いちばんになりたい

紗夏

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第3話 琢朗

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 父の入院する病院から連絡を貰ったのは、夕希からの連絡が途絶えて、一週間後のことだった。

先月行った抗がん治療の結果が出たから、今後の治療方針も含めて話し合いたいということだった。

指定の時間に行くと、病室には父と、彼に寄り添う芙美の姿があった。

家族でもないのに、変なの。

内心では毒づきながらも、敢えてあげつらおうとはしなかった。ちょっと前の琢朗なら、追い出してるところだろうに。

面談室に場所を移して、担当の医師は厳しい表情で父のレントゲン写真や血液検査の結果の数値をテーブルに並べる。無言でその資料を見つめる父と、そんな父を見守る医師。空気がピンと張り詰めて、琢朗も口を挟めなかった。

 

「5年生存率は五分五分ってところだな…」

やがて、父がポツリと言った。自分のことなのに、他人事みたいな淡々とした調子だった。その後は、担当医師と父の間で、まるで世間話のように、癌の進行度と治療法が語られる。ステージがどうの、腫瘍マーカーがどうのと。

 

「別に俺、来なくても良かったんじゃないの?」

病室に戻ってから、琢朗は父に愚痴る。結局、ひとことも口を挟めなかった。

「でも、私の置かれてる状況はわかっただろう」
「…まあ、そうだけど」

正直、琢朗が想像してたのより、と言うより、手術前に聞かされていたのより、ずっと悪い。悪性腫瘍の部位だけ切り取ればもう大丈夫、みたいな話だったのに、腹膜再発の恐れもあるなんて。

「まあ残り少なそうな人生、好きに生きるよ」

妙に達観したことを父は嘯く。何、言ってんだ、さんざん好き勝手して生きてきたくせに。更に、身勝手した挙句に、とっとと退場するつもりかよ。そんなのは――

 

「ダメだ、憎まれっ子世に憚る、って言うだろ? 親父はもっと長生きしてくれなきゃダメだ。芙美さんだって――芙美さんだって、もう引き取り手ないよ」
「失礼ね、琢朗くん」

芙美が文句を言う。けれど、本気で不快に思っていないのは、口元に浮かんだ笑みからも明らかだった。

 

父は意外そうに琢朗の顔を見つめてから、目頭に手のひらを置く。しばらく天井を向いたまま、静止していたのは、もしかしたら泣いていたのかもしれない。

けれど、手のひらをのけて、再び琢朗の顔を見て、父はこう言った。

「お前、それよりこの間言ってた女の子と暮らしたい、って話はどうなった」
「……」

何で、それを今ここで言うかな。先日の大失恋を思い出して、また胸が軋む。しかも、あれから夕希とは連絡が取れないままだ。

 

「ポシャった」

憮然として告げると、父はあははと愉快げに笑った。

「あはは、やっぱりな。お前にしては、話ができすぎてると思ったんだ」

やっぱり嫌いだ、コイツ。あんなこと言わなきゃ良かった。琢朗は大いに前言を悔いる。

「あんなお嬢さんがお前の傍にいてくれるのなら、安心だと思ったんだがな…」

父はもう、自分はいなくなる前提で、話をしているみたいだった。

 

考えまいとしても、考えてしまう。残された時間を。父亡き後を。

反発と軽蔑の対象だった。けれど、いなくなると仮定した時、その存在感は余りにも大きい。

 

 

父が眠ってしまったので、芙美と一緒に病室を出た。

「…夕希ちゃん、だっけ? 琢朗のくんの彼女。同棲するつもりだったの?」
「彼女じゃない、って言ったはずだけど」
「ああ、そうだったわね。――私と同じ、なんだっけ」
「もっと、悪いかもしんない」
「え?」
「彼女、妊娠してる――で、連絡つかなくなった」

芙美の知り合いなんじゃないかと思うほど、彼女の顔が青ざめた。

 

 

「…な、にやってんのよ、琢朗くん」

突然厳しい顔して、芙美が琢朗を問い詰める。

「何って…だって、しょうがねえじゃん」

夕希の「いちばん」は自分じゃない。

「しょうがなくなんてない。彼女が――好きなんでしょ?」

「――」

 

好きだよ。彼女が自分を好きじゃなくても、傍にいたいと願うくらい。受入れてもらえなかった思いを、捨てることも出来なくて、持て余してるくらい。

「不倫なんてしてる子は、みんな孤独なんだから。頼る人も理解してくれる人も少ないし――探してあげて」

探す、ったってどうすりゃいいんだよ。LINEも通話も無視。家に行ってもいない。あとは――共通の友人?

麻生多恵子を思い出す。先々月くらいに、3人で飲んだ時は、まだ最後までしてないとか、酒の上ならではのそんな話もしていた。

(手出すなら出すで、責任取れる範囲にしてくれよ…)

離婚すると言っていた峰淳弥がその後、夕希をどうしたのかは知らない。もしかしたら、一緒に駆け落ちでもしてるのかもしれない。そうだとしたら、自分のやってることは、意味のないことだけれど。

何かを知ってるとしたら、彼女しかいないだろう。琢朗は縋る思いで、多恵子の番号に掛けてみた。

  
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