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第四話 聖女の奇跡が、失敗した日
その日、聖女は――奇跡を起こせなかった。
王都大聖堂。
天井高く伸びる白亜の柱。色鮮やかなステンドグラスから差し込む朝の光が、床に聖紋を描いている。
祈祷を終えた人々が静かに頭を垂れる中、
白衣の聖女クラリッサは、祭壇の中央に立っていた。
柔らかな金髪。
慈愛に満ちた微笑。
誰もが“聖女”と疑わない姿。
――その地位に至るまで、彼女は一度も、躓いたことがなかった。
奇跡は常に応え、王家は彼女を後ろ盾とし、教会内では「聖女派」が最大派閥となった。
異論を唱える者は、敬虔さが足りないと切り捨て、邪魔な存在は“神意に背いた者”として排除した。
リリアーネ・アルフェルトも、その一人に過ぎない。
(……あの女は、邪魔だった)
王子に近く、貴族社会での発言力も強い。
そして何より――
聖女である自分を、疑う目を向けてきた。
だから、罪を用意した。
隣国から密かに流れ込む毒薬。その流通経路を、彼女の名に結びつけた。
隣国との癒着も、聖女派の資金源として利用しただけだ。
すべては、“王国と信仰を守るため”。
そう、信じてきた。
「主よ。迷える魂に、癒やしを――」
いつも通りの祈り。
いつも通りの言葉。
手をかざせば、淡い光が生まれ、病は和らぎ、人々は感嘆の声を上げる。
――はずだった。
だが、その日は違った。
光が、灯らない。
「……?」
一瞬の沈黙。
参列者の誰もが、気づかないふりをした。
聖女の奇跡は、失敗などしないものだからだ。
「……主よ」
もう一度、祈りの言葉を重ねる。
それでも――光は、現れなかった。
ざわ、と空気が揺れる。
「聖女様……?」
前列にいた老女が、不安そうに声を上げる。
その瞬間、クラリッサの背中を、冷たいものが走った。
(……なぜ?)
あり得ない。
奇跡は、彼女が生まれたときからのものだ。
信仰が揺らいだことなど、一度もない。
――いや。
一度だけ、思い当たる節があった。
「……昨日の裁判」
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルト。
あの女の断罪。
自分が祈り、神の名のもとに死を与えた。
(関係、ないわ)
そう思おうとした。
だが、心臓の奥が、微かにざわつく。
「……今日は、ここまでといたしましょう」
取り繕うように言い、祈祷を打ち切る。
人々は従ったが、視線の端に、わずかな疑念が残っていた。
控室に戻った瞬間、クラリッサは息を荒く吐いた。
「……どうして……」
鏡の前に立つ。
顔色は、悪くない。魔力も、枯渇していない。
それなのに――奇跡だけが、応えない。
(私が……間違ったとでも?)
「……神よ」
震える声で、名を呼ぶ。
返事は、ない。
代わりに、背後の空気が――歪んだ。
「……っ!」
振り返った瞬間、そこに“何もいない”ことが、かえって異様だった。
だが、確かに“在る”。
視線を向けた先――壁の一部が、ほんのわずかに、ずれている。
「……?」
次の瞬間、青い光が、一瞬だけ、揺らめいた。箱ではない。文書でもない。
ただ、見られているという感覚。
(……誰?)
声を上げようとして、喉が詰まる。だが、それは一瞬で消えた。壁は元に戻り、空気も静まる。
「……気のせい……?」
自分に言い聞かせる。
だが、胸の奥に残った感覚は、消えなかった。
その夜。
聖女は、眠れなかった。
夢を見る。
処刑台。
鐘の音。
自分の祈り。
そして――仮面の女。
「……っ!」
飛び起きた瞬間、汗が背中を伝う。
「違う……私は、正しい……」
何度も、そう呟く。だが、答えは返らない。神は、沈黙したままだった。
翌日。
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――気づかれぬまま。
空間魔法の家で、私は静かに記録を更新する。
聖女の奇跡、失敗。王子の周囲、変化なし。
最初の歯車は、確かに、軋み始めている。
まだ、裁くには早い。
彼らは、最後でいい。
すべての嘘が、すべての証拠が、逃げ場を失ったその時に――裁けばいい。
私は仮面を外さない。
次は、聖女の“正しさ”そのものを、検証する番だ。
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