ストーカー撃退法

双山ももも

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ストーカー撃退法

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 最近、しつこいストーカーに悩まされている。
 商社に勤めているサナエは、同期入社のアケミにそう打ち明けた。
 ストーカー男は、大学時代の同級生。在学中はあまり話したこともなかったのだが、彼の中ではごく親しい間柄ということになっているらしく、駅で待ち伏せされたり、休日に突然押しかけてきたり、SNSに大量のメッセージが届いたりする。なれなれしく体を触ってくることもあるし、このままでは何をされるか分かったものではない。
 カクテルを何杯か空けながら静かに話を聞いていたアケミは、ひとつ頷いてから、こう助言した。
「一度、セックスしてあげたらどうかしら」
 もちろん、サナエは面食らった。
「ええ!? だって、ストーカーだよ!?」
「まあ、聞きなさい。ストーカーなんて人種は、こっちが逃げれば逃げるほど躍起になって追いかけてくるものなの。それでは何も解決しない。裁判所から接近禁止命令が出てたのに、それでも自宅へ乗り込んできた、なんて事件もあったでしょ。つまり、向こうがあなたへの関心を失わない限り安心できないのよ」
「それはその通りだと思うけど、だったらなんでエッチなんかするの? 相手を喜ばせるだけじゃないの?」
 アケミはしばし無言で、薄暗いバーの店内を眺めた。
「……サナエさ、タクミくんのこと、憶えてる?」
「あ、この前紹介してくれた彼氏? イケメンだよね~、羨ましいよ~」
「彼とはもう、別れたわ」
「え、そうなの!?」
 もったいない、とサナエは思った。顔立ちも愛想もよく、女性に優しいという印象を持ったものだが。
 アケミは、浮かない顔で続けた。
「一回セックスしたら、急に冷たくなったの。それまではすごく優しくしてくれたのに……」
「そうだったんだ……」
 アケミは、両手でテーブルをドンと叩いた。
「これが、男の悲しいサガなのよ。一回セックスしたら、急速に相手への関心を失う。これまであたしが付き合った男、十五人が十五人ともそうだった。と、いうことは……?」
「はっ、まさか……」
「そう、そのストーカーもまた男。セックスしてしまえば、サナエへの関心をなくすはずだわ」
「なるほど……!」
 確かに、サナエにも思い当たることがあった。大学時代、人生で初めてできた彼氏のタカヒロ。交際一年の記念に体を許したが、それ以後、急にそっけなくなってしまった。それまでは四六時中サナエの容姿を褒めてくれたものだったが、それもぱったりとなくなった。セックスは何度かしたが、結局自然消滅のような形で終わってしまった。
 どうやら男には、一度女を抱くとそれで満足してしまう習性があるらしい。
「うん、試してみる価値はありそうだね」


 一ヶ月後、サナエはアケミに結果を報告した。
「うまくいかなかったよぉ……」
 と、サナエはまず結論を述べた。
「五回エッチしても十回エッチしても、わたしへの関心がなくなるどころか、ますます夢中になってるみたい。どうなってるの?」
「それって、もしかして……」
 アケミは、ハッと顔色を変えた。
「サナエのことが、本当に、心の底から好きなんじゃない……!?」
「え、なに?」
 妙に力のこもっているアケミに、サナエが怪訝な顔をする。
「あたしはこれまで、理想の相手を求めて、十六人の男と付き合ってきたわ」
 いつの間にか、男の数が一人増えていた。
「けど、どいつもこいつも一度セックスすると、あたしへの関心を失ってしまった。ところがそいつは、セックスしてなおサナエへの想いが薄れていない。奇跡というべきだわ」
「そういえばあいつ、『サナエちゃんへの愛なら誰にも負けない』とか言ってたかも」
「ほらやっぱり!」
 わが意を得たりと、アケミの声がうわずった。
「やっぱりね! そういうことなのよ! 世界中の誰よりもサナエを愛してくれる男。まさに運命の人だわ」
 アケミがまくしたてる。
「いい、サナエ? 理想の恋人、理想の夫の要件は、顔でも学歴でも収入でもないわ。それはあなたを愛し続けてくれること。その人、絶対に、絶対に逃がしちゃ駄目よ。そんな人とは、もう二度と出会えないんだから」
「そっかぁ、運命だったのか……」
 サナエは何度か、深く頷いた。その瞳は、心地よい陶酔感に潤んでいた。
「道理で、ストーカー撃退法も効かないはずだよね」


 後日、サナエの結婚披露宴に呼ばれた会社の同僚たちは、アケミを除いて一様に首をかしげた。
 どうしてあんなしょぼくれたフリーターが、あれほどの美人と結婚できたのだろう。
 しかし当の新郎新婦は、実に幸福そうにほほえみ合っていた。


おしまい♪
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