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第五章 災厄の神
154.最高の贈り物
「ん……、はぁ」
ずっと眠っていた羽々がもぞりと動いた。
苦しそうに息をして、顔を顰めている。
「羽々! 気が付いた? 意識ある?」
「ん……」
紅優の問いかけにも羽々は目を開けない。
羽々の額に口付けて、紅優が神力を流す。
蒼愛が真白にした時と同じように、体が金色に光って七色の神力の糸が体の中に溶け込んだ。
羽々が薄らと目を開いた。
「……今日は、何日、だ……。今は、何時、だ……」
虚ろに目を開けた羽々が、掠れた声で問う。
「何日だっけ? えっと……二十五日かな? とりあえずもう、夕刻だよ」
紅優が暦を探している。
瑞穂国には、現世と同じような暦がある。
十二カ月で一年というのは同じだが、一カ月が基本三十日で、月の満ち欠けに合わせている。
現世では太陰暦というのだと、蒼愛は芯に教えてもらった。
「秋の……、限定……、間に合わなかった、か……」
羽々が、がっくりと目を閉じた。
まるで死んでしまったかのように生気がない。
目から嘘みたいに大量の涙が流れている。
「秋の限定? 羽々、しっかりして! 帰ってきた時は、元気だったのに。淤加美様の癒しの水、相性悪かったのかな。羽々、羽々!」
紅優が蒼い顔をして羽々の肩を揺らしている。
さりげなく淤加美に失礼な発言だなと、蒼愛は思ったが黙っておいた。
「NYANCHOCOTTの季節限定ケーキだろう。確保してあるから、心配ないぞ」
志那津がさらりと放った声に、羽々がさっくりと起き上がった。
驚いた顔で口をハクハクさせながら、羽々がジリジリと志那津に迫った。
「なん……、だと……、貴方も、好きなのか? 会員カードを持っているの、か?」
志那津に迫る羽々から瘴気が流れ出ている。
真白に抑えられている志那津が小さく悲鳴を上げて腕に抱き付いた。
「会員カードなら、持っている。とりあえず瘴気を抑えろ。天上で瘴気をばらまく馬鹿がいるか!」
真白の腕の中で怒鳴りながら、志那津が羽々と距離を取る。
そんな志那津の腕を捕まえて無理やり手を握ると、ぶんぶんと振った。
瘴気が溢れすぎて、手を振るたびに黒い気が飛び散る。
「貴方とは、仲良くなりたい」
羽々が志那津に迫った。
いつもは「仲良くなれそうだ」と話す羽々だが、今日は積極的だなと思った。
「志那津様、心配ねぇよ。羽々さんはさ、嬉しいと瘴気が出ちまうんだってさ。志那津様がNYANCHOCOTTのファンで嬉しいんだよ」
真白に説明されても、志那津は羽々から離れようと身を仰け反らせた。
「NYANCHOCOTTは好きだ。好意を持ってくれるのも嬉しいが、瘴気をどうにかしろ。俺は瘴気が苦手……、神々は死の瘴気のような強い邪を好まない!」
志那津は瘴気が苦手らしい。
死の瘴気は妖怪をも殺す瘴気だ。紅優も前に被害に遭っている。
真白も蛇々に殺されかけた時、体内に大量の死の瘴気を流し込まれていた。
神聖な存在ほど、瘴気自体を嫌う。死の瘴気なら、尚更嫌うだろう。
羽々の隣で紅優が瘴気をちょっとずつ浄化してやっている。
「一気に浄化しちゃってもいいのに。羽々さんが苦しいのかな?」
「それもあるでしょうが、志那津様へのちょっとした牽制でしょう」
蒼愛の問いかけに、井光が呆れ顔で答えた。
「とにかく、秋の限定贅沢御褒美モンブランは食べられるから、落ち着いてくれ」
志那津の言葉に、羽々の全身から更に瘴気が吹き出した。
「何故、増える!」
「嬉しいんでしょうね。ケーキが食べられるのも、志那津様の御気遣いも。俺からもお礼申し上げます」
紅優が丁寧に頭を下げながら、瘴気を浄化する。
さっきより減ったが、吹き出す量が多すぎて消えない。
志那津が涙目で真白の胸に顔を埋めた。
「流石にこれ以上、浄化すると羽々が苦しいから、いったん離れようか」
紅優が羽々の体を後ろに下げようとした時、癒しの間の襖が開いた。
「ここにいんのか? 怪我って、酷かったのか? 羽々の旦那、死んだりしないよな、生きてるよな」
聞き覚えのある声に、真白の耳がピンと立った。
「心配ないよ、時期に目を覚ます。ピピが来てくれたと知ったら、すぐにでも起きるよ。嬉しいお土産が沢山だと、報せておやり」
淤加美に連れられて、ピピが部屋に入ってきた。
最早、瘴気塗れの真っ黒な塊になっている羽々を見付けて、淤加美が動きを止めた。
「今度は羽々が闇堕ちしたのかい? 浄化が必要かな。それとも治療かな?」
淤加美の目が紅優に向く。
紅優が苦笑いした。
「羽々の旦那、何やってんの? NYANCHOCOTTの限定ケーキ並べなくて、悲しくなっちゃったのか?」
ピピが羽々に歩み寄る。
羽々が纏っていた黒い瘴気が一瞬で弾けた。
「ピピ、何故、天上に……。どうやって来た?」
ピピの両手を握って羽々が驚いた顔をしている。
「連れてきてもらったんだよ。緑風と明灯に」
淤加美の後ろから、長い髪の大人の男性と、少し若そうな茶色い髪をした男性が入ってきた。
緑の長髪の男性が、羽々の前に傅いた。
「この度は、我が主、風ノ神志那津の命、更には天上を、この国を御救い頂いた善行、心より感謝いたす。私は風ノ神二ノ側仕霧疾が番、緑風。主である志那津様の命を受けて、NYANCHOCOTTの季節限定ケーキを羽々殿のため入手致した。どうか心安く療養してくれ」
目を見開いた羽々が緑風の手を握ってぶんぶん振った。
「貴方が……、貴方が、そこまで……。命の恩人だ」
羽々が深く頭を下げて感謝している。
「その謝辞はどうか、我が主に」
緑風の目が部屋の中を探す。
真白に抱かれたままの志那津を見付けて、不思議そうな顔をした。
「聞いてくれよ! それだけじゃねぇんだ。明灯がNYANCHOCOTTのパティ? ……ケーキを作ってる人間で、羽々の旦那のためだけにケーキを作ってくれたんだぜ!」
赤茶色の髪をした男性が、緑風と同じように羽々の前に腰を下ろして頭を下げた。
「NYANCHOCOTTでシェフパティシエを務めております、明灯と申します。当店きっての御得意様である羽々様が大蛇の長の八俣様であると、ピピが教えてくれました。当店を育ててくださった羽々様が国の大事にご活躍なさったとあっては、黙っておられません。この機にお礼をさせていただきたく、特製ケーキを作らせていただきました」
明灯が羽々を促す。
癒しの間の向こうに連なる広間に、いくつものケーキと菓子が贅沢に並べられていた。
「御国の大事を御救いくださった神々や側仕の皆様にも楽しんでいただけますよう、たくさん準備しておりますので、どうぞ、極上の菓子で疲れを癒してください」
広間の風景と明灯を交互に見て、羽々が明灯の手を取った。
「……神よ。貴方こそ極上の甘味を生み出すスイーツの神だ」
「私は神ではありませんよ。ただのパティシエです。羽々様こそ、NYANCHOCOTTを一流店にしてくださったお客様という神様です。誰も見向きもしなかった時分から買い求めてくれている、最古参のお客様です」
羽々の手を明灯が握り返した。
「貴方のお陰で、私は諦めずにパティシエを続けられた。本当にありがとうございます」
強く握った手に明灯が額をあてる。
その姿を羽々が呆けた顔で眺めていた。
「お世話になり続けている羽々様に恩返しをする機会を私に与えてくれたのは、ピピです」
明灯の視線がピピに向く。
「ピピは羽々殿の代わりに限定ケーキを買おうと並んでおったのだが、売り切れてしまってな。そこで、私たちと会ったんだ」
緑風に頭を撫でられて、ピピがばつが悪そうな顔になった。
「日の街に行ったのか? 一人で?」
羽々の問いに、ピピが頷いた。
「大蛇の領土から出たことなどないのに、無理をする」
羽々の手が、ピピを優しく抱き包む。
「ありがとう、ピピ。最高の贈り物をもらった」
「大変な御役目だったんだろ。俺もちょっとは役に立ちたかったんだ。旦那が生きてて、良かった」
ピピが羽々にしがみ付く。
二人の姿はまるで、親子のようだった。
ずっと眠っていた羽々がもぞりと動いた。
苦しそうに息をして、顔を顰めている。
「羽々! 気が付いた? 意識ある?」
「ん……」
紅優の問いかけにも羽々は目を開けない。
羽々の額に口付けて、紅優が神力を流す。
蒼愛が真白にした時と同じように、体が金色に光って七色の神力の糸が体の中に溶け込んだ。
羽々が薄らと目を開いた。
「……今日は、何日、だ……。今は、何時、だ……」
虚ろに目を開けた羽々が、掠れた声で問う。
「何日だっけ? えっと……二十五日かな? とりあえずもう、夕刻だよ」
紅優が暦を探している。
瑞穂国には、現世と同じような暦がある。
十二カ月で一年というのは同じだが、一カ月が基本三十日で、月の満ち欠けに合わせている。
現世では太陰暦というのだと、蒼愛は芯に教えてもらった。
「秋の……、限定……、間に合わなかった、か……」
羽々が、がっくりと目を閉じた。
まるで死んでしまったかのように生気がない。
目から嘘みたいに大量の涙が流れている。
「秋の限定? 羽々、しっかりして! 帰ってきた時は、元気だったのに。淤加美様の癒しの水、相性悪かったのかな。羽々、羽々!」
紅優が蒼い顔をして羽々の肩を揺らしている。
さりげなく淤加美に失礼な発言だなと、蒼愛は思ったが黙っておいた。
「NYANCHOCOTTの季節限定ケーキだろう。確保してあるから、心配ないぞ」
志那津がさらりと放った声に、羽々がさっくりと起き上がった。
驚いた顔で口をハクハクさせながら、羽々がジリジリと志那津に迫った。
「なん……、だと……、貴方も、好きなのか? 会員カードを持っているの、か?」
志那津に迫る羽々から瘴気が流れ出ている。
真白に抑えられている志那津が小さく悲鳴を上げて腕に抱き付いた。
「会員カードなら、持っている。とりあえず瘴気を抑えろ。天上で瘴気をばらまく馬鹿がいるか!」
真白の腕の中で怒鳴りながら、志那津が羽々と距離を取る。
そんな志那津の腕を捕まえて無理やり手を握ると、ぶんぶんと振った。
瘴気が溢れすぎて、手を振るたびに黒い気が飛び散る。
「貴方とは、仲良くなりたい」
羽々が志那津に迫った。
いつもは「仲良くなれそうだ」と話す羽々だが、今日は積極的だなと思った。
「志那津様、心配ねぇよ。羽々さんはさ、嬉しいと瘴気が出ちまうんだってさ。志那津様がNYANCHOCOTTのファンで嬉しいんだよ」
真白に説明されても、志那津は羽々から離れようと身を仰け反らせた。
「NYANCHOCOTTは好きだ。好意を持ってくれるのも嬉しいが、瘴気をどうにかしろ。俺は瘴気が苦手……、神々は死の瘴気のような強い邪を好まない!」
志那津は瘴気が苦手らしい。
死の瘴気は妖怪をも殺す瘴気だ。紅優も前に被害に遭っている。
真白も蛇々に殺されかけた時、体内に大量の死の瘴気を流し込まれていた。
神聖な存在ほど、瘴気自体を嫌う。死の瘴気なら、尚更嫌うだろう。
羽々の隣で紅優が瘴気をちょっとずつ浄化してやっている。
「一気に浄化しちゃってもいいのに。羽々さんが苦しいのかな?」
「それもあるでしょうが、志那津様へのちょっとした牽制でしょう」
蒼愛の問いかけに、井光が呆れ顔で答えた。
「とにかく、秋の限定贅沢御褒美モンブランは食べられるから、落ち着いてくれ」
志那津の言葉に、羽々の全身から更に瘴気が吹き出した。
「何故、増える!」
「嬉しいんでしょうね。ケーキが食べられるのも、志那津様の御気遣いも。俺からもお礼申し上げます」
紅優が丁寧に頭を下げながら、瘴気を浄化する。
さっきより減ったが、吹き出す量が多すぎて消えない。
志那津が涙目で真白の胸に顔を埋めた。
「流石にこれ以上、浄化すると羽々が苦しいから、いったん離れようか」
紅優が羽々の体を後ろに下げようとした時、癒しの間の襖が開いた。
「ここにいんのか? 怪我って、酷かったのか? 羽々の旦那、死んだりしないよな、生きてるよな」
聞き覚えのある声に、真白の耳がピンと立った。
「心配ないよ、時期に目を覚ます。ピピが来てくれたと知ったら、すぐにでも起きるよ。嬉しいお土産が沢山だと、報せておやり」
淤加美に連れられて、ピピが部屋に入ってきた。
最早、瘴気塗れの真っ黒な塊になっている羽々を見付けて、淤加美が動きを止めた。
「今度は羽々が闇堕ちしたのかい? 浄化が必要かな。それとも治療かな?」
淤加美の目が紅優に向く。
紅優が苦笑いした。
「羽々の旦那、何やってんの? NYANCHOCOTTの限定ケーキ並べなくて、悲しくなっちゃったのか?」
ピピが羽々に歩み寄る。
羽々が纏っていた黒い瘴気が一瞬で弾けた。
「ピピ、何故、天上に……。どうやって来た?」
ピピの両手を握って羽々が驚いた顔をしている。
「連れてきてもらったんだよ。緑風と明灯に」
淤加美の後ろから、長い髪の大人の男性と、少し若そうな茶色い髪をした男性が入ってきた。
緑の長髪の男性が、羽々の前に傅いた。
「この度は、我が主、風ノ神志那津の命、更には天上を、この国を御救い頂いた善行、心より感謝いたす。私は風ノ神二ノ側仕霧疾が番、緑風。主である志那津様の命を受けて、NYANCHOCOTTの季節限定ケーキを羽々殿のため入手致した。どうか心安く療養してくれ」
目を見開いた羽々が緑風の手を握ってぶんぶん振った。
「貴方が……、貴方が、そこまで……。命の恩人だ」
羽々が深く頭を下げて感謝している。
「その謝辞はどうか、我が主に」
緑風の目が部屋の中を探す。
真白に抱かれたままの志那津を見付けて、不思議そうな顔をした。
「聞いてくれよ! それだけじゃねぇんだ。明灯がNYANCHOCOTTのパティ? ……ケーキを作ってる人間で、羽々の旦那のためだけにケーキを作ってくれたんだぜ!」
赤茶色の髪をした男性が、緑風と同じように羽々の前に腰を下ろして頭を下げた。
「NYANCHOCOTTでシェフパティシエを務めております、明灯と申します。当店きっての御得意様である羽々様が大蛇の長の八俣様であると、ピピが教えてくれました。当店を育ててくださった羽々様が国の大事にご活躍なさったとあっては、黙っておられません。この機にお礼をさせていただきたく、特製ケーキを作らせていただきました」
明灯が羽々を促す。
癒しの間の向こうに連なる広間に、いくつものケーキと菓子が贅沢に並べられていた。
「御国の大事を御救いくださった神々や側仕の皆様にも楽しんでいただけますよう、たくさん準備しておりますので、どうぞ、極上の菓子で疲れを癒してください」
広間の風景と明灯を交互に見て、羽々が明灯の手を取った。
「……神よ。貴方こそ極上の甘味を生み出すスイーツの神だ」
「私は神ではありませんよ。ただのパティシエです。羽々様こそ、NYANCHOCOTTを一流店にしてくださったお客様という神様です。誰も見向きもしなかった時分から買い求めてくれている、最古参のお客様です」
羽々の手を明灯が握り返した。
「貴方のお陰で、私は諦めずにパティシエを続けられた。本当にありがとうございます」
強く握った手に明灯が額をあてる。
その姿を羽々が呆けた顔で眺めていた。
「お世話になり続けている羽々様に恩返しをする機会を私に与えてくれたのは、ピピです」
明灯の視線がピピに向く。
「ピピは羽々殿の代わりに限定ケーキを買おうと並んでおったのだが、売り切れてしまってな。そこで、私たちと会ったんだ」
緑風に頭を撫でられて、ピピがばつが悪そうな顔になった。
「日の街に行ったのか? 一人で?」
羽々の問いに、ピピが頷いた。
「大蛇の領土から出たことなどないのに、無理をする」
羽々の手が、ピピを優しく抱き包む。
「ありがとう、ピピ。最高の贈り物をもらった」
「大変な御役目だったんだろ。俺もちょっとは役に立ちたかったんだ。旦那が生きてて、良かった」
ピピが羽々にしがみ付く。
二人の姿はまるで、親子のようだった。
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