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1章 泣かない約束
第1話 高校1年最後の日も
しおりを挟む授業を終えるチャイムがスピーカーから流れた。
「よし、これで今年の授業は全て終わりだ。来年は2年生で『中だるみ』なんてよく言われるが、しっかりやれよ?」
さっき受け取った今年度の通知表を鞄の中にしまい、各々が春休みに向かって歓声をあげながら教室を飛び出していく。
「まぁ、聞いてないよな……。高校生になってからの1年がやっと終わったんだし……」
教卓の上に広げた荷物を片付けて、教室の中に生徒たちの忘れ物がないかと顔を上げる。
一人の女子生徒がゆっくりと荷物を片付けてスクールバックのファスナーを閉め終えたところだった。
「松本はみんなと行かないのか? この様子だと、いくつかのグループに分かれて集まるんだろう?」
「えっ? は、はい……。みんなこの間からそんな話はしていましたし、誘ってはくれたのですけれど。でも私はこのあとお仕事ですから……」
もう教室の中は彼女以外は誰もいなくなっている。
過ぎ去った1年間を振り返ってみると、この光景は決して珍しいものではなくなっていた。
今日は特にそう強く感じた。春休みは学年またぎの宿題も出てはいるけれど、お昼前に終わったこの日にそんなことを考えるのは後回しだろう。
「1年間の打ち上げ」と称して、若さの行動力を発揮する方が先だと考える方が大多数かもしれない。
しかし彼女、松本花菜はその中には入らない極めて例外の部類に当てはまる。
高校1年生にして、学費を自分で賄っていると最初に知ってからは、他の生徒たちとは印象が全く変わったものだ。
公立の峰浜高校であっても、毎月の諸経費引き落としはある。まさか自分の生徒が自費で学費を出していると知り、奨学金制度の話も提案した時にも、
「奨学金を頂けるだけの成績を維持する方が私には大変ですから……」
そんな言葉と、少し寂しげな笑みとともに答えてきたことを今でもはっきりと覚えている。
ただ、そんなものは詭弁と言っていい。松本花菜の名前は定期試験で上位一桁内が定位置だ。
男子からの人気だって大変なものだ。誰が彼女の隣の座を手に入れられるかは間違いなく全校生徒の興味の的だろう。彼女の凄いところは、震源地となる教室でも相手が男子だけでなく女子であっても別け隔てなく見事なまでに対応しているところだ。
そんな彼女が特定の誰かと特別な関係にあるという話は聞いたことがない。
しかし、その立ち振る舞いは、そうでもしていないと崩れてしまう何かを必死で持ちこたえさせているようにも見えた。
「……そうか、すまなかったな。本も重いし大変だろう。腰とか痛めてないか?」
スクールバックを肩にかけた彼女が他に忘れ物がないかロッカーを覗き確認している。
「いいえ。もうすっかり慣れました。それよりも、図書館のお仕事を紹介していただいてありがとうございました。高1からできるアルバイトで、なかなか条件が良いものを探すことは難しいですから。木原先生のおかげです。準備できました」
入学から最初の1年間を過ごした教室を出て、昇降口への階段を二人で降りていく。
「松本だったら、十分出来ると思ってな。いつも利用者から大人気だと館長からも連絡が来てたぞ」
「そうだったんですね。でも、いろいろとご迷惑をおかけしてしまってます。学校行事やテスト期間に考慮もしていただいてますし」
「それは先方も分かってる。市立図書館のバイトのせいで勉強が疎かになるなんて本末転倒だって笑っていたからな。そこは心配しなくていいぞ」
やはり彼女は違う。同じ学年でありながら、既に大人社会と現役高校生の間でバランスを取りながら生活しているのだと。
「体には気をつけろよ? 何かあれば職員室にいる。勉強以外のことでも、学年関係なく相談には乗るし、来年の担任になる先生にも引き継ぎはしておくから」
あまり長く引き留めていると、仕事の開始時間になってしまう。そんな彼女の肩をぽんとたたいた。
「はい。ありがとうございました。2年生も頑張ります」
最後に深々とお辞儀をして、すでに静かになった校舎を彼女は出ていった。
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