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第5話 第1章 驚くべき出会い④
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「黒羽殿、彩希殿」
ざわめきを切り裂くような声の主は、キースだ。
黒のスラックスに、白のワイシャツ(ズボンの中には入れていない)、腰には真っ赤な布を巻いている。
普段の重苦しい鎧を脱ぎ捨て、マッシ・ラ――この国の正装――を着ているせいか、印象が随分と違って見えた。
「これはこれは、お二人とよくお似合いですよ」
「ありがとうございます。マッシ・ラーは、僕の国の正装にそっくりですよ」
「そうですか、それまた不思議なものですな」
「ね、ねねキース。料理ってもう食べて良いのよね」
お前らの話などどうでも良い、といわんばかりに彩希は目を輝かせて料理を見渡した。
「ハハハ、遠慮なくどうぞ。我が国の料理長は、世界のどの料理人にも負けぬ腕前の持ち主。きっと虜になりますよ」
「何ですって」
キリ、と黒羽の目つきが鋭くなる。
円形のテーブルに所せましと並ぶ料理は、温かな湯気をくゆらせて、黒羽達を待ち構えていた。
――どうして気付かなかったのだろう?
開け放たれた窓から流れる風に乗って、香りが鼻に入り込んでゆく。
「あ!」
声が口をついて出る。先ほどまでの自分はきっと死んでいたのだ。黒羽は、胃が猛烈な勢いで音をかき鳴らし、唾液がじゅわりと染み出るのを自覚する。
理性が蒸発するような食欲の香り。
通りがかったウェイターが差し出す皿を、彼にしては無造作に受け取ると、フォークを構える。……狙いは、こんがりと焼かれた肉だ。
「――丁寧な処理が施されていて、驚くほど柔らかい。これじゃ、ナイフはいらないな。一体どんな味がするんだろう」
いただきます。言葉を言い終えた瞬間、刺した肉を口に放り込んだ。そして、驚愕した。
調味料の味と、素材の味が見事なワルツを奏でている。調味料が素材を殺すこともなく、その逆もない。完全に互いを高め合い、舌を柔らかく包む。
「信じられない」
噛むと、表面の皮がパリッと軽やかな音を立て、奥から肉汁が溢れ出す。その肉汁が味蕾を撫でるたびに、調和の味が脳を刺激した。
「凄まじい美味しさだわ」
黒羽の隣で、彩希が嬉々として食べている。彼女の感じていることが、感覚として理解できる。いや、理解できてしまうというべきだろう。
「完敗だ」
この料理人は、自身の何倍も上にいる。ここまで圧倒的だと、悔しい感情さえ湧いてこなかった。
「……キースさん、料理長にお会いしたいのですが、構いませんか?」
「ハハハ、やはり気になりますか。でも、今は調理中でしょうから、食事会後に紹介いたしましょう」
「ええ、ぜひそうしてくださいな」
ソフィアがため息交じりに話しかけてきた。
「お疲れのようですね」
「いえ、そうではないのです黒羽殿、聞いてくださいな。我が城自慢の料理長は、とても働き者なのです。それはもう自分の体が、ボロボロになろうが構わずにですわ」
共感を求めるようなソフィアの瞳を、黒羽は見つめ返すことができなかった。
「その人だって、たいして変わらないわ。朝から晩まで働き詰め。閉店後は食材の仕入れ、朝は早くから掃除と仕込み。たまったもんじゃないわ」
「まあ!」
彩希とソフィアは互いの苦労を察し、固く握手を交わす。
黒羽はキースが笑う横をすり抜け、気まずげに料理を一口頬張った。
「貴君が黒羽秋仁か」
冷静な重みのある声。振り返ってみると、見上げるように背が高く、巌のようにいかつい顔が黒羽を見下ろしていた。
「私はエイトール・ルマという。この国で宰相をしている者だ」
(宰相……なるほど、ナンバー2か)
エイトールの目を……見つめ、黒羽は気を引き締めた。
深みのある瞳の奥に、強い感情の炎が猛っている。
黒羽が経営者として心がけていることの一つに、”目を見る”ことが挙げられる。
――人はウソをつく。ウソは仮面のように心を隠す。……だが、目だけは、嘘をつけない。だからな、秋仁。人を見る時は顔じゃない、目を見るんだよ。
(爺ちゃん、この男の前で気を緩めないほうが良いかもしれない。呑まれて、しまいそうだ)
「……ほう、良い目をしている」
黒羽が瞳から意図を読み取ろうとしたように、エイトールもまた目に宿る意思を見透かそうとしていた。
「宰相。ごきげんよう」
ソフィアのやや棘のある言葉に、視線の糸は途切れた。ほう、と息を吐く黒羽を庇うようにソフィアは前に出ると、優雅に笑みを張り付かせる。
「これはこれは女王陛下。ご親切にどうも」
「フフフ、そういえば、あなたが食事会の食糧を確保してくださったとか。感謝いたしますわ」
「礼などとんでもない。普段、女王陛下が優秀過ぎるゆえ、暇を持て余しておるのですから、たまには働きませんと」
和やかな会話に反して、手にした刃でしのぎを削っているようで、見ているほうが緊張してしまう。
「ほうほう、これはこれは皆様方。わしも会話に混ぜてもらってもよろしいか」
エイトールとは対照的な高い声が、割り込んできた。声の主は太った体を緩慢に動かしながら、エイトールの横に並ぶ。
「女王陛下ごきげんうるわしゅう。おやー、そちらの女性が彩希様ですかな。いや、女王陛下に劣らずお美しい」
彩希の体を舐めまわすように、ペドロは視線を無遠慮に上下させる。
(この男……嫌いだわ)
整った顔に怒りが染み渡っていく。このままでは、大ごとになる、と黒羽は焦りから言葉を発した。
「あのー、あなたは?」
……返事がない。騒がしい場所とはいえ、この距離で聞こえなかったはあるまい。
「ペドロ・ホドリゲス。我が国の第一騎士団隊長ですわ」
(騎士団の隊長だって! キースさんと同じ地位の人か……)
ずっしりとした体と対照的に、目は絶え間なく彩希とソフィアを行き来する。
誰がどう見ても好色そうな人物だ。
「フーム、どうじゃ彩希様。今宵ワシの部屋で過ごさんか?」
彩希に視線を止めたペドロは、よだれを垂らしそうなほどだらけた顔で誘いをかける。
「お断りよ。不愉快だわ」
「まあ、そういわずに。ワシのテクは凄いんじゃ」
無遠慮に伸ばされる手、
「ほ? なんじゃ」
をエイトールの手が阻む。
「止さぬか」
「ほーん? あ、もしや宰相もこの娘を狙っておったか」
「……恥ずかしい男よ。貴君は人を守る騎士であろう。愛すべき妻以外の女を見境もなく抱こうなど、まこと考えられぬ」
「かあー、頭が固すぎじゃ。騎士として命をかけて人を守っておるのだから、ちょっとくらい見返りがあっても良いじゃろうよ。なあ!」
エイトールはペドロの手を乱暴に放した。
「失せよ」
「ちぃ」
ペドロは忌々しいと語る瞳でエイトールを睨むと、名残惜しそうに離れて行った。
「あ、あのありがとうございました」
「……いや、礼には及ばんよ。大事な者なのだろう? 次は気を付けることだ」
エイトールはそれだけを言い残すと、去っていった。
「お二人とも、大変申し訳ございませんでしたわ」
「ソフィアちゃん、あなたが謝ることはないわ。ただ、変態に絡まれただけよ」
「フフフ、いやですわ。彩希様ったら」
綻ぶソフィアに、彩希はニッコリと笑みを返すと何食わぬ顔で食事を再開した。
ざわめきを切り裂くような声の主は、キースだ。
黒のスラックスに、白のワイシャツ(ズボンの中には入れていない)、腰には真っ赤な布を巻いている。
普段の重苦しい鎧を脱ぎ捨て、マッシ・ラ――この国の正装――を着ているせいか、印象が随分と違って見えた。
「これはこれは、お二人とよくお似合いですよ」
「ありがとうございます。マッシ・ラーは、僕の国の正装にそっくりですよ」
「そうですか、それまた不思議なものですな」
「ね、ねねキース。料理ってもう食べて良いのよね」
お前らの話などどうでも良い、といわんばかりに彩希は目を輝かせて料理を見渡した。
「ハハハ、遠慮なくどうぞ。我が国の料理長は、世界のどの料理人にも負けぬ腕前の持ち主。きっと虜になりますよ」
「何ですって」
キリ、と黒羽の目つきが鋭くなる。
円形のテーブルに所せましと並ぶ料理は、温かな湯気をくゆらせて、黒羽達を待ち構えていた。
――どうして気付かなかったのだろう?
開け放たれた窓から流れる風に乗って、香りが鼻に入り込んでゆく。
「あ!」
声が口をついて出る。先ほどまでの自分はきっと死んでいたのだ。黒羽は、胃が猛烈な勢いで音をかき鳴らし、唾液がじゅわりと染み出るのを自覚する。
理性が蒸発するような食欲の香り。
通りがかったウェイターが差し出す皿を、彼にしては無造作に受け取ると、フォークを構える。……狙いは、こんがりと焼かれた肉だ。
「――丁寧な処理が施されていて、驚くほど柔らかい。これじゃ、ナイフはいらないな。一体どんな味がするんだろう」
いただきます。言葉を言い終えた瞬間、刺した肉を口に放り込んだ。そして、驚愕した。
調味料の味と、素材の味が見事なワルツを奏でている。調味料が素材を殺すこともなく、その逆もない。完全に互いを高め合い、舌を柔らかく包む。
「信じられない」
噛むと、表面の皮がパリッと軽やかな音を立て、奥から肉汁が溢れ出す。その肉汁が味蕾を撫でるたびに、調和の味が脳を刺激した。
「凄まじい美味しさだわ」
黒羽の隣で、彩希が嬉々として食べている。彼女の感じていることが、感覚として理解できる。いや、理解できてしまうというべきだろう。
「完敗だ」
この料理人は、自身の何倍も上にいる。ここまで圧倒的だと、悔しい感情さえ湧いてこなかった。
「……キースさん、料理長にお会いしたいのですが、構いませんか?」
「ハハハ、やはり気になりますか。でも、今は調理中でしょうから、食事会後に紹介いたしましょう」
「ええ、ぜひそうしてくださいな」
ソフィアがため息交じりに話しかけてきた。
「お疲れのようですね」
「いえ、そうではないのです黒羽殿、聞いてくださいな。我が城自慢の料理長は、とても働き者なのです。それはもう自分の体が、ボロボロになろうが構わずにですわ」
共感を求めるようなソフィアの瞳を、黒羽は見つめ返すことができなかった。
「その人だって、たいして変わらないわ。朝から晩まで働き詰め。閉店後は食材の仕入れ、朝は早くから掃除と仕込み。たまったもんじゃないわ」
「まあ!」
彩希とソフィアは互いの苦労を察し、固く握手を交わす。
黒羽はキースが笑う横をすり抜け、気まずげに料理を一口頬張った。
「貴君が黒羽秋仁か」
冷静な重みのある声。振り返ってみると、見上げるように背が高く、巌のようにいかつい顔が黒羽を見下ろしていた。
「私はエイトール・ルマという。この国で宰相をしている者だ」
(宰相……なるほど、ナンバー2か)
エイトールの目を……見つめ、黒羽は気を引き締めた。
深みのある瞳の奥に、強い感情の炎が猛っている。
黒羽が経営者として心がけていることの一つに、”目を見る”ことが挙げられる。
――人はウソをつく。ウソは仮面のように心を隠す。……だが、目だけは、嘘をつけない。だからな、秋仁。人を見る時は顔じゃない、目を見るんだよ。
(爺ちゃん、この男の前で気を緩めないほうが良いかもしれない。呑まれて、しまいそうだ)
「……ほう、良い目をしている」
黒羽が瞳から意図を読み取ろうとしたように、エイトールもまた目に宿る意思を見透かそうとしていた。
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ソフィアのやや棘のある言葉に、視線の糸は途切れた。ほう、と息を吐く黒羽を庇うようにソフィアは前に出ると、優雅に笑みを張り付かせる。
「これはこれは女王陛下。ご親切にどうも」
「フフフ、そういえば、あなたが食事会の食糧を確保してくださったとか。感謝いたしますわ」
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和やかな会話に反して、手にした刃でしのぎを削っているようで、見ているほうが緊張してしまう。
「ほうほう、これはこれは皆様方。わしも会話に混ぜてもらってもよろしいか」
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彩希の体を舐めまわすように、ペドロは視線を無遠慮に上下させる。
(この男……嫌いだわ)
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「あのー、あなたは?」
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無遠慮に伸ばされる手、
「ほ? なんじゃ」
をエイトールの手が阻む。
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「……いや、礼には及ばんよ。大事な者なのだろう? 次は気を付けることだ」
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