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38章 お守りを空に返す日
第156話 お母さん、届いた?
しおりを挟む朝、食事を終えた私たちは、自然に体が動いていた。
ベランダに新聞紙を敷いて、その上にお風呂場の腰かけを持ってくる。
なにより、私が朝からいつもの左側の三つ編みを結っていないこと。これが何よりも大きな変化。
啓太さんは、昨日の夜に私を完全な「長谷川花菜」にしてくれた。
お母さんの言っていたとおり、「松本花菜」の印はもう必要がない。
美容室のように切り落とした髪の毛からカバーするエプロンなんてものもないから、ごみ袋を少し切って頭が出せるようにした即席のカバーをかぶる。
「お客さん、どう切りましょうか」
「はい。右と同じ形に左側を切ってもらえませんか?」
啓太さんの手には、昨日渡したあの髪切りばさみだ。私のための最後の仕事をしてもらうことになる。
注文は簡単かもしれなかったけれど、啓太さんはもちろん美容師さんじゃない。私がお願いするとおり、全体に櫛を入れてから、手鏡を持った私の言うとおりに、少しずつはさみを入れていく。
チョキチョキという音と同時に、左側だけにあった長い部分が下に落ちていく。
「上手ですよ」
「そんなこと言うと、調子に乗っちゃうから慎重にな」
「うん、これでだいぶバランス取れましたよね。あとは、下の方で右と同じ長さにしていただければ、細かい調整は自分でもできますから」
裾の方の枝毛切りなんてのは、私たち女子には普通の事だから、洗面所に常備しているすきバサミを使って切り落としたところを自然にならしていく。
「花菜の髪の毛って、本当に細くて柔らかい。俺のとは大違いだ」
「昔は外で遊んでましたから、もっとゴワゴワしていたかもしれません。今はインドアがメインですからね」
そんな会話をしながら、1時間ほどで「儀式」は終わった。
一度洗面台で洗髪をして、ドライヤーで乾かす。鏡に映った自分は別人のよう。もう左側に不自然に伸びている部分はない。
どうしようか迷ったけれど、全体は長髪であることには変わらないから、昨日の運動会で先生が付けてくれたハチマキのように、リボンのついたバレッタをヘアゴムの上から取り付ける。
「どうですか……?」
今日の天気予報は半袖でも十分な気温と抜けるような秋晴れだという。
この夏休みに中古屋さんで見つけたオフホワイトのセーラーカラーのブラウスが七分袖だったから、それに結花先生から追加で頂いたマリンカラーのスカートを合わせてみた。靴下はレースの入ったクルーソックス。
「花菜……。髪型のせいか急に大人っぽくなったなぁ」
「そうですか? まだ子供っぽいかなと思いましたけど」
「十分だ。こっちは用意できてるよ。行こうか」
「はい」
今日は、このあとに出かける場所は最初から決めていた。
「これな。一番長くてきれいな部分を集めて封筒に入れておいた。お花は途中でいいんだろう?」
「うん。ありがとうございます」
足元は気温を聞いて、去年のあの交通事故の日に手に入れてくれたストラップ付きのサンダルに変更。
これで上から下まで、私と、結花先生、そして啓太さんがそれぞれ選んだものをチョイスしたことになる。
昨夜の「神聖な時間」を過ごした後で、今日はお父さんとお母さんに報告に行こう。二人で決めていたの。
私の両親のお墓は、学校近くのお寺の裏手に広がる霊園にある。啓太さんが慣れた手つきで掃除をしてお花を生けてからお線香に火をつけて、私は柄杓で墓石にお水をかけた。
「お父さん、お母さん。今日は報告に来たよ。きっとお空の上から見ていてくれたよね? だから、もう安心してゆっくりと休んで大丈夫だよ。見守ってくれてありがとう……」
そのあと、お寺の和尚さんにお話しをして、封筒に入れてきた私の髪の話をした。
「お父さんには直接渡せたんですけど、お母さんには渡せませんでした。今からでもお空に届けることできますか?」
和尚さんは、そんなことがあったのかと大きくうなずいてくれた。
「これからお焚き上げをして、お母さまにお届けしましょう」
境内に上がらせてもらい、清めの火の中に和尚さんが念仏を唱えながら丁寧に入れていく。
髪の毛が焼ける独特の匂いがしたけれど、それは煙になってお母さんのもとに届けられるんだって……。
「先生、今日はありがとうございました」
「花菜……。偉かったな。自分の分は記念に残さないでよかったのか?」
いつも結んでいた部分。結局お寺でお焚き上げしてもらったほかはすべて処分してしまった。
「また伸びてきます。それに私はまだまだです。先生がいてくれたから……。私、これからもそばにいていいですか」
「もちろんだ。ずっと一緒だ」
「はい」
きっと、体育祭の振替休日にこんなことをしているなんて誰も想像していない。
それでもいいの。これが私と啓太先生だけの1日だったからね。
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