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第3話 琢朗
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直接的な言葉は敢えて避けてたにせよ、折に触れ、機会にかこつけ、にじませていた琢朗の好意を、知らなかったとは言わせない。
夕希は抵抗しないで、琢朗の唇を受け止める。
ゆっくりと拘束を解く。夕希は深く俯いたまま、琢朗の顔を見ようとはしない。
「…ごめん…乱暴なことして。でも。糸井さん、今、めちゃくちゃ視野狭くなってる。他に道はいくらでもあるってこと、思い出して欲しくて」
俺を見て、とは言わない。けれど、少なくとも顔を上げて欲しい。下を向いて、自分の腹の中ばっかり気にするんじゃなくて、もっと広がる可能性に目を向けて。
「…淳さんが、庇ってくれた時、私、嬉しかったの。ダメってわかってるのに。この人は、他の人のものだってわかってるのに、嬉しかった…。他の言葉が全部嘘でも、きっと私を抱いた夜と、あの一瞬だけは、淳さんは私のこと、いちばんに思っててくれたと信じられるの。だから…ごめん」
他の道は選べない。
静かだが、深い覚悟を窺わせる口調で、夕希はさらりと迷いなく、琢朗の告白を退ける。
たった3日で、夕希は驚く程強くなった。何なんだろ、愛されてる者の自信?
「女の理屈だね」
「上條くんにわかってもらおうとは思ってない」
「糸井さんが、こんなばかな女だって思わなかった…」
ああ、もう最低。思うようにならなかったからって、腹いせ紛れにこんなこと言うなんて。
わかっていても、止まらなかった。
「…ごめんね、期待外れで。でも、上條くんがいろいろしてくれたこと、すごく助かった」
「……」
欲しいのは、謝罪の言葉でも感謝の言葉でもない。
「送るよ」
と琢朗が言うのを、夕希は固辞する。今日もこの後、バイトがあるらしい。呆れる程に働き者だ。
「ちっくしょ…」
ちょっとでも迷うなら、いくらでも付け入る隙はあるのに。キスしても全くゆらぎもしないんじゃ、勝ち目は到底無い。
あーあ。もう完璧に振られたな。「待って」なんて追っかける気にもなれないくらい、こっぴどく。
だけど、琢朗にはまだやることがある。きっと夕希にはまた余計なことを…と詰られるだろうけれど、もうそんなの関係ない。
次の日、琢朗は再び、淳弥の入院する病院を訪れた。
「どーも」
昨日は踏み込まなかった病室に足を踏み入れる。父の病室より消毒の匂い。突如現れた琢朗に峰淳弥は明らかに不審げな一瞥をくれた。まあいい。歓迎されないのは、最初から承知の上だ。
「刺されたんだってね」
「ああ…」
「けど良かったですね。命に別状なくて。あ、飲みます?」
無造作に下の自販機で買ったコーヒーを差し出すと。
「いや、今はいい」
淳弥に拒否されてしまった。
「じゃあ、あとで飲んでください」
小さな冷蔵庫にしまうと、琢朗は自分用のプルタブを引き抜いて、口をつける。あ、やばい。微糖は失敗だった。もっと甘い方がいい。口の中に広がる苦味と酸味に閉口してると、淳弥が言いにくそうに聞いてきた。
「…夕希ちゃんと付き合ってるの?」
琢朗にしてみたら、失笑ものの的外れさだ。何言ってやがる、このオトコ。
「なわけないでしょ。彼女、今たいへんな時なのに」
「司法試験前だもんな」
「…そうじゃねえよ」
「どういう意味だ」
気色ばんで淳弥は更に鋭く琢朗を問い詰める。
夕希がそれを望んでないことは知ってる。だからこれは、夕希のためじゃなく、琢朗の自己満足だ。
「糸井サンには絶対言うな、って言われてんだけど」
「…だから何をだ」
「フェアじゃないと思うから、言っとくわ。言ったからって、あんたに何が出来るとは思わねえけど――糸井さん、妊娠してるんだよ」
夕希は抵抗しないで、琢朗の唇を受け止める。
ゆっくりと拘束を解く。夕希は深く俯いたまま、琢朗の顔を見ようとはしない。
「…ごめん…乱暴なことして。でも。糸井さん、今、めちゃくちゃ視野狭くなってる。他に道はいくらでもあるってこと、思い出して欲しくて」
俺を見て、とは言わない。けれど、少なくとも顔を上げて欲しい。下を向いて、自分の腹の中ばっかり気にするんじゃなくて、もっと広がる可能性に目を向けて。
「…淳さんが、庇ってくれた時、私、嬉しかったの。ダメってわかってるのに。この人は、他の人のものだってわかってるのに、嬉しかった…。他の言葉が全部嘘でも、きっと私を抱いた夜と、あの一瞬だけは、淳さんは私のこと、いちばんに思っててくれたと信じられるの。だから…ごめん」
他の道は選べない。
静かだが、深い覚悟を窺わせる口調で、夕希はさらりと迷いなく、琢朗の告白を退ける。
たった3日で、夕希は驚く程強くなった。何なんだろ、愛されてる者の自信?
「女の理屈だね」
「上條くんにわかってもらおうとは思ってない」
「糸井さんが、こんなばかな女だって思わなかった…」
ああ、もう最低。思うようにならなかったからって、腹いせ紛れにこんなこと言うなんて。
わかっていても、止まらなかった。
「…ごめんね、期待外れで。でも、上條くんがいろいろしてくれたこと、すごく助かった」
「……」
欲しいのは、謝罪の言葉でも感謝の言葉でもない。
「送るよ」
と琢朗が言うのを、夕希は固辞する。今日もこの後、バイトがあるらしい。呆れる程に働き者だ。
「ちっくしょ…」
ちょっとでも迷うなら、いくらでも付け入る隙はあるのに。キスしても全くゆらぎもしないんじゃ、勝ち目は到底無い。
あーあ。もう完璧に振られたな。「待って」なんて追っかける気にもなれないくらい、こっぴどく。
だけど、琢朗にはまだやることがある。きっと夕希にはまた余計なことを…と詰られるだろうけれど、もうそんなの関係ない。
次の日、琢朗は再び、淳弥の入院する病院を訪れた。
「どーも」
昨日は踏み込まなかった病室に足を踏み入れる。父の病室より消毒の匂い。突如現れた琢朗に峰淳弥は明らかに不審げな一瞥をくれた。まあいい。歓迎されないのは、最初から承知の上だ。
「刺されたんだってね」
「ああ…」
「けど良かったですね。命に別状なくて。あ、飲みます?」
無造作に下の自販機で買ったコーヒーを差し出すと。
「いや、今はいい」
淳弥に拒否されてしまった。
「じゃあ、あとで飲んでください」
小さな冷蔵庫にしまうと、琢朗は自分用のプルタブを引き抜いて、口をつける。あ、やばい。微糖は失敗だった。もっと甘い方がいい。口の中に広がる苦味と酸味に閉口してると、淳弥が言いにくそうに聞いてきた。
「…夕希ちゃんと付き合ってるの?」
琢朗にしてみたら、失笑ものの的外れさだ。何言ってやがる、このオトコ。
「なわけないでしょ。彼女、今たいへんな時なのに」
「司法試験前だもんな」
「…そうじゃねえよ」
「どういう意味だ」
気色ばんで淳弥は更に鋭く琢朗を問い詰める。
夕希がそれを望んでないことは知ってる。だからこれは、夕希のためじゃなく、琢朗の自己満足だ。
「糸井サンには絶対言うな、って言われてんだけど」
「…だから何をだ」
「フェアじゃないと思うから、言っとくわ。言ったからって、あんたに何が出来るとは思わねえけど――糸井さん、妊娠してるんだよ」
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