8 / 20
⑧懐かしい人たち
しおりを挟むソフィアがアルノルドに来て、初めてのクリスマスと新年を迎えた。レイモンドでは12月31日の夜は城門を開け、音楽を夜通し鳴り響かせ、国民は総出で祝い、ばか騒ぎをするのだが、アルノルドではそんな風習はないらしい。今年一年の感謝と新年の喜びと祈りをささげるだけだ。
隣国なのに、あまりに違う新年の迎え方に驚きつつも、ソフィアは柔軟にアルノルドの国のしきたりに従った。
ユリアの送別のパーティー以来、セオドアとは微妙な距離が保たれている。ソフィアの中に以前程、卑屈な思いはない。
そんな中、いよいよユリアの旅立ちが決まった。レイモンドの侯爵家とアルノルドの伯爵家の結婚である。王族に準じた厳かで格式高い式になるのは必定だった。式にはアルノルド国の代表として、セオドアとソフィアも出席することになっている。
セオドアは相変らず、いや、今までにもまして、ソフィアに対して過保護だ。
今日など、ユリアの結婚式に出るためのドレスを受け取りに行くだけだというのに。
「今日は私の都合が悪い。ソフィー、明日ではだめですか?」
「明日は街中でお祭りとパレードがあります。馬車は立ち往生してしまいますわ、殿下」
「…そうか…」
顎に手を当て、セオドアはん~と唸る。
「今回は私の方から、警護隊長に予めお願いしておいたので、大丈夫です。殿下」
「わかった。気をつけて行っておいで」
ソフィアの腰を引き寄せて、ちゅっとセオドアは、ソフィアの首筋にキスをする。
「はい」
こういった小さなスキンシップは、以前より多くなっている。ソフィアは頬を染めながら頷いた。
「これはこれは王太子妃殿下。おっしゃってくだされば、いつでもお城までお届けに上がりましたのに」
服飾店の店長の男は、ソフィアの顔を見るなり、満面の笑みで近づいてきた。
「あら、やだ。私の外出の楽しみを奪わないで」
「そうでしたか。ご注文のドレス、美しく仕上がっております。お試になりますよね」
「ええ」
階を上がって、一番広い試着室に通された。
先日、オーダーしたドレスは色もサイズも、ソフィアにぴったりに作られている。ベルベットの生地で仕立てられたワインレッドのドレスは、艶やかで、ソフィアを大人っぽく見せてくれる。ちょっと寂しい胸元には、ふんだんにフリルをあしらい、ウエストはソフィアの細い腰が強調されるように、きゅっと絞って、バックには大きなリボンが装飾されている。
「とてもお似合いです、王太子妃殿下」
「ありがとう」
これなら殿下も気に入ってくださるかしら…。鏡の中の自分を見て、ソフィアはまだ十代の少女らしく胸を躍らせた。
ドレスを包んでもらい、馬車に積み、店を出る。
鈍色の雲が空を覆い、舗道の脇には、雪が寄せ集められている。山に囲まれたアルノルドの冬は厳しく長い。けれど、雲の隙間から漏れる日差しは、暖かで柔らかく、一歩ずつではあるが、春の訪れを感じさせる。
春が来れば、ユリアは…。せっかくこの地で出来た親友との別れは寂しい。けれど、式には自分とセオドアが出席することになっている。
祖国に一時でも戻れるのが嬉しいソフィアだった。
ユリアたちの結婚式は、ソフィアとセオドア達と同じ、国境の教会で行われた。きらびやかな純白のドレスに身を包んだユリアは、ソフィアも息を呑むほどに美しかった。
式の後は、豪華な披露パーティーも行われ、ソフィアはそこで懐かしい人たちに再会する。
「綺麗になったわね、ソフィア」
「アルノルドの暮らしにはもう慣れた?」
母や姉たちだ。
「お久しぶりです、お母さま。今宵はお招きいただき…」
「堅苦しい挨拶はいりませんよ。本当に立派になって…」
母は2年ぶりの娘との再会に感極まったのか、目頭を押さえている。
「やめてください、お母さま」
「…セオドア様とはどう?」
「はい。とても優しくて尊敬出来る人です」
「そう。幸せそうで良かったわ」
「はい」
母との対面の後、ソフィアはセオドアと共に、父に謁見した。
父親と言っても、この国の国王。そして、セオドアは隣国のまだ王太子であって、ソフィアの父レイノルズと対等の身分ではない。
分を弁え、自分に礼を尽くすセオドアの態度に、レイノルズは満足げに目を細めた。
「ユリア嬢と我が甥アーサーとの婚姻で、よりレイモンドとアルノルドの結びつきは固くなったな。そう思わないか? セオドア殿」
「はい、真に祝着と存じます」
「ところで」
とレイノルズは急に厳しい視線をソフィアの方に投げかける。
「嫁して二年――孫の報告を私は今か今かと待っているのだが、ソフィアとそなたの子はまだなのか?」
一瞬だけセオドアの表情が強張ったのを、隣にいたソフィアは見逃さなかった。
15
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。
朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」
煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。
普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。
何故なら———、
(罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)
黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。
そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。
3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。
もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。
目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!
甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。
「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」
(疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる