こんなところ

101の水輪

文字の大きさ
1 / 1

こんなところ

しおりを挟む
 藤谷真央は中学校3年生。父の勝志は、自動車中古販売会社の整備士として油まみれになって毎日働いている。母の幸子は、近くのスーパーの惣菜係として、天ぷらなどの揚げ物担当の主任をしている。弟の真吾は、一つ下の中学校2年生で、地元の野球クラブに入っている。
 勝志は無口で、どちらかというと濃密な人間関係は苦手だ。一方で、幸子の方はいつも明るく笑いかけるので、彼女の周りでは、井戸端会議が絶えない。その性格を受けてか、真央も真吾も、とても活発な子どもに育った。

「明けましておめでとございます」
 元旦の藤谷家に、親戚一同が集まってきた。そこに集まる子どもたちの楽しみは、もちろんお年玉。財布が多いため、真央もウキウキ気分となる。
「はい、これ真央ちゃんね」
「ありがとうございます」
 だんだんとお金が貯まっていく。すぐに真央は自分の部屋に戻り、封筒を一つ一つ丁寧に開け数え始めた。
 
 わっ1万円、ラッキー。あれ?こちらは3千円か、しけてんな

 合計すると、なんと4万2千円にもなった。
 
 まあ今年はこんなもんか

 本当はうれしいはずなのに、まだまだ満足していない。
 
 みんなどれくらいもらってんのかなあ?

 冬休みを終え、今日から学校が始まる。真央も元気に登校してきた。
「芽久、久しぶり。明けオメ」                      
「真央、明けオメ。今年もよろしくね」
「ねえねえ、お年玉いくらもらった?」
 いきなり直球だ。驚いたことに、芽久も隠さず答えてくる。
「九万円くらいかな?で、真央は?」
 あまりの高額に、真央も一瞬引いてしまったが、
「えっ、偶然。私も九万円くらいかな」
という嘘を付いてしまった。半分にもなってないのについつい。これもかわいい嘘となるのかな。
 そして、動揺を隠すように、今日あるクラス役員の選挙に、話題を変えてしまった。
「ねえ、今日の選挙、班長に立候補するから一票入れてね」
「あっそうなんだ。いいわよ」
 真央が頼んだのは、芽久で五人目。これまでは6票も入れば、当選できるはず。
「これで私も班長になれる」
 
 6時間目、ホームルームの時間となった。まずはクラス代表の男女一人ずつが決まっていく。事前の予想通りの2人が選ばれた。ここまでは順調。
 
 いよいよ班長選挙 緊張する

 真央の心臓の高鳴りが聞こえてきそうだ。まずは演説から。
「班長に立候補した藤谷です。ぜひみなさんのお役に立ちたいです」
 舞い上がってしまい、自分でも何を話しているかは覚えていない。それでも、今思う素直な気持ちを訴えた。
 そして、いよいよ開票へと移っていく。
 
 大丈夫 5人にお願いしたんだから 私と合わせて6票は確実
 
 やはり心配になってきて、手足がガクガク震えてきた。
「では開票します」
「三沢さん、藤堂さん、月島さん・・・・・」
 今のところ真央の名前は呼ばれない。

 どうしたの?どうして私の名前が出ないの?

 表向きは平静を装ってたが、心の中は穏やかではない。そのときだ、
「藤谷さん」
とついに呼ばれた。されに続けて。
「藤谷さん、沢辺さん、藤堂さん・・・・・以上です。その結果、藤堂さん、月島さんとえっとあと一人は、藤谷さんと田村さんが同数の五票」
「すみません、私ならいいです」
 田村が辞退したので、その瞬間、真央の当選が決まった。

 ホームルームを終えると、真央のもとに芽久が寄ってきた。
「真央よかったね。念願叶って班長じゃない」
 うれしいはずの真央のは反応が鈍い。それどころか、眉間にしわを寄せていて、どこか思い詰めているようだ。
「どうしたの?真央、そんな険しい顔して」
「誰?」
 真央が、おかしなことをつぶやいた。
「誰って?」
「私に入れなかった一人は」
 思いもしなかった言葉に、芽久も戸惑ってしまった。
「どうして?5人に頼んだから5票で」
「違う、私の一票を合わせると6票のはず。絶対に誰かが入れなかったんだ」
 真央が奇妙なことを言い出した。
「そっそんな。きっと気持ちが変わったのよ、そんなこともあるって」
 芽久にも、どう答えてあげればいいのか迷ってしまう。
「そうかなあ?でも絶対に見つけてやる、私を裏切ったやつを」
 どうにもこうにも、真央の怒りは収まりそうにない。
「まあ考えによっては、5人の人が入れてくれたんだよ。私もその内の一人だけどね。その人たちの気持ちも、考えなくちゃいけないんじゃない?」
 それでも真央は、納得しないまま班長を受けることになった。

 帰宅するとすぐに、幸子に報告した。
「ねえお母さん聞いて!班長になった」
「それはよかったね」
「まあよかったことは、よかったんだけど・・・」
 ここでも真央の怒りは続いていた。
「何それ、やけに不満そうじゃない」
 幸子は不思議がる。
「だって、思ってた数が入らなかったもの」
 やはり幸子には?。
「思ってた数?それってどういうこと?」
 真央はここまでの流れを説明した。
 
 票を入れてもらうために5人に頼んだこと
 5票しか入らなかったこと
 誰か一人が裏切って入れなかったこと
 それがモヤモヤしてて、当選がスッキリ喜べないこと

などと心の内を打ち明けた。
「えっそれって不正じゃない?」
 幸子も疑問をぶつけてきた。
「違うよ、正当な選挙活動」
「そうかなあ、でも考えてみれば5人のうちの、一人だけが入れなかったとも限らないわよ」
「どうして、確かに5票は入っているよ。だから一人じゃない」
 幸子の思いつきに、理解はできないようだ。
「例えば頼んでいた3人が入れなくても、別の誰か3人が入れてれば同じだよ」
「そっか、そうなると余計に頭にくる」
  ようやく真央も気づいたようだ。
「もしそうであっても、ものは考えものよ。別に入れた3人はあんたに頼まれなくてもいれたかも知れないし。だとするとよほどピュアな票よ」
「なるほど、そうか。そう考えると、ほんとありがたいけど」
 少し機嫌が直ったと思ったら、今度は日ごろの思いを幸子にぶつけ出してきた。
「ねえ、私のおでこ見て。何でニキビだらけなの」
 急に何を言い出すのか、幸子も怪訝な顔となる。
「真央の年頃だったら普通じゃない?青春の証よ」
 それでも慰めようしてみた。
「何が証よ。それに私の顔って、まん丸にごま粒二つと真ん中にカリフラワーそしてソーセージが二本。私のあだ名知ってる?“あたしンち”だよ。なんでもっと美人に産んでくれなかったの!芽久なんてあんなにカワイイのに」
 こうなると、幸子はもう言葉をかける気も失せていった。
「そもそも何で家ってお金持ちじゃないの?芽久なんてお年玉に9万、9万よ。私の倍。恥ずかしくて、話を変えちゃったじゃない」
 真央は、堰を切ったようにしゃべり続ける。
「そもそも家だってぼろっちいし、せまいし。どちらかというとおんぼろ?芽久の家なんて庭にプールまであんの」
 こうなると、誰も真央を止めることはできない。あまりにも真剣に涙声で叫ぶ真央に、にわかに対処する術が見当たらない。
「そもそも油臭いのよ。そりゃそうでしょ、パパもママも油で」
と言いかけたとき、横でテレビを見ていた真吾が会話に割り込んできた。
「姉ちゃん、それってないんじゃない。俺だってイケメンじゃないけど体は丈夫、健康に産んでくれたから。それに父さんも母さんも、油まみれになってまで働いてくれたから生活出来るんじゃない。スマホもあるし、習い事もさせてもらってる。いったい何に不満があるんだよ。そりゃ金持ちは山ほどいるけど、その人たちって、本当に幸せなのか?少なくとも俺は藤谷の家の子でよかったよ、本当に。最後に決めるのは自分じゃない?」
 真央は黙ってしまい、返す言葉が見当たらない。

 幸せは誰が決める? 

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...