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第9章アウトロ大陸

久しぶりの転生者

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 「ええ。皇太子もおりますし」
アルカイルはそういうと目でリチャードを探した。

 「ほぉ、筋肉皇子も一緒か」

 「誰が筋肉皇子ですかな?」
シドの後ろからリチャードの声がした。
振り向くとそこにリチャードが笑いながら立っていた。

 「おお、これはこれは皇太子様ですか。とんだ失礼を」
シドはリチャードに頭を下げて謝った。

 「いえいえ。お初にお目にかかる。老師があのイツキの師匠ですか?」

 「ほおほほ。そうみたいですな。イツキをご存知か?」

 「ええ。知っております。この旅をする前にギルドで会いました。良い男でした。」

 「ほぉほほ。まあ、いい男と言える方でしょうな。」
シドはにこやかに笑いながら応えた。
 彼は世界がいつも楽しさで満ち溢れていると錯覚させるような笑顔でリチャードに接していた。
それが彼の基本的なスタイルなんだろう。

 リチャードはこの老師を一目見て嫌な印象は持たなかった。
どちらかと言えばもう少し話をしてみたかった。
この飄々ひょうひょうとした老師がイツキの師匠と言われるのもなんとなく分かる気もした。

 「老師は何故この船に」
アルカイルが聞いた。

 「気まぐれの旅じゃ。幾つになっても見聞は広めておかねばな」

 「どうですか?一緒に旅をしませんか?」
リチャードが聞いた。

 「ほぉほほ。お気づかいは嬉しいが、冒険の旅の足手まといになっても申し訳ありませんからな。今回はご遠慮させて貰いましょう」
  シドはまたもやにこやかに笑いながらリチャードも申し入れを断った。

 「では、旅が終わったら王宮にお越しください。是非とも一度じっくりとお話がしたい」
リチャードは残念そうに言った。事実リチャードはもう少しこの老師と話をしてみたかった。

 「そうですな。折角のご招待ですからな。気が向いたらお伺いしましょう」
そう言ってシドは丁寧にリチャードにお辞儀をした。

 「老師はイツキと会いましたか?」
アルカイルはシドに聞いた。

 「あやつとは会っておらんが、会わなくても何を考えとるかはよく分かるわ。ほぉほぉほほ」
そういうと笑い声を残してシド老師は船尾へと去っていった。

――今はイツキとの繋がりを言わん方がいいだろう。アルは何かと勘が良いからのぉ――
シドはあくまでも暇つぶしの旅人である事を装った。

――それに気になる奴らが何人かこの船にはいる――

 シドはこの船に乗ってから複数の人間の存在が気になっていた。
最初この集団を見つけた時はリチャード達と一緒に旅をしてもいいかもと思っていたが、少し離れたところからこの集団の動きを探るように見ている男達に気がついていた。

 ガタンと揺れて船が接岸した。
船内は軽いどよめきが起きた。

シドはいつの間にかまた戻ってきていた。アルカイルにそっと近づき耳元で
「お前たちは見張られているぞ」
と言うとまた素早く離れて船内に繋がれているコータローを迎えに行った。





 ナロウ国王都シェラザードは軍事教練で騒がしかった。

イツキは午前中の教練に参加して夕方近くになってやっと自分の事務所に帰ってきた。

――この頃、こき使われているような気がする――

 確かに自分はキャリアコンサルタントだったはずなのに、軍事コンサルタントみたいな事をやらされている。

――納得できん――

 イツキは忙しく追い回される生活は嫌いだった。
デスクの上の書類を見ると、何人か分の履歴書が置いてあった。

――いつもはヒマなくせにこういう時には集まるんだな――

と半ば諦めながらデスクの鈴を鳴らした。

 暫くしてノックの音がしてマーサが顔を覗かせた。
「呼ばれました?」

「うん。今待っている人が居るなら面談するよ」
イツキはマーサにそう言った。

「大丈夫ですか?疲れてません?この頃、イツキらしくなく働き過ぎているようだから……」
とマーサは心配そうに聞いた。

「まあ、これくらいは大丈夫だよ。本業はこっちだからね」
イツキは笑いながら言った。

「倒れても知りませんよ」
マーサがそうい言うとイツキは

「ぶっ倒れたらマーサの白魔法で治してもらうから」
とイツキは言った。

「私の魔法よりイツキは自分で治した方が早いのでは?」
と笑った。
「ではロビーにいる人をお連れします」
そういうとマーサは部屋から出て行った。


 暫くしてノックの音と共にマーサと現れたのは鉄板テンプレそうな学ラン姿の高校生だった。

――男子高校生はヨッシー以来かぁ……と言うか面談自体も久しぶりな気がするな――

と思いながらイツキはその男を見ていた。

「それではお願いします」
そういってマーサはこの高校生を置いて出て行った。

 イツキはデスクの前の椅子をその高校生に勧めた。

「初めまして。キャリアコンサルタントのイツキです。あなたのお名前は?」

「はぁ。黒木と言います」
その男は小さい声でそう言った。

 イツキはデスクの上にあった履歴書から黒木の履歴書を引っ張り出して、ざっと目を通した。
そして改めて黒木の顔を見た。

――学ランって久しぶりかも……この頃の高校生はブレザーが多いからなあ――

「ここにはどうやって来ましたか?」
とイツキは聞いた。
黒木はそれには答えず
「あの……え~とイツキさんは神様ですか?」
とイツキの顔をじっと見つめて聞いた。

「は?」

――何言っているんだ?こいつ?――

 イツキは戸惑った。この商売を始めてから面談中に「神様ですか?」って聞かれた事は一度も無かった。
暫くイツキは考えてから黒木に聞いた。
「もしかしてあなたはここに来る前に神様に会いましたか?」

「はい。会いました。その人は自分は神様だと言ってました」
と黒木は答えた。

「黒木君はどんな状況になってその神様に会ったのかな?」
イツキはなんとなく予想はついたが一応聞いてみた。

「徹夜して並んで買った新しいゲームを早くやりたくて、学校から自転車を飛ばして帰っていたらトラックに轢かれて気が付いたら目の前に神様だと名乗る人が立ってました。」

――やっぱりテンプレか――

「ほほぅ。で、その神様はなんて言ったの?」
イツキは聞いた。

「はい。『実はお主の目の前をスマホをいじくって歩いて居た奴が事故に遭うはずだったんじゃが、間違えてお主を事故に遭わせてしまった。済まんな』と言われました」

「なんだ?ええ加減な神様だな……」
 イツキは呆れながらスマホって携帯電話だったよなとか思っていた。
イツキがいた時代はまだスマホが普及していなかったが、この頃ここに来る転生者はスマホを見ていてトラックに跳ねられたというのもテンプレ化しつつあった。

「で、『死んでしまったのは仕方ないと言ってお詫びにこの世界に転生させてあげよう』みたいなことを言われて気が付いたこの建物の前に立ってました」

「学ラン着て?」

「はい」

「ほぉ」
とイツキはどうでもいいところで感動していた。

――どうせ生まれ変わるなら女子高生にでもしてもらえば面白かったのに――
ついでにそんな不埒なことも考えていた。

「で、神様は他には何か言ってなかったの?」

「はい。『その建物の中にイツキというモノがおるからその者を尋ねるが良い。悪いようにはせぬだろう』と言われました」
と黒木はイツキにすがる様な目をして言った。

「だから黒木君は僕の顔を見るなり『神様ですか?』って聞いたのか?」

「はい。同じ神様の仲間がいるのかと思いました」

――とうとう俺の知名度も神様級にまで広がったか……って違うだろう!そんな問題ではない――
イツキは心の中で一人ノリツッコミを演じていた。

「結論から言おう。僕は神様でも何でもない。勿論、神様に会った事もない」

「そうなんですか……」

「それより君は神様に会った時に何か貰わなかった?あるいは何か力を授けられなかった?」

「いえ、なにも……」

――この頃神様も手を抜いているなぁ……間違いは相変わらず犯すくせに――

とイツキは思っていたがそれは顔にも言葉にも出さずに言った。

「まあ、黒木君のように神様に会って『ごめん、手違いだった』とか言われて転生してくる人は結構いるよ」

「え、そうなんですか」

「しかし神様に『イツキに会いに行け』と言われたっていう人は君が初めてだけどね……しかしなんで僕が神様の尻拭いをしなけりゃならんのだ?それも一言の礼も頼みもなく」
イツキは少し憤ったがこれ以上黒木には言わなかった。

「まあ、こんな事は黒木君に言っても仕方ないんだけどね。それよりもこれからのここでの黒木君の生活を考えないといけない」

「はい。お願いします」

イツキは黒木の顔を見ながら暫く考えていた。

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