遥かな宇宙 久遠の絆

藤原ゆう

文字の大きさ
10 / 10
1.瑠璃の章

7.巫女姫の告白

しおりを挟む
 テーブルに焼きあがったお菓子を並べ、良い香りのするお茶を淹れたところで、この日の訪問者がやってきた。
「ようこそ、元帥殿」
 ナイルターシャはランに向けるものよりは幾分硬質な笑みで彼を迎えた。
 ランは呆気にとられた。元帥殿と呼ばれた男性が、あまりに美しい人だったから。青い目と金色の髪。まるでギリシャの彫刻のようだった。
 美しいのは容姿だけではない。
 軍人らしい均整の取れた体は適度に鍛えられていて気がつけば見とれていた。
 ナイルターシャもそうだったが、この人もまた神様ではないのかと疑ってしまう。
「ほら、ぼさっとしてないで、元帥殿をお席にご案内しな。ラン」
 ナイルターシャに叱られ我にかえると、顔を赤らめつつカイルを用意した席に導いた。
 男性は少し苦手なランだった。

 ナイルターシャがカイルの前の席に座ると、ランはナイルターシャの隣に腰かけた。
 神がかり的な美貌を持つ二人に囲まれるのはとても居心地悪かったけど仕方ない。
 ナイルターシャの淹れてくれたお茶をすするフリをしながら、二人の会話に耳を傾けた。
「先日の儀式ではバタバタしたからね。二人をこうして会わせることができてよかった。元帥殿、彼女に自己紹介を」
 カイルもまた手持ち無沙汰だったのか。ナイルターシャがつらつらと話をしている間手にしていたカップを置いてランを見た。
 ガラス玉のような青い瞳を真正面から受け止めて、ランはどぎまぎしながらうつむいた。
「はじめまして、ランさま。私は帝国元帥カイル・アルファラともうします。このような異国の地においでになり驚かれたでしょうが……。なにかご不自由はありませんか?」
 カイルはその身分にそぐわず気づかいのできる人のようだ。
「不自由もなにも、私がいるんだ。心配するほうが失礼じゃないか」
「そうですね。……ランさま」
 カイルに呼ばれ、ランはピクリと肩を震わせた。
 カイルはなかなか次の言葉を口にしなかった。ランが顔を上げるのを待っているとでもいうように。
 ややしてランは意を決して顔を上げ、カイルを見た。
「ああ、ようやくお顔を拝見できましたね」
 思いのほか嬉しそうに言って、カイルは破顔した。

 この人はどういう人なんだろう。

 ランは不思議だった。
 ナイルターシャのくれる優しさとも違う。
 まるで裏表のないまっすぐな感情で、彼はランを受け入れてくれる。
 そんな人に出会ったのは初めてだった。

「じゃあ、そろそろ本題に入ってもいいかい?」
 ナイルターシャが痺れを切らしたみたいだ。
「セクン大司祭さまは?」
「セクンは来ないよ。大事な話に神殿の関係者なんか呼べるものか。私はたしかに神殿の庇護下にあるがね。それ以上の関係を築くつもりがないよ」
「そうですか」
 カイルはどこかほっとしたようだった。
「なに他人事みたいな顔してクッキー食べてんだい? あんたのことについて話すんだからね。ちゃんと自分の意見を言うんだよ」
「え? そうなんですか?」
「のんきだねえ」
 ナイルターシャはため息をついた。
「あんたは一度は命を失った存在だ。それがこの世界にくるまでに再構築された。星が死に、チリになって、再び集まり星になるようにね」
 突然壮大な話になってランは焦った。
「あの、ナイルターシャさま。私に理解できるように話してください!」
「……仕方ないねえ」
 ナイルターシャはお茶をひとくち飲んで。
「ランがここにくる前の話も、ここにくる時の話も、今はするべき時ではないだろう。あんたがもう少し、ここでいろんなことを経験したり、見たり、考えたあとに話すことにしよう。そうすれば、今のランよりもずっと冷静に話ができるだろうさ。今日元帥殿にも来てもらって話したいことは未来のことだ。これからランがするべきことを話そうじゃないか」
「未来……」
「そうだ。未来だ」
 ナイルターシャは厳かに言ったかと思うと、パウンドケーキをひと切れ口に放り込んだ。

「さて……ランがわかりやすように説明するには、なにから話したらいいだろうねえ」
 そう言ってしばしの逡巡のあと、ナイルターシャは遠くを見る目つきをして話し始めた。
「まずね。私には双子の姉がいるんだ」
 ランとカイルは同時に「え?」という顔をした。
「姉君ですか?」
「そうさ。双子のね」
「双子……」
「そう……私たちはずいぶん長いこと生きてしまった。けれど、それももうおしまいだ。姉の命はもう少しで終わろうとしている」
「……」
「私はずうっと一緒だと思っていたが、姉はそれを拒否したんだ。そして私にすべてを譲って姿を隠した。もちろん私は姉がどこにいるか知っている。姉もそれを望んでいるからね。でも会ってはくれない。私たちが再会して、もう一度あの悲劇が起こるのが怖いんだよ」
「悲劇とは?」
 カイルが身を乗り出すようにして尋ねた。
「元帥の坊やも知っているだろう? かつてこの世界のすべてを巻き込んで行われた戦争を。あの戦争のきっかけは、私と姉だったんだよ」
 そう言って、ナイルターシャは初めて辛そうに目を伏せた。
「私はあの戦争を鎮めた巫女姫なんかじゃない。むしろきっかけを作った大逆人なんだよ」
「しかし!」
 カイルは自分の受けた衝撃を振り払うように声を上げた。
「しかしナイルターシャ様がおられたから世界は救われたのでしょう? そうでなければ、神殿があなたを庇護するはずがない」
 カイルの言葉にナイルターシャは自嘲の笑みを浮かべて応じた。
「そうだねえ。だから姉は姿を消したんだ。救国の巫女姫の栄誉は私に譲って」
「……」
「私と姉が再び会えば、またこの世界は戦火にまみれる。それが私たちの『さだめ』だ。……ラン」
「は、はい!?」
「あんたがこの世界を本当の意味で救うんだ。世界だけじゃないんこの星も、宇宙も。そして、あんたの生まれた星も……」

 ナイルターシャと双子の姉がこの世界にやって来たことで小さなひずみが生まれた。
 それは次元と次元とをつなぐ境目にできたひずみ。
 そのひずみを通って、ランはこの世界にやって来た。一度は失った体をもう一度取り戻して。
 ひずみがもうちょっと大きくなると、世界……宇宙の崩壊が始まるだろう。
 ランと同じように宇宙は一度死に、空間のある一点に集中する力によって、宇宙はもう一度生まれ変わる……。
 
 ランの頭ではおよそ理解できないことを、ナイルターシャは淡々と説明した。

「どうして、ナイルターシャ様はそんなことをご存知なのです?」
 そう尋ねたカイルの声は少しかすれていた。
「私と姉も元は異世界人だった。この世界よりもずっと高度な技術を持った世界からやって来たんだ。あんたたちが及びもつかないくらい高度なね。だから、私たちがここに来て起こることはある程度予想できたのさ。あんたたちが今使っている空飛ぶ艦船も車も、私たちがもたらした技術の賜物なんだよ」
 カイルはひどく驚いた顔をしていた。『冷静沈着な元帥』と評される彼ではないかのように。

「瑠璃の指輪……これをここに持って来てほしいんだ。ラン」
 急に話が自分に戻ってきて、ランは椅子の上で飛び跳ねた。
「ちょっとした偶然で私の術に応じてやって来たあんたにも、私たちと同じ力があるのかもしれない。だから私はあんたに賭てみたい。この世界の崩壊を止めてくれないかい?」
「で、でも、どうやって?」
「瑠璃の指輪には次元のひずみを作り、またそれを塞ぐ力がある。私と姉の力で塞いでいたんだけど、姉が不老不死を拒否したことによって、その力が弱まっちゃったんだよ。私はここを離れられない。だから、ラン。瑠璃の指輪を姉から受け取り、私のところに持ってきてほしいんだ」
「……」
 
 できるだろうか、私に。
 でも、それがここにいる意味だというなら、やらなくてはいけない。
 一度は死んだ身だ。
 何が起こったって、もう……。

 ランは頷いた。
 そして瑠璃の指輪を受け取り、ここに帰ってくることをナイルターシャに約した。

「ありがとうよ。神殿には、贄の娘は無事神の国に召されたと伝えよう。そうすれば神殿はもう、あんたとは何の関係もない。元帥殿にこの話を聞いてもらったのはね。この子を助けてやってほしいからだ。帝国と同盟の戦争は、まるで私たちが引き起こした戦争のようじゃないか。そんな時にこの世界にやって来たこの子は、きっとあんたたちを救ってくれるだろう。瑠璃の指輪とともにね」
「贄の娘?」
 カイルが眉を上げた。
「神殿は、先日の儀式を、人身御供の娘を神に捧げるものだと思ってるのさ。帝国を救うためのね」
「なるほど……」

 カイルはじっと、ナイルターシャの話について考えているようだった。
 ランには結局難しい話は理解できなかったけれど。
 自分が今必要とされている。
 そのことだけはわかった。

(私をいらないと言ったあの人たちが聞いたら、どんな顔をするだろう)
 もう二度と会うことはないだろう両親に、ランはこの時初めて『さよなら」を告げた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...