29 / 30
第四十三話 さばかれる
王宮地下、臨時高等審問廷。
玉座の間でも、執務室でもない。「王族を裁くため」にだけ使われる、古い石造りの法廷。ジークフリート・ヴァルフェルドは、
そこで初めて椅子に縛られた立場に置かれていた。
冠はない。
外套もない。
あるのは――名前だけ。
「第一王子ジークフリート」
審問官の声は、淡々としている。
「あなたは、聖女派による奇跡選別と生贄増加を黙認し、それを政治的に利用した疑いがあります」
「黙認ではない」
即答だった。
「統治だ。国家の安定のための判断だ」
その言葉に、傍聴席の貴族がざわめく。
――悪手だった。
審問官は、一枚の書類を掲げる。
「では、この命令書は?」
王子の筆跡。聖女派への“迅速な処理を許可する”一文。
「……」
「民衆のため、と言いましたね」
静かな声。
「ですが、ここに記された対象は――
“反対派貴族”と“南区信徒”です」
空気が、凍る。
「平等ではない統治を、あなた自身が認めたことになります」
ジークフリートは、初めて視線を逸らした。
――この場では、言葉は武器にならない。
(……ここまで、か)
その夜。彼は、逃げた。裁判継続の名目で与えられた一刻の隙。側近が用意した裏通路。
だが――城門は、開かなかった。
「王命により、通行不可」
告げたのは、エドワード・ヴァルグリムだった。
「……貴様」
「民の前で、聖女を切りましたね」
淡々と。
「なら次は、あなた自身が“民に切られる番”です」
剣は抜かれない。逃げ場もない。ジークフリートは理解した。自分はもう、王子ではない。
――ただの、裁かれる者だ。
王都大聖堂・封鎖区画。奇跡を失った聖女クラリッサは、それでも「声」を失っていなかった。
「……私を切ったのは、王子よ」
震える声で、神官たちに告げる。
「すべては、王命だった」
「私は、従わされたの」
嘘ではない。だが、真実でもない。
「生贄の数も」
「選別も」
「全部、あの人の指示」
――責任転嫁。
だが。一人の神官が、静かに言った。
「……聖女様」
「あなたは、“奇跡が拒まれた理由”を説明していません」
クラリッサの喉が、詰まる。
「……拒まれた?」
「ええ」
神官は続ける。
「奇跡は失敗したのではない」
「拒否されたのです」
その言葉で、クラリッサの中の何かが、弾けた。
「……違う」
「違うわ!」
叫ぶ。
「私は選ばれたの!」
「神に愛されていた!」
「なのに――あの女が!」
初めて、本音が零れ落ちる。
「死んだはずの、あの女が!」
「裁定者が!」
「私から……奪った!」
沈黙。神官たちは、完全に理解した。
この女は――神を信じていない。
信じているのは、“自分が特別であるという幻想”だけだ。
「……リリアーナ」
クラリッサは、呪うように名を吐く。
「あなたがいなければ……!」
その瞬間。
聖印が――完全に、砕けた。
白ではない。光でもない。ただの、石片になって。誰も、祈らない。誰も、跪かない。クラリッサは、その場に立ち尽くす。
気づいた時には、彼女はもう――
聖女ではなかった。
あなたにおすすめの小説
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
嘘つきな貴方を捨てさせていただきます
梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。
「さっさと死んでくれ」
フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。
愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。
嘘つきな貴方なんて、要らない。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
11/27HOTランキング5位ありがとうございます。
※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。
1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。
完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
令嬢たちの華麗なる断罪 ~婚約破棄は、こちらから~
櫻井みこと
恋愛
婚約者である令嬢たちを差し置いて、ひとりの女性に夢中になっている婚約者たち。
その女性はあまりにも常識知らずだったから、少し注意をしていただけなのに、嫉妬して彼女をいじめていると言いがかりをつけられる。
どうして政略結婚の相手に、嫉妬などしなければならないのでしょう。
呆れた令嬢たちは、ひそかに婚約破棄の準備を進めていた。
※期間限定で再公開しました。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。