黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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朱有と系譜の儀式

第1章 4-6

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系譜の儀式まであと5日と迫ったとき、私はめまぐるしいほど忙しい日を迎えていた。
朝、日が昇ったと同時に然周ゼンシュウ様にたたき起こされ、陶器とコック栓の完成が報告された。
それは、私が説明したとおりの作りになっており、すでに陶器の下部分にコック栓が取り付けてある。
蓋も申し分なくきちんと閉まるようになっていた。
今回作ってもらったのは、両手で抱えられる程の大きさの物だが、これからこの技術を進歩させれば、大きな物も作れるだろう。
そうなればきっと、水を使う作業も楽になるし、陶器に蓋がついたことで、保存の方法も確立されていくだろう。
実際に、コック栓を開くとちゃんとそこから水が出る。閉めると、水は止まる。
然周は相変わらず目の下に隈を作っているが、これが完成したことで疲れは吹っ飛んだらしく、いや、むしろ眠すぎてなのかは分からないが、異様なほど興奮して、いかにこれの完成に力を注いだか、いかに大変だったかを捲し立てている。
師匠と一緒になって、落ち着かせるのに随分、時間を要した。
やっと落ち着いた頃、炎珠エンジュが顔を洗う水を持ってきた。それで顔を洗って、身支度をしている間に、師匠の部屋で然周は眠りに付いたらしい。鈴明も出来上がったその瓶が気に入ったらしく、何度も水を出したり、止めたりしている。
軽く朝食を済ませ、その陶器を綺麗に洗って、油を入れるために中を吹き上げているとき、朱家の本家からやってきた侍女達に捕まった。
そのまま本家の炎麗エンレイ様の前に連れて行かれた。そこには炎鈴エンリンの姿もある。そして母の姿も。
母に会うのは久しぶりだが、元気そうだ。
「炎麗様、お姉様、お母様。おはようございます。」
と、挨拶をしたのも束の間、いきなり侍女達が私の周りを固めた。
やられる・・・!
そう思って頭を両手で覆うと、母が慌てた様子で私と侍女の間に割って入った。
「桜綾、大丈夫よ。ただの衣装合わせだから。大人数で驚いたのね。」
そう言って、私の肩を抱いた。
過剰に反応したというか、反射的な行動ではあったが、炎麗様も炎鈴様もその反応に、ビックリしたらしい。
「申し訳ありません。つい・・・」
それで気がついたらしく、炎麗様も炎鈴様も私を驚かせたことを謝ってくれた。
それからは、私は着せ替え人形のごとく、次から次へと衣装を着せ替えられる。衣装は全て蜜柑色の生地が使われている。この色は朱家の第5位の位に与えられた正装色らしい。これから、行事ごとにはこの色で作られた衣を纏わなくてはならない。柄は全て鳥柄の刺繍・・・何故かは分からない。何着か着て、やっと炎麗様達が納得した物に決まった。
それから化粧に移る。化粧品は使い方も分からない物が並んでいる。それを侍女達が慣れた手つきで顔に施していく。
腕が良いのか、私の顔が可愛く見える。
(化粧で化けるとはこのことか・・・)
それが済むと装飾品選びだ。用意された装飾品は親戚縁者の集まりの時よりも、格段に豪華だ。
系譜の儀式は、装飾品を付けない決まりがあるので、これはお披露目で使う物だろう。
銀であしらわれた簪(いや、これはもう髪飾りだな)や、翡翠で出来た簪、大きな真珠の玉が載っている物もあれば、ジャラジャラと飾りのついた物。それがゴテゴテについた物を髪に載せられると、頭と首が重い。しかも1つ2つではない。
それから首飾りに、腕輪と追加され、自分が何をされているのか、もう分からない状態だ。
全てが終了し、着飾らされた私を見て、炎麗様達は感無量のようだ。
私はクタクタなのだが、顔に出せないので、取りあえず今できる精一杯の笑顔で立っている。
そこへ宇航ユーハン様や師匠、鈴明リンメイ達もやってきた。
「おっおお。すごいな・・・」
師匠は私を見て、感想とも言えない感想を口にする。
桜綾オウリン様、綺麗ですよ、とっても。」
炎珠エンジュは涙ぐんでいる。鈴明は私よりも装飾に目が行っている。
「桜綾、この簪すごいね!こんなの初めて見た!」
(まるでドラマの結婚式の場面のようだ・・・お披露目会だから似たようなものか?)
自分でもこんな重い・・・然り、豪華な物を身に付けることなど思ってもみなかったし、何だか照れくさい。
それにしても、宇航様が全く口を開かないというか、こちらを見ないのだが?
(見慣れてるよね、こんな衣装。)
宇航様はステステと部屋の奥にある椅子に腰掛けると、遠目で私をやっと見る。
なんか品定めされているような気分だ。
「問題ない。」
一言つぶやくと、それ以降黙ってしまった。
(まぁ問題がないなら、それで良いんだけど。)
私は他の女性達に口々に褒められ、囲まれて・・・漸く部屋に戻って来た頃には日も落ちていた。
こんな事で当日、乗り切れるだろうか・・・
寝台に寝そべって、当日の事を考えるだけで、胃が痛くなりそうだ。
じっとしていると悪い事ばかり浮かんでくる。それならばと、朝やりかけたことをしようと工房へ向かう。
しかし、やりかけていた陶器の洗浄と乾燥は、炎珠か鈴明が済ませたのだろう。綺麗に干されていた。
仕方なく、何かすることがないかと探していたら、菊花の乾燥した物を見つけた。これも石鹸の香料に使おうと思っていた物だ。
(最近、石鹸ばっかり作ってるなぁ。他に実用的な物が作れれば良いんだけど・・・)
乳鉢を出して、乾燥した菊花を入れてすり潰す。完全に粉になるまで、しっかりと潰してそれを別の器に移す。
それを数回繰り返した頃、師匠と然周がやってきた。
どうやら然周は今まで寝ていたらしい。お団子状(正確にはボクトウという髪型)にした頭髪はすごいことになっているが、本人は全く気にしていない様子で、大あくびをしている。
「桜綾、いいか?」
「どうしたの?二人揃って。」
話を振ってきたくせに、何かモジモジしていて師匠にしては、歯切れが悪い。
「何なの?私、疲れてるんだけど・・・」
「俺達、なんかすごい物作ったよな・・・自分達で言うのも何だが、これは、やばいものじゃないのか?」
何が言いたいのか、全く分からない。しかも今更ですか?
「これ作って良い物なんだよな?いや、これがあれば便利だし、いや、皇帝にだって献上出来る様な物だと思うんだが。」
そんな大げさな・・・こんなのは序の口で、私が知っている世界はもっと発展していたし、逆にコック栓なんて使われている物の方が少なかった。捻ればお湯が出てくる物まであったのに、こんな物で怖じかずかれても・・・
「師匠。発明は何の為にするの?皆が快適に生活したり、楽しんだりするための物でしょ?新しい物を作ってそれが、どんな物でも、安全で便利なら良いじゃない。危険な物でもないし。何がそんなに不安なの?」
「不安というか、これを例えば作って売ったとしたら、俺達には手に負えないほどの利益になるはずだ。そうなったら、それだけを作る工房やら、なんやら手が回らなくなるし、これは、歴史さえ変えるような物ではないかと・・・」
このおっさん達、何を今更混乱しているのだろう。
「宇航様に相談すれば良いでしょう。それに、まずは宇航様の許可だって要るし。系譜の儀式が終わったら、完成品を持ってまずは相談。それから後のことは考えよう。別に商品にしなくてもいいし。」
「それは駄目だ!だめ!こんな良い物、売らなきゃ損だろうが!」
黙っていた然周が急に大声を上げたので、心臓が止まるかと思った。
「だから、もう!売るか売らないは別として、とにかく宇航様に報告でしょ。最大のパト・・・支援者なんだから。」
勘弁して欲しい。何をそんなに恐れているかは知らないが、多分、今までの物は本当に身近な物だし、売った物の規模が小さかった。しかも衣掛けなんか、他の商人に作る権利を売ったわけで、自分が直接売ったわけでもない。
だが今回に関しては、あまりに画期的すぎるし、商売に自分も関わる。だから未知の世界に足を踏み入れた様で怖いのだろう。
「師匠、宇航様に相談して、それでも不安なら、商人に丸投げしよう。何なら、然周様に売ってもいいじゃない。衣掛け見たいに。どうとでもなるから、今は深く考えないで。」
師匠はまだ何か言いたげだったが、言葉を飲んで然周と工房を出て行った。
今日は師匠の背中が小さく見えるなぁと後ろ姿を見ながら、見送った。
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