神様の仰せのままに

幽零

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穢れし過去編

54話

「この馬鹿息子がぁぁァァァッッ!!」

狭く無い部屋に頬を殴る音が響く。

「知らぬ存ぜぬで通せると思うのか!?我ら鳴神の家名にどれだけ泥を塗れば気が済むッ!?一ノ門神主の次男様に手を出すなど……聞いているのかッ!?」

雷のような怒号が、広い通路まで響き渡る。

「貴様は我が家の血筋の中でも特に優秀な人間だった…っ!!だからあの様な行動も許されていたというのにッ!貴様は自分の価値も分かっていないのか!?それに三ツ谷に入り浸っていただと!?貴様どれだけ私に恥ずかしい思いをさせれば気が済むッッ!!」

「………」

「……貴様に謹慎を命じる。そして三ツ谷の奴らとは関わるな。お前は将来『六武衆』になり、我が家を継ぐのだ。頭を冷やせ」


形だけのお辞儀をして、父親の部屋を出る。



「………ってぇな……」

悠斬は赤く腫れた頬をさすりながら廊下に出る。

そんな中、ふと扉に目が止まる。確か、ここの部屋は弟の部屋だったか。……腹違いだが。

(……弟の部屋すらまともに覚えてねぇ俺が顔を出してどうすんだ…)

きっと、部屋で神社に関する勉強をしているのだろう。自分と違って真面目で勤勉なのだ、わざわざ邪魔をしに行くような事をしなくてもいいだろう。



……きっと、俺の顔も覚えているか怪しいのだろうな。




意外にも自分の部屋は残されていた。家具などは全てここを出て行った時と同じだ。ベットに不貞腐れるように横たわる。そこへ、メイド服を来た女性が部屋を訪れた。

「坊っちゃま。お帰りなさいませ」

「……おう、久々だな…春色ハルイロ

春色と呼ばれた女性は、物腰柔らかにお辞儀をする。

「坊っちゃまがいつお帰りになっても良いように、お掃除や手入れをさせて頂きました」

「……お前も俺なんかに仕えて大変だな」

「私は坊っちゃまにお仕え出来て、幸福でございますよ」

「………」

歳は悠斬とさほど離れていない。確か春色の方が何歳か上だった筈だ。

「坊っちゃま、お尋ねしても良いでしょうか」

「……なんだ?」

「御家を出ていくのであれば、へ入学するなど、道はあったように思えるのですが…」

「……まぁ、それも考えたさ。それでも神社ここに残ったのは…やっぱ俺も鳴神家の人間なんだなって感じるな」

悠斬が不貞腐れるように呟いた後、春色は思い出したように話す。

「坊っちゃま、そういえば旦那様から言伝を預かっております」

「ん?なんだ?」

「『三ツ谷神社に近づかないように一ノ門の神主から厳命が出ている。絶対に守れ』との事です」

「………チッ…俺は父親テメェの所有物じゃあねぇってんだ……」

あからさまにイラつく悠斬のベットに、春色は淑やかに座ると、自分の太腿をポンポンと叩いて、穏やかに言葉を紡ぐ。

「坊っちゃま、心中お察し致します。であれば、この春色のお膝でお休み致しませんか?」

春色は慈愛たっぷりの癒し声で、自分の膝枕に来るように悠斬に促す。

「……春色、俺はもうそんな歳じゃあ……」

「そうですか……ご立派に成られましたね…少し前までは『春色~、お膝で~……」

「待て!わかった…言葉に甘える…」

春色は非常に嬉しそうな顔で、膝に頭を預けた悠斬を撫でる。

「坊っちゃま……ゆっくりお休み下さいませ……一瞬、今日この瞬間だけで良いのです。全て忘れて、ただその身を私にお預けください……」

穏やかな声と柔らかい感触に包まれ、悠斬はだんだんとその瞼が落ちていく。

「……はる…いろ……」

「はい、坊っちゃま」

「……お前…だけは…俺の…味方…で………」

そこまで言うと、悠斬は心地良さの中で眠りにつく。力が抜けた彼の頭を春色は優しく撫で続ける。

「えぇ……坊っちゃま、私はいつでも…坊っちゃまのお側にいます……ですから…」

顔を近付け垂れる髪を耳にかけると、眠れる主の耳元で囁く。

「三ツ谷にいらっしゃるご友人も、今は忘れて下さい……今は、私だけを……」

春色の瞳に宿る感情は、主への敬愛か、それとも一人の女としての感情か。



その時、春色の瞳見ることが出来たのは、寝ている鳴神 悠斬ただ一人だった。







「宜しかったのですか?あの様に厳しくしてしまって…」

鳴神当主の今の妻、悠斬の義母に当たる人物が尋ねる。

「…良いのだ。あの大馬鹿息子でも、あの者が近くにいれば下手な真似はしないだろうしな」

彼はわかっていた。春色の想いを知った上で、悠斬の側に置いた。

「これで奴も彼島家と縁が切れるだろう。我が家は代々一ノ門に仕える身だ。まさか彼島などという玉の輿の家と関わっていたと聞いたときには耳を疑ったが…これで万事良いだろう」

満足げな顔をしながら、鳴神当主は机の上にある書類を片付け始めた。









「全く!何をしてるのアンタは!!」

「いやぁ‥後からコソコソつけられていたもので……」

「あのね!悠斬が実行犯だったから貴方は厳重注意で済んだのよ!?分かってるの!?」

「わかっていますよ姉上……それが彼の優しさである事もね…」

破狩は申し訳無さそうに話す。悠斬では無く破狩りが手を出していれば、彼島家だけでなく三ツ谷の立ち位置も危うくなっていただろう。

「今戻ったよ。破狩君は…居るね。悠斬君だが…一ノ門から三ツ谷に近付かないようにと厳命されたらしい。彼も今実家で謹慎しているとの事だ……」

「………そう…ですか…」

糸目でもわかるほど、破狩は落ち込んでいる。

「しかし…なぜ一ノ門の次男様が君たちのあとをつけていたのだろうね?」








「………やれやれ、やはりとは思ったが失敗したか……」

一ノ門大社では、神主がイラつきながら椅子の肘掛けを指先でコツコツと叩く。

「しかし…まさか鳴神家の長男が入り浸っていたとはな……やれやれ、やはり君達一族の力を借りる事になりそうだ」

一ノ門の背後には、まるで幽霊のような出立ちと顔をした男が、背後霊の様に立っていた。痩せた顔に、細い体、ゆとりのある帯が垂れ下がった衣装は、本当に地縛霊のそれを連想させる。

「えぇ、構いませんよ……そのための我々ですから……フフフ……」

幽霊の様な男は陰気に言葉を紡ぐ。

「さて……今回はどのよう致しますか……神主殿?」

「……鳴神家の長男には厳命を下したが……それを破ってあの規格外が動き出した場合…かなり面倒な事になるだろう……であれば、魔淵マブチ一族……その中でも鳴神家に対抗し得る者を頼む」

神主が言葉を紡ぐと、陰気な男は不適な笑みを浮かべながら応える。

「えぇ…ではとっておきをご用意致しましょうか。我が一族でも『悪鬼』と称される程の天才。向こうが規格外ならば、こちらも規格外で行きますか……フフフ……『神を守る天才』と『人を殺す天才』………その邂逅ですか……フフフ…見ものですな…」

「……頼んだぞ、常陰ツネカゲ

「えぇ、えぇ…神社の暗部を司る我が一族の力…存分にお見せ致しましょう…ただし此方もそれ相応の代価を頂きたく……」

「言い値で払う。前払いだ」

「えぇ、えぇ…早速取りかかりましょう。目標は、三ツ谷神社の者達の抹殺ですか……万一、鳴神やその他の邪魔が入ったら如何致しましょうか?」

「………皆殺しで構わん」

「御意……」

それだけ言うと、常陰と言われた男はフッと本物の幽霊の様に消える。

「……神社において、序列は絶対的でなければいかん……恨むなよ。三ツ谷の」


ふぅ…と神主が一息つくと、そこへ扉を叩く音が聞こえてきた。


「……入れ」


扉の叩き方でわかる…役に立たなかった次男だ。


「父上、もう一度私にチャンスを……」

「もう良い、この件は別の者に頼んだ……お前はもう首を突っ込むな」

「そ、そんな…ですが父上……」

「くどい…失せよ」

「し、承知いたしました」



次男は神主の部屋を出ると、拳を握る。



(父上は別の者に頼んだと言っていた……ならば、その者よりも早く此方が目的を達成すれば、私の後継者への道が開く!!ついでにその「代わりの者」とやらも消すことが出来れば一石二鳥だ……くくく…)


一ノ門の次男は、見当違いな方向へ努力ベクトルを向けた。

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