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3話 最初の遭遇
しおりを挟む喫茶店のテーブルに座り、コーヒーを飲みながら、俺は深咲を待っていた。
そんな俺の目の前に最近オープンしたばかりのコインランドリーの姿が目に止まる。
俺はコインランドリーが苦手だ。
それは先天的なものではなく、後天的なもので、二年ほど前にコインランドリーで体験した出来事に端を発している。
◇
その日、洗濯機の調子が悪く、洗濯ものが溜まっていたこともあり、近くのコインランドリーに入った。
そのコインランドリーには初めて入ったのだが、中はどこにでもある至って普通のコインランドリーだった。
その時は違和感のようなものは感じなかったが、住宅街の中心地に位置してるわりには客が少ないな、とは思った。
店内には若い女性客が一人居るだけで他に客の姿はない。
時刻が11時を少し回ったところと言うのは多少なりとも影響してるのだろうが、その時の俺はこんなもんだろうと思い込んでしまい、何の警戒心もなく、洗濯機の中に衣類を放り込んでいく。
「あの……ちょっといいですか?」
ふいに呼び止められ声の方に視線を向ける。
すると、店内に居た女性客がこちらにまっすぐ歩いてきた。
呼び止められたことにも驚いたが、正面から顔を見て、さらに驚くこととなった。
か、かわいい……。
普通に天使がそこに居た。と思えるほど、端正な顔立ちの少女がそこに居たのだ。
見た感じ、高校生くらいだろうか。
思わずかわいいと口走ってしまったが、実際はかわいいと言うよりも綺麗と言ったほうが正しい。
そんな美少女がいきなり、声をかけてきたのだ。
だが、幸せな時間は長くは続かなかった。
「そこ……使わないほうがいいですよ」
えっ?!どうゆうこと?
内心戸惑いながらも彼女に問いかけた。
「使わない方がいいって、どういうことですか?」
機械の故障が多いとでも言うのだろうか。正直、彼女の言葉の意味が判らない。
「えっと……私もうまく説明出来ないんですけど……そこの洗濯機使ったら死ぬんですよ」
「はいぃっ?!」
想像もしてなかった答えに俺は思わず、大声を出していた。
「え、えっと、すいません……聞き間違えかもしれないけど、今死ぬって言いました?」
俺の失礼な問いかけに彼女は真っ直ぐな瞳を向けて、
「はい、言いました。使ったら死ぬんです」
彼女は真顔でそう告げる。当然ながらその表情は真剣そのものでとても冗談を言っているような感じではない。
そもそも初対面の人にそんなこと言う必要性もないわけで……。
意味不明な彼女の言葉を鵜呑みにするわけではないが、俺は彼女の真意を探るため、言葉を続けた。
「死ぬって……冗談ですよね?」
「初対面の人にそんな悪質な冗談言うわけないじゃないですか……本当なんです、信じてください」
そう言って彼女は澄んだ綺麗な瞳を真っ直ぐにこちらに向けてくる。
その顔で真っ直ぐ見つめてくるは反則だろーが!
「……判った。まあ百歩譲って、仮に貴女の言う通り死ぬとしましょう。だったら、なぜそれを教えてくれるんです?」
「死ぬの見たくないから」
「あ、ああ……そうですよね」
思わず納得してしまったじゃねーか。
シンプルな答えだったが、逆にあっさりと納得が出来てしまった。
目の前で人が死ぬ、それを見たがる奴などそうそうはいない。
ちょっとは俺のことを思ってくれたのかなぁとも思ったが、そうではなかったことに内心ダメージを受けつつ、俺は会話を続ける。
「けど、貴女の言ってることを信じるとして……どうして、死ぬことになるんだろ?過去に何か事件でもあったんですかね?」
そう訊ねると彼女は少し躊躇う素振りを見せる。
不謹慎ながらその仕草さえもかわいいと思えてしまう。
「事件というか事故が合ったみたいです……それが原因かは判りませんが、その事故があってから死ぬという噂が立ち始めて……」
彼女を信じないわけじゃないが、本当に洗濯機を使っただけで人が死ぬものだろうか?
そんなことを考えてしまう。
「もし、良かったら店の外に出てみてください」
俺の戸惑いを察したのか彼女がそう言ってきた。
「判りました。外ですね……」
俺は促されるまま店の外に出た。
そして、絶句した。
入るときは気づきもしなかったが、店の入り口前の歩道の縁石に花が供えられていた。
不意に彼女が発した一言が脳裏でリピートされる。
「死ぬの見たくないから」
洗濯機使ったやつが店を出た直後に車に轢かれたってのか?!冗談じゃねーぞ?!
俺は慌てて、店の中に戻った。
中に戻った俺は真っ先にあの洗濯機に向かった。
あの洗濯機には俺の洗濯物が入っている。
いくら回してないとは言え、そんな物騒な機械に俺の私物を入れっ放しにしていることに抵抗を憶えたからだ。
洗濯機から大慌てで洗濯物を取り出す俺を見て、
「信じてくれたんですね……」
良かったと言わんばかりの表情で彼女が安堵のため息をつく。
「デリカシーのないこと聞いてもいい?」
「えっ、あ、はい、なんですか?」
「店の前で亡くなられた人……どんな風に亡くなられたの?」
「急に店を飛び出したかと思ったら、車道に飛び出してそのまま……」
車に轢かれたワケか。
「元々、自殺志願者だったって可能性はないの?」
「ないと思います。洗濯機が回っている間、その人私の隣に座って、誰かとスマホで話してたんです。その話の中で遊びに行くのが楽しみだ、的な話をしてましたから」
「自殺志願者でもそれくらいのことは言うんじゃないの?相手に自殺を悟らせないために」
「現場検証に来た刑事さんも同じこと言ってましたよ。そうですね、貴方の言う通りその可能性はあったと思います。けど、その時の会話で、その人はチケットは自分で手配するからって言ってたんです」
チケット手配って、遊びに行く気まんまんじゃねーか。だとしたら、やはり自殺志願の線は薄いな。
「なるほど。それで、この洗濯機のせいだと思ったわけか」
納得は出来るような気はするが、それだけで断定に至れるものだろうか。
「けど、それだけでよく洗濯機のせいだって思えたね」
「ええ……元々、このコインラインドリーに噂があるのは知ってましたから」
「噂……そう言えばさっき、事故が原因でみたいな話してたね」
「あ、はい。実は以前から使うと死ぬ洗濯機があるって噂があったんです。それで、あ、これがその洗濯機だって思ったんですよ」
だが、彼女のその説明は俺の耳に入ってはいなかった。
「って、反応薄いですけど、聞いてます?」
反応が薄いわけでも、聞いていなかったわけどもない。
他のことに気を取られたからだ。
洗濯機の中に最後に残っていたシャツを取り出そうとすると、洗濯機の中で誰かの腕を掴まれた感触がしたのだ。
背筋が一気に凍り付いて、言葉が出なかった。
さすがにこの異変に彼女も気づいたらしく、
「もしかして、何か起こってます……?」
おそるおそる俺に訊ねてくる。
「……なんかに腕掴まれてる……」
「えっ、ウソっ?!」
彼女もまた絶句する。
最悪だ。気のせいであって欲しいと願いながら、洗濯機の中を覗くとそこには、鬼のような形相をした小さな女の子の姿があった。
「な、なんか中に化けもんみたいな顔した小さい女の子が居るんだけどぉ~っ!なんなのコレ?!」
「多分、この洗濯機の中で亡くなった女の子です!」
「なんで洗濯機の中で死んでんだよ?!」
「かくれんぼしててこの中に入ったところ、使用者がそのコの存在に気付かず機械を回したから、中で溺死して」
「最悪だ……どっちも最悪だ!」
なんで気づかないんだよ?普通判るだろーが!
俺は腕を掴む女の子を見据え、
「判った、判った……君が居る間は機械を回さないから、安心してくれ」
それは幽霊の怒りを抑えようとして、とっさに出た言葉だった。
俺がそう告げると、鬼のような形相をしていた女の子の顔が変化し、普通の女の子の顔に戻った。
「ありがとう……」
女の子の声が聴こえたような気がした。
直後、腕を掴まれた感触はなくなり、中の女の子の姿は消えていた。
「……あのぅ~、大丈夫ですか?」
俺は残ったシャツを取り出し、彼女に告げる。
「う~ん、よく判らんがなんとかなったみたい……」
「本当ですか?!」
「多分ね……鬼のような形相から普通の女の子の顔に戻ってたから……あのコは気づいて欲しかったんだよ、自分がここに居ることにさ」
「自分が居るのに平気で機械を回した人間を障ってたってことですか……よくはわかりませんけど、無事で良かったです」
「ありがとう、君のおかげだ、助かったよ……」
そこで俺たちはお互いに名乗ってなかったことに気づいた。
「まだ自己紹介してませんでしたね。私、麻倉深咲って言います」
「俺は依田鑑って言うんだ、よろしくね、麻倉さん」
「深咲で良いですよ」
そう言って深咲ははにかんだ笑顔を見せる。
その笑顔見て、俺はあの女の子に感謝した。
深咲との縁を作ってくれて、ありがとう、と……。
俺がそんなことを考えてると、不意に深咲が聞いてきた。
「……せっかくいい感じでまとまってたところをごめんなさい。どうしても気になることがあって」
「なに、気になることって?」
「……依田さんが持ってるシャツ、不自然な色してません?赤色のシャツ……なんですか、それ?」
「赤?……いや、これは柄もないただのワイシャツのはずだけど」
確認してみると確かにシャツが八割方、赤く染まっていた。
「て、言うか、この赤って……まさか」
俺と深咲は互いの顔を見合い、同じタイミングであの洗濯機の中へ視線を移した。
そこには、血まみれの男が苦悶の表情を浮かべ、妬ましそうにこちらを見つめていた。
こいつはヤバい。
本能的に身の危険を感じた俺は、深咲の手を引く、入り口に向かって駆け出した。
入り口を抜けた瞬間、外に出たと思ったら、なぜか例の洗濯機の前に立っていた。
「ウソでしょ……?」
「くそっ、諦めるもんかっ!」
俺は再度、深咲の手を引き、入り口を抜ける。
だが、そこはコインランドリーの外ではなく、再びあの洗濯機の前だった。
何度入り口を抜けても、なぜかこの洗濯機の前に戻ってきてしまう。
しかも、洗濯機の中に潜んでいた男は、洗濯機の中から出てくる寸前だ。
まるで、ゾンビのようなゆったりとした動きで洗濯機の中から這い出てくる。
その悠然たる動きは、俺たちが逃げられないと知っての動きのように思えてならなかった。
奴に捕まったらヤバい、逃げろ!逃げろ!逃げろーっ!!
絶望的な状況で現状を打破する術がないのに、脳内に逃げろと警鐘が鳴り響く。
くそっ、なんなんだ、これは?!まるで石兵八陣でも展開されたかのように同じところをぐるぐると回らされてる。
どうする?どうやったら抜け出せる?!
そうこうしてる間に血塗れの男は洗濯機から這い出てきて、俺の足を掴まんばかりに手を伸ばしてくる。
「うわぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ!」
逃れる術がない二人の悲鳴が誰も居ないコインランドリーの店内に響き渡る。
ついに伸びた手が俺の足を掴んだーーその瞬間、何処からともなく紙飛行機が飛んできた。
「よ、依田さん、この紙飛行機、あの壁の中から飛んできました!もしかしたら……」
出られるかも知れない。だが、深咲の口からその言葉が紡がれることななかった。
彼女も理解していた。この状況下に置いてそれは何の確証もない、ただの希望的な観測でしかないことに。
だが、これがあの霊が仕掛けた幻覚による結界めいたものだと考えると、今紙飛行機が飛んできた場所こそ、本当の入り口で間違えない。
「このまま何もしないよりは……」
俺は血塗れの男の手を振り払い、再び深咲の手を引き、紙飛行機が飛んできた方へ壁をぶち抜くぐらいの勢いで飛び込んだ。
「うわっ、痛って~」
気がつくと俺はコインランドリーの入り口前に倒れていた。
どうやら飛び込んだ際にアスファルトに体を打ち付けてしまったらしい。
「逃げられたのか、俺たちは……?」
呆然とする俺に隣に倒れていた深咲が、
「これのおかげかも知れませんね」
そう言って、一つの紙飛行機を俺を見せる。
最初観た時は違和感がなかったのだが、こうやって間近で見ると、紙飛行機は意外にも真っ赤な色をしていた。
その赤はまるで血のように思えてならなかった……。
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