【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる

くろねこ

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第三十四話  ――聖女と王子


王都大聖堂・最奥。

信徒が決して足を踏み入れない、聖女専用の私室。白い石壁。天蓋付きの寝台。聖印と香炉に囲まれた、「清浄」を演出するためだけの空間。

扉が閉まる音が、やけに重く響いた。

「……祈祷は、終わったのか」

ジークフリートは、外套を脱ぎながら言った。
視線は、聖女ではなく――
彼女の喉元に向けられている。

「はい、王子殿下」

クラリッサは、微笑んで答えた。慈愛の仮面。信徒に向けるのと同じ表情。それが、彼を苛立たせ、同時に高揚させた。

「ここでは、殿下はいらない」

彼はそう言い、彼女の顎に指をかける。祈りのために結われていた髪が、ほどけて、肩に落ちた。

「……神の前です」

形だけの抵抗。だが、身体は一歩も引かない。

「神は、外だ」

低く言って、彼は彼女を寝台へ押し倒した。天蓋の布が揺れる。聖印が、かすかに音を立てる。

「君は聖女だ」
「そして、俺の味方だ」

言葉は、確認ではない。刷り込みだ。クラリッサは、目を伏せた。

拒まない。だが、求めてもいない。
それでも――
彼は満足だった。

「奇跡が揺らいでいる」

彼は、彼女の白い指を握りながら言う。

「だが、問題ない」
「俺が守る」
「君が“神意”であり続ける限りな」

彼女は、微笑む。

「……殿下が望むなら」

その一言で、すべてが正当化される。

信仰も。
奇跡も。
人の命も。

それらはすべて、この密室で、取引されていた。

「聖女派が少し、暴走している」

彼は、まるで雑談のように言う。

「だが、いずれ整理する」
「民衆のためだ」

クラリッサは、何も言わずに、彼の背に腕を回す。抱きしめるためではない。逃げないために。

「……民衆のため」

彼女は、その言葉をなぞるように繰り返した。

「ええ」
「神も、きっとお許しになります」

その瞬間。ジークフリートは、深く息を吐いた。満足だった。自分は、選ばれた者たちを導いている。そう、信じられたからだ。

彼は知らない。

この夜、神は一切、ここを見ていなかったことを。



⸻ 現在

王宮西棟。

ジークフリートは、聖女派を切る命令書に署名しながら、あの夜を思い出していた。

「……民衆のため、か」

同じ言葉。同じ自己正当化。だが、胸の奥に残るのは、敬虔さではない。支配したという感触だけ。

「聖女は、まだ使える」

そう結論づけて、彼はペンを置いた。

――最低で、
――卑劣で、
――だが、王子としては“正しい”選択。

その夜の延長線に、今の決断があることを。



彼だけが、気づいていなかった。





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