奏でる調べは癒しの旋律

霞花怜

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ep20. 優雅なティータイム①

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 カナデとジンジルとマイラは、コーヒーを飲みながら手作りのクッキーを摘まんでいた。

「これもジルの手作りなんだろ? ジルって何でも作れるんだなぁ」

 美味しそうにクッキーを頬張るカナデを、ジンジルが照れた顔で眺める。

「何でもは作れない。けど、ここに来て作れる料理が増えた」
「記憶がなかった二年間、ずっとここにいたの?」

 マイラの問いかけに、ジルは少し考え込んだ。

「気が付いた時には、スラムにいた。それから王都を少し歩いて、フラフラしているうちに、ここに辿り着いた」
「スラムって、ジルが子供の頃に住んでた場所?」

 カナデに向かい、ジンジルが頷く。

「カナに初めて会った、あの場所」

 あの場所、と言われて、カナデの頭の中に光景が広がる。
 ジンジルの封印を解いた時、ジンジルの記憶の一部がカナデの中に流れ込んだ。非合法の荷を運んでいた業者を皆殺しにした護衛、あれがジンジルだったと、初めて知った。

(学院に入学するよりずっと前に、俺はジルに会ってたんだな)

 ジンジルの記憶に触れて、自分の記憶も一部が戻った。だが、どうにもしっくりこない。

(まるで他人の記憶を眺めているようで、自分の記憶《もの》って感じがしない)

「王都を歩いていた時に、セスたちと会ったのかにゃ。その時のこと、覚えてる?」

 ジンジルが首を振る。

「カナに封印を解いてもらうまでの二年間の記憶は、覚えていないことの方が多い。ここに来てからのことは、何となく覚えている」
「例えば、覚えていることって、どんな?」

 マイラに聞かれて、ジンジルが首を傾げながらまた考え込んだ。

「家事をしたりカイリの研究に協力したり。カイリは生活力がないのに人を雇わないから、忙しかった」

 マイラが手にしたクッキーを眺めた。

「それは、料理の腕も上がる訳だねぇ」
「ただ、カナデを探さなければと、ずっと思っていた。カナのことばかり考えていたと思う」

 それがジンジル個人の想いなのか、封印とは別の魔術が掛けられていたのかは、今のジンジルから推し測ることはできなかった。

「馬車、壊して、すなまかった」

 ジンジルがマイラに頭を下げる。
 マイラが眉を下げて笑った。

「仕方ないよ~って言ってあげたい所だけどねぇ。本当にびっくりしたよ。何より、セスが相当お冠だから、殴られる覚悟はしておいたほうが良いよ」

 マイラが呆れた息を吐く。
 ジンジルが所在なさげに目を泳がせた。

「やっぱり、王族の馬車を壊したのは、まずかったか」

 カナデの呟きに、マイラとジンジルが一瞬、驚いた顔を向けた。
 訳が分からずに、二人に交互に視線を向ける。

「いや、そうじゃなくてさ。興奮剤の匂いを纏ったジルにカナを持っていかれちゃった上に、一日以上探し回っても見つからなかったわけでさ。夜が明けちゃったのも、良くなかったよねぇ」
 
 じっとりとした視線をマイラに向けられて、ジンジルは目を伏した。

「何もしてない。していないが、同じベッドでは、寝ていた。だから、素直に殴られておく」

 ジンジルが拳を握って決意を固めている。

(興奮剤に反応したってことは、ジルがアルファだってことだよな。男同志なんだし平気、とは言えないか)

「一緒に寝てたから封印が解けたんだし、そこは許してもらうしかないなぁ」
「何それ、アルの時とは違うの?」

 カナデは腕を組んで考え込んだ。

「なんていうか、魔力でゆっくりじっくり溶かすような感じというか。アルの時みたいに縛っている鎖を壊すような解き方とは、違った」
「それなら、仕方ないかにゃ。ジルの記憶の封印はカナが解いたよ、とだけ伝えようにゃ」

 マイラが一人納得した顔で、うんうんと頷いている。
 ジンジルの視線を感じて、カナデは振り返った。

「カナはセスと恋人になったのか?」

 ドキリとして、首を振った。

「別に恋人ではないよ。セスにはリアって婚約者がいるんだし」

 慌てふためくカナデを眺めて、ジンジルが戸惑った顔をした。

「そうなのか。マイラの話だと、セスもカナも前より自分の感情に素直になったように聞こえたから。てっきり、互いの気持ちを伝えあったのかと思った」

 頬を掻いて、何故かジンジルが照れている。
 その姿を見て、カナデの胸に、じわりと不安が浮かび上がった。

(そういえば、こっちに戻って来てからセスへの自分の気持ちを隠してない。女だった頃は、ひた隠しに隠していたのに!)

 セスティがかなりオープンだから釣られたというか、気にしていなかった。
 記憶もなかったので不思議にも感じていなかったが、ジンジルの封印を解いて思い出した過去の自分と比較すると、酷い変わり様だ。

「確かに、カナが女の子だった頃はセスも自分の気持ちを隠す努力はしてたよね。隠せてなかったけど。オメガのカナに引っ張られて、隠せなくなっちゃったのかにゃ」

 マイラがニンマリとカナデを眺めている。
 ジンジルが慰めるようにカナデの肩に手を置いた。

「俺は、良かったと思う。二人とも、とても窮屈そうに見えたから。恋人になれるなら、そのほうが良い」
「でもそれじゃ、リアは……」

 婚約者のリアナの立場がない。幼馴染としても友人としても、申し訳なく思う。

「リアもアルファだから、カナがオメガなら可能性は確かにあるが。カナはリアとセス、どっちが好きなんだ?」

 ジンジルの問いの意味がすぐには理解できずに、固まる。

「でも、カナとセスは運命の番だから、リアには可能性がないんだよ」

 マイラが気の毒そうに息を吐く。
 ジンジルが驚いた顔でマイラを振り返った。

「そうか。俺はセスとカナの関係を嬉しく思うが、リアの気持ちを考えると、辛いな。リアはカナをずっと愛していたものな」

 カナデを置き去りにして、二人の話が進んでいく。
 しかもジンジルがとんでもないことを口走った。

「あーぁ、ジル言っちゃだめだよぅ。私は、前にカナに聞かれた時、濁したのになぁ」
「え? まさか内緒にしていたのか? リアの態度は隠しているようには見えなかったが」

 マイラに揶揄われて、ジンジルが焦っている。

「いや、いいよ。ジルの記憶の封印を解いた時、自分の記憶も少し戻って、そのあたりも何となく思い出しているから。もう、大丈夫」

 確かにリアナの態度はあからさまだったと思う。だがそれは、女の子同士の友情的なものだと理解していた。
 
(あれって愛情的なものだったのか。いや、薄々気付いてはいた、気付かない振りをしていた。そんな気がする)

 少し前の自分なら、リアナの気持ちはきっと嬉しかった。今だって、嬉しいと思う。けれど、セスティへの気持ちがそれを上回る。

(オメガの姿で再会して、運命の番とはっきり認識したからなのかな。女だった頃から、俺はセスもリアも大好きだった。だから、気持ちを隠してたんだ)

 今でも、二人とも大好きだ。リアナには幸せになってほしいと思っている。だが、セスティのことは、自分が幸せにしたい。この差は、とても大きい。
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