鳩ノベ(つぃのべ)置き場 3分でさらっと物語の世界へ

天埜鳩愛

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⑨一見穏やか獲物は逃さん狼さんと被毛にコンプレックスがある白狐さんの恋話

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 哀しみに胸を押しつぶされそうになりながら、僕は閉店間際の美容室に駆け込んだ。
「これ。誰にやられたの?」
 コートの下に隠した尻尾があまりに哀れだったのだろう。狼獣人のお兄さんが押し殺した低い声を出す。
「彼氏……」
 呟いたら涙がぽろっと膝上に零れ落ちた。
 僕の彼氏は一見愛くるしい兎獣人だ。一応肉食ルーツの狐獣人だが気弱な僕と違い、威勢が良くて強引なところがある。でも大型獣人からは言い寄られて面倒だというので僕は定期的に僕の尻尾の被毛で毛玉を作りお守りと称し渡していた。
『激レアな白狐の毛玉、周りでも欲しい人多いんだよね。お願い』
 愛らしい顔つきで被毛玉をもっとよこせとお願いされた。彼以外にあげるつもりはなかったけど、困って人の為ならと、ついいい顔をしてしまった。
 だけど大学で白い被毛の毛玉が高値で出回ってると友達に聞き、問い詰めたら『誰かの助けになるなら、それでいいじゃんお前だって嫌って言わなかっただろ』そんな風に吐き捨てられた。
 価値観の違いは薄々感じていたけどこれが決定的になった。
 別れ話を切り出したら逆上され『じゃあ、尻尾毛よこすなら、別れてやってもいい』そういわれて哀しくて、もうどうでもよくなって頷いた。
 すると相手も泣きながら鋏でじょきじょきっと尻尾の毛をめちゃくちゃに切られた。
 僕はコートで隠しながら彼の家を飛び出し、この店まで何とかたどり着いた。
「艶々ふさふさの美尻尾だったのに……」
「いつも大神さんに手入れしてもらっていたのに、ごめんなさい」
「それは大丈夫。でもこれはひどすぎるね。尻尾をこんなにされて、怖かったよね?」
 情けないけど、僕は震えながら頷いた。
 大神さんが痛ましそうな目でこちらを見つめてくる。
 彼は身体は大きい灰色狼の獣人だが、柔和な語り口調と丁寧な仕事ぶりが好感が持てる。気遣いのできる、とても優しい人だ。
『狼って怖がられがちだから。口調はちょっと柔らかくしてるんだ』
前にのんびり口調で犬歯を少しだけ見せて笑う。美しい琥珀色の瞳に宿る光は、真っすぐに覗き込むと確かにちょっと怖いけどいつも穏やかで
不思議な包容力のある人だ。
「ねえ、雪弥君。俺に獣型の姿、見せられる?」
「え……」
 普通、恋人や家族というごく親しい人にしか獣になった姿を見せることはない。ドキっと戸惑い自分の腕を抱きしめる。大神さんは慌てた声を出した。
「被毛の様子が一番よくわかるのは、獣の姿だから。君が良ければ、俺の家で手入れをさせて欲しいんだ。こんな状態になった君を放っておけないよ」
 大神さんの美容室は高校時代から憧れの場所だった。アルバイト代を握りしめて初めて足を踏み入れた時、緊張と期待で胸が躍った。それまで目立つ被毛が嫌でくすんだ色になっても構わないと、手入れを放棄し身をかがめて生きてきた。
 でもそんな自分を変えてみたいと思ったのは、SNSで流れてきたビフォーアフター動画だった。美容院のカットで劇的に変化した人の笑顔が印象的で、その施術をした人が大神さんだった。『綺麗な色の被毛なんだから堂々と胸を張りなさい』と髪も尻尾も艶やかに整え、勇気づけてくれた恩人だ。
「大神さんになら……。お任せ、したいです」
 その後はあっという間に店じまいをした大神さんの部屋まで連れて行ってもらった。美容室が入っている雑居ビルの最上階が自宅だった。
彼氏の部屋からコートと財布、携帯電話だけ持って着の身着のまま来た。情けないが、今になって足ががたがたと震えてきた。
「これを飲んで、ゆっくりでいいから」
 温かなカモミールティーを差し出す彼の気遣いが嬉しく、静かに飲んだら少し心が落ち着いてきた。「狐の姿になります」意を決して獣の姿になると告げると、大神さんが正面からぎゅっと抱きしめてくれた。着やせするのか押し付けられた胸に逞しい筋肉の充溢を感じる。
広い胸の温かさにまた涙が零れた。僕は涙を見られまいと、彼の腕の中でするすると縮み、身体の被毛の豊かさに比べて醜い尻尾をした狐の姿になった。
「きゅーん」
 情けない鳴き声を上げ、僕は丸く身を縮める。だけど彼には違ったようだ。
「雪弥くん、君はなんて、綺麗なんだろう。神々しいほどだ」
 抱き上げられ耳のすぐそばで、感極まった彼の声が聞こえる。
「初めて会った時から、俺が君の事、気になっていたって言ったら、嫌かい?」
「きゅー、ぎょわ」
 憧れの人からの甘い囁きに、変な声が出てしまった。
そこからはなんかいい香りのトリートメントで全身を揉みしだかれてトロトロになったところで恥ずかしくも前が兆してしまう。
 あまりの事に慌てふためいて人型になって逃げようとしたら、後ろから抱きかかえられてちゅっと首筋に甘噛みをされた。人の身体でも犬歯が発達しているから、艶めかしい痛みがぞくっと走る。
「気持ちよくなっちゃった? そっちも、触ってもいい?」
 あれよあれよという間に温かく大きな掌ですりあげられて、身を震わせる。嫌じゃないから身体の力を抜いて、僕はそのまま彼に身を任した。頭がぼーっとなって、このまま優しさに甘えるのが良いのか、彼を哀しみから逃れる薬にしているのではと考えたら胸が切なくて、でもあまりにも心地よくて。
 大きな温かい大きな掌に吐き出したら愛おしそうにぎゅっとハグされた。
「好きだ。雪弥君。神秘的な白い被毛も、礼儀正しくて優しい性格も、はにかんだ笑顔も大好きだ。だけど高校生の君に手を出すのはって思っているうちに、君に恋人ができた。君が幸せならばそれでいいって諦めていたんだ。
でも君の事を大切にできない人に君を任せてはおけない」
 初めてのカットの時、緊張でおどおどしていた自分に、鏡越しに優しく微笑んでくれた彼。人気のお店の憧れの美容師さん。
(大神さん、僕の事……)
 想いの深さと情の強さに心がぎゅうっと押し流されて、彼の待つ岸辺に打ち上げられた。
 その後彼と恋人同士になった。兎の元カレは『あの時は頭に血が上った。ごめん』といってへらへらと家を訪ねてきた。
 でもちょうど一緒にいた大神さんが聞いたことのない怖ーい声で「帰れ」と一喝したらすごすごと帰っていった。
「雪弥君。ああいう、可愛い系が好きなんだね、俺、大きくて年上でごめん」
 ちょっとしょんぼりと落ち込んだ大神さんも可愛い。背伸びして彼のシルバーブロンドの髪をわしゃわしゃしてから長身に飛びつくように抱き着いた。
「穏やかで心も身体も大きな貴方が大好きですよ」と。 おわり。

一見穏やか狙った獲物を逃がさない狼さんと被毛にコンプレックスがある白狐さんの恋話

こちらのお話は次の⑩と繋がっております。雪弥の元カレ視点です。
世界観(大学が一緒)のお話はkindleアンソロジーの
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