【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる

くろねこ

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第三十九話  王子は聖女を切り捨てる


――そして、自爆する

王都中央広場。

かつて祝祭に使われた石畳は、今は人で埋め尽くされていた。

貴族。商人。平民。
奇跡を信じた者。
奇跡に縋れなかった者。

すべてが、同じ場所に集められている。

高壇に立つのは、
第一王子――ジークフリート・ヴァルフェルド。

金糸の入った外套。
完璧な立ち姿。
民を“見下ろさない”角度での視線。

彼は、演説に慣れていた。

「民よ」

声はよく通る。感情を煽りすぎず、冷たくもない。

「我が王国は、長く奇跡に支えられてきた」

ざわめき。

聖女派の神官たちは、
わずかに表情を硬くする。

「だが――」

王子は、間を取る。

「奇跡が、民の苦しみをすべて救ってきたか?」

沈黙。

「否だ」

彼は、はっきり言った。

「奇跡は、偏っていた。配分され、選別され、届かぬ者がいた」

民の中から、低い同意の声が上がる。王子は、それを“民意”だと勘違いした。

「ゆえに――私は決断した」

振り返る。

白い衣を纏った聖女クラリッサが、
高壇の端に立っている。

顔は微笑んでいる。だが、目が違う。

「聖女制度は、ここで終わる」

一瞬。

世界が、止まった。

「奇跡に依存する統治は、もはや時代に合わない」

王子は、胸を張る。

「私は、民のために――奇跡を、切る!」

その瞬間。

――違和感が走った。

空気が、揺れる。

風でもない。
魔力でもない。

“拒否”だ。

「……?」

聖女クラリッサが、初めて動揺した表情を浮かべる。

「……お待ちください、殿下」

声が、震えている。

「奇跡は、まだ――」

その言葉を、遮るように。

広場の中央。

石畳の上に、一匹の黒猫が現れた。

夜をそのまま切り取ったような毛並み。
右の瞳は金。
左の瞳は、深い青。

――ノワ。

誰も、呼んでいない。

それでも、
“そこにいるべき存在”として現れた。

「……猫?」

誰かが呟く。

次の瞬間。

青い光が、広場全体を薄く覆った。

眩しくない。
祝福でもない。

ただ――冷たく、静かな光。

聖女クラリッサが、祈りの姿勢を取る。

「主よ――!」

だが。光は、応えない。

奇跡の兆しが、完全に、拒否された。

ノワの青い瞳が、まっすぐ聖女を見つめる。

裁かない。
怒らない。

ただ、否定する。

「……な、なぜ……」

聖女の声が、掠れる。

神官たちが慌てて詠唱を始める。
補助装置が起動する。

――だが。

何も起きない。

青い光は、装置も、祈りも、すべてを素通りした。

そして――消えた。

完全な沈黙。

「……奇跡が」

民の誰かが、呟く。

「……起きない?」

王子の顔色が、はっきりと変わった。

「な……なぜだ」

切ったはずだった。“切る側”であるはずだった。

だが今――
切られたのは、王子の権威そのものだった。

ノワは、ゆっくりと尻尾を一度だけ揺らす。

――拒絶、完了。

その背後。人混みの端で、仮面の女が立っている。

リリアーナ。

何も言わない。
何も動かない。

ただ、結果を見届けている。エドワードは、彼女の隣で静かに立っていた。

「……自爆だな」

低く、呟く。

王子は、民の前で宣言した。

聖女を切ると。

だが――奇跡そのものに切られた。

誰の味方でもない存在に。民は、もう分かっている。奇跡は、聖女のものではなかった。王子のものでもなかった。

そして今。

――誰のものでも、ない。

ざわめきが、怒号に変わる。信仰は、音を立てて崩れた。ノワは、一度だけリリアーナを振り返る。青と金の瞳。

「終わったわね」

リリアーナは、静かに言う。

「いいえ」

エドワードが答える。

「……始まった」

王子は、民衆の前で立ち尽くしていた。

聖女は、何も失っていない顔で、すべてを失った。

そして。

奇跡体系は――完全に、終わった。





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