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穢れし過去編
56話
その日は、確か曇天だった。
雨が降りそうで、降らないあの雲色は、私を嘲笑っているように感じた。
「逃げろッ!逃げるんだっ!」
「神主ッッ!一体…一体何が起きているのですッ!?」
「賊だ!」
「数は…?」
三ツ谷神主は、拳を握りしめながら答える。
「一人だ」
たった一人の、不気味な兜を被った男に、三ツ谷神社は襲撃されていた。神守も全く歯が立たない。
「………くだらん」
髑髏面の兜の奥から、籠った低い声が聞こえてくる。全身黒々とした鎧に身を包んだその男は、手に黒銀に光る剣槍を持っていた。
「逃げろッ!壊奈ッ!」
「あなた……」
「早くっ!結も一緒に!」
三ツ谷神主に押され、地下の避難通路に押し込まれる。
「……ほう…弱きを助けるが為に、自らが犠牲になるというのか」
神主は懐ろから札を出す。簡易的な結界を張るためのものだ。簡易化された物といえど、『結界』そう易々と壊せるものでは無い。
「愛する妻と、娘の為さ。文字通り、あの二人の為なら命すら簡単に賭けるさ」
「……だが、武芸に明るい訳でもなさそうだ。しかし、簡略化した結界とはいえ、それなりの手間はかかるだろうな……」
瞬間、簡易結界がガラスが割れるような音と共に貫かれた。
そして、その剣槍は神主の体も貫いていた。
「……俺で無ければな」
「……ぐっ…」
突き刺さった剣槍を握る神主を見て、髑髏面の兜の男…逢闇は言葉を落とす。
「……貫かれ尚、我が剣槍を離さんとすその闘志。今の腑抜けた頭より余程優秀なのだろう………故に…」
逢闇は剣槍をさらに深く突き刺し上に持ち上げる。くの字に折れ曲がった神主からはボギィゴキンッと、人が壊れる音が響き、動かなくなった。
「……残念だ」
剣槍を振って、神主を剣槍から飛ばすと、他の連中が逃げて行ったであろう地下通路へと歩みを進める。
「どけっ!!どけよっ!」
「おい!その馬鹿息子を絶対に離すな!良いな!」
「どけぇっ…どけぇぇぇぇぇッッッ!!!」
複数の使用人に取り押さえられるようにして、鳴神 悠斬は動きを封じられていた。三ツ谷が襲撃されたと耳にした途端。悠斬は三ツ谷へ向かわんと必死に動いていた。
「お前が動けば、鳴神家は取り壊されてもおかしくないのだぞ!!三ツ谷が何だと言うんだ!それに三ツ谷神主の妻はあの彼島だぞ!?」
その言葉に、悠斬は……
目から、輝きが失せた。正確には、父親を見る目から、だ。
取り押さえられた状態から、悠斬は手を下に伸ばした。指先に触れたのは、ただの糸くず。
……だが。
「痛ッ!?」
使用人のひとりが指先を抑えて、悠斬から手を離してしまった。使用人の指からは、まるで鋭利な刃物で切ってしまったように血が出ていた。
そして、その隙を見逃す天才ではない。
立ち上がった悠斬は、使用人達を睨んで引かせ、父親の前まで歩みを進める。
「貴様ァ………我が鳴神の家名を地に堕とすつもりか!!」
「家名…名誉……ねぇ……犬にでも食わせておけよ。そんなことより、友人の身内の方が俺は大切なんでね」
悠斬は父親を前に、1歩も引かず、そして堂々と、さらに歩みを進める。
父親が合図をすると、家系の者だろうか、幾人もの武芸者が集まる。
そこへ……
「失礼致します」
「!?!?」
悠斬の目の前に居た男数人が、宙で一回転して倒れる。
「坊っちゃま。ここは私にお任せを。坊っちゃまは御友人方をお助けに」
「…ありがとう。春色」
悠斬は横に飛んで、窓枠を破って外へと逃げた。
「貴様、一使用人の分際で…我らに逆らうとは……命の保証はできんぞ!?」
「えぇ…そうでしょうね。ですが、構わないのです」
春色は、スカートの裾を持ち上げお辞儀をすると、言葉を紡ぐ。
「私は鳴神家の使用人である前に、1人の女として、悠斬坊っちゃまを愛しております。命の一つや2つ、そしてそれ以上。心の臓物から指先、髪の毛1本に至るまで、この春色は坊っちゃまの物でございます。そして、この命を、坊っちゃまの為に使う事ができる。あぁ…なんて素晴らしい!!」
ここに来て初めて恍惚とした表情を見せる春色に、使用人たちは血の気が引く。
悍ましく、それでいて艶めかしく、そしてどこまでも純粋な愛。狂愛とも呼ぶそれを、春色は宿していた。
「……ですので、どうぞ。坊っちゃまを追いかけたくば、私を屍になさってからそれを踏み越えて行って下さい。私は腕が切れようと、首が飛ぼうと、坊っちゃまの為にここを守ります」
愛とは、どこまで行ったら呪いになるのだろう。
「………ん?」
「……どうした三ツ谷。立ち止まるな」
「あぁ…いえ、何か今ふと…」
「どうした、とっとと行くぞ」
「………はい」
一ノ門の神守達に連れられ、破狩は遠征を続ける。
つい先日、いきなり遠征について行くように言われ、今しがた帰路につく所だった。
(……虫の知らせ…とでも言うのでしょうか?)
破狩は、胸に残る嫌な予感を抑え、歩みを進めた。
「……今日は曇天ですね。姉上は洗濯物が干せずに嫌な顔をしているでしょうか?……ふふっ」
帰ったら、どうやって姉を揶揄って見ようかと、破狩はイタズラっぽく考えを回す。
雨が降りそうで、降らないあの雲色は、私を嘲笑っているように感じた。
「逃げろッ!逃げるんだっ!」
「神主ッッ!一体…一体何が起きているのですッ!?」
「賊だ!」
「数は…?」
三ツ谷神主は、拳を握りしめながら答える。
「一人だ」
たった一人の、不気味な兜を被った男に、三ツ谷神社は襲撃されていた。神守も全く歯が立たない。
「………くだらん」
髑髏面の兜の奥から、籠った低い声が聞こえてくる。全身黒々とした鎧に身を包んだその男は、手に黒銀に光る剣槍を持っていた。
「逃げろッ!壊奈ッ!」
「あなた……」
「早くっ!結も一緒に!」
三ツ谷神主に押され、地下の避難通路に押し込まれる。
「……ほう…弱きを助けるが為に、自らが犠牲になるというのか」
神主は懐ろから札を出す。簡易的な結界を張るためのものだ。簡易化された物といえど、『結界』そう易々と壊せるものでは無い。
「愛する妻と、娘の為さ。文字通り、あの二人の為なら命すら簡単に賭けるさ」
「……だが、武芸に明るい訳でもなさそうだ。しかし、簡略化した結界とはいえ、それなりの手間はかかるだろうな……」
瞬間、簡易結界がガラスが割れるような音と共に貫かれた。
そして、その剣槍は神主の体も貫いていた。
「……俺で無ければな」
「……ぐっ…」
突き刺さった剣槍を握る神主を見て、髑髏面の兜の男…逢闇は言葉を落とす。
「……貫かれ尚、我が剣槍を離さんとすその闘志。今の腑抜けた頭より余程優秀なのだろう………故に…」
逢闇は剣槍をさらに深く突き刺し上に持ち上げる。くの字に折れ曲がった神主からはボギィゴキンッと、人が壊れる音が響き、動かなくなった。
「……残念だ」
剣槍を振って、神主を剣槍から飛ばすと、他の連中が逃げて行ったであろう地下通路へと歩みを進める。
「どけっ!!どけよっ!」
「おい!その馬鹿息子を絶対に離すな!良いな!」
「どけぇっ…どけぇぇぇぇぇッッッ!!!」
複数の使用人に取り押さえられるようにして、鳴神 悠斬は動きを封じられていた。三ツ谷が襲撃されたと耳にした途端。悠斬は三ツ谷へ向かわんと必死に動いていた。
「お前が動けば、鳴神家は取り壊されてもおかしくないのだぞ!!三ツ谷が何だと言うんだ!それに三ツ谷神主の妻はあの彼島だぞ!?」
その言葉に、悠斬は……
目から、輝きが失せた。正確には、父親を見る目から、だ。
取り押さえられた状態から、悠斬は手を下に伸ばした。指先に触れたのは、ただの糸くず。
……だが。
「痛ッ!?」
使用人のひとりが指先を抑えて、悠斬から手を離してしまった。使用人の指からは、まるで鋭利な刃物で切ってしまったように血が出ていた。
そして、その隙を見逃す天才ではない。
立ち上がった悠斬は、使用人達を睨んで引かせ、父親の前まで歩みを進める。
「貴様ァ………我が鳴神の家名を地に堕とすつもりか!!」
「家名…名誉……ねぇ……犬にでも食わせておけよ。そんなことより、友人の身内の方が俺は大切なんでね」
悠斬は父親を前に、1歩も引かず、そして堂々と、さらに歩みを進める。
父親が合図をすると、家系の者だろうか、幾人もの武芸者が集まる。
そこへ……
「失礼致します」
「!?!?」
悠斬の目の前に居た男数人が、宙で一回転して倒れる。
「坊っちゃま。ここは私にお任せを。坊っちゃまは御友人方をお助けに」
「…ありがとう。春色」
悠斬は横に飛んで、窓枠を破って外へと逃げた。
「貴様、一使用人の分際で…我らに逆らうとは……命の保証はできんぞ!?」
「えぇ…そうでしょうね。ですが、構わないのです」
春色は、スカートの裾を持ち上げお辞儀をすると、言葉を紡ぐ。
「私は鳴神家の使用人である前に、1人の女として、悠斬坊っちゃまを愛しております。命の一つや2つ、そしてそれ以上。心の臓物から指先、髪の毛1本に至るまで、この春色は坊っちゃまの物でございます。そして、この命を、坊っちゃまの為に使う事ができる。あぁ…なんて素晴らしい!!」
ここに来て初めて恍惚とした表情を見せる春色に、使用人たちは血の気が引く。
悍ましく、それでいて艶めかしく、そしてどこまでも純粋な愛。狂愛とも呼ぶそれを、春色は宿していた。
「……ですので、どうぞ。坊っちゃまを追いかけたくば、私を屍になさってからそれを踏み越えて行って下さい。私は腕が切れようと、首が飛ぼうと、坊っちゃまの為にここを守ります」
愛とは、どこまで行ったら呪いになるのだろう。
「………ん?」
「……どうした三ツ谷。立ち止まるな」
「あぁ…いえ、何か今ふと…」
「どうした、とっとと行くぞ」
「………はい」
一ノ門の神守達に連れられ、破狩は遠征を続ける。
つい先日、いきなり遠征について行くように言われ、今しがた帰路につく所だった。
(……虫の知らせ…とでも言うのでしょうか?)
破狩は、胸に残る嫌な予感を抑え、歩みを進めた。
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