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ハレとケ
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岩下大介15歳で桑崎中学校3年生。本来なら受験を控え学校や塾で勉強に励んでいるときだが、彼の1日は午後5時にスタートする。
「チース、今日も元気?」
大介が来たのは、ターミナル駅に隣接するラ・シェールショッピングモールの前だ。そこは通称“アメ前”と呼ばれる。なぜなら得体の知れない物体同士が、自然とくっつき増殖するアメーバーのごとく、若者たちがあふれ出してくる所からそう呼ばれている。
すでに同じ年頃の男女数名が、陣取っている。
「チェン待ってたよ、オッス」
最初に声を掛けてきたのは、同じ15歳の自称アイと名乗る少女。この年齢も名前も本当かは分からない。
実名を明かせ
と野暮なことを聞く人間は、ここにはいない。何せ現実社会から逃れた若者たちがたむろう場所、それがアメ前。
大介も、ここではチェンと名乗っている。
「アイはいつから来てんの?」
「私?ここ1週間は家に帰ってないかな。ホテルで毎日みんなでオール」
どうやら家に帰ってないようだ。おそらくここで知り合った仲間たちと、毎日がお祭り状態なのかも知れない。
1人が話し出すと、みんなは話を止めることなく、楽しそうに聞き続ける。
そのときだ、大介が大勢の大人たちがこちらに向かってくるのに気づいた。
「あれポリじゃない?逃げるぞ、また後でな」
警察官や児童相談所員が取り締まりに来たので、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに姿を消していった。
2時間もしないうちに、みんな戻って来た。毎回この繰り返し。
そこに、年の頃にして30くらいに見える青年が、大きな紙袋を抱えてやって来た。
「タント先輩、おはようございま~す」
大介はその青年の紙袋が目に入った。
「何すか?それって?」
「いつものハンバーグ。俺の手作りだ、ありがたく食えや」
どうやら少年少女たちへの差し入れのようだ。
「あざーす、待ってました。いつもありがとうございま~す」
タントと呼ばれた青年は、どうやらここの住人たちのカリスマ的存在のようだ。
「先輩、さっき親が警察と一緒に探しにきたので逃げてやったの」
「そうなんだ」
「クソ親父、泣いてやがんの。“帰ってきてくれ”だって。ほんとキモーい」
少年、少女たちは日ごろの思いをタントにぶちまけると、タントは口を挟まず聞くことに徹している。そう、ただただ受け止めてくれる。
「ところで、先輩って昼って何してんすか?」
急な問いかけに、タントは少し戸惑った様子。
「あっ俺?世直しかな?」
「へ~カッコいいすね。何とかレンジャーみたいな」
「そうか?ありがとう。じゃあ俺行くわ。お前たちも早く家に帰れよ」
ものの1時間もしないうちに、タントは再び自転車にまたがり去って行った。
数日後、大介はいつものように昼過ぎに起きて、近くのコンビニに弁当を買いだしに出たときのことだった。
『あれ、先輩?タント先輩?』
タントがアメ前で見せる出で立ちと違うため、にわかに区別が付かないが、明らかにその男性はタント本人だ。
『確かに先輩だ。でも何してんだろ?』
タントと覚しき青年は、お年寄りを乗せた車椅子を押していた。それは沢山の年配者と連れ添って歩く介護者たちの一群だった。その中の1人、和やかな表情で話しかけてるあの目は、タントに間違いない。
「先~輩~!」
大声で呼びかけたが、車通りが多い道路の向かい側にいるため、聞こえない。
「先!・・・」
そのとき、大介はなぜか呼び掛けてはいけないと思い、言葉を飲み込んだ。
『まあいいか。それよりアメ前に行かなくちゃ』
大介の新しい1日が、今日も始まろうとしている。
数にして10人ほどだろうか、すでにアメ前には、居場所を求めた若者たちが集まってきている。
「チェン、おはよ。ごきげんいかが?」
「よっ。あっそうそうう。さっきタント先輩を街で見たんだけど」
「よく分かったわね。先輩何してた?」
「それがさあ・・・・・。えっと、いや何でもない。きっと人違いかも。それよりも、TIKTokに出ていたあの・・・」
きっとこのことは、話してはいけないことだと思い込み、口を閉ざしてしまい話題を変えた。
夜の帳が下りても、アメ前にはそこかしこで電気が灯され、まるで日中かと勘違いするほどの明るさだ。
そこにタントが両手に紙袋を抱えながらやって来た。シルクハットに薄化粧、鼻ピアスに革ジャンと。昼に見つけた人物と違うように見るが、やはりタントに間違いないと確信した大介は、堪えきれずにタントに打ち明けてみた。
「先輩、実は先ほど見かけたんですけど、お年寄りの車椅子を押してたのって、やはり先輩でしたよね」
「・・・・・・」
不意を食らったのか、タントは黙りこくってしまった。
「あっすみません。僕、何か悪いこと聞いちゃったみたいで」
しばらく考え込んでいたタントだったが、重い口を開き始めた。
「見られちゃ仕方ない。別に隠すことでもないし。そう、介護の仕事やってんだ。ビックリしただろう、介護だなんて」
驚いたといえば、驚いたのは確かだ。
「ビックリしたというか、何というか」
「やっぱりビックリしたんじゃないか。そりゃそうだよな、お前たちの前では、あんなエラそうにしてて車椅子押しだもんな。それも年寄り相手だなんて。まあそこんとこ分かってくれよ」
大介は、それ以上聞いてはいけないと思い止めたが、あることは無性に頼みたくなってしまった。
「もし、もしで良ければですが、先輩の働いてるところを、見せてもらえないでしょうか?」
空気感も読まず、大介は何てこと聞いてしまったのか悔やんでしまったが、
「あっいいよ。じゃあ明日の昼にでも来たら?駅前の介護施設〝コスモス〟だから」
とあっさりOKが出た。大介も何度もその施設前を通っているので、コスモスの名前だけは知っていた。
「ありがとうございます。ぜひ行きます。いや行かせてください」
大介の心の中の叫びが、爆発しそうになっている。
いつもは昼まで寝ている大介だったが、今日は早朝から目が覚めてしまった。
『楽しみ。どんなところなんだろう?でそれより何着てけばいいのかなあ?』
まだ5時間以上もあるのに、すでに興奮状態に陥っている。
テンパった気持ちを押さえるために、介護についてネットで調べてみた。
老後や心身の障害などの原因により・・・・・・・・・・・・
『なるほどなるほど。じゃあコスモスも調べてみよう』
笑顔とまごころがモットー 身近で寄り添うあなたのコスモス
コスモスのHPを見た瞬間、大介のウキウキ感がさらに増してきた。
『少し早いんだけど、もう行こうかなあ?』
少しどころではない。かなり早いけれどコスモスに向かうことにした。あれほど悩んでいた服装は、なぜか学生服にした。学校へ通っていない大介が学ランを着るのは、いつ以来のこととなるだろう。
5分足らずで着くほどの距離だったが、コスモスの存在をこれまで意識したことはなかった。
『早すぎたかなあ?でも中をちょっと』
こっそりと施設内をのぞき込んでみると、数名の男女の老人たちがテーブルに着き、折り紙をしていた。そしてその側には、必ず介護者らしき職員が、ほぼ同数付いていた。
そのとき、
「チェン、やけに早く着いたなあ」
と車椅子に老女を乗せたタントが、声を掛けてきた。
「どうもすみません。でも早く見たくて来ちゃいました」
「そりゃ構わないけど。あっまだ仕事中だから行くぞ」
そういうと、タントは車いすの老女に優しそうな目で語りかけながら、担当場所に戻っていった。
待っている間は、タントの計らいで、職員に施設内を案内してもらうことになった。
この施設は、認知介護度がMAXの5に当たるかなり重度な入所者が多い施設。そのため職員が数多く配置されていて、手厚く介護されている様子がよく伝わってくる。
「あの方々は、自分の行動が理解できず、職員任せって所かな?そうそう轡田君ってとても真面目で頼りになる。というよりみんなの模範的な職員かな?」
『轡田?タント先輩は、轡田っていう名前なんだ』
「見ての通り、1人1人職員が動かないと、ここでは上手くいかないかな。その上で、互いに助け合わないと。それもこれも、すべては入所者さんたちのため。職員は、入所者さんたちの笑顔が一番の宝物」
大介の視線の先にはタント、いや轡田がいる。その動きぶりは何と機敏なこと。そして真剣な顔つきからは、アメ前でのチャラさは、微塵も感じられない。
『なんかカッコいい』
胸にしっかり刻まれた目の前の出来事により、自分の中で何か得体の知れぬ大きなうねりが起き始めているのが、大介にははっきりと分かった。
学校や家では居づらく、彷徨い続ける者たち。そんな彼らにも、存在を認めてくれる人はどこかにいるはず。
誰にも居場所はある。そんな幸せな空間がきっと・・・・・。
「チース、今日も元気?」
大介が来たのは、ターミナル駅に隣接するラ・シェールショッピングモールの前だ。そこは通称“アメ前”と呼ばれる。なぜなら得体の知れない物体同士が、自然とくっつき増殖するアメーバーのごとく、若者たちがあふれ出してくる所からそう呼ばれている。
すでに同じ年頃の男女数名が、陣取っている。
「チェン待ってたよ、オッス」
最初に声を掛けてきたのは、同じ15歳の自称アイと名乗る少女。この年齢も名前も本当かは分からない。
実名を明かせ
と野暮なことを聞く人間は、ここにはいない。何せ現実社会から逃れた若者たちがたむろう場所、それがアメ前。
大介も、ここではチェンと名乗っている。
「アイはいつから来てんの?」
「私?ここ1週間は家に帰ってないかな。ホテルで毎日みんなでオール」
どうやら家に帰ってないようだ。おそらくここで知り合った仲間たちと、毎日がお祭り状態なのかも知れない。
1人が話し出すと、みんなは話を止めることなく、楽しそうに聞き続ける。
そのときだ、大介が大勢の大人たちがこちらに向かってくるのに気づいた。
「あれポリじゃない?逃げるぞ、また後でな」
警察官や児童相談所員が取り締まりに来たので、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに姿を消していった。
2時間もしないうちに、みんな戻って来た。毎回この繰り返し。
そこに、年の頃にして30くらいに見える青年が、大きな紙袋を抱えてやって来た。
「タント先輩、おはようございま~す」
大介はその青年の紙袋が目に入った。
「何すか?それって?」
「いつものハンバーグ。俺の手作りだ、ありがたく食えや」
どうやら少年少女たちへの差し入れのようだ。
「あざーす、待ってました。いつもありがとうございま~す」
タントと呼ばれた青年は、どうやらここの住人たちのカリスマ的存在のようだ。
「先輩、さっき親が警察と一緒に探しにきたので逃げてやったの」
「そうなんだ」
「クソ親父、泣いてやがんの。“帰ってきてくれ”だって。ほんとキモーい」
少年、少女たちは日ごろの思いをタントにぶちまけると、タントは口を挟まず聞くことに徹している。そう、ただただ受け止めてくれる。
「ところで、先輩って昼って何してんすか?」
急な問いかけに、タントは少し戸惑った様子。
「あっ俺?世直しかな?」
「へ~カッコいいすね。何とかレンジャーみたいな」
「そうか?ありがとう。じゃあ俺行くわ。お前たちも早く家に帰れよ」
ものの1時間もしないうちに、タントは再び自転車にまたがり去って行った。
数日後、大介はいつものように昼過ぎに起きて、近くのコンビニに弁当を買いだしに出たときのことだった。
『あれ、先輩?タント先輩?』
タントがアメ前で見せる出で立ちと違うため、にわかに区別が付かないが、明らかにその男性はタント本人だ。
『確かに先輩だ。でも何してんだろ?』
タントと覚しき青年は、お年寄りを乗せた車椅子を押していた。それは沢山の年配者と連れ添って歩く介護者たちの一群だった。その中の1人、和やかな表情で話しかけてるあの目は、タントに間違いない。
「先~輩~!」
大声で呼びかけたが、車通りが多い道路の向かい側にいるため、聞こえない。
「先!・・・」
そのとき、大介はなぜか呼び掛けてはいけないと思い、言葉を飲み込んだ。
『まあいいか。それよりアメ前に行かなくちゃ』
大介の新しい1日が、今日も始まろうとしている。
数にして10人ほどだろうか、すでにアメ前には、居場所を求めた若者たちが集まってきている。
「チェン、おはよ。ごきげんいかが?」
「よっ。あっそうそうう。さっきタント先輩を街で見たんだけど」
「よく分かったわね。先輩何してた?」
「それがさあ・・・・・。えっと、いや何でもない。きっと人違いかも。それよりも、TIKTokに出ていたあの・・・」
きっとこのことは、話してはいけないことだと思い込み、口を閉ざしてしまい話題を変えた。
夜の帳が下りても、アメ前にはそこかしこで電気が灯され、まるで日中かと勘違いするほどの明るさだ。
そこにタントが両手に紙袋を抱えながらやって来た。シルクハットに薄化粧、鼻ピアスに革ジャンと。昼に見つけた人物と違うように見るが、やはりタントに間違いないと確信した大介は、堪えきれずにタントに打ち明けてみた。
「先輩、実は先ほど見かけたんですけど、お年寄りの車椅子を押してたのって、やはり先輩でしたよね」
「・・・・・・」
不意を食らったのか、タントは黙りこくってしまった。
「あっすみません。僕、何か悪いこと聞いちゃったみたいで」
しばらく考え込んでいたタントだったが、重い口を開き始めた。
「見られちゃ仕方ない。別に隠すことでもないし。そう、介護の仕事やってんだ。ビックリしただろう、介護だなんて」
驚いたといえば、驚いたのは確かだ。
「ビックリしたというか、何というか」
「やっぱりビックリしたんじゃないか。そりゃそうだよな、お前たちの前では、あんなエラそうにしてて車椅子押しだもんな。それも年寄り相手だなんて。まあそこんとこ分かってくれよ」
大介は、それ以上聞いてはいけないと思い止めたが、あることは無性に頼みたくなってしまった。
「もし、もしで良ければですが、先輩の働いてるところを、見せてもらえないでしょうか?」
空気感も読まず、大介は何てこと聞いてしまったのか悔やんでしまったが、
「あっいいよ。じゃあ明日の昼にでも来たら?駅前の介護施設〝コスモス〟だから」
とあっさりOKが出た。大介も何度もその施設前を通っているので、コスモスの名前だけは知っていた。
「ありがとうございます。ぜひ行きます。いや行かせてください」
大介の心の中の叫びが、爆発しそうになっている。
いつもは昼まで寝ている大介だったが、今日は早朝から目が覚めてしまった。
『楽しみ。どんなところなんだろう?でそれより何着てけばいいのかなあ?』
まだ5時間以上もあるのに、すでに興奮状態に陥っている。
テンパった気持ちを押さえるために、介護についてネットで調べてみた。
老後や心身の障害などの原因により・・・・・・・・・・・・
『なるほどなるほど。じゃあコスモスも調べてみよう』
笑顔とまごころがモットー 身近で寄り添うあなたのコスモス
コスモスのHPを見た瞬間、大介のウキウキ感がさらに増してきた。
『少し早いんだけど、もう行こうかなあ?』
少しどころではない。かなり早いけれどコスモスに向かうことにした。あれほど悩んでいた服装は、なぜか学生服にした。学校へ通っていない大介が学ランを着るのは、いつ以来のこととなるだろう。
5分足らずで着くほどの距離だったが、コスモスの存在をこれまで意識したことはなかった。
『早すぎたかなあ?でも中をちょっと』
こっそりと施設内をのぞき込んでみると、数名の男女の老人たちがテーブルに着き、折り紙をしていた。そしてその側には、必ず介護者らしき職員が、ほぼ同数付いていた。
そのとき、
「チェン、やけに早く着いたなあ」
と車椅子に老女を乗せたタントが、声を掛けてきた。
「どうもすみません。でも早く見たくて来ちゃいました」
「そりゃ構わないけど。あっまだ仕事中だから行くぞ」
そういうと、タントは車いすの老女に優しそうな目で語りかけながら、担当場所に戻っていった。
待っている間は、タントの計らいで、職員に施設内を案内してもらうことになった。
この施設は、認知介護度がMAXの5に当たるかなり重度な入所者が多い施設。そのため職員が数多く配置されていて、手厚く介護されている様子がよく伝わってくる。
「あの方々は、自分の行動が理解できず、職員任せって所かな?そうそう轡田君ってとても真面目で頼りになる。というよりみんなの模範的な職員かな?」
『轡田?タント先輩は、轡田っていう名前なんだ』
「見ての通り、1人1人職員が動かないと、ここでは上手くいかないかな。その上で、互いに助け合わないと。それもこれも、すべては入所者さんたちのため。職員は、入所者さんたちの笑顔が一番の宝物」
大介の視線の先にはタント、いや轡田がいる。その動きぶりは何と機敏なこと。そして真剣な顔つきからは、アメ前でのチャラさは、微塵も感じられない。
『なんかカッコいい』
胸にしっかり刻まれた目の前の出来事により、自分の中で何か得体の知れぬ大きなうねりが起き始めているのが、大介にははっきりと分かった。
学校や家では居づらく、彷徨い続ける者たち。そんな彼らにも、存在を認めてくれる人はどこかにいるはず。
誰にも居場所はある。そんな幸せな空間がきっと・・・・・。
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