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VRMMO

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 朝、登庁すると僕は上司の高杉課長に軽い感じで呼ばれた。
「天田、君はVRMMOとか聞いた事があるか?」

「ああ、今話題のフルダイブ型VRMMOロールプレインゲームの事ですか?」

僕はここ数か月で新聞やTVのニュースで話題になっているVirtual Reality Massively Multiplayer Online Gameの事を思い浮かべた。
 3年ほど前に世界初のフルダイブ型VRMMOとして話題になったゲームだ。
そして今、そのゲームはユーザーが体調を崩すという事象が複数起きて、『フルダイブ型VRMMOは身体に与える影響が大きい』とかでまた話題になっていた。


「そうだ。流石に知っていたか。で、お前はやったことあるのか?」
高杉課長は機嫌良さげに頷くと僕に聞いてきた。

「いや、ないですよ。そんな暇があったら仕事します。溜まりに溜まったこの掃きだめにこびりついたように残った仕事を片付けますよ。それに身体に悪そうだし……課長、そのゲームに興味でもあるんですか?」
課長の笑顔に違和感を覚えながら僕は答えた。

「いや、俺はまったく興味がない……そうかぁ……お前もやった事が無いのか……」
 高杉課長は僕の返事を聞くと何か考え事をするような感じで呟いた。
僕が声を掛けようかと思った瞬間、課長は顔を上げて
「ところで今からここに行って貰いたい」
と一枚の紙きれを僕の目の前に突き出した。

 そこには
「内閣府サイバーセキュリティ特殊対策会議」
と書かれていた。

「なんですかこれ?もしかして出稼ぎに行けと?」

「そうだ。『警視庁から1名、コンピュータネットワークに詳しい奴を出せ』と言われて、その大任がお前に決まったという訳だ」

「はぁ……そうですか」

「なんだ?その覇気のない返事は?」
課長は呆れたように聞いた。

「いや、溜まった仕事はどうするのかなって考えただけです。他にも詳しい奴はいくらでもいるでしょうに……サイバーテロなら他の部署に適任者ならいくらでもいるじゃないですか?」
僕は思った事をそのまま口にした。課長はそれを咎める様子もなかった。

「ああ、溜まった仕事はこちらで何とかする。だから心置きなく行って貰いたい。それに今回の案件はサイバーテロではない……だろう……まあ、そう言う事だ」
結局課長は奥歯にものが挟まったような煮え切らない言い方で応えただけだった。

「はあ、期間は?」

「未定だ」

「やっぱり……そうですか。で、テロでなければ仕事はどんな仕事なんですか?その特殊対策って……」

「さっき言ったVRMMOに関する事項だ。詳しい話は先方に行ってから聞いてくれ。兎に角、これは相当ナイーブな問題だから、その辺は汲み取ってくれ」
 僕はナイーブという言葉がこの上司の口から飛び出すにはあまりにも似つかわしくない言葉だったので、とても嫌な予感がした。それに普通はナーバスって言うだろう……。

 兎に角、行ってみないと話にならない。僕は指示された中央合同庁舎へ向かった。
用意されていた会議室は共用会議室ではなく、政府の割と重要な政策会議に使われる会議室だった。

僕はドアを開いて会議室の中へ入った。

 会議室の正面には白板とモニターがありその前に、3人ほど偉そうな人が座っていた。
真ん中にいるのが政策統括官だろう。女性だった。

その3人と対面するように長テーブルが左右に連なっていた。
僕はその中ほどのテーブルの端の席に座った。

「どれくらいの人間が呼ばれたんだろう? 結構いろんな省庁からも呼ばれたんだろうな。サイバー絡みはいろんなところに影響を及ぼすからなぁ……」
そんな事を考えていたら、さっき白板の前に座っていた統括官と思(おぼ)しき女性が、立ち上がり僕の隣
に立った。
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