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第8章ロンタイル三国

連合王国

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キッテル公爵はコンラッド皇太子より預かった親書をひざまづき国王にうやうやしく捧げた。
それを黙って受け取って読んだ国王は
「やはりな。同盟と言うよりは連合王国じゃな。セドも思い切った事を言ってきよるわ。」
国王オットー・ウォンジはカクヨ国のセオドル・ハルキ国王を愛称で呼んだ。

「連合国ですか……如何いたしましょうか?」
キッテル公爵たちは国王の前に椅子並べて座った。

「うむ。ヘンリーよ。卿の考えを聞かせてくれんか?」
オットーは視線をヘンリーに向け意見を求めた。
この状況に及んでも目元が涼やかないつものオットーだった。
キッテル公爵とシェーンハウゼン侯爵はヘンリーの様子を伺うように見た。

「はい。申し上げます。このまま連合王国を組みますとアルポリとカクヨに何かあった時は巻き添えをこうでしょう。ただ、連合王国を組んだ時点でアルポリがカクヨを攻める可能性は低くなります。
また、今現在の我が国とカクヨとの関係は、この2国が別れてから今が最高に友好関係にあると言えるでしょう。連合王国を組むには一番いい時期とも言えます。」

「というと卿は賛成なのじゃな?」
シェーンハウゼン侯爵はヘンリーにそう確認した。
「いえ。そういう訳ではございません。今のは現状を述べただけです。先程陛下が『やはりな』とのお言葉でしたが、予想されておられましたのでしょうか?」

「なに、この前の園遊会で呼ばれた時にのぉ、セドが『昔のように1つの国である方が良いように思える。』とか言っておったからな。セドは余の弟みたいなもんだからのぉ。なんでも余に相談しよる。」

セオドル・ハルキ国王の母親はオットー・ウォンジ国王の母親の妹だった。この2人は従妹同士になる。
その上、父方の先祖は勿論同じだ。

「アルポリがカクヨを狙っているのは間違いないのじゃな。」
国王オットーはキッテル公爵に聞いた。

「それは間違いございますまい。全ての状況証拠がそう言っております。」
キッテル公爵が応えた。

「ふむ。」
国王オットーは腕を組み天を見上げ考えていた。
暫く考えてから横目でヘンリーを見た。

ヘンリーはそれを見て
「イツキならどういうか?でございますか?」
と応えた。

「うむ。」

「可愛い弟分の為に一肌脱いでも罰は当たりますまい。問題はうちではなく彼の国にありますが、ここに至ってはそれも懸念には及ばないでしょう。これが王道でございます……と応えるでしょう。」

「そうだな。」
オットーは笑いながら頷いた。

「この件はゲールとシェーンハウゼン侯爵に任せる。明日の朝食は共に取らぬか?とコンラッドに伝えるが良い。勿論、卿らも一緒じゃ。」
キッテルの名を愛称のゲールで呼ぶ時はオットーの機嫌が良い時だ。

そういうとオットーは並べてあったチェス盤のクイーンを動かし「チェックメイト……か」と呟いた。
「またもやイツキにやられたわ。」
オットーは楽しそうに笑うと部屋を出て行った。

3人は立ち上がってオットーを見送るとホッとした表情でまた椅子に座った。

「どうやらこの前、イツキが陛下とチェスをさした時に、お心は決まっていたようじゃな。」
キッテル公爵はそう言った。

「みたいですね。」
ヘンリーも同意見だった。
実はヘンリーとイツキはこの話を何度もしていた。ヘンリーはどちらかと言えば反対だったのだが、イツキに「ヘンリーは陛下の器を小さく見過ぎているんっじゃないか?」といわれて気が変わった。

その言葉は「あまりにも小賢しい事ばかり考えて、お前自身の器が小さくなってないか?」というイツキからの問いかけに思えたからだ。

転ばぬ先の杖は大切だが、いつの間にかその杖自体が大事なものになってしまっていないか?
木を見て森を見ずに陥ってないか?

とヘンリーは自問自答した。

――自分の器が小さくなると他人の器も過小評価してしまうもんらしい――

それ以来、ヘンリーは我が国王オットー・ウォンジの器を大きさを測る事は止めた。
ある意味他人の器の中で遊ぶ喜びと安堵感を覚えたようだ。

――イツキはそうやっていつも俺を助けてくれる――

ヘンリーは今回の話をイツキの為にもまとめ上げようと思った。


翌朝。
朝食の間ではオットー国王の両側にキッテル公爵とシェーンハウゼン侯爵そしてヘンリーが座り、長いテーブルの国王の向かいにはカクヨ国皇太子コンラッド皇太子。が座っていた。

「本日は朝食にお招きに預かり、恐悦至極でございます。」

「クルト、堅苦しい挨拶はよい。それよりもそなたと食事をするのも久しいのぉ。」
オットーは皇太子の名を愛称で呼んだ。

「はい。園遊会の折以来ですね。今日は兄様はおいでにはならないのですか?」
両国は皇太子同士も仲が良い。コンラッドは幼年期からリチャードの事を兄のように慕っていた。

「リチャードか?あやつは今お気楽に旅に出ておるわ。」

「え、そうなんですか。だったら私も一緒に呼んでもらいたかったですね。」

「お主までも放蕩息子になったら、セドも困るぞ。辞めておけ」
そう言うとオットーは片手を振りながら笑った。

「いえいえ、兄上は放蕩息子なのではありませんよ。いつも陛下の事を案じておられます。」
と真顔で答えた。

「そうかのぉ。それよりもじゃ、今回のセドからの申し入れじゃが基本的にはそれで良い。後はこのキッテルとシェーンハウゼンと詰めてもらいたい。」

「おお、ありがとうございます。国王も喜ばれると思います。私もこれから陛下を連合王国の王としてお仕えできる事はこの上ない喜びでございます。」

「まだ良い。気が早い。」
オットーは笑いながら片手を軽く上げた。それを合図にメイド達がテーブルの皿に暖かいスープを注ぎだした。

「クルト、お主はアルポリがカクヨを本当に攻めると思うか?」

「虎視眈々とその機会を狙っている事は分かっておりますが、それ以上の事は分かりません。しかしこの連合でアルポリがもしそう思っていても迂闊(うかつ)には手が差せなくなったとは思っています。」
コンラッド皇太子は素直に思っている事を答えた。

「うむ。素直に白状しおったわ。我が国を後ろ盾にするのが目的か」
オットーは笑いながらそう言った。

「はい。陛下に隠し立てしても仕方ありますまい。それに私は今までいつも陛下には正直にいたつもりです。」

それを聞いてオットーは優しい笑みを浮かべ
「まあ、セドといい、お主といい、本当に正直者だわのぉ。後ろ盾でも何でもなってやろう」
と言った。


元々仲の良い両国であったが、昔は敵対し戦争になりかけた事もあった。
国境付近の小競り合いなどは日常茶飯事だった。それがそれ以上大きくならなかったのはモンスターの存在が大きかった。
モンスターを倒すために両国が協力して戦士や騎士を派遣した事は何度かあった。
最終的には両国の共通する敵の存在がこの2国の平和を守っていた事になる。
しかし、両国の共通の敵が少なくなってもこの2国間の平和は揺るがなかった。
今の両国間の平和は先代の両国の国王が和平を求め、お互いの絆を深めようと思い立った事に始まる。

そして世代が代わった今、オットーを盟主とする連合国家ができようとしていた。
オットーは今の世界の現状が戦争の可能性を大きくはらんでいると考え、それを何としても阻止しようと思っていた。

その第一歩がこの連合国家だった。
幸いにもこのロンタイルの3か国は、元を正せば全てナロウ国より発した国である。
兄弟みたいな国と言っても差し支えない。
争う時は骨肉の争いになるが、仲が良い時は元々身内なので直ぐに一つにまとまる事が出来る。

「一度、セドとテミン国のアランも呼んで3者会談でもせねばな。」
オットーはそう言ってコンラッドを見た。
コンラッドも深く頷いて同意した。





イツキは朝早くにカツヤ立ちを引き連れでギルドに戻ってきた。
彼らはほとんど寝ずに飲んで騒いでいた。

そのままギルドのゲストハウスになだれ込んで、リビングで全員死んだように眠った。
起きたのはもうすぐ昼になろうかという頃だった。

イツキが起きた時、既にカツヤとアシュリーは起きていてテーブルを挟んで座っていた。

「なんだ、もう起きていたのか?」
イツキは2人に声を掛けた。

「ああ、さっき起きた。」
カツヤが応えた。
まだ酒が体に残っているようだ。
イツキは周りを見回したがシラネとアンナはまだ寝ていた。

「ジョナサン、行ったなぁ……。本当に黒騎士になってしまったなぁ」
アシュリーが呟くように言葉を吐いた。
本当はジョナサンにも近衛に入って貰いたかった2人。実は何度もジョナサンを口説いていた。
しかしジョナサンは近衛には入らずに黒騎士を選んだ。
2人は一抹の寂しさを覚えていた。
宴の後だけに更にその寂しさは大きくなったようだ。

「また会えるさ。あいつの事だから1年ぐらいでマイスターで帰って来るんじゃないのかな?」
イツキは2人を慰めるように声を掛けた。

「そうだな。今度会った時は俺があいつを狩ってやろう」
とカツヤが呟いた。


玄関のチャイムが鳴った。
ゲストハウスに誰か来たようだ。
イツキが立ち上がりドアを開けた。

「おはようござ…い……酒臭いですねぇ……」
とそこには顔をしかめて鼻をつまんだマリアがいた。

「ああ、ちょっと昨日は深酒してしまってね。どうしたの?」
イツキは眠たそうな顔で目を細めてマリアの顔を見た。

「いえ、ギルマスから『イツキは起きたか見てこい』って言われたので様子を見に来ました。」

「見ての通りだよ。今起きた。悪いけど朝食を5人前用意してくれないかな?こんな時間だけどいい?」

「大丈夫ですよ。お持ちします。それとギルマスには二日酔いで死んでます。って伝えておきましょうか?」

「それでお願いする。」
イツキはマリアにそう頼んだ。





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