彼岸の契約者

幽零

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彼岸と現世を漂う者

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死んでなお、死ねないとは……理不尽があったものだ。道に散らかっている人の骨、充満する血と内臓の匂い。

あの日から見ている、紛れもないの光景。俺の日常。だが随分慣れてしまったのか、それとも俺がに染まってきているのか、もう何とも思えなくなっていた。


俺の日常は多分、今日も明日も明後日も、昨日と変わらない一日なのだろうな。


そんな益体のないことを考えながら、歩みを進めた。









多分、今日も明日も明後日も、昨日と変わらない一日なのだろうなと、そんな益体のないことを考えていた。

高校生になって変わったことと言えば、神社の巫女のバイトを始めた事ぐらいなものだ。それも別に祈祷とかそういうことをするのではなく、箒で落ち葉を掃いたり、結ばれたおみくじや、お賽銭の回収など、お手伝いの延長線ぐらいの事しかしていない。でもまぁ、いきなり『祈祷』やら『おまじない』やらをやれと言われても出来ないし、仕方のないことではあるのだけど。

箒片手にザッ…ザッ…っと落ち葉を掃いていく。

巫女装束に身を包んだ女子高生、『神凪カンナギ カヲリ』は手際よく落ち葉を集めていた。

彼女は今年から高校生になったばかりで、新米の巫女として働いているのだが、何分実家が神社なもので、幼い頃から巫女装束に身を包んだ母を見てきたため、別段自分が着ても何とも思っていなかった。

巫女装束や和服に憧れる女子高生の数がどれほどいるのか、彼女はよくわかっていないのだろう。


神主である父の提案で今年から巫女としてバイトをすることになったのだが、新米の彼女には『お祓い』も、テレビでよく見る『ァァァ!!』みたいなこともできない。

『華の女子高生』と言うことで、少しアニメチックな展開を期待していた彼女だが、まぁ別段何かが起きるわけでもなく……


いつも通り、箒でザッ…ザッ…っと落ち葉を掃いていた。



「それにしても……」

カヲリはあたりを見回す。

「今日は霧が深いねぇ~」


今朝の天気予報では、霧の予報なんてなかったはずだけど。


ちりとりに落ち葉を集め、規定の場所まで運ぶ。これが割と遠い位置にあるので若干めんどい。


「……ん?」

ゴミ捨て場に着くと、その付近に先程まで見かけなかった男の人を見つける。男はどこかをぼんやり見つめているようだが、霧が深くて表情まではよく見えなかった。

「……って、あれ?」

ずっとその男の人を見ていたはずなのだが、気が付くとそこにはもう男の気配も姿も影もなくなっていた。

「……ちょっと気味が悪いなぁ…」

幽霊なんてものを信じる性格でもなかったので、霧が深くて何かと見間違えたんだろうと強引に納得して、その場を離れることにした。



足早にゴミ捨て場から立ち去ろうとした時、今度は前方にはっきりと男の人が見えた。ただ、先程唐突に消えた男の人とは違う人のようだ。

その人は帰り道のど真ん中に堂々と立っていた。どこか通せんぼをされているようなふうに感じる。

「あ、あの~…」

気味が悪いが、声をかけてみることにした。この霧で迷ってしまったのだとすれば、この人も困っているだろう。

「迷われたのですか…?なら私が出口までご案内いたしますが……」

「………き……た…かい……?」

「……え?」

男の人はゆらゆら目の前まで歩いてきた。

「消えたいかい?そうだろう?消えたいよな?」

「えっと……」

や、やばい人なのかも…早く逃げないと…


その場から逃げ出そうとすると、足が勝手に止まってしまった。

(え!?う、嘘……何これ…!?)

脳が命じているのに、体が動かない。

「消えたいかい?ならどうすればいい。霧みたいになれば良い」

男に顔を覗き込まれる。私は絶句した。男の顔が見えない。正確には、顔があるべき場所が霧に映された映像のようにグチャリと歪んでいる。


(怖い…怖い、怖い!!)


体が動かない。逃げたい。逃げれない。どうする。どうしようもない。

思考が焼き切れそうな勢いで回転するが、打つ手が何一つ思い浮かばない。

「さぁ、消えればいい。霧になろう」

男はニタリと笑ったような顔をすると、腕を口の中に突っ込まれる。

何かが自分の中に入ってくる感覚。何かを少しずつ消されていく感覚に落ちる。



あぁ……これ死んだな。



思考がまとまらなくなってきた。そして少しずつ、手足の感覚が消えていくのを自覚する。体が霧散していくような感じだ。


「見つけたぞ。霧の異形」

途端に声がした。低い男の人の声だ。

声のする方へ体が引っ張られ、自分の中からズルズルズルゥッッ!と何かが引き摺り出されるような気持ち悪さを覚える。


「消えるの邪魔するな。なんだお前」

「気にするな。お前を殺しに来ただけだ」


薄れる意識の中、目の前に突然現れた人は、あの時突然消えた人に似ていた。



そんな考えが頭をよぎった次の瞬間、神凪は意識を手放し地面に倒れた。



「お前なんだ。何だお前」

霧の異形と呼ばれた男が問うと、男は何も言わず何もない空間から突然刀を取り出した。男が取り出した刀は、刀身がシャボン液のようなぬめりのある光沢と独特な色彩を放っていた。

「それは…『葬送ソウソウの太刀』……お前、まさか」

「彼岸の意志の下、『霧の異形』お前を祓う」

「何だ。何でだ!いやだ!せっかくこっちに来れたんだ!もっと消すんだ!」

「お前の意志など関係ない」


男が太刀を構えると、霧の異形と呼ばれた男は叫び始める。


「嫌だァァァァ!」


男が太刀を振るうと、霧の異形は体の半分をごっそりと持っていかれた。

「ギヤァァァァアッッッ!!」

霧の異形は体を霧散させて逃げる。

「嫌だ、捕まるものか!逃げる。逃げるんだ」

「……チッ…」

男は追おうとするが、近くに倒れている神凪が目に止まる。


「………」


男は刀をしまい、神凪を肩に担ぐと神社とは反対の方向へ歩いて行った。







……一体どのくらい気を失っていたんだろう?ぼんやりと知らない天井が見えてくる。

まだはっきりしない思考を無理やりまとめ、体を動かすとどうにも自分が横たわっている状態であることがわかった。

意識がはっきりしてきたのか、体の節々から痛みを感じる。どうやら硬い場所に横たわっていたようだ。空気の匂いからして地下道のような感じがする。

上半身だけ起こすと、ぼんやりした視界が徐々にはっきりとしてきた。


「あ~……ぁぁん?」


はっきりとした視界の目の前には、刀を地面い突き刺して、ボロボロの椅子に足を組みながら腰掛けているあの時の男の人の姿が……


「うあぁッ!?」

「……随分長いこと寝ていたが、呑気なもんだな」


低い声の主は、狼みたいなボサボサの髪型で色は真っ白。目に生気はなく、目の色も髪の毛と同じように真っ白だ。人間のはずなのに、どこか『死の気配』のようなものを全身にまとっているように感じてしまう。まるで生きることに執着などないような、そんな感じだ。

「えぇっと……あなたは……?」

色々聞きたいことはあるが、ひとまず名前を聞くのが先決だろう。聞くと男は口を開いた。

「………」

男は「はぁ…」と一回ため息を付くと、足を組み直して言葉を紡いだ。


死良坂シラサカ マトイ……一応人間だ」

男は死良坂というらしい。なんか最後の言葉がすごい不穏に聞こえたが。

「えっと、私誘拐されたんですか?」

確か神社でいつも通りバイトをしていたはずだ。ともすれば誘拐にでもあったのだろうか?

「なんで俺がそんな利益のない事をしなくちゃいけないんだ」


……違うらしい。


「……お前、覚えてないのか」

「覚えて……?アッッッ!!」


思い出した。なんか人の形をした化け物に襲われて……それから……


「あ、あの化け物!何なんですか一体!!あなたも何者なんですか!」

思い出した途端、疑問が噴出した。


「まぁ、当然の反応か」

男は立ち上がると、そばに突き刺していた刀を引っこ抜く。

「銃刀法違反!!」

「……お前賑やかだな……」

死良坂の冷ややかな目線をくらい、ちょっと冷静になる。

「説明するから、よく聞けよ」

「うぁ……はい……」

とりあえず、この人の話を聞くしかなさそうだ。落ち着いて立ちあがろうとすると、何かに抑えられているように起き上がれなかった。ふと足元を見ると縄か何かで縛られていた。

「ちょっと!何なのコレ!!」

「だから説明すると言っているだろうが。落ち着け」

死良坂の冷ややかな目線を再び受け、小さくなる神凪。


死良坂さんは目の前でしゃがむと、話始めた。


「この世には『異形』と呼ばれるモノが存在している」

「『異形』……?」

「あぁ」

死良坂は縦膝をつきながら続ける。

「『異形』はこの世ではない場所から来た存在だ。化け物みたいなモノだな」

「ば、化け物……」

「そうだ。本来『異形』は現世には存在できない奴らだ。だが、その『異形』が人間の中に入ると、現世でも行動することが可能になる」

死良坂は立ち上がって、刀を再び地面に突き刺す。

「『異形』が人間の中に入り込むと、その人間は『異形』の力を使うことが可能になる。だが、人間の方は魂を侵されほとんどの場合正気を失い、『異形』に成り果てる。正気を保てる人間はまずいない」

「その『異形』って……」

「お前も見ただろう。『異形』にもさまざまなやつがいる。お前が襲われたやつは『霧の異形』だな」

「どうして…その…『異形』はそんなことするんですか?」

「さぁな。連中の思考回路なんて考えるだけ無駄だ」

神凪は姿勢足が痺れないように姿勢を変える。

「その現世にでた『異形』を殺す存在が俺だ」

「そ、そんなアニメみたいな……」

「信じる信じないは勝手だが、お前は現に襲われているだろう」


にわかには信じ難いが、この死良坂という人間が嘘を言っているとも思えない。襲われたことも事実だ。



「わ、わかりました……一旦信じます。それで、何で私は縛られているんですか?」

尋ねると、死良坂は「あぁ」と言って答える。

「『霧の異形』を殺そうとしたが、ギリギリ逃してな。まぁほとんど瀕死に近い状態だが。それで、お前はその『霧の異形』に同化されかけていただろう」


同化……?腕を突っ込まれたアレのことだろうか?……うっ………思い出しただけで鳥肌が……


「『霧の異形』は少しでも力を取り戻すために、お前の中に残ったソレを回収しにくるだろう」

「えぇっと……つまり……?」

「お前を狙って『霧の異形』はここに来るだろうってことだ」


言われて、全身から血の気が引いていく感覚に襲われる。


………また来るのか……あんな化け物が……


「て言うか!来るってわかってるならこれ解いて下さいよッ!」

「それは了承しかねるな」

「なんでっ!」

「囮に逃げ惑われると厄介だからな。安心しろ。俺は必ずアイツを殺す」

「いや、私の身の保証は……?」

「余計な事をすれば死ぬ」

「ヒィぃぃぃぃッッ…」


足元が不安定になるような感覚、めまいにも似たそれに襲われる。

「さて、俺は少し居なくなるが、余計な事するなよ」

「エッ!?」

「………なんだ」

「イヤッイヤ、イヤ!!!その…『霧の異形』?とかいう人が来るんでしょう!居てくださいよ!」

「……大人しくしてろよ」


そのまま死良坂は金属製の扉を開けて出ていってしまった。




1人取り残された神凪は涙目になりながら、泣き言を呟いていた。


「1人にしないでよ~……」


明かりはついているが、蛍光灯が切れかけているのか、時々点滅する。生ぬるい風がヒュォォォ……と音を立てる度に心細くなる。

「『異形』……か……」

死良坂が居なくなってから、何度か足元を縛っている縄をちぎろうとしたが、見た目以上に耐久力があるらしい。ビクともしなかった。

その場でポテッと横たわる。そういえば、巫女装束のまま連れてこられたのか。……コレ洗うの大変なんだけどなぁ……




………どのくらいそうしていただろうか。危機感や恐怖心などというものは時間が経つに連れて薄くなり、そのままウトウトとしてしまった。命が危ないかもしれないというのに、やはりあの死良坂とかいう人が言っていた通り私は呑気なのかもしれない。

立て続けに事が起こりすぎたせいか、疲れていたのか、私はそのまま意識を手放してしまった。






神凪が閉じ込められている部屋から離れた場所に死良坂はいた。神凪から離れた理由は1つ、異形を殺す存在の死良坂が神凪の近くに居れば、霧の異形は絶対に近寄らないからだ。


ここはもう使われなくなった地下道。地下道と言っても元々商店街のようなものがあったようで、それなりに入り組んでいるし、広い。使われなくなってしまえばさびれていくし、地下ということもあって整備も楽ではない。当然そんな場所には人が寄り付かなくなる。

こういった人が寄り付かない場所は、死良坂にとっては格好の活動拠点なのである。


彼はさびれた地下道を歩く。


「………」


足元にあるのは人骨、血肉。充満したような血の匂い。


「………」


彼にとっての。彼にしか。それでも紛れもない現実の光景。


「………」

彼は特に表情を変えず、道端にある骨を踏み潰す。途端に死良坂の表情が一瞬ピクリと動く。

「来たか」






生ぬるい風が頬を撫でるような感触で目が覚める。目を開けると、そこには昼間自分の事を襲った『霧の異形』と呼ばれていた人が立っていた。

霧の異形は寝ている神凪に覆いかぶさるようにしている。


「ヒギィッ!?」


あまりの恐怖に喉が干上がる。

「さぁ、消えよう。君の中に少しある僕が、君を消してくれるよ」

霧の異形はニタリと笑い、その腕をヌッと神凪の口元に近付ける。『同化』とかいうものをするつもりなのだろう。


霧の異形の腕が神凪の口に突っ込まれる寸前、霧の異形の胴体がごっそりと


「あぁぁッッ!?!?」

「ッ!?」

振り向くと、死良坂が刀を構えていた。おそらく彼の一太刀で霧の異形の半身が消えたのだろう。

驚いていると、死良坂は霧の異形の顔を鷲掴みにして、壁に叩きつけて刀をその顔に突き刺そうとしていた。


「ま、待って!」

何だかそのままではいけないような気がして、咄嗟に口を出してしまった。死良坂は怪訝な顔で振り向く。

「……なんだ」

「その……殺すんですか……?」

「最初に言ったはずだ。異形を殺す存在が俺だと」

「で、でも……」

目の前にいる『霧の異形』は現世にいる。それはつまり、人間を乗っ取ったのだろう。それを殺す事はすなわち……乗っ取られた人間も殺すという事ではないのか……

「その乗っ取られた人は、何もしてませんよね…?そ、それを殺すなんて……」

神凪の言葉に死良坂は表情を変えずに答える。

「人なんてどこでも死んでいる。それをお前は見たことがないだけだ」

「な、なら少しだけ話をさせてもらえませんか!」

食い下がる神凪に、鬱陶しいような表情をする死良坂。

「それも言ったはずだ。こいつらの考えなんぞ、理解しようとするだけ無駄だと」

「そ、それでもです!」


神凪がそういうと、死良坂は「はぁ…」と一回ため息とつくと、霧の異形を神凪の目の前に捨てるように投げ、神凪の足元にあった縄を刀で突き刺し解放した。

縄が切れて足が自由になった神凪は『霧の異形』のそばまで駆け寄ると、話しかける。

「ど、どうして人を消そうとするんですか……?」

「あぁ……あぁ……消える。みんな。見えない」

霧の異形はボソボソと答える。

「皆、僕、見えない。寂しい。だから『同化』する。消す。寂しくなくなる」

「さ、さびしかった……それが理由……」

神凪がそういうと霧の異形はコクコクと頷く。


どうやら、霧の異形は自分が誰にも認知されない事を寂しく思い、人間を自分と『同化』させ、消す事で寂しさを紛らわしていたらしい。


神凪は嬉しそうな顔で死良坂の方を見る。

「ほ、ほら!理解してあげようとすればこうやって……!!」

しかし、死良坂は呆れ顔で「よく見ろ」と言わんばかりに指をさす。視線を戻すと、霧の異形の様子が変だった。

「だから。だから……」

「……?」

霧の異形がグググ……と震える。

「だから………君も消す!」

「……え?……」


唐突に動いた霧の異形に腕を掴まれ、グググ……と今度は頭から神凪の口に突っ込もうとした。


「消す!消す!消す!ゲェ゛ズッッ!?」


突如霧の異形の口あたりから、ぬめりのある光沢と独特な色彩を放つ刀身が突き出た。刀身はギリギリ神凪の鼻に当たらない位置で止まっている。

刀はそのまま躊躇なく霧の異形の体を両断し、斬られた体はそのまま溶けるように崩れて消えた。

死良坂は刀身についた残骸を振り落とすようにビュッと刀を勢いよく振る。


神凪はヘタリ…と力なくその場に座り込む。その前では死良坂が呆れたように神凪を見下ろしていた。

神凪の座り込んでいるすぐ横に刀を突き刺し、死良坂は言い放つ。


「言ったはずだ。余計な事をすれば死ぬと」


神凪は小刻みに震えていた。彼女は「死ぬ」と言われていながら、実感のようなものがなかった。死良坂の話を聞いておきながら尚、どこか「大丈夫だろう」と楽観視していた。


その甘さを、身をもって知った。



小刻みに震える神凪に、死良坂が話しかける。

「………言い忘れていたが」

神凪は言葉に反応して死良坂を見上げる。


「確かに異形に乗っ取られた人間は殺すしかない。だが、その人間は『彼岸の意志』の下必ず生まれ変わるとされている」

「『彼岸の意志』……?」

「そうだ」

死良坂は説明するように話す。

「本来現世に在るべきで無い異形、それを余す事なく殺し、現世と彼岸の天秤を保つ。それが彼岸が望んでいることだ……彼岸という言葉は分かるか?」


確か「彼岸」はあの世とかそんなニュアンスだった気がするけど……


「あ、あの世みたいな……」

「……まぁ、『現世では無い世界』ならばその認識でも間違ってはいない」


死良坂は続ける。


「俺のような『異形』を殺す人間を『彼岸の契約者』という」

「……け、契約者……?」

そう聞くと、死良坂は表情を変えずに答える。

「俺は過去に死んだ事がある。その際に『彼岸の意志』と接触して契約者になった」

「過去死んだことがあるって……はいッ!?い、生き返ったって事ですか!?」

聞いてたまげてびっくりビビンバユッケ大盛り。もうさっきまでの震えとか恐怖心とかどっか行った。

「正確には『現世』と『彼岸』その両方に存在している状態だ。死んでもいるし生きてもいる」

………あ、出会って初めに聞いた「一応人間だ」とはこの事だったのか……ん?待てよ。死良坂さんは1回死んで『彼岸の契約者』になったと言ってるし……とすると……

「あ、あの…死んだ人達って、全員その『彼岸』と契約するんですか……?」

神凪が聞くと死良坂はやっぱり無表情で答える。

「そんな訳あるか。『彼岸の契約者』になるには、彼岸の意思に委ねられる。契約者になれるのはごく一部だ。それに『彼岸の意思』との契約には「相性」がある。第一、誰も彼も俺みたいになってたら大騒ぎだろうが」


……それもそうか。


「他の契約者に最後に会ったのは……大体250年前ぐらいだな。それぐらい契約者の数は少ない」


なるほどー、確かに250年も他の契約者に会わなかったとなると、やはり『彼岸の契約者』は本当に数が少ないのだろう……

ふ~ん……250年前かぁ~……250年……



……………………



「に、250年前ェッ!?!?」

死良坂さんがあまりにもアッサリと言うもんだから反応が遅れてしまった。

「………なんだ」

死良坂は「そこまで驚くか?」といったような表情をする。

いやいやいや!どう見たって外見20代前後の人の口から「250年前」とか言う単語が出てくる事がおかしいだろう。

「え、いや死良坂さん……貴方一体いくつなんですか……」 

聞くと死良坂は顎に手を当て、少し思考してから口を開く。

「さてな、途中で数えるのが面倒になってから数えてない」

「………」

「まぁ、年齢なんてどうでも良いだろ」

「いやまぁ……」


死良坂は刀をしまうと神凪に背を向けて歩き出す。

「話を戻すが」

死良坂は振り返り、神凪の方を向く。

「お前に今この場所がどう映っているかは知らんが、俺にはずっと


死良坂は現世と彼岸に存在している人間のため、彼は『現世』にいるにも関わらず『彼岸』の光景も見えてしまっていた。


「消して気分のいい光景ではない。異形に取り憑かれて死んだ、或いは殺された人間は必ずこの光景を見ることになるからな………だから、まぁ…」


死良坂は間を開けると、振り返って神凪に言葉を投げる。


「生きていて、よかったな」


その言葉は、私にはとても重く響いた。


「………はい」


死良坂は金属製のドアを開けると、神凪に外へ出るように促す。どうやら私がいた所は使われなくなった地下商店街のような場所だったらしい。



地上へ出ると、見知った建物がちらほらあるので、自宅(神社)からそこまで遠い場所ではないのだろう。


「あ、お父さん心配してるだろうな」





明日も明後日も、昨日と変わらない一日なのだろう。


………でも、今日は。今日この日だけは。




自然と上がる口角を抑え、家の方角へと歩みを進める。

空には月が誇らしく輝いていた。






『彼岸の契約者』



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