金盞花の光

鳥崎蒼生

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新井洋一

喪失感

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洋一はひたすらに森の中を彷徨っていた。というよりは、適した場所を探して、方向の分からなくなった森の中をもう何時間も歩いている。
洋一自身、どこがいいのかも分かっていない状態で、歩き回っているのだから、何も考えず、歩みを止めればそれでいいはずなのに、何故か歩き続けていた。
霧の濃い森は、普段安らぎを求めて歩く物とは違い、異様な恐怖をまとっている。
足下の悪い中、木の根に何度も足を取られながら、歩いている。
そろそろ、体力も付きそうで、やっと足を止めて周りを見渡した。
植物以外何もない空間。
洋一が立ち止まった場所は、少し開けた場所。
ただ、木々の間から、小さな光が漏れている。
(家でもあるのか?まさか・・・こんな森の中に・・・)
体力が尽きて、幻覚でも見ているのかと、頭を振ってみるが、やはり光は消えない。
少し、興味が湧いて、その方角へ足を進めてみる。
今までと違って、足下は木の根の上というよりも、草の上を歩いているような感覚だ。
しかし、足下は霧に包まれて、良くは見えない。
そのまま足を進め、その光がはっきりと見える位置までやってきた。
(家だ・・・いや・・・店か?)
昭和ノスタルジックとでも言うべきか・・・・
随分と年期の入った喫茶店のように見える。
黄色がかった、優しい光が店内を照らしている。
(こんな所に、何故・・・・)
そんなことを思っていると、急に入り口らしき扉が開いた。
ビックリして、後ろへ1歩下がると、中から、着物姿の若い女性が現れた。
「いらっしゃいませ。新井洋一様。」
洋一の顔を確認すると、若い女性は一礼して、にっこりと微笑みかける。
何が起こったのか、困惑していると、
「どうぞ、中でおくつろぎくださいませ。ここまで、長く歩かれたのでしょう。」
(今、僕の名前を言った。おまけに、僕が長いこと歩いていたことも知っている。何が起こっているのか・・・ここは何だ?異世界か?それとも死後の世界か?何なんだ一体・・・)
自分の知っている常識を遙かに超えて、脳がオーバーヒートしそうだった。
「大丈夫でございますよ。洋一様は生きておられますし、ここは異世界でもございません。とにかく中へお入りください。」
こちらの動揺など物ともせず、その女性は中へと手振りで案内をする。
その手に引き寄せられるように、少しよろめきながら、その店の中へと入った。
純喫茶のような内装に、時々音が飛ぶレコードが静かに流れている。席は多くはないが、良い雰囲気の空間が広がる。
先ほどの女性が、そこに座れと言わんばかりに、笑顔で一つの席の横へ立っている。
仕方なく、そこの席に座ると、女性は満足そうに頷いた。
席にはメニューなどは見当たらず、ただ一つ、花瓶に刺さった花だけが、机を彩っている。
「今日は生憎と主が出かけております。私がご案内させて頂きますので、少々、お待ち頂けますか?」
そういうとこちらの返事も聞かずに、どこかへ行ってしまった。
(ここは何なんだ・・・・)
いつの間にか、森を抜けたのだろうか。そうだとしても、自分の名前を知っている事の説明にはならない。
考えたところで、答えは出なさそうだ。
もう一度、店内を見渡す。明るすぎない店内には、レコードの他に、ポコポコという音と、良い香りが漂っているが、コーヒーの香りではなさそうだ。
古いが、決して不衛生な感じのしないカウンターや椅子は、年代を重ねて良い光沢を帯びている。
そこで自分がほっと息をついていることに気がついた。
(こんなところでくつろいでいる場合なのか・・・・でも、最後にこう言うのも良いのかもしれないな・・・)
「お待たせいたしました。こちらは、当店のオリジナルブレンドティーでございます。どうぞご賞味くださいませ。」
内装に気を取られていたせいか、女性がいつの間にか、洋一の向かいの席に腰掛けていた。
「まだ、注文していませんが?」
「当店にはメニューはございません。こちらでお客様に合わせたハーブをブレンドしてお出しする決まりでございます。申し遅れました。私はこの店の給仕をしております、牡丹と申します。主のように振る舞えるかは分かりませんが、精一杯勤めさせて頂きます。」
(いやいや、名前とかどうでも良いから。この状況を説明して欲しい・・・)
ハーブティーなる物が透明なポットからカップへと注がれていく。
目の前に置かれたカップからは、途端にハーブティーの湯気と、とても良い香りが漂ってくる。
爽やかだけれど、少し苦みを感じる様な香りだ。色は薄い紫。
「体に悪い物は一切入っておりませんので、ご安心ください。」
そう言われても、色が色なだけに少し、気が引ける。
「私も失礼して、こちらを頂きます。」
そう言って牡丹は、どこからともなく取り出したコップに、同じポットからハーブティーを注ぎ、そっと一口、口をつけた。
どうやら本当に大丈夫な物らしい。ハーブティーなんておしゃれな飲み物は、飲んだことがない。
しかし、その香りに誘われるように、洋一も一口飲んでみる。
甘くはない。すっきりとした味わいの中に、シナモンのようなピリっとした味があり、飲んだことのない味だがおいしいと思った。
(死に場所を探してたのに、毒かもしれないとこれを飲めないなんて、本末転倒だな)
洋一は少し可笑しくなった。
「この机に置かれている花はイカリソウと言う物でございます。新井様にぴったりのお花ですわ。」
急に違う話題になって、困惑する。何故今、花の話になるのだろうか。
「それで、新井様。なくし物は何ですか?」
これまた唐突だ。全く脈略がなさ過ぎて、何が言いたいのか分からない。
「えっと。すいません。まず状況が理解出来ていないのですが・・・・説明してもらっても良いですか?」
牡丹は大きな目を更に大きくして、不思議そうに洋一を見ている。
「ここはお社様が選ばれた方のみが訪れる場所でございます。新井様は何かなくし物をされたのではありませんか?」
「お社・・・様?それは何です?宗教か何かですか?」
「お社様はお社様です。他の何でもございません。」
・・・・・・・・・
全く話が通じない。どうすれば良いのか分からず、黙り込んでいると、急に違う女性の声が飛び込んできた。
「牡丹。それでは新井様が困ってしまわれます。ご苦労様。後は私に任せなさい。」
「きっ桔梗様?いつお戻りに?」
「牡丹、とにかく戻ってなさい。お話は後で致しましょう。」
急に現れたその声の主に洋一は目が釘付けになった。
あまりにも綺麗なその姿は、まるで化かされているのではないかという程、美しかった。
「失礼を致しました。私はこの店の主の桔梗と申します。新井様、私からご説明させて頂いても、よろしいでしょうか?」
その言葉で、ようやく桔梗から目を離すと、先ほどの牡丹という女性は洋一に一礼して、また去って行った。
「あぁはい。お願いします。」
(いい歳をしてこんな若い女性に見とれるなんて、恥ずかしい。)
「ここは、なくし物をされた方をお社様が選んで導かれる場所でございます。意味が分からず、不安な思いをされたかとは思います。」
「先ほどの女性にも聞きましたが、そのお社様とは何ですか?」
「お社様はこの建物自体とでも申しましょうか。扉を開くも閉じるも、このお社様の御意志でございます。ただお社様は、話をされることはありません。ですから私どもが、お手伝いをさせて頂いているのでございます。」
なんとなく意味は分かるが、まだ納得はいかない。建物にこの桔梗と言う人は使えているという事なのか?
「お社様は全ての方に扉を開くわけではございません。何かをなくされた方が第一条件でございます。その他にも条件はありますが、それはお教えすることは出来ません。」
「なくし物なんて僕には心辺りがないが・・・・それは僕が知らないうちになくした物も含まれるのかな?」
「いいえ。新井様。なくし物は物ではなく、者でございます。」
そういって机に指で文字を書いた。
「物ではなく、者・・・・つまり人ですか?」
「人とは・・・限りませんが、新井様がなくしたのは、人でございましょう?」
そう。それが亡くした者なら、理解出来る。洋一が命を捨てようとまで考えるきっかけになった、亡くし者が。
「つまり僕は、その亡くし者でこの喫茶店?いや、お社様に選ばれて、導かれたと言うわけですか?幻覚や死後の世界でも、異世界でもなく、現実だと?」
「確かに、急にこのような話をされても、信じられないのも無理はありません。私共を都市伝説と言われる方もいらっしゃいましたから。けれど、これは現実でございます。それは時が経てば自ずと分かることかと。」
都市伝説・・・そう言われるくらいには有名なのか。
「いつまでここにいれば良いのですか?ここに来て、僕は何をすれば良いのでしょう?」
「先ほどもお聞きしましたが、新井様の亡くし者はどなたでございますか?」
「聞かなくても分かっているのでは?こちらの名前も分かっていたくらいですから。」
桔梗の口元が妖艶に微笑む。
「それでも、新井様の口から、それを聞かなくてはなりません。」
「妻の沙織です。」
半ばため息交じりに答える。
「妻は半年前に自殺しました。僕は彼女の元へ行こうと森をあるいていた。これで満足ですか?」
「はい。十分でございます。新井様、それでは探し物を見つけに参りましょう。」
そういって桔梗は急に席から立ち上がった。
「いや、探し物って・・・死に場所ってことですか?」
「いいえ、新井様の心の底に眠る探し物でございます。どうか良い探し物を・・・・」
そこまで聞くと、洋一の意識は飛んだ。

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