チルドレン

サマエル

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11話

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 「はぁ!?俺に決闘を?」
「そうです」
 討伐隊(とうばつたい)支部の名、2階の休憩(きゅうけい)室の中、私はマルスに決闘を申し込んだ。
 マルスは怪訝(けげん)な表情をする。

「どう言うことだ?」
「どう言うこともありません決闘です。私が勝ったらマーサさんと縁を切ってください」
 マルスは鼻で笑った。

「もし、君が負けたら?」
「私の胸を揉んで(もんで)もいいですよ」
 マルスが口笛を吹く。

「ただし、一回だけですから」
「いいさ。見たところ。Dカップの胸を揉めるなんて最高だ」
 交渉成立だ。やっぱり、マルスはすけべでだからうまくいくと思っていたが、やはりその通りにうまく行った。

「あの隊長」
 隣にいたブロスが話しかける。確かこの人はエルザさんのフィアンセだ。
 彼は痩せていて、頬肉がごっそり消えていたが、冷たい感じを受けるのではなく、もっとこう暖かさがある瞳をしていた。

「いくら決闘だからと言っても、討伐隊(とうばつたい)は一応帝国騎士団に属します。その騎士が公然と女の子の胸を揉むのは………」
 それにマルスは拗ねる(すねる)ようにいった。

「いいんだよ!本人がいいと言っているんだから、それでいいんだよ!それとも何か?お前はマーサと俺の縁を切るように見合う代価が他にアイリスにあるとでも言うのか?」
「妻子がいながら他の女の子と年ごろの関係になる隊長が悪いんじゃないですか?」
 ブロスはしっかりとマルスを見つめて言った。こいつはなかなかのものだ。エルザが好きになる気持ちも少しだけわかっちゃうな。

「お前、誰にものを言っているのかわかっているのか?俺はフォルス家の跡取りだぞ?貴族が平民と一緒に戦うことだけでありがたいと言うのにそれをお前、そんな貴族様にケチをつける気か?」
 それで、なんとなくマルスの環境が分かった気がする。
 こいつ、貴族のボンボンか。それで通りで子供っぽいわけだ。
 それにブロスは口籠る(こもる)。

「なら、隊長。これはどうですか?隊長は新入りに稽古(けいこ)をつけてあげると言うことで。隊長の方が実績が上というわけですから、そのハンディとしてもし、隊長が負けたらマーサとの縁を切るということで」
 それに明らかにむすっとした
態度(たいど)をマルスは取った。

「なんで、俺がそんなハンディを取らなきゃいかんのんだ!」
 しかし、ブロスは冷静な様子だった。

「いいんですか」
「何?」
「フォルス家の跡取りともあろうものが、いくら相手が了承(りょうしょう)してからと言って、女の子の胸を揉んで(もんで)もいいんですか?」

「ぬっ」
「噂(うわさ)というのは本当に恐ろしいもので、火がついたら最後、あることないこと言われますよ。その種火(たねび)を自ら蒔いて(まいて)いいんですか?」

「むむっ」
 本当にこいつダメなやつだよな。
 マルスは唸って(うなって)いたが、やがて横柄(おうへい)な口調で頷いた(うなずいた)。

「まあ、いいだろう。貴族様だからな。平民とフィフティ、フィフティとの考えが間違っていた。やっぱり、ここは俺が譲って(ゆずって)やるか」
 うわー本人かっこいいつもりで言っていると思うけど、すごくかっこ悪いよ。
 私はブロスさんに耳打ちをした。

「すみません。私のために」
 ブロスさんは微笑んだ。
「いいですよ。女の子の胸を公然と揉むというのは間違っていますから。それよりも、こういうことを考えているのなら、誰でもいいのでまずもって相談してください」

「すみません」
 私はブロスさんに平謝りをした。
 ともかく、私とマルスの決闘は決まった。私はあんな卑怯(ひきょう)な奴に負けない。
 私は決意を固めていた。



 その翌日。私とエルザは巡回(じゅんかい)の任務(にんむ)を終え、他の人に巡回(じゅんかい)の任務(にんむ)を終え、宿屋の部屋に入ると、そこにはエカテリーナが待っていた。

「聞いたわよ。あのマルスと決闘するんだって」
 そう肘(ひじ)で突きながら、エカテリーナは猫の目で言ってきた。
「はい。あんな卑怯(ひきょう)な奴には負けません」
 この部屋は仮眠室のように2段ベッドじゃなくて、シングルが4つある。なんでも、女性専用の部屋らしい。そういう割にベッドしかない殺風景(さっぷうけい)な部屋だけど。
 しかし、突然エカテリーナは真剣な表情をした。

「でも、気をつけてね。マルス、強いから」
「そうなんですか!?」
 エルザが真剣な表情で言う。
「ああ、見えて貴族だからね。最新の教育を受けているらしいよ。幻術(げんじゅつ)の腕も強いと聞いているし、注意しといた方がいいよ」

「そう、ですか」
 あんな卑怯(ひきょう)な奴が強いと言われてショックだったけど、でも、私が勝つよね?私は正しいことをしているんだから、イシス様も私のことを祝福(しゅくふく)してくれるはずだよ。
 そうもの思いに耽って(ふけって)いるとエカテリーナが私の方をガッチリ組んできた。

「まあ、でも、私は感動したよ!あんな悪漢(あっかん)に立ち向かうなんて、その心意気だけでもよし!ってね」
「はい。私もアイリスのことかっこいいと思います。頑張ってください」
「はは、ありがとう。そういえば、ブロスさんにはお世話になったよ。よろしく言っておいて」
 それにエルザは目をぱちくりさせた。
「ブロス何をしましたか?」

「本当なら、私が負けたら、ペナルティを喰らうつもりだったけど、ブロスさんの計らい(はからい)によって、それが無くなったの」
 それにエルザはうんうんと言った。
「彼、自分がやったことをペラペラ話しませんから。会うと私の方に話を合わせてくれます」
 今度はエカテリーナがエルザの肩を組んだ。

「うーん、いい彼で、よかったね」
「はい。いい人に巡り(めぐり)会えました」
 エルザがまっすぐこちらを見つめる。
「決闘頑張ってくださいね」
 私は頷く。
「もちろん」

 それで、決闘当日。
 私たちは村はずれの場所に来ていた。砂塵(さじん)が私の頬をすり抜ける(ぬける)。半径100メートル遮る(さえぎる)ものはない。

「準備はいいか」
 号令(ごうれい)役のヴィクトルが言う。私たちは頷く。獲物(えもの)は木刀。私たちの体の周囲に魔力の鎧(よろい)が構築させて、木刀の一撃を喰らえばむしろ木刀がおれる。だから、相手に一撃くわらせた方がこのゲームの勝者なのだ。

「それでは両者はじめ!」
 ヴィクトルがその場からすぐ離れ(はなれ)る。
 私たちはその場から動かない。マルスも様子見か。木刀が直撃するにはあと5歩か、よし。
 私はトントンと地面を叩くとスキップするように相手の間合いを詰める。そして、間合いの一歩手前で突きを放つ。
 がき。

 マルスは持っていた木刀で難なく弾く。その弾かれた力を利用して後退すると今度は回り込んでからのなぎ払い。
 がき。
 またもやマルスが弾くが………
「!」
 回り込んでいるので当然遠心力がかかっている。体力強化の魔術の加速もつけたので体重面で劣っていてもパワーがこちらの方が上回っているはず!そのまま木刀を弾こうとするが。

「剛力(ごうりき)」
 瞬間、マルスの体格が2倍になった。
 剛力(ごうりき)。一時的に体重と身長を倍にする技。こう言う強打を受けるには有効な技だ。しかし。
 マルス私の木刀を飛ばそうとすると、私は力に逆らわず、受け流しながらマルスの間合いに入っていく。
「!」

 受け流しは最新の注意と度胸が必要だ。タイミングが外れると相手の攻撃をモロに受けてしまう。一流の剣士にしか出せない奥義なのだ。
 それを私は15の時に会得した。みんなは天才だ、と言っていたし、それから慢心(まんしん)することなく鍛錬(たんれん)して来たが、実際の受け流しはやはり細心の注意がいる。そして、幸運なことに今回それに成功した。
「はあ!」
 そのまま、木刀の腹を抜けてマルスの足に木刀を叩き込む。

「!」
木刀はマルスの体をすり抜けた。
マルスがいない。そして、即座にこのままではやばいと確信した私は一気に前進した。すぐさま背後に気配が現れる。
思わず、体を半回転させて迫りくる木刀を受け止めた。

「く!」
 しかし、剛力(ごうりき)を使っての全速力の唐竹割り(からたけわり)に女の私が抗し切れるはずもなく、木刀は弾き飛ばされ、私は地面に弾き飛ばされた。

「そこまで」
 私はしばらく仰向け(あおむけ)になっていたが、起き上がって一礼をした。
「参りました」
 私は背を上げて降参した。
 私はマルスを見る。

「さっきのは幻術(げんじゅつ)ですか」
「ああ」
 こともなく、マルスは言う。
 あっさりと言ったが、幻術(げんじゅつ)は集中力がいる技術。剣戟(けんげき)をしている間にやるのは至難(しなん)の技だ。それでさっきの幻術(げんじゅつ)錯覚(さっかく)か。私が切った!と思ったのは残影で、本体は多分空中に飛んでいたのだろう。

 そして、一連の技はなかなかできるものではないと私は感じた。才能だけでできる代物でもないと言うこともわかった。

「参りました。私の負けです」
 マルスは横柄(おうへい)なまでこちらを見る。

「どうだ?貴族様の力がわかっただろう!」
「貴族かどうかはともかくあなたは強いと言うのはわかりました」
 それを聞いたマルスは鼻を高くして、その場からさっていた。
 私は彼がさった後もじっと舌を見て俯い(うつむい)ていた。

「アイリス!」
 エルザとエカテリーナとブロスが心配げな表情でこっちに駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「はは、大丈夫だって、ちょっと悔しいけど、負けは負けだし」
「ならいいんだけど」
 ふと手に痛覚を感じて右手を見てみる。そこには手を握りしめすぎて白い爪の跡があった。



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