奏でる調べは癒しの旋律

霞花怜

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ep18. 最強魔剣士ジンジル=ダークロウ

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 物心ついた時には、王都の外れのスラム街で生きていた。親や兄弟は知らない。自分にはそういう者はいないんだと思っていた。
 魔法が使えたのは、ジンジルにとって幸運だった。奪うか盗むかするのに、魔法はとても便利だった。

 ある日、盗賊が落としていった剣を拾った。近くに兵団の修練場があったので、動きを盗み見て技を鍛えた。
 荷運びの護衛の仕事にありつけてから、少しだけ金回りが良くなった。金が入ると新しい武器を買い、少しずつ装備を増やした。
 仕事が増えて金が余ると飯に回した。肉が食えれば筋肉が付く。体が大きくなると体力と持久力が増す。仕事が増やせれば金が増える。
 剣の腕は見る間に上達していった。

 キナ臭い仕事も多く請け負った。
 特に荷運びの警護は、荷の中身が何かわからないことも多い。生き物の気配を感じる時などは、嫌な気持ちになった。良い扱いを受けるはずがない命を運んでいるのだと頭の片隅で気が付いていながら、知らぬ振りをする。
 そういう仕事は、恐らく高貴な立場にあるのだろう人間が関わっていることが多く、金払いも良い。同じ依頼を、ジンジルは何度か受けた。

 この荷運びは、これきりにしようと心に決めて最後の仕事に就いた時、 やたらと強い魔法使い、いや、恐らく人でない者に襲撃を受けた。
 かなりの深手を負い、同じ警護の人間も何人か負傷した。

「やはり、己の勘には逆らうべきじゃないな」

 ジンジルは、その場にいたを皆殺しにした。
 世の中の法の外側で生きてきた自分が今更、常識だの正義だの謳うつもりはない。
 罪滅ぼしのつもりもない。強いて言うなら、己の勘に背いた自分への罰だった。
 襲ってきた人ではない者に、殺されてもいいと思った。

 死を予感した瞬間、場に不似合いな笛の音色が響いた。
 美しい旋律なのに、攻撃的で背筋が寒くなるような音だったのを覚えている。この場から逃げ出したくなるような恐怖が煽られた。

「運が良いね、お前。どうやら殺しちゃいけない人間みたいだ。また会おうね」

 人ではない者が去っていく。
 代わりに一人の娘がジンジルに駆け寄った。

 ジンジルの傷に触れた娘が、また笛を吹いた。今度は優しい温かい音色だった。気が付けば、傷が完治していた。

「ありがとう」

 泣きながら何度も礼を言う娘に困惑した。この娘に礼を言われる筋合いはない。
 けれど、涙を流す顔が酷く美しくて、見入っていた。
 立ち去ろうとする娘の腕を、咄嗟に掴んでいた。

「名前、は?」
「カナデ……」

 口を吐いて出てしまったんだろう。カナデは口を手で覆ってジンジルに向き合った。

「私がここにいたこと、誰にも話さないで。お願い」

 捨て台詞のように吐き捨てて、カナデはジンジルから逃げるように去った。

「カナデ……」

 初めて、同じ人間にもう一度会いたいと思った。

 それからは、剣士として真っ当に腕を磨いた。
 稼ぎが悪くても仕事を絞り、小さな剣術大会に参加して賞金を稼ぐようになった。

 コロッセオの魔術剣技大会に参加したのは二十歳になった時だった。年に一度開催される国内最高峰の大会に参加するためには、後ろ盾がいる。
 以前、身辺警護を請け負った貴族が名乗りを上げてくれた。ティスティーナという家は、由緒ある巫の家系なのだという。
 貴族の中に、そんな職業があることすら知らなかった。

 魔術剣技大会で優勝すると、最強の剣士の称号でもあるダークロウという姓を授与された。この時からジンジル=ダークロウを名乗った。
 後ろ盾になってくれたショウマ=ティスティーナは我が事のように泣きながら喜んでくれた。父親というのがいたなら、こういう感じかもしれないと思った。

 ちょうどその頃、『儀式』という神事を知った。ショウマの娘がそれに参加すべく、選別に必要な学院に入学すると聞いた。恩を返すつもりで、パレス魔術学院への入学を決めた。学院への入学試験は、肩書でパスできた。

 入学式の日、慣れない王都の道で迷っていたら、身綺麗な娘が声を掛けてくれた。
 明らかに貴族の令嬢なのに飾り気がなく気取りもしないその娘は、ジンジルに気安く声を掛けた。
 一目見て、カナデだとわかった。
 あの日スラムでジンジルの命を救った、美しい泣き顔を晒していた娘に、また出会えた。カナデの姓はティスティーナ、ショウマの娘だとわかった。

 ジンジルは、確信した。

「俺は、カナデを守るために生まれてきた」

 魔術が使えるのも、剣を極めたのも、総てはカナデのためだった。
 カナデに拾われた命は、カナデのために使う。

 カナデに想い人がいても、婚約者がいても、どうでも良かった。
 カナデの特別になりたいわけではない。
 カナデを守る剣であり盾でありたい。

 想い人への気持ちを隠して生きるカナデの姿は苦しそうで、貴族社会は彼女が生きる場所には不向きにみえた。
 そんな中でも懸命に笑うカナデは、やはり酷く美しかった。
 どこか生きづらそうなのに、それでも強く生きようとするカナデを守りたい。
 ジンジルの唯一の想いであり、直感した自分の命の意味だった。

「なのに俺は、カナデを守れなかった」

 ジンジルは、目の前の顔に手を伸ばした。

「守ってもらっているよ。ジルはちゃんと、戻ってきてくれた」

 カナデが男の顔で笑う。
 その顔は、初めて会った時と何も変わらない、美しいカナデだった。

「思い出してくれて、ありがとう。俺に昔を教えてくれて、ありがとう」

 カナデがジンジルの手を握る。
 温かくて安堵するカナデの熱だ。

「カナはいつも、俺に礼ばかりする。守ってもらっているのは、俺なのに」

 命の価値を定めた時から、自分の生はカナデという存在に守られている。
 カナデの肩を引き寄せて、抱き締めた。
 もう二度と、この温もりを失いたくない。

「ジルが俺を守ってくれるなら、俺もジルを守るよ。仲間なんだから、当然だろ」
「仲間……」

 触れる手から、頬から、体全体からカナデの魔力の流れを感じる。
 今の男の姿がカナデにとって自然な状態なのだと肌で感じた。

「また皆で一緒に過ごそう。楽しいこと、たくさんしよう。学院でふざけていた時みたいにさ」

 微笑むカナデの目尻に指を滑らせる。

「カナがいれば、それだけで楽しい」
「ジル、やっと笑った」

 伸ばしかけたカナデの手が、ぱたりと落ちる。

「カナ?」
「もっと、いっぱい、笑えるように、沢山、話そうな……」

 譫言《うわごと》のように呟いて、カナデが寝息を立て始めた。
 ジンジルの腕を枕にして眠ってしまった顔を、そっと撫でる。

「今だけは、俺の腕の中で眠って、カナデ」

 耳元で囁いて、そのまま口付ける。
 カナデの肩を優しく抱いて、ジンジルは目を閉じた。
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