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第五話 聖女の奇跡を支えていたもの
王都大聖堂の地下には、信徒にも、下級神官にも知らされていない区画がある。
正式な図面には記載されていない。古い増築部分として処理され、封印扉の存在すら
「伝承上の誤記」として片付けられていた。
入口は、聖堂裏手の告解室の奥。
壁一面に彫られた聖句の中で、一文字だけが、わずかに歪んでいる。そこに魔力を通すと、石壁は音もなく割れ、下へと続く階段が姿を現す。
空気は冷たく、湿り気を帯び、
香の匂いではなく――
金属と魔力の焦げた匂いが鼻を刺した。
地下深く。
聖具保管庫。
――そう、記録上は呼ばれていた。
だが実際には、そこは祈りの場ではない。
聖女クラリッサは、確かに“聖女たる力”を持っている。病を癒やし、小さな傷を塞ぎ、苦痛を和らげる程度の力は、本物だ。
だが――これまで人々が目にしてきた
奇跡的回復、瀕死からの蘇生、疫病の完全治癒。
それほどの力は、彼女一人のものではなかった。
ここは――奇跡を起こす装置の部屋だった。
石造りの回廊を抜けた先、分厚い扉の向こうに広がる空間は、祭壇とは似ても似つかぬ異様さを帯びている。床一面に刻まれた魔法陣は、宗教的な紋様ではない。
精密で、幾何学的で、感情や信仰を排した
冷たい術式そのもの。
壁には、大小さまざまな結晶体が無数に埋め込まれている。透明なもの。淡く発光するもの。脈打つように明滅するもの。
それらは互いに細い魔力線で繋がれ、中央の制御核へと集束していた。そこにあるのは、神像でも、聖遺物でもない。
奇跡を生成するための変換装置。
信仰心を集め、
魔力へ変換し、
癒やしの光として“出力する”ための機構。
そして――その“魔力”の正体は、人だった。
「……応答が、不安定です」
低い声で報告したのは、聖女派に属する高位神官の一人。
彼は跪いてはいない。祈ってもいない。
白衣の袖口から覗く指先は、聖書ではなく、魔力測定具を握っている。
「原因は?」
問い返したクラリッサの声は、努めて平静を装っていた。
だが、その視線は、結晶の揺らぎを見逃していない。
「外部供給源との同調率が、下がっています」
その言葉に、彼女の眉がわずかに動く。
外部供給源。
それは――信仰ではない。
「……隣国側は、何と言っているの?」
神官は一瞬、視線を伏せた。
「……連絡が、途絶えています」
沈黙。
装置の低い駆動音だけが、重く空間を満たす。
この装置は、聖女クラリッサ一人の魔力で
動いているわけではない。
隣国の魔術機関が作り上げた補助装置。
そこに繋がれているのは――
魔力を持つ奴隷たちだった。
微々たる魔力しか持たない平民。
孤児。
冤罪を着せられた貴族。
一人や二人ではない。数百、数千――
いや、それ以上。
彼らは生きたまま、少しずつ、確実に魔力を吸い上げられている。
命を削り、魂を摩耗させ、奇跡の“燃料”として。
そこから供給される魔力を、“奇跡”として変換する仕組み。
それが、聖女派と隣国との密約だった。
信仰を利用し、民衆を掌握する代わりに、
王国の内部情報と政治的便宜を渡す。
その見返りとして、奇跡は安定供給される。
だから――聖女派は、異様な速度で拡大した。
疑問を持つ神官は左遷され、反対派は信仰心不足と断じられ、気づけば教会の要職は、すべて“聖女の意向を通す者”で固められていた。
奇跡は、神から与えられたものではない。
管理され、計算された力だった。
「……問題ないわ」
クラリッサは、そう言い切った。
「多少の誤差があっても、私が“聖女”である事実は変わらない」
彼女は、見ないことを選んだ。
犠牲の数も、その行き先も。
だが――結晶の一つが、微かな音を立ててひび割れる。
その裂け目から漏れ出す光は、癒やしの色ではなかった。
誰も、その理由を説明できない。
その頃。
空間魔法の家で、私は記録を開いていた。
青い光の箱が浮かび、中から一枚の報告書が現れる。
聖女派地下施設、稼働確認。
奇跡補助装置、外部供給依存。
隣国魔術式との接続あり。
生贄数、推定数千以上。
派閥拡大速度、異常。
「……やはり」
静かに、息を吐く。
奇跡は、信仰ではなかった。
だから――神は、沈黙した。
私は記録を重ねる。
隣国との接続経路。供給される魔力の量。
調整に関わった神官の名。
すべてが、裁定条件を満たすまで、触れない。
まだだ。
聖女は、“聖女である限り”裁かれない。
王子も、“王子である限り”裁かれない。
だが、その土台が崩れれば――
立場は、罪を守らない。
夜。
王都大聖堂の上空で、誰にも気づかれず、
空間がわずかに歪む。
私は、装置の部屋を“観測”する。
干渉はしない。
破壊もしない。
ただ、事実を、記録する。
仮面の内側で、私は無表情のまま、確認を終えた。
「……揃ってきた」
聖女の奇跡。
その正体。
隣国との癒着。
教会内部の共犯者。
次は、誰が、最初に切り捨てられるか。
私は仮面を外さない。
次に裁かれるのは、聖女でも、王子でもない。
――聖女派の“神官”だ。
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