鳩ノベ(つぃのべ)置き場 3分でさらっと物語の世界へ

天埜鳩愛

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⑪インフルエンザでも会いたい、でも会えない二人の話

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 自分では選ばない明るい色のセーターに身を包んだ。ふんわり柔らかく着心地がいい。
(やっと、あの人に会える)
胸の鼓動が高まるままバイト先へ向かう足取りは軽い。

 僕は先週、ウィルス性の病気にかかり、長らくバイトを休んでしまった。バイト先のカフェには学生アルバイトが沢山いる。一番仲良くなったのは他大学だが一つ年上の先輩だった。昼休憩を一緒に行ってから趣味の話で意気投合し、今では課題に限らず色々アドバイスもくれる。イケメンだけど気取らなくて、シフトの交換にも気安く応じてくれる。

『ごめんな。俺がシフト交換してもらったばっかりに』
『だいっ……、げほ、ごふごふっ』

 大丈夫だし、先輩のせいではない。そういいたかったけど、こみ上げてきたセキが止まらなくなってしまった。たまたま先輩と代わったシフトの時間帯に入っていた人が、後からインフルエンザだったとわかったらしい。僕はまんまとうつってしまった。だが優しい先輩はすまながって、すぐ連絡をくれた。

『身体辛いよな? 待ってろ。退勤したら差し入れ持ってくから。とにかく寝てろよ』

 先輩は二人分の穴を埋めるべく、シフトをいれまくってフォローしてくれている。それだけだって。大分ありがたい。
 実際のところ、僕は心身ともに弱り切っていた。元々身体は丈夫な方だから、寝込むことに慣れていない。身体の節々の痛みと高熱にうなされた。こういう時に限って、買い置きを食べ切った後で、薬局で薬と経口補水液を買って買って帰るのがやっとだ。親兄弟は遠方にいる。心細くてひたすら布団の中で丸くなってびっしょり汗をかいて目を覚まし、震えながら目を閉じる。
 そんなことを繰り返してどのくらいたっただろう。スマホが律動し、震える指で何とか通話ボタンを押した。

『ごめん、寝てた?』

 先輩の声に心の底からほっとして柄にもなく涙が滲みそうになってしまった。

『おきた、でも、つらいっ』
『今お前んちのドアの前。なんでも手伝うぞ』
『さびしい』
『……』
弱り切ってて、つい本音がぽろり、と零れた。先輩は反応に困っているようだった。
(あほなこと言った)

 寝たふりをして誤魔化そうとこちらも黙ってみた。すると玄関の扉がどん、どんと叩かれた。

「おい」

 僕はベッドから転がり降りて身体を半ば引きずりながら、扉の前まで這っていった。
 スマホを床に転がしたまま扉越しに会話を始めた。

「なあ、そっちいっちゃ駄目か? お前の顔みたい」
「うつるから、ダメ」
「じゃあ、恋人なら中入れてくれるのか?」
「え……」
「弱ってる時にこんなんいうの、ずるいって分かってる。でも俺、問答無用でそっちに行ける資格が欲しい」
「まじか」

 弱ってる時に、それは本当にズルい。
 涙が出そうになる。だって、俺も先輩の事好きだもん。こんな時こそ傍に居て欲しいと思ってたもん。

「今は返事いいから。もしさ。もしそれでもちょっとは、俺の事いいかもって思ってくれるなら、着替えの服一式入れといたから、次会う時それ着てきてくれないか」
「僕が今、洗濯できなくて、着替え枯渇するってわかってて、それずりぃ」

 頬がにやける、ゼコゼコ、苦しいのに。

「ドアに色々かけとく。明日もくる。だからまあ早く元気になれよ」

 そういいおいて、先輩は去っていった。
 なんとか身体を起こして差し入れのチューブ型のゼリーを飲み込んだ。ゼリーには付箋がはってあって、「何かあったら、いつでも連絡しろよ。すぐ来るから」と書かれてた。
 先輩はその後も毎日通ってくれて、扉越しに話すことが闘病中唯一の楽しみになった。日に日に時間が伸びていって先輩は寒い中だから申し訳なかったけど、自宅療養最終日、明日は部屋で一緒に鍋でも食べましょう。
 そんな風に誘ったら「明日がすごく楽しみだ」と先輩は笑った。
 初日の約束にはお互い触れないでいた。でも心の中ではずっと意識していた。無事に外に出られる日が丁度日曜で、僕は大学より先にバイトに出ることになった。
 先輩が用意してくれた服は、前に一緒に買い物に行ったときにちょっといいなと手に取ったそれだった。明るくて派手かもと避けていたが、今日は迷いなくそれを着る。バイト先の前まで来たら、ちょうど先輩も向こうから歩いてきていた。
「どう似合いますか?」
 頬がかっかと熱くなる。先輩がにかっと微笑んで、両手を広げてくれたから、俺は迷いなく腕の中に飛び込んだ。
                         終

「病み上がりには、新しい服を」

バイト仲間の先輩後輩大学生のお話。
体調悪い時、心許せる人に近くにいて欲しいですよね。うつさないようにしないとですが。
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