いちばんになりたい

紗夏

文字の大きさ
53 / 63
第3話 琢朗

10

しおりを挟む
 直接的な言葉は敢えて避けてたにせよ、折に触れ、機会にかこつけ、にじませていた琢朗の好意を、知らなかったとは言わせない。

夕希は抵抗しないで、琢朗の唇を受け止める。

 

ゆっくりと拘束を解く。夕希は深く俯いたまま、琢朗の顔を見ようとはしない。

「…ごめん…乱暴なことして。でも。糸井さん、今、めちゃくちゃ視野狭くなってる。他に道はいくらでもあるってこと、思い出して欲しくて」

俺を見て、とは言わない。けれど、少なくとも顔を上げて欲しい。下を向いて、自分の腹の中ばっかり気にするんじゃなくて、もっと広がる可能性に目を向けて。

「…淳さんが、庇ってくれた時、私、嬉しかったの。ダメってわかってるのに。この人は、他の人のものだってわかってるのに、嬉しかった…。他の言葉が全部嘘でも、きっと私を抱いた夜と、あの一瞬だけは、淳さんは私のこと、いちばんに思っててくれたと信じられるの。だから…ごめん」

他の道は選べない。

静かだが、深い覚悟を窺わせる口調で、夕希はさらりと迷いなく、琢朗の告白を退ける。
たった3日で、夕希は驚く程強くなった。何なんだろ、愛されてる者の自信?


「女の理屈だね」
「上條くんにわかってもらおうとは思ってない」
「糸井さんが、こんなばかな女だって思わなかった…」

ああ、もう最低。思うようにならなかったからって、腹いせ紛れにこんなこと言うなんて。
わかっていても、止まらなかった。

「…ごめんね、期待外れで。でも、上條くんがいろいろしてくれたこと、すごく助かった」
「……」

欲しいのは、謝罪の言葉でも感謝の言葉でもない。

「送るよ」

と琢朗が言うのを、夕希は固辞する。今日もこの後、バイトがあるらしい。呆れる程に働き者だ。

 

「ちっくしょ…」

ちょっとでも迷うなら、いくらでも付け入る隙はあるのに。キスしても全くゆらぎもしないんじゃ、勝ち目は到底無い。


あーあ。もう完璧に振られたな。「待って」なんて追っかける気にもなれないくらい、こっぴどく。

だけど、琢朗にはまだやることがある。きっと夕希にはまた余計なことを…と詰られるだろうけれど、もうそんなの関係ない。

 

次の日、琢朗は再び、淳弥の入院する病院を訪れた。

 

 

「どーも」

昨日は踏み込まなかった病室に足を踏み入れる。父の病室より消毒の匂い。突如現れた琢朗に峰淳弥は明らかに不審げな一瞥をくれた。まあいい。歓迎されないのは、最初から承知の上だ。

「刺されたんだってね」
「ああ…」
「けど良かったですね。命に別状なくて。あ、飲みます?」

無造作に下の自販機で買ったコーヒーを差し出すと。

「いや、今はいい」

淳弥に拒否されてしまった。

 

「じゃあ、あとで飲んでください」

小さな冷蔵庫にしまうと、琢朗は自分用のプルタブを引き抜いて、口をつける。あ、やばい。微糖は失敗だった。もっと甘い方がいい。口の中に広がる苦味と酸味に閉口してると、淳弥が言いにくそうに聞いてきた。

  

 「…夕希ちゃんと付き合ってるの?」

琢朗にしてみたら、失笑ものの的外れさだ。何言ってやがる、このオトコ。

「なわけないでしょ。彼女、今たいへんな時なのに」
「司法試験前だもんな」
「…そうじゃねえよ」
「どういう意味だ」

気色ばんで淳弥は更に鋭く琢朗を問い詰める。

夕希がそれを望んでないことは知ってる。だからこれは、夕希のためじゃなく、琢朗の自己満足だ。


「糸井サンには絶対言うな、って言われてんだけど」
「…だから何をだ」
「フェアじゃないと思うから、言っとくわ。言ったからって、あんたに何が出来るとは思わねえけど――糸井さん、妊娠してるんだよ」

 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...