57 / 63
第3話 琢朗
14
しおりを挟む「やめて、お父さん。その人、本当に違うから」
父親の誤解は、夕希の必死のとりなしで、なんとか解けた。もっとも、まだ納得してない様子だったが。
「じゃあ、お前の相手は何してるんだ」
と、夕希の父は、憮然としたまま、畳にどっかりと座り込む。
冷蔵庫から出してきた冷たいお茶を琢朗と父の前に並べると、夕希も居心地悪そうに、その父の隣に座った。
「…学校に来てないから、気になってしまって、突然押しかけてすみません」
好青年を気取って、深々と頭を下げると、夕希の父親もきまり悪そうに頭を掻いた。
「いやこちらこそ…。早とちりで申し訳ねえ」
まあ、無理も無いよな。学生の娘が妊娠したって言って、実家に戻って来てる間に、見知らぬ男が訪ねて来たら、普通の親なら、その相手だと思うだろう。
つまり、夕希はごく普通の家庭で、ごく普通の親に愛された娘、ってことだ。
「糸井さん。――学校はどうするの?」
琢朗がいちばん気になってることを尋ねると、夕希は俯く。そして、ちゃぶ台の下で、琢朗の指先を軽く引っ張られた。
「…外、出よ?」
夕希から誘われるままに、琢朗は立ち上がった。
外に出ると、燦燦と日光が琢朗と夕希に照りつけた。夕希の足は海岸の方に向かう。目的もなく、防波堤に沿った道を歩いた。眼前に海が広がって、富士山が聳える。まるで、銭湯の背景のような、構図だ。
「まさか、こんなとこまで上條くんが来ると思わなかった。淳さんの時といい、意外と行動派だよね」
「…気になることは放っておけないんだ」
「前の時も、そう言ってたもんね」
夕希の声も足取りも、軽やかだ。実家というテリトリーにいるからだろうか。ひょいっと防波堤に乗ろうとした時は、流石に止めてしまった。妊婦って自覚あるのか?
「さっきはごめんね。うちのお父さん、漁師で。気が短いの」
「うん。気にしてない。ちゃんと、お父さんとお母さんに言ったんだな」
「…うん。ひとりじゃ、何も出来ない、ってわかったから。お金のことも、これからのことも。お母さんに泣きついたの。とにかく一度、帰って来なさい、って言われたから、甘えちゃった」
「…そう」
「帰ったら帰ったで、大変だったけどね。当たり前だよね。『結婚出来ない』男の人の子どもなんて、娘がみごもってくるんだもん。――初めて、お父さんに殴られた」
「そりゃそうだよ」
「でね。とにかく相手の男、連れて来い、ってお父さんそればっかり。そんな時に上條くんが来ちゃったから…」
「…間が悪かったね」
まさに、飛んで火に入る…ってやつか。殴られなかっただけ、運が良かったかもしれない。
「峰さんとは何か話したの?」
淳弥の名を出すと、夕希は困ったように笑った。
「ううん。何回か着信あったけど…」
「話、しなよ」
「…淳さん出てきて、奥さんいる人だなんてわかったら…絶対、お父さんもお母さんも堕ろせ、って言う。きっと淳さんも。そしたら、この子、守れないから」
悲壮な決意を夕希が語った時、海から風が吹き込んだ。風を孕んで、夕希の着ているワンピースが大きく膨れ上がる。その中にいる生命が、己の存在を誇示してるように見えた。
もう、彼女の中では淳弥への慕情とは別の感情が、その生命に対して育ってるのかもしれない。
「糸井さん、主張曲げないね」
頑なな愚かしさが、眩しく見えてしまうのは、どうしてだろう。
「生む、って簡単に言ってるけどさ。学校とか試験とかどうするの?」
「卒業はするよ。絶対。せっかく、ここまでがんばったんだもん」
来週にはまたそっちに戻る。夕希は前を見据えて、はっきりと宣言する。それを聞いて、琢朗も安心した。来た甲斐があったと、思った。
「でね。卒業したら、こっちに戻ってくる。司法試験を受けられる資格が、5年あるでしょ? だから、その間にはなんとか、合格したいと思って」
「こっちに帰ってきちゃうの?」
「だって、私ひとりで子育ても仕事も勉強も…なんて、無理だもん」
海と富士に抱かれた静かな港町。歩いても歩いても、前方に聳える大きな山は一向に大きさも高さも変わらない。夕希に似合う街だと思うが、自分がここに来ることはもうきっとない。
「寂しくなるな」
「…やだ、またからかう」
夕希は琢朗をぶつ真似をする。空振って、宙に浮いた夕希の右の手首を琢朗は、掴んだ。
「からかってないって」
掴んだ手をそのまま自分の方に引き寄せ、夕希の薬指に唇で、そっと触れる。
「上條くん…」
夕希の顔が目に見えて赤くなった。そんな顔すんなよ、脈があるかも、って思っちゃうじゃん。
彼女を好きだと言うのなら、彼女の全部を受け止めて守れないとダメだ。だから――
「俺が、司法試験受かったらさ。糸井さん、俺の家族になってよ…」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる