【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる

くろねこ

文字の大きさ
19 / 30

第三十二話  裁定ではなく、切り捨てられたもの


昼。

太陽は、確かに空にある。だがこの地区には、光が落ちてこない。

王都南区。石畳は欠け、建物は低く、屋根は修繕の跡だらけだ。洗濯物が干されているが、色は褪せ、風に揺れるというより重たく垂れ下がっている。

ここは、奇跡が「配られなくなった」地区だった。聖女の奇跡は、平等ではない。

もともと――そういうものだ。

王都中心部。貴族街。大聖堂を囲む白い石の区域。そこから順に、奇跡は“降りてくる”。祈祷の列ができ、鐘が鳴り、光が見え、治癒が起こる。

そして――その終点が、ここだ。

否。正確には。ここは、最初から対象外だった。私は外套を深く被り、通行人として歩く。仮面はない。裁定者でもない。
ただの、記録係として。路地の奥に入ると、空気が変わった。祈りの声はない。
聖句も、嘆願もない。

代わりにあるのは――呻き声。苛立ち。
そして、諦めきった沈黙。

人が集まっている。だが、誰も天を見ていない。

「……また、選ばれなかった」

男が吐き捨てるように言った。顔は日に焼け、手には仕事の痕が残っている。

「三回目だぞ」
「申請、全部出したのに」
「名簿にすら載らねぇ」

名簿。それは、聖女派が管理する
“奇跡対象者一覧”。

信仰心。寄進額。家系。紹介者。

そして最後に――「価値」。価値がない者には、奇跡は来ない。人垣の中に、女がいた。腕の中に、子どもを抱いている。

まだ小さい。呼吸は浅く、身体は熱を持ちすぎている。

それでも――泣いていない。泣く力すら、残っていない。

「……聖堂に行ったの」

女は、誰に向けるでもなく言った。声は、ひどく落ち着いていた。それが、余計に痛い。

「でも、門前で止められた」
「“今日は対象が多い”って」

今日は。

――毎日だ。

「ねぇ」

別の女が言う。

「奇跡って、神様のものでしょう?」

一瞬、沈黙。そして、誰かが乾いた笑いを漏らした。

「違うな」
「今は“配給”だ」

私は、足を止めた。魔力を使えば、この子は助かる。裁定ではない。ただの治癒。簡単だ。

――だが。

それは、できない。なぜなら。この子を助ければ、記録が歪む。聖女派は、「救われなかった人数」を隠している。

奇跡が万能であるために。
聖女が“完全”であるために。

救われなかった者は、最初から存在しなかったことにされる。

「……昨日も、人が死んだ」

老人が言った。怒りも、悲しみもない。
ただ、事実を述べる声。

「でも、報告は上がらない」
「“奇跡が足りなかった”で終わりだ」

足りなかったのは、奇跡じゃない。価値だ。私は理解した。ここにいる者たちは、
裁定の対象ですらない。

罪を犯したからではない。悪だからでもない。

――利用価値がないからだ。

胸の奥で、冷たいものが落ちる。怒りではない。憎しみでもない。確信だ。

――これは、潰していい。

「……聖女様は、悪くないんだろ?」

男が言う。

「上が、勝手にやってるんだろ?」

違う。悪い。全員、悪い。聖女も。神官も。王子も。見て、知って、利用している。私は踵を返す。

助けない。
癒さない。
声もかけない。

それが、今やるべきことじゃない。

助けるより先に――根を断つ。


空間魔法の家

扉を抜けると、空気が静まる。ノワが、入口で待っていた。青と金の瞳。私は膝をつき、視線を合わせる。

「……これが、奇跡の正体」

ノワは、低く唸った。否定。明確な、拒絶。

「大丈夫」

私は、はっきり言う。

「もう、救わなくていい」

ノワの尾が、強く、鋭く揺れる。

「潰す」

それだけ。情けも、迷いも、もう要らない。

「聖女派は、人を選別した」

「だから――」

仮面を手に取る。

「裁定される」

ノワの瞳が、淡く青く光った。拒絶ではない。同意だ。私は立ち上がる。これは、
救済の物語じゃない。奪ったものを、奪い返す話だ。次に壊れるのは、奇跡じゃない。



信仰そのものだ。

あなたにおすすめの小説

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

令嬢たちの華麗なる断罪 ~婚約破棄は、こちらから~

櫻井みこと
恋愛
婚約者である令嬢たちを差し置いて、ひとりの女性に夢中になっている婚約者たち。 その女性はあまりにも常識知らずだったから、少し注意をしていただけなのに、嫉妬して彼女をいじめていると言いがかりをつけられる。 どうして政略結婚の相手に、嫉妬などしなければならないのでしょう。 呆れた令嬢たちは、ひそかに婚約破棄の準備を進めていた。 ※期間限定で再公開しました。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。