逆転の花嫁はヤンデレ王子に愛されすぎて困っています

蜂蜜あやね

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「作戦会議よ!」
 レベッカのその一言で、リリーは王都の大図書館に連れて来られていた。
 高い天井には繊細な彫刻が施され、光を受けたステンドグラスが静かに床を染めている。
 左右に果てしなく並ぶ書架。紙と革の匂いが混ざり合い、静けさがまるで神殿のようだった。
 ――懐かしい。
 ここに来るのは、五年ぶり。
 “完璧少女リリアンヌ・クラウド”と呼ばれていた頃、放課後のほとんどをこの場所で過ごしていた。
 どんな試験も満点、教師たちからも一目置かれていた自分。
 けれど今のリリーは、本を一冊開くだけで頭がいっぱいになる。
 あの頃の自分とは、もうまるで別人だった。
 レベッカは机に白い紙とペンを置くと、尋問官のような顔でリリーの前に座った。
「よし、リリアンヌ・クラウド。あなたの“変調”について、これより聴取を開始します!」
「ちょっと……なにその言い方」
「気分が大事なの。こういうのはテンションが命なのよ」
 その真剣すぎる顔に、リリーは思わず吹き出した。
 自分のことなのに、どこかおかしくて、笑えてしまう。
 フランシス学院初等部では一度も話したことがなかった彼女が、今こうして一番の味方でいてくれる――その事実が何より嬉しかった。
「ありがとう、レベッカ」
「何言ってるのよ!」
 レベッカは照れ隠しのように肩をすくめた。
「私は“完璧優等生リリアンヌ様”のファンだったのよ? こうして隣で事件の真相を暴くなんて、人生ってわからないもんね」
「……そんな時代もあったなぁ」
 リリーは苦笑しつつも、ほんの少し胸が温かくなった。
 ***
「まずはセイラン王国の王家の遺跡関連から調べなきゃよね? 王家の森に祀られてる神様は……と」
 レベッカは、もうすっかり“学者モード”に入っていた。
 元々は騎士志望だが、シリウス騎士学校の頃から神学と考古学の分野は群を抜いて得意だった。
 父親が高名な考古学者という家庭で育ったせいか、資料をしらみつぶしに読むのも苦ではない。
 むしろ楽しそうにすら見える。
 対して、今のリリーは資料を開くだけで頭がパンクしそうだ。
 そんな彼女にとって、レベッカの存在はまさに救いだった。
「え~と、王家の森関連でいくと……あ、リリー。あんたも働きなさいよ。調べものは無理でも、本を探して持ってくるくらいはできるでしょ?」
 言い方は辛辣だが、実際それくらいしかできない。
「なんかごめんね、レベッカ……」
 謝ると、レベッカはにっこり笑って言った。
「謝るくらいなら、公爵家御用達のパティスリーのアップルパイとシフォンケーキ四つ。家族の分も忘れないでね」
 その軽口に、リリーは小さく笑った。
 久しぶりに心から笑えた気がした。
 レベッカは棚番号をメモしてリリーに渡す。
「ほら、この棚の資料。私は古代信仰史の方を調べるから、お願いね」
「了解。……頑張る」
 リリーは資料の並ぶ通路へと足を進めた。
 静まり返った書架の間を歩くたびに、木の床がきしむ。
 その音が妙に心地よくて――ほんの少し、かつての“勉強が好きだった自分”を思い出した。
 ***
 数十分後、リリーが抱えて戻ってきた資料の山を、レベッカは片っ端からめくり始めた。
「王家の森関連で……石碑……となると――」
 彼女の指先が、一枚のページでぴたりと止まる。
「わ、マイナー神様発見! ほら、これ見て!」
 その指の先、小さく印字された文字。
 重要語句でもないのか、ページの隅にわずかに記されていた。
 石碑の挿絵と注釈が一言。
――――《逆転の女神ノルティアの石碑》
 たった一行のその文字に、リリーの胸が強く脈打った。
 挿絵に描かれた石碑――苔むした表面、崩れかけた形。
 それを見た瞬間、彼女は確信した。
 あの森の奥で見た石。
 迷子になって、ウサギを追って、
 そして道を見つけるために飛び乗って――壊してしまった、あの岩。
 すべてが繋がった。
「レベッカ……これかも。私、この石に乗って、そして……」
 リリーの声が震える。
「壊してしまったの……」
 記憶が蘇る。
 あの夜、剣がやけに重く感じたこと。
 翌朝、試験で何も思い出せなかったこと。
 あの時から、すべてが変わってしまったのだ。
「なるほどね。じゃあ手掛かりがわかった以上、調べるしかないわね!」
 レベッカが勢いよく椅子から立ち上がる。
 けれどその瞬間、重々しい鐘の音が館内に響き渡った。
 閉館の合図だった。
「え、もう!? 早すぎるー!」
 レベッカは不満げに頬をふくらませた。
「今からが本番だったのに!」
 しかし、リリーは微笑んで首を振る。
 手掛かりを得ただけで、胸の奥が熱くなっていた。
(もしかしたら――前の自分に戻れるかもしれない)
 そんな淡い希望が、久しぶりに心の中に灯った。
 閉館の鐘が静かに響く。
 リリーはページの隅に刻まれたその名を、そっと指でなぞった。
――逆転の女神ノルティア。
 それが、彼女の“失われた運命”を取り戻す鍵となることを、
 この時のリリーはまだ知らなかった。
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