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7章 口に出せない呼び名
第30話 だって、生徒と教師は…なぁ?
しおりを挟む「松本……は、うちのクラスでしたよね」
「はい、そうです」
新米教師としては誉められたものではないけれど、ここはわざと呼び捨てにしてみた。
あの松本花菜と二人きりで部室にいる。しかし、ここはあくまで平常心を保つことに集中。
「文芸部って、具体的にはなにをしているんでしょう? 本当にさっき突然決まったものですから」
「えっ? そうなんですか!?」
「そうです。ですからまだ職員室の机に荷物を置いてもいません」
放課後に教室を追い出されてから、職員室に入ったとたん、自分の机に戻る暇もなくここまで連れてこられたことを話すと、彼女はプッと吹き出した。
その笑った顔を見た瞬間、この表情は教室ではまず見せないものだということに気づいた。そう、あの当時の顔が一瞬とはいえ、確実に見えた。
「先生も早々に無茶に巻き込まれましたね。そうですね……。基本的には自由な創作なんですけど……」
こういうときは、沈黙よりも何か会話を続けていた方が間が持つ。
彼女にしても、変な沈黙などで気を遣うより、事務的に説明をしていた方が楽だろう。
そうでなくても、教室で感じていた壁が今の一瞬で一気に低くなったように感じる。だからこそ彼女の言葉で説明してくれた。
「なるほど。僕は来たばかりであまり具体的には分からないから、3年生の岡本さんと松本の二人に聞けばいいですかね?」
「はい。それで大丈夫です」
「そうですか、それじゃ、この荷物を置きに職員室に戻りますね。教室では大丈夫ですか? あんな自己紹介でしたし、木原先生からも『くれぐれも』と直々に引き継ぎを受けました。なにか不安とかあったら話してくださいね?」
「はぃ。あの……先生……」
「なんでしょう?」
扉を閉める寸前、松本が俺を呼び止めた。
振り向いて彼女の顔を見たとき、はっと気づく。
「……い、いえ……。何もありません。失礼しました」
彼女も少し慌てているようだ。必死に平静を取り戻そうとしたのだろう。
「そうですか。もうすぐ下校時間ですから気を付けて帰ってくださいね」
扉を閉めて、職員室に戻りながら、さっきの一瞬を思い出す。
彼女が何かを言いかけてすぐに元に戻した。
髪型や外見も変え、年を重ねて成長している。
それでも、一瞬見せた上目遣いの潤んだ瞳はよく覚えている。あの日と全く同じだ。
それを他の人物に見せるかどうかは別として、少なくとも俺の前では変わっていない。
教室で自己紹介の声を聞いたときよりもはっきり確信できる。
彼女は俺の記憶の中に存在し続けた松本花菜。3年振りに再会した本人に間違いはない。
それと同時にもっと重要なことは、彼女も俺の事に気づいている。
あの吹き出したときの笑った顔もそうだし、別れ際に言いかけた言葉。音は出なかったけれど、口の形は「お」だった。その先は必死に飲み込んだのだろう。
ここは学校だし、誰がいつ入ってくるか分からない状況だからだ。
その事実が分かっただけでも、本当は偶然に感謝すべき嬉しいことなのだから。
しかし、次の瞬間には一方で難しい問題を突きつけられたことに頭を抱えることになった。
なぜかって?
『決まってるだろう。教師と生徒の恋愛はご法度じゃないか……』
職員室の椅子に座った途端、外の夕陽に向かって大きくため息をついた。
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