逆転の花嫁はヤンデレ王子に愛されすぎて困っています

蜂蜜あやね

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夜の王都は静まり返っていた。
 王家の森の奥――かつて女神ノルティアを祀った聖域。
 その中心に立つ石碑が、月光を受けて淡く光を宿している。
 リリーはゆっくりとその前に立った。
 足元には薄い霧が流れ、冷たい空気が頬を撫でる。
 それでも、胸の奥は不思議と穏やかだった。
(……ここで終わらせる)
(あの日、崩れた遺跡で奪われたものを――今、取り戻す)
 風が髪を揺らし、森の木々がさざめく。
 空にはノルティアの月。
 あの夜とは違う、静かな光が彼女を照らしていた。
 リリーは目を閉じ、そっと祈るように手を伸ばした。
 けれど石碑は沈黙を保ったまま、何の反応も示さない。
 そのときだった。
「……やっぱり、ここにいると思った」
 背後から、静かで低い声が響く。
 振り返ると、月明かりの中にアシュレイが立っていた。
 息を少しだけ切らし、真っすぐにリリーを見つめている。
「アシュレイ……どうして」
「君が“何かを終わらせようとしてる”って、顔に書いてあったから」
 軽く笑うその声は、どこか苦しげでもあった。
 アシュレイはゆっくりと歩み寄り、
 石碑の前で立ち止まるリリーを見つめた。
「リリー、君が何を考えているか、大体わかるよ」
「……止めに来たの?」
「止められないって、もう知ってる。
 でも、君がまた傷つくのだけは見たくないんだ」
 その言葉に、リリーは眉を寄せた。
「私はもう、傷つかない。だって――」
「違うんだ、リリー。君はいつも、誰かのために無理をしてしまう。
 それを止められない自分が――一番怖いんだ」
 アシュレイの声が震えていた。
 その手がリリーの頬に触れ、温もりが伝わる。
 その優しさに、胸の奥が痛んだ。
「信じてるよ。だから怖いんだ」
「どういう意味よ、それ」
「君は一度“やる”と決めたら、必ずやるから」
 アシュレイの目が細くなる。
 それは、もう彼女を止められないと悟った者の表情だった。
 リリーはその手を掴み、静かに押し返した。
 そして、胸の奥から溢れ出る思いを言葉にする。
「私を見くびらないで」
 アシュレイの瞳が、はっと揺れた。
「アシュレイは、このままでいいって言ってくれた。
 でもね、それじゃ駄目なの。
 私は、騎士としてあなたを守りたい。
 そして――妻として、あなたを支えたいの!」
 声が震えても、目は逸らさない。
「どっちかなんて選ばなくていい。
 どっちも選ぶの。私だって、欲張りなのよ!」
 その言葉に、アシュレイは小さく笑う。
 しかしその笑みは、どこか切なかった。
「……僕はノルティアに感謝さえしてたんだ。
 やっと君に触れられるって。
 本当は今でも、このままでいてほしいって思ってる」
 リリーは目を伏せ、彼の手をそっと包み込んだ。
「私がもとに戻ったって、アシュレイはいつだって私に触れられる。
 私が“触れてほしい”って思ってるから。
 ――だからお願い。一緒に祈って!」
 アシュレイの瞳が、驚きと共にやわらかく揺れる。
 彼は静かに頷いた。
 リリーは小さく微笑む。
「アシュレイが来てくれて良かった。
 私たち二人がいないと――始まらないから」
 月光が二人を包み、静かに空気が変わる。
 リリーは石碑の前に立ち、両手を胸の前に合わせる。
 深く息を吸い込み、ノルティアの名を静かに呼んだ。
「私は――リリアンヌ・クラウド。
 あなたの剣であり、あなたの妻。
 そして、あなたと共にこの国を守る者!」
 その瞬間、風が強く吹き荒れた。
 石碑の刻印が淡く光を帯び、地面が震えだす。
 月光と混ざり合い、青白い輝きが森を満たした。
「リリー!」
 アシュレイが駆け寄る。
 だが、彼女を包む光がそれを拒むように弾いた。
 リリーは目を閉じたまま、祈るように言葉を紡ぐ。
 光がさらに強くなり、空を裂くように天へと昇っていく。
 その中心に、ノルティアの紋章が浮かび上がった。
 アシュレイは腕で目を覆いながらも、微笑んだ。
「……やっぱり、君は変わらない」
 風が静まり、光がゆっくりと収まっていく。
 跪いたリリーの肩を、アシュレイがそっと抱き寄せた。
 彼女の手の中には、一振りの剣が握られている。
 刃には月の光が宿り、ノルティアの文様が刻まれていた。
 それは――“誓いの剣”。
 アシュレイは静かに言った。
「おかえり、リリー」
 リリーは小さく笑い、彼を見上げた。
「ただいま、アシュレイ」
 夜空に二人の息が混ざり合う。
 ノルティアの月が、静かにその誓いを見届けていた。
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