羊を数え続けて

カイエ・アイセ

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 彼女に子供を堕ろしてもいいと言われた次の日、土曜日だ、僕は羊の家へ向かった。鯖の缶詰と鮭の缶詰をそれぞれ四つずつと、一キロの冷凍のブルーベリーを三つ、そこにエコバックに入るだけの缶ビール(ニ十本ほど)と羊が吸う銘柄の煙草を一カートン買った。筋トレのおかげでエコバックを重くは感じなかったが、紐が左肩に食い込んで痛かった。煙草は入らなかったので、右手に持って歩いた。よく晴れた日だった。鼠の家に向かう道中には、公園が二つあり、子供が遊んでいた。親はいない。携帯ゲーム機で遊んでいる子も入れば、缶蹴りをしている子供もいた。
 僕は、最後に羊の家に向かったの時のことを思いだした。その時、子供たちは大人に怒られていた。大人は子供に唾を飛ばしながら怒っていた。大人はどこも怪我をしていなかったし、公園のどこにも子供の遊びによって破壊されたようなものはなかった。塀を乗り越え、窓ガラスや盆栽を割れるような公園でもない。ボールを大人の顔にぶつけてしまったとか、缶が当たってしまったのかと思ったけれど、そのような遊び道具も見つからなかった。
 僕は、公園に用があるフリをしてベンチに座り、子供たちがなぜ起こられているのかを訊いた。どうやら、声がうるさいから怒られているらしい。声が五月蠅い。近所迷惑だ。常識がない。親の顔が見てみたい、学校で何を教わっているんだ、最近の子供はこれだからだめなんだ、将来の日本が心配だ。そんなことを言っていた。
 僕は、その大人に声をかけようかと思ったけれど、止めておいた。子供が五月蠅いのは仕方ないじゃありませんか。ここは公園ですよ?大きな声が出たって当然です、とかなんとか。僕の人生の経験上、こんなことを言っても仕方がない。その大人にとって、公園とは、子供が大きな声を出して言い場所ではないのだ。つまり、ゴルフの紳士のように遊ぶ場所なのだ。いや、そもそも遊び場ですらないのかもしれない。山のように、単なる背景なのだろう。
 僕は、ベンチから立ち上がり、羊の家に向った。
 少子化が原因なのか、維持費の問題なのか、それとも危険だからなのか知らないけれど、最近公園の遊具がどんどん減ってきている気がする。僕が、彼ら彼女らくらいだった頃は、滑り台とか、銀色の筒を通り抜けるだけの何かとか、垂らされた紐を登るだけの何かなどが組み合われたできた、遊具の合体ロボットみたいなのがあったのだけれど、そういったものは無くなってしまった。逃げる側は、足を地面をつけずに合体ロボット遊具のみしか移動できなくて、鬼は遊具に登ってはいけない、みたいな遊びはもうできなくなってしまった。
 最近では、そういう明らかに危ない(実際に骨折する人が僕たちの中にもいた)だけでなく、ブランコですら減っている気がする。その内、砂場すらなくなりそうだ。いや、地面がなくなるかもしれない。転ぶと怪我をするかもしれないから。
 僕の記憶が間違っていなければ、子供が外で遊べる場所はどんどんとなくなっている。一方、家の中でゲームをしたり、本を読んでばかりいるのは、それはそれで健全ではないらしい。どうすればいいんだって感じだ。
 ほどほどにしてくれればいいん。子供が適度に体を動かせるだけの遊び場があればいいんです。それには、危険な遊具なんて必要ないでしょ?そのほどほどというのは、一体どこの誰が決めるのだろうか。今と昔は違う。大人が子供の時のほどほどと、今の子供のほどほどは全然違う。ファミコンとスマートフォンぐらい違う。それに、大人は公園で遊ばない。ただ、見ているだけだ。それなのに、どうして大人が子供のほどほどを決められるのか、僕にはわからない。
 こんなことを考えて何もかわらないのだけれど、考えられずにはいられない。
 このテーマについて彼女と始めてデートした時に話したけれど、どんな結論に至ったのか、まるで覚えていない。覚えていないということは、僕は納得しなかったのだろう。納得しなかったから、あるいはどこにでもあるような話だったから、印象にも、記憶にも残っていないのだろう。彼女のサボテンの話は覚えている。
 僕は、いつもこうやって、余計なことばかり考えてしまう。自分では、どうやってもかけることができない、世界について。
 僕にできることと言えば、お金を稼いだり、どうしようもないことを、どうしようもないと言いながら、友達に差し入れを言えることくらいだ。
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