九九もできない状態だった。
「余計なことかも知れないけど、ちゃんと家で寝てるの?」
 さすがに、充もムッとした表情となった。
「寝過ぎ、やることないもん」
 なぜか、恵奈はそれ以上聞いてはいけないと確信した。

「先生、葛城君って今日もお休みですか」
 一週間続けて休む充が心配になり、恵奈は先生に尋ねてみた。
「そうなの。でも家では元気みたいよ」
 恵奈は不思議に充に会いたくなり
「私心配だから家に行ってみたいんだけど、どこに住んでるんですか?」
  と聞いてみたが、その答えは。
「それは個人情報だらから言えないわ」
 と、それで終わり。
「そうですよね、分かりました」
 恵奈は納得してなかったが、ひとまず引き下がった。それでも、そのことが頭から離れない。

 きれいな夕日が街全体を覆ってきたころ、部活動を終えた恵奈は家路を急いでいた。

 コンビニによって スイーツ見ていこ

 今日は月に一度のスイーツ祭りがあり、恵奈はこの日を楽しみにしていた。自宅近くの行きつけのコンビニに向かう。店の自動ドアが開いたときだった。中から出てきた小柄な女の子とすれ違った。その子は着物を羽織り、真っ赤な口紅が目立つほどの白粉をしていた。この辺では見かけない子ども。

 あれ?今の子、どこかで見たような

 すぐに思い出せないまま、いつのまにか忘れていった。

 恵奈は父の久司、母の知恵、祖母の梅代との4人家族。上野家の約束として、よほど用事が無い限り、4人が揃って夕食をとることになっている。
 まさに楽しい宴が始まろうとしている。
「おばあちゃん、今日もスパー銭湯の〝サンサンの湯〟行ったの?」
 おばちゃん子の恵奈は、梅代のお気に入りをよく知っている。
「ただひとつの楽しみだからね。そうそう、早乙女市之丞一座が来てるからもう満員」
 聞き慣れない一座の名前に食いついてみた。
「誰?その早乙女って」
「あんた知らないの?早乙女市之丞一座って言えば、旅芸人一座の王様」
 梅代も得意そうに話し続けた。
「へえ、そんなに人気なんだ」
「中でも雪姫、とてもかわいいの」
 そういうと、団員たちが写っているパンフレットを見せてくれた。
「この子が雪姫。ね、いいでしょう。まだ小学生くらいかな」
 恵奈も興味深そうに見入ってしまう。すると、あることに気づいた。
 
 あっこの子、さっきのコンビニの。なるほど一座の看板役者さんだったんだ。それにしても誰かに似てるのよね。 えっと、えっと

  久しぶりに、充が登校してきた。
「おはよう、充君。今日の家庭科は調理実習」
 恵奈が声を掛けても、充に返事はない。それどころか、どこかおどおどしているのがよく分かる。そして、急に奇妙なことをつぶやいた。
 
 だから友だちが出来ないんだ。僕だって欲しいよ、友だち

 恵奈は、その充の独り言を聞いてはいけないと、とっさに悟った。そして、ふとさりげなく横を見て、あまりの驚きに心臓が破裂しそうになった。
 
 コンビニの子?ということは雪姫はまさか?

 昨日すれ違ったときの雪姫と、横顔がそっくり。

 そっか、こちらは男子と思い込んでたから、間違いない

 きっと言えない事情があると思い、確認するのは止めとくことにした。
 充は、今日も授業中はずっと居眠りだったが、なぜか珍しく最後まで学校にいた。
 
「ねえおばあちゃん。私も〝サンサンの湯〟へ連れてって。早乙女一座見てみたい」
  恵奈は、どうしても自分の目で確認したくなっていた。
「そう?行きたくなったでしょ。夜の部は7時からだから」
 別に演劇を見たいわけではない。ただただ目的は別だ。
「違うの、もっと早めに行きたいの」
「でも準備してるだけよ」

 結局は、2時間も前の、5時に行くことになった。着くと、梅代は大浴場へ直行したが、恵奈はとにかく大広間へと向かった。そこでは、老若男女の団員たちが、一緒に力を合わせて舞台を作り上げていた。むろん誰一人としてサボっている者はいない。

 あっやっぱりいた 雪姫いや充君

「は~い、あと1時間。大切なお客様方がお見えになるよ」
 座長とおぼしき男性が、団員たちに活を入れている。その中で、いそいそと働く充の姿からは、授業中の様子が想像すらできない。 
 
 なんかいいな 学校では見られない真剣な眼差し 

 恵奈は、すでに早乙女一座の虜になっていた。
 
 いよいよ開園。笑いあり涙ありの旅芸人たちの2時間は、あっという間に過ぎていった。スマホの動画に毒されていた恵奈にとって、とても新鮮なひとときだった。
「おばあちゃん、本~当~に楽しかった。絶対また来たい」
「ね、ファンになるのも分かるでしょ」
 帰宅の途では、一座の話が途絶えないほど印象深いステージとなった。

 次の日、登校してきた充だったが、いきなりのお別れとなってしまう。
「葛城君、岐阜の下呂へ転校します。前にも言ったように今日は2か月目です」
 充が挨拶に立ったとき、凜とし自信ありげに感じられた。
「みんな、よくしてくれてありがとう。楽しかったよ。またどこかで会おうね」
 恵奈だけは知っている、充の本当の姿。

 雪姫、がんばれ 遠くで応援してるよ

 一人一人が持ち場で全力を尽くすプロの仕事師たち。旅芸人一座に、休んでいるひまはない。
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