倍返しだ!

101の水輪

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倍返しだ!

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 中学2年生の小川武蔵は、それほど大きな悩みもなく、平凡に学校生活を送っていた。ただあまりにも変化に乏しいため、どこか刺激が欲しいようだ。

 ああ、何か楽しいことがないかなあ?

 最近の武蔵の口癖だ。そんな武蔵が、今一番関心を持ってることは、対戦式のゲームで、帰宅後の家でのほとんどの時間は、ゲームのために費やしてる。武蔵のお気に入りは、PC上での見知らぬ相手と、王冠を目指してバトルを繰り広げるゲーム。よほどおもしろいのか、1日、5時間以上はゲームに没頭する。そのため夕食も食べずにり続けることが多く、母の史佳に叱られてしまう毎日。

 ある日、2年生全員が体育館に集められ、大手通信会社から講師を招いてのネットトラブル防止座が開かれている。
「・・・ということで、SNSは便利なものですが、使い方次第では凶器にもなりますので気を付けてください。次は、オンラインゲームについて話します。この中でオンラインゲームをしている人はどれくらいいますか?」
 講師からの声掛けに手を挙げる者はわずかで、むろん武蔵も挙げていない。
「えっこんなに少ないんですか?小学生のデータですけど、スマホをもってる人の8割以上がゲームを利用しているという結果が出ています。となるとこの中でもやってる人は多いんじゃないですか?」
 図星のようで、生徒たちもザワつき出した。
「では、オンラインゲームにはどのような問題があるのか、一緒に見ていきましょう」
 そういうと、ステージ上のスライドが変わる。
  
 ・仲間はずれやいじめ
  ・依存症
  ・見知らぬ人とのつながり
  ・高額な課金
 
「主にこの4つです。自分にも当てはまらないか見てください」
 武蔵はいくつ当てはまるか考えてみたが、どれも当たらないと思い込む。あれほど史佳にやり過ぎを叱られていたはずなのに、武蔵には全く伝わっていないようだ。  

「“仲間はずれやいじめ”はどうでしょう。つい興奮して悪口や暴言にチャット機能を使ってません?結果トラブルに発展し“キック”され、いじめへとつながっていきます」 
  しだいに生徒たちも静まり返っていく。
「2つ目は“依存症”です。エンドレスでやってませんか。ある調査で止められない理由は“勝ちたい”や“友だちが止めないので止められない”だそうです。酒、タバコやギャンブルには中毒症があります。ゲームもやり過ぎると快感となり、“もっともっと”が頭の中を駆け回り、ついには自分でコントーロールできなくなるのです」
 こんな話を聞いても、やはりほとんどの生徒にとっては他人事だ。
「3つ目は“見知らぬ人とつながり”です。ネットでつながった相手とも妙に親近感が湧いてきて、実際に会ってみたりすると、子どもだと思ってたが、実は大人だったりして。その後、事件にまで発展してしまうことが度々ありますよ」
  スクーリンには、実際に起こったネット関連の事件の新聞記事が写し出されていく。生徒たちは、しだいに悔いるように見つめるようになっていった。
「最後は“高額な課金”です。無料ゲームで入ったはずが、次第に有料アイテムを購入するように誘導され、気づいたら多額の支払いへと陥ってしまったことも。小遣いでは払えず、親のカードを無断で使用したというとんでもない例があります。最初は少額ですが、いつしか目の玉が飛び出るよな金額を請求されてしまうのが落ちです」
 課金に関しては、武蔵も心当たりがあった。
「俺も課金はしてるなあ。でもそんなに多くもないし、まあ気にしなくていいか」
 講演会の出だしは眠そうにしていた生徒たちも、ゲームの話になると顔を上げ、真剣な眼差しで聞き始めている。特に男子の食いつきは相当なものだった。

 武蔵が帰宅すると、史佳が大変な剣幕で武蔵を問い詰めてきた。
「あんた、これ何?」
 突きつけられたのは、数枚の封筒だった。
「みんな決算代行会社からの請求書、それも3通も。合計1万2千円、いったい何に使ったの、本当のこと言いなさい!」
 武蔵は確認してみたが、確かに間違えない。そして、よくよく思い出してみると。

 もしかして、ゲームのアイテムの課金?確かプリペードで払ってるはずだけど

 すぐに部屋に行きPCを確認すると、課金の未払いが1万円を超えていた。
 
 やばい、いつのまにかこんなに使ってたんだ

 その後は、史佳からみっちり叱られ、2か月分の小遣いは取り上げるという約束までさせられてしまった。

 部屋に戻った武蔵は、つい今ほどしかられたはずだったが、もうオンラインゲームを始めようとしてる。こうなるとかなりの依存状態、いや病的といえるかも。
 
 ああ、課金ができないということは、新たなアイテムが手に入らないってこと。このままじゃ対戦できない、それじゃ勝たん

 それほどに落ち込むほど、武蔵には大事なことだ。
 
 どうしよう、何かいい金儲けの方法はないのか?

 スマホをいじりだした武蔵は、SNSで探してみた。

 # 中学生 金丸儲け 

 出るは出る、画面一杯に情報があふれてきた。中でも目に留まったのが、

  出資金1万円が倍に、いや数百万円になることをお約束します

の一文だった。

 1万が数百万?怪しいけれど、この際、疑ってなんていられない

  興味ある中学生、日曜日の昼1時、駅前のしあわせビル4階に集まれ

 よしこれに賭けよう。お足がないと対戦ゲームができませ~ん

 武蔵は、お年玉で残ってた虎の子の1万円を、しっかりとか握りしめていた。


 目指すビルの前は何度も通ってたが、中に入るのは初めてだ。武蔵が恐る恐るのぞき込むと、入り口にはエレベーターがあったので、乗り込み4階のボタンを押してみた。

 何か緊張するなあ。このままドアが開くと

 そう思う間もなく、4階に着いた。そこには大きな部屋が広がっていて、4人ずつの男女がランダムに座る、20近くのテーブルが並んでいる。
 そのとき、武蔵に気づいた司会者が、こちらを向いて話し出した。 
「おや、新しい方がいらっしゃいましたようです。みなさんでお迎えしましょう」
 すると、耳が弾けんばかりの大きな拍手が起き、武蔵は空いてた席に通されていく。よくよく見ると、ほとんどが自分と同じくらいの年頃の子どもたちだった。

 この子らも、俺と同じツイッターで集まってきたのか?

 武蔵はその状況を知り、どこか安心してしまった。
 再び司会者が大声で話を始める。
「では、もう1度説明します。ここにダイヤモンドがあります」
 小さな箱に入ったダイヤモンドらしき光る石を差し出してきた。
「単純なことです。このダイヤモンドを1万円で買ってもらいます。すると何もしなくても、今後、みなさんの所にお金が振り込まれていくのがここのシステムです。1万円が倍、いや数百倍に返ってくるのです。何もしなくてですよ。こんなおいしい話ってありますか?そうそう、あくまでも私どもはボランティアでやっているのです。みなさんのような若者に幸せになってもらいたいだけなのです」
 観衆は、目をギラつかせながら耳を傾け続けている。
「ただし、一つだけ条件があります」
 笑顔で聞いていた参加者たちの顔が、一瞬にして引き締まったのが分かる。
「誰か、友だち2人を誘って会員になってもらってください。ただそれだけ。それだけであなたも大金持ち。どうです?悪い話ではないでしょ。では、今から各テーブルごとに話を進めてください」
 そこまで説明を受けると、各テーブルでの話が始まった。後から考えれば気づくはずだが、初めて顔を合わせた者同士のはずが、やけにスムーズに話が進んでいくこと自体が不思議なことだった。
 
 しばらくすると、いきなり司会者がマイクで絶叫し出した。
「今ほど7番テーブルで、お買い上げされた人が出ました」
 その言葉に誘われるように、7番テーブルの1人が立ち上がった。
 すかさず、他のテーブルの参加者からは万雷の拍手が沸き起こる。

 いったい何が起きてんだ!

 訳も分からず、勢いに飲み込まれていきそうになっている武蔵がいた。今度はと別のテーブルでも会員が生まれたようだ。

 何だこの雰囲気。熱気に飲み込まれていく

 その異様さにまずいと思った武蔵は、ダッシュでその部屋から飛び出していった。

 とにかくここから逃げないと大変なことになる

 綺麗な誘い文句に、だまされていないか?
  そんな簡単な金儲けな世の中世の中あるはずがない!
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