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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《no side》
しおりを挟む瞳目掛けて振りかざされるナイフ。抉りとるというより、刺し潰す勢いのそれを燈弥は何とか腕を掴むことで阻止した。
ピタリと眼前で止まる銀色の切っ先に燈弥はひくりと口端を震わせる。美笹の本当の狙いを知るため、燈弥は気絶したフリをし耳を攲てていた。こちらを攻撃してこない動きといい、チラチラと時計を気にするような素振りといい.....別の狙いがあると確信していたがための気絶のフリ。
それで話を聞いていれば、不穏な言葉ばかり美笹の口から吐き出され、挙句に膨れ上がる殺気。''このまま目を閉じていたら死ぬ''という予感に目を開けたら....まさかの眼前に迫るナイフ。
あの一瞬でよくナイフを止められたなと燈弥は自分に感心した。
さて、未だにナイフは力を込められおり、気を抜けば目玉を潰される状況。だが裏を返せば上に乗っかられた不利な体勢でナイフを止めることが出来ているということ。つまり美笹の腕力は燈弥に劣る。
燈弥は体重をかけられる前に次の手を打った。
「おや?どうやら腕力はないようですね。僕に馬乗りになっているというのに、ナイフが届いていませんよ」
「このっ!!」
美笹の欲しがる綺麗な笑みを浮かべれば面白いほど彼は激情した。深く突き刺すため体重をかけようと上半身を前傾する美笹。そのスキを燈弥は見逃さなかった。
地に足をしっかりつけ、尻を勢いよく上げる。すると前傾姿勢に移ろうとしていた美笹は背を押されたように大きくバランスを崩した。
ついでとばかり脚をからませ身体を起こせば、するりと逆転。
「残念ながら馬乗りされた時の対処法は完璧です。以前、絞め殺されそうになったので」
「くっ」
今度は燈弥が美笹を見下ろす。少し違和感はあれど、自分と同じ顔。
「あははっ」
燈弥は抑えきれぬ喜びに声を出して笑った。
美笹は自分の体たらくに歯噛みする。自覚していたはずなのに、結局こうなってしまったと。他人の顔を羨む悪癖を自覚していたからこそ、今まで1人行動をしてこなかった。今回もパートナーを待っていたのだが....どういう訳か来ない。
こんなはずではなかった。
今頃パートナーの異能で完璧な一条 燈弥に成れていたはずなのに。裏切ったのか?と嫌な予想がよぎるが、有り得ないと思い直す。自分にとってパートナーはなくてはならない人間だ。絵描きで例えるなら筆のようなもの。彼が居なければ美笹の美は実現しない。
それはまた逆も然り。然りのはずだ。
美笹が居なければパートナーの欲もまた消化できない。
「あははっ」
聞こえた笑い声にハッとした。
燈弥が笑った。とても楽しそうに、嬉しそうに、待ちわびていたように。
「笹ちゃん。僕ね、常々やってみたいことがあったんだ。まぁ、やってみたいって言っても簡単に出来ることなんだけどね。周りが許してくれないというか、僕の親が悲しむというか.....あはっ」
素の口調と、上擦った笑い、情事中がごとき蕩けた顔。燈弥が相当興奮していることが見て取れる。
美しい。美しい。いつもの美笹ならそう讃え、妬み、欲しがりながらも見惚れていただろう。
しかし、
――ドッ、ドッ、ドッ....
心臓の鼓動が痛い。冷や汗が吹き出る。
美笹はどうしてか、自身の上に乗っかる燈弥に恐怖を覚えた。
「僕さぁ、ちっちゃい頃にクソみたいな男に捕まって監禁されたことがあるんだァ。思えばそこから人生が狂った.....いや、人生が狂ったのは僕が僕になった時からだから違うか。でもまぁ、あれのせいで僕の人生更におかしくなったのは間違いないし.....」
口を尖らせブツブツと訳の分からないことを言う。しかし直ぐにパァと笑みを浮かべると、手に魂写棒を持った。
「ま、とにかく!!僕はこのお綺麗な顔のせいであの男に目つけられたから....この顔、1度ズタズタにしてやりたかったんだよね!!僕の顔がこうでなければ今頃普通に暮らせていたはずだし、こうも変人共に付きまとわれずに済んだはずだから。あはははははははっ!!嬉しいなぁ!僕の顔が目の前にあるなんて!!」
魂写棒が鋭い刃に変わる。
「まっ、待って!!」
「そりゃ自分の顔があるんだからそっちにやれよって話だけど、今の家族が悲しむし、何より僕を産んだ両親に申し訳ないんだよね。さすがの僕も両親を思うと心が痛むというか.....」
美笹の制止の声を無視し、燈弥は尚も語る。その嬉々として話す姿が更に美笹の恐怖を煽った。
「でも君がいる。君が僕の顔を引っさげて目の前に現れてくれた。あはははっ!これで僕の溜飲もいくらか下がるというもの.....ありがとう笹ちゃん」
「待って待って待って待って理解できない理解できない理解できない理解できない!!」
反撃でもなく、嫉妬でもなく、腹いせに自身の顔を傷つけようというのか?それも嬉々として?
美笹は慄いた。
自身の持つ美を腹いせに傷つけようと思いつくその思考が理解できない。
「hu~♪hu~♪」
三日月状に歪む瞳が美笹を見下ろしている。ゾッとするほどの美しい眼差しに悪寒が走った。咄嗟に顔を変えようと手を翳すが、双剣の柄で弾かれそのまま地面に縫い付けられた。
痛みに呻きながら、もう片方の手で顔を変えようとするも.....
「だーめ」
「っぁあああ''!!」
同じように地面に縫い付けられた。両の手のひらから双剣を伝って血が滴る。
リッパーを手放した燈弥は口元を吊り上げたまま転がっていたナイフを手に取ると、美笹の頬に刃先を滑らせた。切れそうで切れない手つきに美笹の身体は震える。
「よぉく聴いて、感じて――プツリ。皮膚の切れる音。ぎぃ....。小さな穴が縦に裂けていく感覚。ぱっくり。裂けた部位が大きく開いていく痛み。たらり。液体が肌の上を伝う不快感。ズキズキ。開かれた部位に何度も針を刺されているかのような傷み。.....さぁイメージして。想像して。思い描いて。まろやかな頬に一筋....」
「はっ、はっ、はっ、はっ.....!」
美笹は自身の荒い呼吸を耳に、頬に滑らされていた刃先が頬に沈み込むのを間近で見た。
プツリ。皮膚の切れる音。ぎぃ....。小さな穴が縦に裂けていく感覚。ぱっくり。裂けた部位が大きく開いていく痛み。たらり。液体が肌の上を伝う不快感。ズキズキ。開かれた部位に何度も針を刺されているかのような傷み。
「『あ''ぁああぁあアァアぁァあア!!!!!』」
悲鳴が重なる。美笹の処理できないほどの恐怖が伝播し、ドールであるナイドも堪らず声を上げた。
「次行くね。次は.....綺麗な額だ」
プツリ。ぎぃ....。ぱっくり。たらり。ズキズキ。
プツリ。ぎぃ....。ぱっくり。たらり。ズキズキ。
擬音が頭を埋めつくし、過呼吸を起こしたかのように呼吸が速まる。視界がぐらつく。恐怖に心臓が軋む。
それでも美笹の視線は燈弥に釘付けになっていた。
自身の顔にナイフを振りかざし喜悦する燈弥。
肉を裂き血汐に染まる肌に恍惚とする燈弥。
増えていく傷に愉悦浮かべる燈弥。
対する美笹はというと――
燈弥の深淵のような黒い瞳。その瞳に映るのは顔をあらゆる体液で汚す穢らしい.....
嗚呼.....と美笹は気づく。気づいてしまった。
(僕はなんて馬鹿なんだ。燈弥君に成ろうだなんて....初めから無理なのに)
燈弥は神様で、美笹は人間。
他人に嫉妬し、恐怖し、畏怖し、崇めていた美笹はどうしようもないほど''人間''であった。
そんな人間がどうして究極の美にたどり着けようか?
こんな穢い顔をして、こんな汚い貌をして。
あの日、美笹の前で言い争っていた両親と変わらないでは無いか。
(第一燈弥君を理解してしまったらそれはもう神様じゃない、究極の美じゃない。理解出来る神は神たり得ない。.....僕は間違えていた)
つまり、最初から破綻していたのだ。神に成ろうだなんて。究極の美に成ろうだなんて。目指したこと自体間違いだった。
(あぁ.....)
美笹は一生を終える。この焼き爛れた顔を抱えたまま、決して手に入らないものを求め続けたまま。
「あれ....急にボーッとしてどうしたの?」
痛みは感じない。ただ、胸に大きな穴が空いたかのような虚無感を覚える。
(僕は.....一生....醜いまま......)
─────ポキ....
心の折れる音がした。
《side end》
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