チルドレン

サマエル

文字の大きさ
上 下
15 / 19

15話

しおりを挟む
「少し早く来すぎたかしら?」
「そんなことはないと思うけど?」
 あれから予定の時刻の15分前の時刻に時計の長針(ちょうしん)が指し示して(しめして)いたので、私たちは北西の牧場の前にきた。

 狭い村と言っても、歩いて移動する分には少し広いので、到達時刻を考えると出るのは遅すぎるぐらいだった。
 砂漠の夜の風は冷たい。しかし、私たちは体に冷気カットの空間を作り出してあまりの寒さから体を守っている。もちろん、魔力は消耗(しょうもう)するが微々たるものだ。

 私はこれから起きることが恐ろしい。今までは女性を守るために修練(しゅうれん)を重ねてきたのにまさか自分がそう言うことを受けるとは思っていなかった。
 もちろん危険性はある任務(にんむ)だが、総じて町の先輩たちの話を聞くとほとんど天使たちが退治してくれて、

私たちはそのサポートをするだけ、と言っていたので、そこまで危険ではないだろうと心の底では思っていた。
 それに笑えることだが、私が思っていた未来はいつもモンスターを倒す私のイメージだった。それで女性たちを救って、みんなから拍手喝采(はくしゅかっさい)を受けて笑っている私のイメージだけを思っていた。
 本当はそんなことはなかったのに。

 魔力300しかない私が、そんなことできっこないのに。今思っても笑えるイメージだ。
 だが、そんな沈痛な思いとは裏腹(うらはら)に、私が住民たちを守ると言う使命感に燃えていたのも事実だ。
 これがあなたの望みではなかったの?アイリス。人を守って自分がひどい目を受ける。しかし、人を守ると言う名誉(めいよ)は消えやしない。それがあなたの望みではなかったの?

 そうだ。それが私の望みだった。特に一人でも多くの悪しきモンスターを葬る(ほうむる)ことができればこれはとても幸せなことだ。
 その果たす(はたす)べき理想に向かって私は立っている。向かおうとしている。それが私を勇気付けた。

 その反面でこれから起きることにもゾッと背筋が凍る(せすじがこおる)思いがあるのも事実としてあった。
「おーい」
 遠くからヴィクトルが手を挙げてこっちにきていた。それにエカテリーナが唇をとがらす。
「遅いぞ」
「悪りぃ」

 そしてヴィクトルは辺りを見渡した。
「おや?マルスはどこだ?」
「え?」
 それに私たち二人は同時にハモった。

「一緒じゃなかったの?」
 ヴィクトルがかたをすくめる。
「いや、全く」
「あいつも遅刻かしら?」

「いや、まだ時間に余裕があるからそうとも限らんぞ。実際にホテルや酒場じゃないと時間を測れないからな」
「そうね」
 そう、エカテリーナは嘆息(たんそく)した。
 そして、私たちは待った。かなりの間。しかしマルスはやってこなかった。

「どう言うことよ!」
 エカテリーナは砂を蹴る。
「いくらなんでも遅すぎるわよ!」
「ああ、これはいくらなんでも遅すぎるな」
 私はある予感が閃いた(ひらめいた)。

「もしかして、逃げたんじゃあ…………………」
 それに二人とも黙った。そして、その沈黙が雄弁(ゆうべん)に物事を伝えていた。
「いやいや、それはないでしょう?ねえ?民間人や、女子供たちがいる前で隊長が逃げるなんて」
「でも、それが一番可能性が高いわ」

 その時だった。ライトの魔法が北北東に打ちあげられた。あれは見張り台のブロスが打ち上げたんだ。あの信号を出すと言うことは、見張り台から肉眼でモンスターを確認できると言うこと!
「いくぞ!アイリス、エカテリーナ!」

「え?マルスは?」
 ヴィクトルがライトの光球を指差して言う。
「あれが打ち上がった段階でここにいないと言うことはマルスは敵前逃亡(てきぜんとうぼう)にあたる。いないものと思え。それより!もう近くまでモンスターが来ている。俺たち三人でそれを退治しなければいかん。わかるか!余計な考えは捨てろ!今はモンスターを倒すことだけを考えるんだ!」
「あ、はい!」
 ヴィクトルの言葉に少し調子をとりもどし、私たちは白球のところに走り出した。



「ここか」
 そこは村はずれの寂れた小屋が一つ立っている地面が乾燥(かんそう)していてほとんど砂漠に近い場所だった。確か、ここには誰も住んでいなかったよね?

「エカテリーナ。結界(けっかい)を」
「任せて」
 エカテリーナは今から起こることを思うと余裕がないのか緊張した面持ち(おももち)で結界(けっかい)をはった。
 結界(けっかい)。結界(けっかい)は戦闘上有効な手段だが、それは種族によって異なる。

 簡単に言えばモンスターと人間だが。両者の魔法の使い方は違う。
 例えばモンスター。彼らは魔力は高いが、魔術、魔法を術式にして加工したものを扱うのは下手で、と言うより小学生ぐらいの知能しか持っていない彼らにはできない。彼らはただ魔力を垂れ流しているだけ。

 その魔力を見に纏うことをオーラと通常私たちは呼んでいるが、たとえオーラを纏ったモンスターに一撃を与えても、魔力の総量からすればそれは微々たるものですぐに魔力によって傷が癒える。そのための方法として開発されたのが先に言った毒殺魔術等なのだ。

 しかし、人間は魔術を使う。人間はオーラを見に纏おうとするとすぐに魔力が枯渇(こかつ)する。
 ただし、ここに来るゴブリン方は私と同じ魔力300だが、その数値を身に纏っている最大値を表す。あくまで外見に現れたものを測っているので本当は人間とは足にも及びつかない魔力量を持っている。

 モンスターは魔法しか使わない。そんな彼らに魔力の総量を軽減(けいげん)させて、しかし魔術効率は高める。簡単に言えば人間に有利になる結界(けっかい)を張ったのだ。
 ただ、私たち人間も魔力は持っているし、瞬間的に魔力をオーラに変換し身を守ることは人ならば本能的にやっていることだ。それを弱体化させることは一撃喰らえば重傷を負う可能性は高い。

 一撃を喰らわないようにするのがモンスター戦の慣用。その前に倒すのだ。
「見えた!」
 ヴィクトルの言葉に私は前方を見た。

「う!」
 見た瞬間胃から嘔吐(おうと)が催した。
 白球の中からあらわられたモンスターはゴブリンのようなタイプが2体、大きな鳥だが、頭は竜のようなどうもうな姿のモンスター、ロック型が一体、そして、頭が悪魔のツノを生やした犬の形をしたドクロ、人形をしていて背中から二対の蝙蝠の翼を生やした、悪魔と呼んでも差し支えのない禍々しさを感じるシルエットのベリアル型が2体。

 問題はそのうちの一人の緑色のカラーに覆われた個体だ。あまりにオーラが強すぎて、一瞬吐きそうになった。
 そばにいるエカテリーナもヴィクトルも険しい表情のままだ。
「ヴィクトル、エカテリーナ」
 彼らはうなずいた。

「敵がきたら幻術(げんじゅつ)を頼む」
「わかった」
「二人ともよく聞くんだ。俺たちの主な目的は相手を倒すことにない。足止めだ。無理やり仕掛ける(しかける)必要はない」
 それに私たちはうなずいた。
 緑色のベリアル型は一歩下がり、しかし、他のモンスターは悠々(ゆうゆう)とこちらに向かってきた。

「作戦変更だ。あのベリアル型が後方に下がった今、引きつけて倒せる敵は倒しておくぞ。俺が合図したらアイリスは幻術(げんじゅつ)をかけてくれ。エカテリーナは支援を」

「了解」
そして、モンスターが私たちの5メートルまで接近した時にヴィクトルは手をあげた。
私はすぐに最高峰の幻術(げんじゅつ)をかける。コンフュージョン。味方が自分を襲いかかると思う幻術(げんじゅつ)だ。これで、モンスターの同士討ちが始まる………………………

「うそ!」
 その時、私が目を疑った。
 コンフュージョンは発揮されなかった。発動されたのだが、ある魔術によって妨害(ぼうがい)された。
「ディスベル!」

 それは魔術の特性を打ち消す魔術だった。とは言ってもいろいろと種類がありAと言う魔術のタイプならaのディスペルがあり、Bと言う魔術の種類ならbのディスペルがあると言う。なぜなら元は辿っていけば魔術は魔法であり、それを打ち消す魔術など、魔力を糧にする魔術では理論上できないからだ。いや、理論上はあるんだけど、およそ無意味な魔術だから誰もやろうとはしない。だから種類ごとに打ち消すのが普通の使い方なのだが…………………………

 でも、ディスペルは高等魔術よ?ディスペルを扱うことはできるけど、種類ごとに魔術を研究して打ち消すと言うのは相当(そうとう)の勉強が必要になる。ただ単に偶然頭がいいモンスターがいたとしてもできるはずではないはずだよ?

 私は知らずに後ろにいるベリアル型に目を移す。
 そう言えば。
 サラさんに聞いたことがるけど、時々人間の中には対して学術的勉強はしなくても勘で魔術を使いこなす大天才がいると言う話を聞いたことがあるけど、もしかして、あの化け物が?

 もしかしたら、この戦闘は想像(そうぞう)を絶する戦いになるかもしれない。
 なら、どうしたら?
 しかし、私は思った今は目の前の敵に集中しなければ。ゴブリン型のモンスターがこちらに向かってくる。
 くる!

 相手は1メートルの木の幹を持っている。1メートル20センチぐらいしかないゴブリンに体型にはやや大きすぎると思えた。
 しかし、ゴブリンはその幹を片手で悠々(ゆうゆう)と持ち上げた。

 あれを喰らえばひとたまりもない。かわせばいい。いくら腕力があっても、体型に武器の長さが多すぎる。隙は大きいはず。大丈夫、躱せる(かわせる)。

 4メートル。
 躱せる(かわせる)。

 3メートル。
 やれるはずだ。

 2メートル半。
 その時だった。ゴブリンが木の幹を斜めに振り下ろした!
 フォームはバラバラ!いける!

 私は全神経(しんけい)を集中して木の幹を見た。そして、直前で躱し一気に薙ぎ払いを入れた。
 いける!

 私の剣には強化魔術と毒殺魔術を仕込んでいる。オーラが弱体化した今敵の魔力は200程度。私も魔力の弱体化を受けているけれど、魔術式の倍加によっておそらく剣の切れ味は500を超える!かすり傷を与えれば倒せるはず!
 ガン!

「え?」
 しかし、私の剣を弾かれた。ゴブリンの目は獰猛(どうもう)な輝きを示す。
「うわああああ!!!!!!」

 私は急いで跳躍の魔術を使って、一気に3メートルぐらい空を跳んだ。
 ちらりと後方を見た感じだとゴブリンが大きな薙ぎ払いをしているのが見えた。
 そのまま、後退をする。

「なんで?」
 私の疑問はそれでいっぱいだった。
 ちゃんと剣気の魔術は行った。なのに、なぜ、通じなかったのか?
「初陣にしてはなかなかだったぞ、アイリス」
 私が惑っているといつのまにきたのかヴィクトルが声をかけてきた。

「でも、どうして?」
「いいか、一つだけ教えてやる。剣術は腕を使うんじゃない。腰を使うんだ。腰の力を意識してもう一度やってみろ」
 そう言って、ヴィクトルはその場を離れ(はなれ)モンスターに立ち向かっていった。

「腰…」
 そうだったな剣術の師匠もそう言ってたっけ?腰を引いて体全体で剣を振うんだって。
 私はもう一度ゴブリンに向き直った。ゴブリンは猪突猛進で襲ってくる。

「イリュージョン」
 私はゴブリンに幻術(げんじゅつ)をかけた。イリュージョン、相手に幻をかける幻術(げんじゅつ)だ。それが功(こう)を奏して(そうして)、ゴブリンは私の目の前でフルスイングをした。
 イケる!

 一歩、二歩、そして3歩目!
 私は剣先を後ろ斜め下にして腰の力を意識し体いっぱいに巻いたゴムを解いた(ほどいた)かのようなバネの力を使って大きく薙ぎ払いを行った。
「ギャ!」
 見事、私の剣はゴブリンの体を傷つけた。そして、すぐさま残影を取る。

 ヒュ、ゴォ!
 私のすぐそばに火球が通り過ぎて何かに衝突すると。見ると700のベリアル型だった。
 私はすぐさまその場を離れ(はなれ)る。

「ありがとうございました。エカテリーナ」
「いいの、いいの。それよりも」
 私の傷を受けたゴブリンがむくりと起き上がる。私が与えた傷は塞がっている。多くのモンスターは魔力がある限り回復能力を持っている。まして、オーラはモンスターの魔力の総量の一部分だ。これを普通に倒すのは骨がいる。しかし……………………

 ゴブリンが、一直線に向かってくる。私も半身になり迎撃の形を取る。
 そう言いつつ今度は周りを見渡す。もう一体のゴブリンとベリアル型はヴィクトルが応戦し、エカテリーナが援護をしつつ彼女の視線を感じた。
 そう、ざっと見渡してゴブリンに目を移す。ゴブリンは大きく振りかぶって。

「ギャ!」
 突然。口から泡を拭いて(ふいて)倒れた。

「効いたみたいね」
 私が扱ったもう一つの魔術。毒殺魔術が効いたのか、ゴブリンは毒で泡を食っている。この毒は通常の即効性のあるものだが、モンスター用に魔力が強ければ強いほど、効果を発揮するものだ。これで死ぬと思うが。
 もう一回当てるか。

 そしてヴィクトルの加勢に向かおう。モンスター戦だと一撃が命取りになる。ヴィクトルが心配だ。
 そう思った瞬間。
 目の端に緑が浮かんだ。よく凝視(ぎょうし)すると、ハラリと雪のように舞い降りた緑色のベリアル型がいた。
 私はすぐに構えをとる。しかし、まるでベリアル型はゴブリンを守るように全身でゴブリンの上を覆いかぶさり、やがて両腕で抱きしめた。そして…

「!ディスペル!」
 緑のベリアル型はディスペルをゴブリンにかけていた。
 前にも話した通り、ディスペルとは魔法の呪いを解呪する魔術でかけられた魔術の種類を知らないとで効果を発揮できない魔術だった。

 私は動けなかった。本来ならば何かしら警戒を強めるとかそう言うことをやるべきだと思ったが、そのモンスターの前だとオーラが違い(ちがい)すぎて完全に毛遅れしていた。
 やがて、解呪は終わり、緑のベリアル型は森へと飛び去っていった。他のモンスターも彼に後をつくように飛び去った。

 その瞬間、私たちは何か起きたのかわからず呆然(ぼうぜん)とした。
「終わった」
 勝った。私たちは勝ったんだ。モンスターを退けた。それが今では信じられない。
 そうして、肩肘(かたひじ)をついて崩れ去るように地面に突っ伏した私だが、そんな私にポンポンと肩を叩かれた。

 見るとエカテリーナだった。
 小皺(こじわ)にたくさんの涙が浮かんでいた。
「エカテリーナ!」
「アイリス!」

 私たちは抱きしめ合い、大声で泣き出した。
 勝ったんだ。私たちは勝ったんだ!
 私たちはおいおい泣いた。勝利の余韻(よいん)よりも今この場に無事生きていることの奇跡というあり得なさに泣いた。
 幾たび(いくたび)の時間が過ぎただろう。私の方をポンポンと叩く感触があった。

「お疲れ様」
 ヴィクトルが笑顔で言った。それに、あまりの当たり前を享受(きょうじゅ)できている奇跡に私は泣き出した。
「ふー、そうだよな。奇跡的に勝ったんだよな」
「そうそう、本当に勝ったんだから、もう信じられない」
 二人の言葉を聞いていたが、いや、聞けば聞くほど泣けてきた。

「まあいい、俺はこれから勝った報告(ほうこく)をするから、二人とも存分に泣いておけ」
 それに私は涙声でいった。

「あい」
 その時だった。絹(きぬ)を切り裂く(きりさく)悲鳴が聞こえたのは。
「キャアアアアーーーーーー!!!!!!!!!」

「あれは、ロック型!しまった見逃していたか!」
 ロック型のモンスターがマーサをかぎ詰めで掴み(つかみ)森へとさらっていった。
 それに私の何かが切れた。

「コンチクショーーー―!!!!!!」
「!待て、早まるな!アイリス!」
 しかし、私は聞こえていなかった。ただ単に勝利を収めてはずなのに、それがこんな形で終わると言うことが許せなかった。
 すぐに飛翔の魔術を使って、急上昇。そして、ロック型のモンスターの裏に回り込み。

「死にやがれーーーーー!!!!!!!」
 私はガラ空きになった背中に剣を叩き込んだなった背中に剣を叩き込んだ。

「ギャギャ!」
そして、モンスターの手から離されたマーサが落ちる。
「アイリス!」
 確かにマーサは解き放たれた。しかし・・・・・・・・・。

「ゴフッ!」
 モンスターは一つの鉤爪(かぎづめ)で私の剣を防ぎ、片翼で私の腹を叩いた。魔力を帯びたはねだ。思わず吐血するほどの衝撃(しょうげき)だった。そして、モンスターは私の体を鉤爪(かぎづめ)で掴んだ。

「アイリスーーーーー!!!!!!!」
 朦朧(もうろう)としている頭の中エカテリーナの声を聞きながら頭の冷静な部分が考えた。
 ちゃんとサラさんのことを聞いておけばよかった。そして、次に思い出されるのはモンスターの赤ん坊の処刑の儀式でのお母さんのこと。

 まあ、いい。どうでも、私の人生はもう終わったんだから。
 そう全てを諦念(ていねん)してたが故、モンスターの悲鳴にも気づかずに、しかし、しっかり抱きしめられた感触だけが残っていた。



しおりを挟む

処理中です...