20 / 30
第三十四話 ――聖女と王子
王都大聖堂・最奥。
信徒が決して足を踏み入れない、聖女専用の私室。白い石壁。天蓋付きの寝台。聖印と香炉に囲まれた、「清浄」を演出するためだけの空間。
扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
「……祈祷は、終わったのか」
ジークフリートは、外套を脱ぎながら言った。
視線は、聖女ではなく――
彼女の喉元に向けられている。
「はい、王子殿下」
クラリッサは、微笑んで答えた。慈愛の仮面。信徒に向けるのと同じ表情。それが、彼を苛立たせ、同時に高揚させた。
「ここでは、殿下はいらない」
彼はそう言い、彼女の顎に指をかける。祈りのために結われていた髪が、ほどけて、肩に落ちた。
「……神の前です」
形だけの抵抗。だが、身体は一歩も引かない。
「神は、外だ」
低く言って、彼は彼女を寝台へ押し倒した。天蓋の布が揺れる。聖印が、かすかに音を立てる。
「君は聖女だ」
「そして、俺の味方だ」
言葉は、確認ではない。刷り込みだ。クラリッサは、目を伏せた。
拒まない。だが、求めてもいない。
それでも――
彼は満足だった。
「奇跡が揺らいでいる」
彼は、彼女の白い指を握りながら言う。
「だが、問題ない」
「俺が守る」
「君が“神意”であり続ける限りな」
彼女は、微笑む。
「……殿下が望むなら」
その一言で、すべてが正当化される。
信仰も。
奇跡も。
人の命も。
それらはすべて、この密室で、取引されていた。
「聖女派が少し、暴走している」
彼は、まるで雑談のように言う。
「だが、いずれ整理する」
「民衆のためだ」
クラリッサは、何も言わずに、彼の背に腕を回す。抱きしめるためではない。逃げないために。
「……民衆のため」
彼女は、その言葉をなぞるように繰り返した。
「ええ」
「神も、きっとお許しになります」
その瞬間。ジークフリートは、深く息を吐いた。満足だった。自分は、選ばれた者たちを導いている。そう、信じられたからだ。
彼は知らない。
この夜、神は一切、ここを見ていなかったことを。
⸻ 現在
王宮西棟。
ジークフリートは、聖女派を切る命令書に署名しながら、あの夜を思い出していた。
「……民衆のため、か」
同じ言葉。同じ自己正当化。だが、胸の奥に残るのは、敬虔さではない。支配したという感触だけ。
「聖女は、まだ使える」
そう結論づけて、彼はペンを置いた。
――最低で、
――卑劣で、
――だが、王子としては“正しい”選択。
その夜の延長線に、今の決断があることを。
彼だけが、気づいていなかった。
あなたにおすすめの小説
嘘つきな貴方を捨てさせていただきます
梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。
「さっさと死んでくれ」
フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。
愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。
嘘つきな貴方なんて、要らない。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
11/27HOTランキング5位ありがとうございます。
※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。
1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。
完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
令嬢たちの華麗なる断罪 ~婚約破棄は、こちらから~
櫻井みこと
恋愛
婚約者である令嬢たちを差し置いて、ひとりの女性に夢中になっている婚約者たち。
その女性はあまりにも常識知らずだったから、少し注意をしていただけなのに、嫉妬して彼女をいじめていると言いがかりをつけられる。
どうして政略結婚の相手に、嫉妬などしなければならないのでしょう。
呆れた令嬢たちは、ひそかに婚約破棄の準備を進めていた。
※期間限定で再公開しました。