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第2話 淳弥
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淳弥にとってそれは、想定内。今までずっと、佳苗と飲むことがあっても、いつも社内で約束をかわしていたから。ラインのメッセージは、『今日は楽しかったです♪』とか、『また飲みたいですね』とか、一緒に飲んだことがわかるものはあっても、これからの予定を書き残したことはない。
だから、日時と場所を敢えて特定出来るように書いた。麻衣香がどう出るのか、反応を見たくて。
「…淳、くん…?」
まさか、何でこんな信じられない。そんな表情で、麻衣香は淳に近づいてくる。
自分の姿を確かめて、麻衣香の瞳にみるみるうちに水泡が溜まっていく。
「…淳くん、何これどういうこと…?」
公共の場であるにも関わらず、麻衣香は淳弥を責め立て始める。
「淳弥くん、これは一体…」
麻衣香の父も、淳弥の行動を娘と一緒に詰り始めた。
さっきまでジャズサウンドが軽く耳をくすぐる程度に流れてた小さなバーの空気が、不快なノイズに占領されて、他に2、3いた客も、ちらちらとこちらに注目している。
「お前こそ、どうしてこんなところ…結衣は?」
「ママが見てくれてる。私、バーに行ったことない、って言ったら、パパが連れてってくれる、って言うから…そしたら…」
続きは言いたくない、と言わんばかりに麻衣香は唇を噛み締めた。
飽くまでも偶然来合せたように装って、ひとり夫の裏切りに傷ついた風を演じる。自分がスマホをのぞき見たことはこの際、徹底的にシラを切り通すつもりなのだろう。
自分が正しくて、自分が優位な立場にいなければ気が済まない麻衣香らしいやり方だ。
可哀想に、立ったままのふたりに、背後から詰られれて佳苗は居たたまれなさそうに、身を小さく屈めてる。その時だった。
「遅れてごめん」
場の空気をモノともしない軽快な調子で、割って入ってきたのは伊藤だった。
「い、とうさんまで…どうして…」
麻衣香は先程店に入ってきて、淳弥と佳苗が並んでカウンターに座ってるところを目撃した時より驚いている。伊藤の登場は、彼女にとって、想定外だったのだろう。
「どうして、って…今日は元から、3人で飲む予定だったし、いつもそうだよ、麻衣香ちゃん」
麻衣香の顔色が、青ざめて行った――
佳苗には先に帰ってもらって、場所を変えて淳弥の家で話した。
伊藤が仕事あがりに駆けつけたため、遅刻したが、元々3人で飲む予定だったこと。淳弥と佳苗は仕事の先輩後輩で、それ以上の関係はないこと、を伊藤は力説してくれた。
淳弥の直接の上司で、家にも何度も遊びにきたこともある伊藤に「峰が浮気なんて出来るわけはないじゃん。麻衣香ちゃん、信じてあげてよ」と説得されては、麻衣香も得意の畳み掛けるような反論が出来ず、素直に「わかりました」とうなずいてた。
麻衣香の父と伊藤。ふたりが帰ってしまい、夫婦だけの空間になったあとの居心地の悪さっていったらなかった。
結衣は、実家に預かってもらったまま、明日の朝迎えに行くことになっている。だったら…、お互い言いたいことを全部吐き出しあってしまおうか。淳弥の方から、とっかかりの一言を切り出した。
「ホントは麻衣は知ってたんだろ…? 俺があの店にいること」
寝室の三面鏡に向かい、ドライヤーで髪を乾かしていた麻衣香は電源を切って、淳弥に向き直った。
「…どうして私が知ってるの? 淳くん、飲みに行くとしか言わなかったじゃん」
「そうだね。麻衣には言ってない。でも、俺のスマホには書いておいた」
「私が見たって言うの…?」
淳弥は先日リビングに置き去りにしたスマホの――自分が出て行く時と、戻った時の写真を見せる。明らかに誰かが触れた痕跡に、麻衣香の目の色が変わる。
「…私のこと、信じてなかったんだ、淳くん…。今日のこともわざとだよね…?」
麻衣香の言う通り。わざとスマホを置き去りにし、釣りの誘い文句を森崎に投げて、麻衣香が出て来やすいようにした。伊藤にも店の近くで待機してもらって、麻衣香が来店したタイミングで伊藤にメールを送って、入店してもらう。。
勝手に夫のスマホを見た妻と、それを知って敢えて、嘘の情報を流した夫。まさに狐と狸の化かし合い、だ。
(似合いの夫婦、ってことなのかもしれないな…)
「森崎に嫌がらせしたのも――麻衣だよね」
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