挑戦

101の水輪

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挑戦

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 成田隆平は、15歳の中学3年生。頭の回転が速く弁が立つので、しゃべりで彼に勝てる者はまずいない。
 いつも言葉で相手を打ち負かし、喜び、優越感に浸っているいやなヤツ。

 なんて愚かな奴らなんだ

と、常に人柄ににじみ出てきているので、彼に近づこうとする者はほとんどいない。

 まあ俺を言いくるめる奴は、この学校いやこの世界にはいないよ

 こんな調子だから、いつも一人でいることが多い。
 
 人間なんて基本は一人じゃん、別にさみしかない

 本当にそう思ってるのか、ただ強がっているだけなのかは定かではないが。

 放課後、隆平が廊下を前を見ず歩いていたところ、大きなザックを背負った男子4人、女子4人の一行とぶつかってしまい、その内の男子一人を転倒させてしまった。
「危ないじゃないか、どこ見て歩いてんだ!」
 いつもは隆平が歩くとみんな端に避け、自然と道が出来上がっている。何せ隆平にぶつかろうものなら面倒になることを、誰もが知っている。ところがこの一群は気にすることもなく、堂々と廊下の真ん中を歩いていた。
「あっゴメン、前を見てなかったもんで」
 男子生徒の1人が、慌てて謝ったが、
「ゴメンですむと思ってるんのか。そもそも俺様の前を遮るなんて」
あまりの身勝手な言い分に、女子生徒の1人が隆平食ってかかってきた。
「だいたいあんた何様なの?実際ぶつかってきたのって、あんたの方からじゃない」
 自分に逆らう、それも女子だなんて。隆平の目が点となってしまったのも無理はない。
「早くしなさいよ。人を助けるのが最初でしょ」
 あまりの剣幕に驚いた隆平が、倒れてた男子に手を差し伸べ起こそうとしたが、ピクリともしない。どうやらリュックが重いのが原因だった。
「どう、分かった?そのザックって50Kgあんの。どうせあんたには担げないでしょうけど」
  ケンカを売られて、性格的に買わない訳にはいかない。隆平はさも得意そうにザックを背負ってみせようとしたが、すぐには担げない。
「でしょうね。できてから大きな顔することかな。じゃあみんな行くよ」
 小柄な女生徒に声掛けられた7人が再び歩き出したかと思うと、廊下の一番端っこにある部屋の中へ消えていった。
  
 登山部  年中部員募集  “集まれ山ガール山ボーイ”
  
 入り口の扉には、部員募集の張り紙が大きく張られている。
    
「えっと、部に入りたくて来たんだけど」 
 数日後、登山部の部室を恐る恐るのぞき込む、1人の男子生徒がいた。その姿は隆平。
「やっぱり来ると思ってた」
 そう答えたのは、先日廊下で隆平を言い負かした、あのか弱き少女の原田玲奈。
「てことは、俺が来るのを予想してたってこと?」
「あんたみたいな人が一番単純で扱いやすいの」
 そうからかわれても、今の隆平は怒る気はしない。
 原田玲奈は、15歳の隆平と同じ中学3年生。身長は150cmほどの小柄で、見たところいかにもインドア女子だが、全国的にも珍しい中学校にある登山部、それも40年の歴史を重ねてきたこの学校の登山部の部長だった。
「では、入部が決まったからには、さっそく訓練に参加してもらうよ」
 
 おいおい、訓練って何だ?

 玲奈の一言で、部内に緊張が走る。
 
 ただみんなで山登りするだけじゃないのか?

 山登りはお遊びではない。そのためにも周到な準備が必要となってくる。

・重いザック(50kg)を背負い階段の上り下り
・筋トレ、ランニング
・天気図や地図の読図
・登山計画書の書き方
・テントの張り方、登山用具と服装
・食事の種類と作り方
・動物、植物の世界
・危険時回避の方法  

 えっこんなことまでやんの?

 隆平の驚きも無理はない。これじゃガチの、それどころかハードなスポーツだった。甘かった隆平の考えが、根本から覆されていく。
「いつものように、先ずは階段の上り下り。いいわね」
 玲奈の号令一下、部員が一斉に動き出した。それは見事といえるほどの統率力。

 隆平が入部してから2か月が経った。最初はきつかった歩行訓練も、ようやく慣れてきていた。さらに読図や登山計画書の書き方など、登山のための最低限のイロハも、身に付けてきていた。
 いったい、あれほど横柄だった隆平が、他の部員とここまで仲良くしている姿を、誰が想像できただろう。
 図らずも、玲奈から新提案があった。
「成田君も慣れてきたし、そろそろチャレンジしてみることにする?丹能山。そう全員での登頂!」
 丹能山。標高2000mの中級者向けの山。高さはそれほどではないが、山頂近くは岩場だらけの難山。登山のベテランでもためらうような山を、初心者の隆平がいる中学生たちが選んだのだった。
「ねえみんな聞いて!丹能山のこと知ってるよね。ちょっと面倒だけど、だからこそやりがいがあるってもの。成田君のデビュー戦をみんなで勝ち取ろうじゃない」
 部員1人1人の表情が、高揚していくのがよく分かる。
 賽は投げられた。


 登山当日の朝、玲奈部長、隆平ほか部員9名全員が、早朝の丹能山の麓に集合した。
「田代君、天候はどう?」
「天気図小さな小さな低気圧が近づいています。小雨は降りますが、さほど影響は出ないと考えられるので、大丈夫と判断しました」
「みんなはどう思う?・・・・・うん、異議なしね。じゃあ出発しましょう」
 いよいよ山頂に向けてのスタートだ。

 最初に歩き出したときは舗装されてたかと思えば、いきなり藪の中へ誘導する看板が立っていた。
 誰もが疑うことなく、その看板の指示通り、細い道をかき分けて進んで行くが、行けども行けども、先の見えない狭い小道が続いていく。
「ここで本当に正しいのか?どう考えたってこれって道じゃない。おい誰か答えろよ」
 まだ1時間も経ってないのに、早くも隆平が弱音を吐き出した。しかし、これも想定通りで、誰も彼を相手にすることなく、黙々と歩みを続ける。
「おい誰か何とか言えよ。道を間違ってるんじゃないか?ここで合ってるのか?」
「グダグダおしゃべりしないで、とにかく歩くの!」
 きっぱり玲奈が隆平を一括すると、みんなの気合いが改めて入り直した。

 さらに2時間、暗く険しい獣道を歩き続けていくと、そこからはいきなり視界が広がる高台に出た。

 わ~、なんてきれいなんだ!
 
 隆平がそう叫ぶのも無理はなかった。目の前には、黄色く小さな花が一面に広がっている。それは今までに目にしたことがないほどの鮮やかな色だった。
 その奥には高く切り立ち岩がむき出た崖がそびえ立っている。
「成田君、あれが名峰、丹能山。あそこに登るのよ」
 隆平が想像していたとは大違いで、その迫力に気が萎えてしまそうになる。そのときだった。

 ピカ ゴロゴロ ドッカーン 

 稲光と同時に、落雷が遠方で見えたかと思うと、すぐに大粒の雨が降り出してきた。
「あの木陰で、しばらく様子をみましょう。待避」
 玲奈のすばやい判断で、いったん休むことになった。
「部長、すみません。私の判断が甘かったようです」
 申し訳なさそうに天気担当の田代が謝ってきたが、玲奈はその言葉をさえぎる。
「これがあるから山。それに登山すると決めたのはみんなでだったから。田代君、まったくノープロブレム」
 
 30分もしないうちに黒い雨雲は去り、急に夏空がもどってきた。これも山。
「さあ登るわよ、いいわね」
 遅れを取り戻すため、少しペースを上げての歩きが再開した。

 歩き始めて6時間、ようやくランチタイム。
「お昼にしましょうか」
 しかし、隆平にはかなり堪えているようだ。
「成田君どう?クタクタのようだけど、疲れた?」
「・・・・・・」
 こなると無駄口すら出てこない。
 お昼ごはんはレトルトのカレー。標高にして1500mは越えているためか、気圧も低くなっていて、お湯は100度前に沸騰してしまう。さらに、持ってきたポテチの袋も、パンパンに膨れ上がった状態になっていた。

 これじゃまるで理科の授業。でも、なんか実感わいてくる

 隆平は、まさかこんな場所で学び直そうとは思ってもみなかった。
 
 程おかずして、震える手でカレーを一口。

 うめー、こんなの初めて。というよりカレーってこんなにうまかったっけ

 たかがレトルトのカレーにかなりの感動。これも山。
 すると、部員の1人が、岩陰に潜む生き物を見つけた。
「あっ見て!あれってタヌキじゃない?」
 雑木林の中から、タヌキがこちらをのぞき込むように見ている。
 野生の動物との出会いも、登山の楽しみの一つ。しかし、クマとの遭遇だけは勘弁。

「出発するよ」
 玲奈の呼びかけで、部員一同が気を引き締め直すが、隆平から本音が漏れた。
「部長、もう少し待ってもらえませんか?休んだら、なんか体が動かなくなっちゃた」
 確かに隆平は体を動かそうとしたが、いうことをきかない。
「そういえば成田君、ずっと寝そべってたね。やはり言ってあげればよかった」
 今考えると、ずっと座ってたのは隆平だけ。他の部員はいつでも再スタートできるためのアイドリング状態として、適度に動いていた。
「分かったわ。でも遅らすことできないから、誰か、代わりに成田君の荷物持ってあげて」
 悔しいかな、隆平の荷物を、誰かが持つように玲奈から指示が出た。すると、
「部長、私が持ちます」
と、名乗り出たのは、2年生女子部員の清水彩葉だった。さもか細い女子の彩葉が、隆平が担いできた食事セットを、肩代わりすることを申し出てきたのだ。
「そんなのいいっすよ。ましてや女子の清水さんにだなんて。申し訳ないし、恥ずかしいし」
 そういうと、隆平はザックを背負おうとしたが、体は正直。
「それ見なさい、ここでは人の力を借りることを学ぶの。困ったら助け合う。それって決して恥ずかしいことじゃないから」
 結局は、隆平の荷物の半分を清水が担ぐことになった。

 そこからしばらく平坦な山道を歩いていくと、ようやく高台から見えてた岩場の下にたどり着いた。
「さあ、ここからが本番。切り立った崖の岩場が続くからね。絶対に気を緩めないこと」
 一見すると、これほどの険しい崖だと、どう考えても中学生に無理が、それも綿密な計画と日頃のから訓練を行ってきたからこそ、登頂に挑めるのだ。
 
 登り続けると最終段階にさしかかってきた。高さにしてあと200mほどとなったが、なにせ岩場が続いている。そこは正に断崖絶壁、気を緩めると大ケガにつながる、いや命さえ落としかねない危険な場所。
 先頭は副部長の田中智が登り、最後部に部長の玲奈がと、2人で部員全員を挟みながら頂上を目指した。
 順調に進んでたように見えたが、やはり隆平のペースが落ちてきたのがすぐ分かったので、玲奈が声を掛ける。
「成田君、平気?無理なら言って」
 さすがにここまできて、弱音を吐くことなんてできる訳がない。しかし、そのときだった。
「痛え!」
 隆平の悲痛な叫び声が、辺りに響き渡った。不覚にも足首をひねり、うずくまってしまったのだった。
 こうなるとすぐに登山がを止められ、みんな隆平のもとに集まってきた。
「あら、やっちゃったわね」
 パンパンに腫れ上がった足首を見ても、玲奈は動ずることなく堂々としているから頼もしい。 
「こりじゃ無理。ということで、今から急遽、下山に変更。降りるときも慎重にね」

 えっ、どういこと?

 隆平は耳を疑った。自分のために登頂を断念するなんてあり得ない。ましてや頂上がすぐそこに存在し、残りあとわずかな地点まで来てるというのに。まったく信じられなかった。
「部長、俺なら大丈夫です。ここで待ってるので」
 よかれと思って言ったひと言を聞いて、珍しく玲奈が強い口調で隆平を叱りつけた。
「何バカ言ってんの。思い上がるのもほどほどにしなさい。1人置いているわけないじゃない。登山はチーム!」
「でも、俺1人のために、みんなに迷惑かけちゃうことになっちゃうから」
 隆平の必死の訴えにもかかわらず、部員たちが笑顔で包み込んできてくれる。
「先輩、全員での登頂が、最大の目的のはずでしたよ」
 1年生部員の笠松が呟いた一言が、部員の総意だったことに疑う余地はない。
「さあ、みんな降りるよ。最後まで気を抜かないで」
「登山は下山まで」
 みんなは、新米部員のザックを楽しそうに奪い合いながら、登ってきたときと変わらず、下山していった。
 隆平の目からは、仲間たちのありがたさと、何もできない自分に対しての悔しさが入り交って、自然と涙がこぼれ落ちてくる。

 数日後、松葉杖をついた隆平が部室に顔を出すと、そこには玲奈の姿があった。
「痛みは?」
 そんな優しい声掛けに、隆平には返す言葉が見当たらない。
「これだから山。そうそう。治ったらすぐ訓練再開するから、覚悟しときなさい」
 何もなかったかのように接してくれる玲奈の姿に、隆平は熱いものを感じた。
 
 登山には、人を引きつける不思議な魅力がある。
    
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