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第四章 聖邪の光
反撃の聖剣作戦
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2026年10月26日。月曜日。18時00分。
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。合同作戦室。
あれから半月以上が経ち、その間は敵AWの襲撃も無く、私達UCIAの捜査基地であるグラウンドベースは被害箇所の復旧がほぼ完了していた。前回戦場となったエントランス周辺にはVARISと連携させた新型の固定機銃等が数多く設置され、破壊された装輪装甲車や大型UAVは駐機場所に格納庫が作られ、共に新しい機体と車両が配備された。
合同作戦室も数多くの機器が導入され、一通りの作戦指示が行えるようになっていた。機密上VARISに関するインターフェース及びボイスコマンドの実行等は、UCIAの人間以外、一切見せられない。そのためクリスはシステムルームから直接VARISを制御し、合同作戦室と連絡を取るようになっている。
そして本国との協議の結果、私の安全に関してアルサード教会へその全権限を一任する事となった。この決定が下されたのは10月4日。その日以降、AMGEの北條さんと霧峰さん、松雪さんと橘さんのペアが交代で私の警護を主に担当している。基本的には女学生のため終始警護についている訳ではないが、彼女達の存在は心強い限りだった。AMGEではないが教会の正式な高位退魔士が警護に就いている時もある。
そして二度ほどではあるが、朝霧さんが様子を見に来てくれた。襲撃事件後は彼女もかなり忙しいようだ。プリンセスメーカーでの勤務も、今はお休みを頂いているらしい。一度お手製のお弁当を持ってきてくれて、一緒に昼食を取った。その時の警護は松雪さんと橘さんのペアだったが、松雪さんの生暖かい視線を浴びながらの昼食は非常に恥ずかしかった……。
UCIAでは黒百合の会への強襲作戦を本国へ立案し、10月6日には基本作戦計画が承認。密かに日本国内へ配備されていた対AW特殊作戦部隊である”AASTウルフファング”も本作戦指揮下に入る事となった。
機密保持の観点から、本作戦計画詳細は決行の間近まで公安と教会には通達せず、決行日である本日のブリフィーリングで説明する手筈となっていた。
合同作戦室には、教会側からは朝霧さんと北條さん、そして霧峰さん。公安からは哲也、詩姓と水原が出席。UCIA側は室長と神蔵、私がこの会議に参加している。クリスはシステムルームからの遠隔参加だった。
「それでは、これから行う強襲作戦である反撃の聖剣作戦についてUCIA情報管制官であるクリスティアナ=ハリスから説明する。クリス、よろしく頼む」
室長がそう言うと、大型モニターに東京から静岡にかけての高精細3Dマップが表示される。
「本作戦のオペレーター及びドローン支援を担当するUCIA情報管制官、クリスティアナ=ハリスです。皆様宜しくお願い致します。捕らえた敵AWからの情報により黒百合の会、秘密施設と思われる地下施設入り口の位置が判明しました。場所は富士青木ヶ原樹海の南エリアC-32。この施設を襲撃し、黒百合の会主要メンバーの捕獲または組織の殲滅が今回の作戦目標となります。目的達成後は降下及び回収ポイントであるC-65へ向かい、作戦エリアから速やかにヘリで脱出。C-65からC-32迄の距離は直線で2.5 km程です。なお今回の作戦は日本に展開している本国の対AW特殊作戦部隊であるAASTウルフファングとの共同作戦です。ウルフファングはUCIA指揮下に入り、現場での先行偵察と撤退支援を担当します」
クリスが一通りの作戦概要を説明する。AASTウルフファング。本国の対AW特殊作戦部隊はNS隊だけではない。恐らく各国に展開する部隊があるのだ。前回の襲撃で対AW航空部隊が存在する事も確認された。
大気中に存在する自然粒子。それを取り込みエネルギーに変換する機構。銃器に搭載できるほど小型化に成功している事が、かなり以前から研究開発が始まっていた事を裏付けている……。
いつからだ……? 恐らく政府はAWに関してかなり深いところまで把握し研究しているように思える。だが……。
頭をフルで回転させている中、クリスの説明が続く。
「UCIAからは神蔵特別捜査官と姫宮特別捜査官。公安警察からは詩姓警部と水原巡査。アルサード教会からは聖女神官直属高位退魔士である北條退魔士。その補佐である霧峰退魔補佐に国防総省から作戦参加要請が出ています。作戦参加を辞退するなら今ここで申し出てください」
皆も覚悟が出来ているのだろう。作戦参加を辞退する者は誰も居なかった。
「――それでは、全員の作戦参加を正式に承認します。作戦開始時刻は本日25時。横田基地から強襲ヘリで作戦エリアに向かいます。作戦指揮はここから行いますが、現場での指揮は神蔵特別捜査官が行います。作戦エリアでは神蔵特別捜査官の指示に従ってください。ここまでで何か質問はありますでしょうか?」
クリスの問いに、詩姓がゆっくりと手を挙げる。
「課長…… この作戦は手加減無しで…… いいのかしら?」
詩姓が不気味に微笑む。
「あくまで攻撃指示があった場合のみだ。現場では神蔵の指示に従え。本作戦の目的は主要メンバーの捕獲が最優先だ。あと――仲間を絶対に巻き込むな」
哲也が静かにそう言った。神蔵も続く。
「詩姓警部。その能力は当てにしているが、直接指示があるまでは何もしないでもらいたい。霊的戦闘が発生した場合、基本的には教会の北條と霧峰で対応してもらう。貴女は最後の切り札として温存しておきたい」
神蔵はそう言った。
「いいだろう。元々私の力は、アルサードの力と干渉する恐れがある。だが劣勢と判断した場合は私も動くゾ。姫を必ず守るヨウ…… 課長からキツく言われているからな……」
詩姓が微笑みながら、私を見つめる。背筋に寒気が走るような不気味かつ冷たい視線。
「姫宮さん。貴女の安全は公安側でも最大限守ります。どうか安心してください」
水原がそう強く言った。水原巡査とは数回顔を合わせただけだったが、彼女からもただならぬ気配が感じ取れる。哲也の部下に選ばれた女性だ。その《能力》は信用していいだろう。
「作戦エリアでは私もドローンでバックアップします。これから夕食後、22時に横田基地への移動を開始し、ウルフファングと合流します。各自準備を宜しくお願い致します」
クリスの通信が終わる。そして室長が口を開いた。
「今回の作戦は対AW特殊作戦部隊との共同作戦だ。敵の背後には高位AWである死神の姿もあり、審判と再び遭遇する危険性もある。万が一の場合はこちらも対応を考えているが、無事に生還する事を第一に考えてほしい。皆の健闘を祈る」
そして解散が告げられ、私達は合同作戦室を後にする。
黒百合の会、構成員は一般女性達だろうが……出来る事なら死者は出したくない。だが投降に応じない場合は実力行使に出るしかない。UCIAの装備品リストに非殺傷兵器が存在しない事を考えると、投降に応じない場合は即射殺と言う事なのだろう。
本作戦の目標は主要メンバーの捕獲または組織の殲滅。
現場の指揮官は神蔵だ。元NS隊の隊長だった神蔵がどういった判断を現地で下すのか……。
わたしの覚悟を試されるときが、もうすぐそこまで迫っていた。
2026年10月26日。月曜日。20時40分。(作戦開始まで残り4時間20分)
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。ロータリー。
夕食を済ませた後、私と神蔵、そして哲也はロータリーの隅にある喫煙スペースへ足を運んでいた。煙草を吸う二人と一定の距離を置き、わたしは自販機で買った冷たいレモンティーを飲んでいる。
「――哲也。あの詩姓という女、本当に信用していいんだろうな?」
神蔵が言った。
「色々思うところはあるかもしれんが…… 詩姓の能力は本物だ。対AW戦では必ず役に立つだろう」
煙草を吸いながら、哲也はそう答える。
「俺は合同作戦室から指揮に参加する。だが現場では、お前の指揮にかかっている。姫宮を守り無事に任務を果たし生還してほしい。もっともこの作戦に姫宮を参加させる事は反対したんだがな……」
哲也は私の方を見てそう言った。
「それは俺や室長からも進言した。しかし上層部から却下された。アルサード教会へ全権限を委任する事になったが、姫宮の作戦参加だけは絶対だったようだ。それだけ上は、姫宮の危機察知能力を評価しているのだろう」
横目で私を見る神蔵。
「そんないかにもお荷物みたいな目で見ないでよ。私だって頑張ってるんだから」
私の言葉に笑う哲也。神蔵は笑ってはいないが、少しだけ表情が緩んだようにも見える。
私の危機察知能力…… FBI時代ではこの直感で幾多の危機を乗り越える事が出来た。今思えば確かにこの能力は神がかっているものがある。常識ではおそらく察知出来ない危険を予測することが度々あった。結果的にその事が神蔵の命を救った事が何度もある。
アストライアーに搭載されていた人間の第六感を取り入れた波長型攻撃予測回避システム。今思えば私が感じた瞬間にクリスは緊急回避行動を取った。私の発する声よりも速く。
対AW用戦闘型UCAV。AWS-XF01アストライアー。横田に配備されていた事を知っていたのはおそらくクリスだけだった。そしてアストライアーに搭載されているシステムに関しては、厳重に彼女から口止めされている。
『室長! 指示はシステムルームから遠隔で聞きます! ここも襲われる可能性がある。わたしは対AW用UCAVで防衛準備します!』
『――分かった! 詳しい話は後で聞くわ!』
あの時のクリスと室長のやりとり。この会話もそれを裏付けている。アストライアーの存在は室長も認識していなかったと見るべきだろう。
「姫宮、どうした?」
神蔵が私に声をかける。いけない。今はこれからの作戦に集中しなくては。
「大丈夫。何でも無い」
私は少しヌルくなったレモンティーを口に含む。
「とにかくだ。今回の作戦はかなり危険だ。二人とも必ず生還しろ。お前達のために高いブランデーを数本注文したんだ」
哲也の言葉に神蔵が続く。
「――お前が高いというのなら、味は期待しておく。安心しろ。無駄にはさせん」
神蔵がそう言うと哲也は短くなった煙草の火を消した。
「麻美。必ず帰ってこい。神蔵と――二人でな」
哲也はそう言うと、一人基地の中へと戻っていった。室長達と打ち合わせすることがまだあるのだろう。作戦開始まで4時間を切っていた。
神蔵は地下空間の高い天井を見上げて、煙草の煙を吐いている。
「神蔵。哲也からもらったその煙草、普通に只の紙巻き煙草なんでしょ?」
きつい匂いのする副流煙。哲也はタールやニコチンも含まれていないと言っていたが、どう見ても普通の紙巻き煙草だ。
「そうだ。流石に姫宮でも分かるか」
学生時代からそうだったが、哲也と神蔵は適当なことを言って私をからかう事が多々あった。もっとも悪気のない冗談のようなものだが……。
「姫宮、あの女を信用するな」
神蔵はそう言って煙草を消した。
「――分かってるわ。神蔵に言われなくてもね」
私はレモンティーの空き容器をゴミ箱に入れる。神蔵も察している。いざというときは決断しなければならないだろう。
「ねぇ、神蔵。無事に作戦を終えて帰還したら……」
私は神蔵を見据えて言った。
「哲也が買った高級ブランデー。1本は全部――私が飲むからね」
真剣だった神蔵の顔。少し彼は吹き出したようだ。
「何を言い出すかと思えばそんな事か。あいつが高いと言うレベルの酒だ。おまえに独り占めはさせん」
ほんの少しだが、彼は笑った。それがとても嬉しく感じる。
「作戦では俺の側を離れるな。あの女とは距離を取って行動しろ。分かったな?」
神蔵はそう言って基地の中へと戻っていく。その後ろを付いていくように、私も基地の中へ戻ったのだった。
2026年10月26日。月曜日。24時30分。(作戦開始まで残り30分)
米軍横田基地。作戦待機室。
22時過ぎに基地から横田基地への移動を開始した。横田基地と新宿の捜査基地であるグラウンドベースは専用地下鉄道で繋がっており、秘密裏に高速で移動できるようになっている。グラウンドベースの先は国会議事堂にも繋がっており、非常時には日本政府の海外脱出ルートにもなっていた。
私と神蔵、北條さんと霧峰さん、詩姓と水原の六人は横田基地へと移動し、AASTウルフファングと合流。作戦で使う装備の説明を一通り受ける。
近年の米陸軍でも使用が開始された統合視覚増強システムであるIVAS(Integrated Visual Augmentation System)は兵士に様々なデジタル表示機能を提供する。暗視装置、サーマルサイト、昼光センシング、輪郭強調、3Dの地図と経路のオーバーレイ、照準器画像のピクチャインピクチャ表示等、多彩な機能を使うことが出来る次世代装備だ。
AASTウルフファングが装備している物は、第二世代IVASとも言えるもので、ヘッドセットは更に小型化かつ軽量化が施されており、様々な処理が高速化されている。そして米軍で密かに運用が開始された戦術指揮AIシステムであるMARIAと連携することで高度な作戦が可能になっているとの事だった。
黒百合の会主要メンバーのデータは既にインプットされているらしく、IVASに取り付けられたセンサーでデータが一致すれば、自動でバイザーにターゲット表示されるらしい。
私と神蔵はUCIAの人間かつ米軍に属している為、この最新装備が与えられた。詩姓を初め、教会の二人は霊的戦闘に特化している為、この手の装備は逆にその能力を発揮できないようだ。詩姓は黒のパンツスーツ。アルサード教会の二人は退魔用法衣を纏っている。水原は黒のコンバットスーツに身を包んでいた。
私達は作戦待機室の椅子に腰掛けていた。作戦開始まで30分を切っている。今は乗り込む強襲ヘリの最終チェックが行われているようだ。北條さんと霧峰さんが横に座っている。
不思議と彼女達は、落ち着き払った様子だった。不安そうな素振りは一切見せていない。
「北條さんも、霧峰さんも随分と落ち着いているけど…… やはり普段の任務はかなりの危険を伴うのですか?」
私はそう北條さんに尋ねた。
「――近年は、その危険度が高まっていると思います。霊的次元の干渉は日々強くなっており、顕現する闇の使者達も強大さを増しています。高位AWも脅威ですが、霊的磁場の乱れはもう危険域に入っています。正直なところ、何が起こってもおかしくはない……」
彼女の顔は深刻だった。心配そうに霧峰さんが口を開く。
「鮎香ちゃんを初めとするAMGEは、教会の中でも才のある高位退魔士の精鋭なんです。だから闇の使者達と接触する機会も多い…… そんな中で高位AWが出現して、私達もかなり逼迫しているというのが現状です。だけど、立ち止まっている暇は無くて。もっと――強くならなくてはいけないんです」
霧峰さんはそう力強く言った。更に言葉を続ける。
「姫宮さんは、私達が責任を持ってお守りします。そして――鮎香ちゃんには指一本触れさせない。全て私が切り祓います」
北條さんが霧峰さんの顔を見つめる。
「結衣花ちゃん、いつもありがとう。結衣花ちゃんがいつも守ってくれるから、私は詠唱に集中できる。今回の任務はかなり危険な予感がするけど、女神アルサード様がきっと私達を守り、導いてくれる」
そう言うと北條さんと霧峰さんが私を見つめる。
「姫宮さんは真由様の大切なお方。命に代えてもお守りします。ご安心ください」
北條さんがそう言って、二人は微笑んだ。どうやら教会の皆からはそう思われているようだ。下手に弁明をすると余計に面倒なことになりそうだ。
もっとも――朝霧さんに対して何か特別な感情を抱いているのも事実だ。
彼女の姿、透き通るような可憐な声。それが私の心に心地よい何かを与えている。
「真由様は最近、本当によく笑うようになったんです。わたしがAMGEに所属した当初は、とても静かなお方でした。何処となくうつろな瞳で遠くを見ているような……」
北條さんがそう語り始めた。
「真由様は、教会の中では救世主と崇められています。その強大な霊的能力を宿していることに、真由様は度々苦悩されているようで…… 現に私達でも対処が難しい闇の使者達が顕現した際には、いつも真由様に負担をかけてばかりで……」
北條さんの表情が曇る。本当に申し訳なく思っているのだろう……。
続いて霧峰さんが口を開く。
「真由様は、いつも何かを考え込んでいるようで…… 私が鮎香ちゃんを補佐するようになったのは一年生の7月からですが、その頃は今とは正直別人のようでした。口数も少なく、いつも何かを嘆いているような表情をしていました…… そんな真由様が少しずつ明るくなっていったのは、プリンセスメーカーで働き始めてからです。教会での重責に苦しくなっていたようで、上條聖司祭から相談を受け、父があのお店を買い取りました」
父が買い取った……? どういうことか私は質問してみた。
「つまりは別の経営者のお店だったけど、今は霧峰グループが経営してるって事かな?」
私の問いに霧峰さんが答える。
「真由様はプリンセスメーカーによく通っていて、お気に入りのお店だったんです。いつからか、あんなお店で働きたいと呟くようになり――それで真由様の心が少しでも晴れるならと、上條聖司祭がお父様に働きかけ、経営権を霧峰グループが買い取ったのです。それからは週に僅か数日ですが、真由様はプリンセスメーカーで働くことになり、少しずつ心の平穏を取り戻していったのです」
やはりというか、朝霧さんはあのような穏やかな空間にいるべき人だと思う。ただ二人の話を聞く限り、朝霧さんが記憶を無くしている事を二人は知らないようだ。
AMGEは救世主直属の高位退魔士。つまりは側近と言っても良い立場だが、そんな彼女達にも記憶を無くしている事を伝えていないとすると……。
北條さんと霧峰さんが知らないと言うことは、他のAMGEメンバーも知らない可能性が高いだろう。
『実は私、記憶が…… 無いんです。幼いときに交通事故で両親を亡くして――その影響だろうと医者からは言われているのですが。何か大事な記憶を全て忘れてしまっているような気がして……』
朝霧さんの言葉。交通事故の後、何か重大な記憶を無くしてしまった。その事が心に大きな穴を開けることになり、ずっと朝霧さんを今も苦しめている。
『姫宮さん。無責任なお願いで勝手なことを言っていることは、十分承知しています。ですがどうか、私の記憶を取り戻すお手伝いをしては頂けないでしょうか? 何かをして欲しいというお願いではありません。貴女と接することで、私は失った《大事な何か》を取り戻せる。そんな気がするんです……』
記憶を取り戻す手伝い…… 彼女の言うとおり具体的に何かをしてほしいという事では無いが……。
私だけにそのお願いをしたという事なら、私は心から彼女に信頼されているのかもしれない。
そして、失われた彼女の記憶…… それは一体、何なのだろうか……?
「真由様は姫宮さんの事を話すとき、とても笑顔になります。真由様にとって姫宮さんはとても特別な存在なのです。だからどうか、真由様のことを宜しくお願いいたします。これは私とAMGE、皆の願いです」
微笑み、静かに瞳を閉じ頭を下げる二人。霧峰さんにここまで言われては、私も引き下がる事は出来ない。
「――私は皆さんのようにまだ強くはありませんし、不甲斐ない捜査官かもしれません…… でも、私なりのやり方で朝霧さんを守っていきたいと思います。今後もきっとご迷惑をかけるでしょうが、宜しくお願いいたします」
そう言った時だった。作戦待機室の照明が薄暗くなる。正面の大型スクリーンにUCIAのロゴが映し出された。そして灰色の迷彩服を着た室長の姿が映る。
「UCIA日本支部室長、ハーディ=エヴァンズだ。これより強襲作戦である反撃の聖剣作戦を開始する。UCIA、公安警察、そしてアルサード教会からの選抜チームと、対AW特殊作戦部隊AASTウルフファングの合同軍事作戦だ。現場はUCIA特別捜査官である神蔵久宗少尉が指揮を執る。各自、神蔵少尉の命令に従い任務を遂行せよ。健闘を祈る」
室長の言葉が終わると、スクリーンの前に立っていた神蔵が挨拶する。
「今回の現場指揮を執る神蔵だ。今回の作戦はMARIAから脅威指数83%クラスAと判定された。AWが複数存在した場合、脅威指数とクラスは更に上がるものと思われる。対AW作戦では過去に例を見ない大規模作戦だ。組織主要メンバーの捕獲対象は檜山沙織。捕獲が困難な場合は即射殺しろ。それ以外の主要メンバー3人と組織構成員が投降に応じない場合は殲滅する命令が出ている。それでは全員強襲ヘリに乗り込め! 作戦を開始する!」
神蔵の号令と共に皆が席から立ち上がり、ヘリの駐機場所へ走り出す。
反撃の聖剣作戦。いよいよその覚悟を試されるときが、やってきたのだった……。
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。合同作戦室。
あれから半月以上が経ち、その間は敵AWの襲撃も無く、私達UCIAの捜査基地であるグラウンドベースは被害箇所の復旧がほぼ完了していた。前回戦場となったエントランス周辺にはVARISと連携させた新型の固定機銃等が数多く設置され、破壊された装輪装甲車や大型UAVは駐機場所に格納庫が作られ、共に新しい機体と車両が配備された。
合同作戦室も数多くの機器が導入され、一通りの作戦指示が行えるようになっていた。機密上VARISに関するインターフェース及びボイスコマンドの実行等は、UCIAの人間以外、一切見せられない。そのためクリスはシステムルームから直接VARISを制御し、合同作戦室と連絡を取るようになっている。
そして本国との協議の結果、私の安全に関してアルサード教会へその全権限を一任する事となった。この決定が下されたのは10月4日。その日以降、AMGEの北條さんと霧峰さん、松雪さんと橘さんのペアが交代で私の警護を主に担当している。基本的には女学生のため終始警護についている訳ではないが、彼女達の存在は心強い限りだった。AMGEではないが教会の正式な高位退魔士が警護に就いている時もある。
そして二度ほどではあるが、朝霧さんが様子を見に来てくれた。襲撃事件後は彼女もかなり忙しいようだ。プリンセスメーカーでの勤務も、今はお休みを頂いているらしい。一度お手製のお弁当を持ってきてくれて、一緒に昼食を取った。その時の警護は松雪さんと橘さんのペアだったが、松雪さんの生暖かい視線を浴びながらの昼食は非常に恥ずかしかった……。
UCIAでは黒百合の会への強襲作戦を本国へ立案し、10月6日には基本作戦計画が承認。密かに日本国内へ配備されていた対AW特殊作戦部隊である”AASTウルフファング”も本作戦指揮下に入る事となった。
機密保持の観点から、本作戦計画詳細は決行の間近まで公安と教会には通達せず、決行日である本日のブリフィーリングで説明する手筈となっていた。
合同作戦室には、教会側からは朝霧さんと北條さん、そして霧峰さん。公安からは哲也、詩姓と水原が出席。UCIA側は室長と神蔵、私がこの会議に参加している。クリスはシステムルームからの遠隔参加だった。
「それでは、これから行う強襲作戦である反撃の聖剣作戦についてUCIA情報管制官であるクリスティアナ=ハリスから説明する。クリス、よろしく頼む」
室長がそう言うと、大型モニターに東京から静岡にかけての高精細3Dマップが表示される。
「本作戦のオペレーター及びドローン支援を担当するUCIA情報管制官、クリスティアナ=ハリスです。皆様宜しくお願い致します。捕らえた敵AWからの情報により黒百合の会、秘密施設と思われる地下施設入り口の位置が判明しました。場所は富士青木ヶ原樹海の南エリアC-32。この施設を襲撃し、黒百合の会主要メンバーの捕獲または組織の殲滅が今回の作戦目標となります。目的達成後は降下及び回収ポイントであるC-65へ向かい、作戦エリアから速やかにヘリで脱出。C-65からC-32迄の距離は直線で2.5 km程です。なお今回の作戦は日本に展開している本国の対AW特殊作戦部隊であるAASTウルフファングとの共同作戦です。ウルフファングはUCIA指揮下に入り、現場での先行偵察と撤退支援を担当します」
クリスが一通りの作戦概要を説明する。AASTウルフファング。本国の対AW特殊作戦部隊はNS隊だけではない。恐らく各国に展開する部隊があるのだ。前回の襲撃で対AW航空部隊が存在する事も確認された。
大気中に存在する自然粒子。それを取り込みエネルギーに変換する機構。銃器に搭載できるほど小型化に成功している事が、かなり以前から研究開発が始まっていた事を裏付けている……。
いつからだ……? 恐らく政府はAWに関してかなり深いところまで把握し研究しているように思える。だが……。
頭をフルで回転させている中、クリスの説明が続く。
「UCIAからは神蔵特別捜査官と姫宮特別捜査官。公安警察からは詩姓警部と水原巡査。アルサード教会からは聖女神官直属高位退魔士である北條退魔士。その補佐である霧峰退魔補佐に国防総省から作戦参加要請が出ています。作戦参加を辞退するなら今ここで申し出てください」
皆も覚悟が出来ているのだろう。作戦参加を辞退する者は誰も居なかった。
「――それでは、全員の作戦参加を正式に承認します。作戦開始時刻は本日25時。横田基地から強襲ヘリで作戦エリアに向かいます。作戦指揮はここから行いますが、現場での指揮は神蔵特別捜査官が行います。作戦エリアでは神蔵特別捜査官の指示に従ってください。ここまでで何か質問はありますでしょうか?」
クリスの問いに、詩姓がゆっくりと手を挙げる。
「課長…… この作戦は手加減無しで…… いいのかしら?」
詩姓が不気味に微笑む。
「あくまで攻撃指示があった場合のみだ。現場では神蔵の指示に従え。本作戦の目的は主要メンバーの捕獲が最優先だ。あと――仲間を絶対に巻き込むな」
哲也が静かにそう言った。神蔵も続く。
「詩姓警部。その能力は当てにしているが、直接指示があるまでは何もしないでもらいたい。霊的戦闘が発生した場合、基本的には教会の北條と霧峰で対応してもらう。貴女は最後の切り札として温存しておきたい」
神蔵はそう言った。
「いいだろう。元々私の力は、アルサードの力と干渉する恐れがある。だが劣勢と判断した場合は私も動くゾ。姫を必ず守るヨウ…… 課長からキツく言われているからな……」
詩姓が微笑みながら、私を見つめる。背筋に寒気が走るような不気味かつ冷たい視線。
「姫宮さん。貴女の安全は公安側でも最大限守ります。どうか安心してください」
水原がそう強く言った。水原巡査とは数回顔を合わせただけだったが、彼女からもただならぬ気配が感じ取れる。哲也の部下に選ばれた女性だ。その《能力》は信用していいだろう。
「作戦エリアでは私もドローンでバックアップします。これから夕食後、22時に横田基地への移動を開始し、ウルフファングと合流します。各自準備を宜しくお願い致します」
クリスの通信が終わる。そして室長が口を開いた。
「今回の作戦は対AW特殊作戦部隊との共同作戦だ。敵の背後には高位AWである死神の姿もあり、審判と再び遭遇する危険性もある。万が一の場合はこちらも対応を考えているが、無事に生還する事を第一に考えてほしい。皆の健闘を祈る」
そして解散が告げられ、私達は合同作戦室を後にする。
黒百合の会、構成員は一般女性達だろうが……出来る事なら死者は出したくない。だが投降に応じない場合は実力行使に出るしかない。UCIAの装備品リストに非殺傷兵器が存在しない事を考えると、投降に応じない場合は即射殺と言う事なのだろう。
本作戦の目標は主要メンバーの捕獲または組織の殲滅。
現場の指揮官は神蔵だ。元NS隊の隊長だった神蔵がどういった判断を現地で下すのか……。
わたしの覚悟を試されるときが、もうすぐそこまで迫っていた。
2026年10月26日。月曜日。20時40分。(作戦開始まで残り4時間20分)
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。ロータリー。
夕食を済ませた後、私と神蔵、そして哲也はロータリーの隅にある喫煙スペースへ足を運んでいた。煙草を吸う二人と一定の距離を置き、わたしは自販機で買った冷たいレモンティーを飲んでいる。
「――哲也。あの詩姓という女、本当に信用していいんだろうな?」
神蔵が言った。
「色々思うところはあるかもしれんが…… 詩姓の能力は本物だ。対AW戦では必ず役に立つだろう」
煙草を吸いながら、哲也はそう答える。
「俺は合同作戦室から指揮に参加する。だが現場では、お前の指揮にかかっている。姫宮を守り無事に任務を果たし生還してほしい。もっともこの作戦に姫宮を参加させる事は反対したんだがな……」
哲也は私の方を見てそう言った。
「それは俺や室長からも進言した。しかし上層部から却下された。アルサード教会へ全権限を委任する事になったが、姫宮の作戦参加だけは絶対だったようだ。それだけ上は、姫宮の危機察知能力を評価しているのだろう」
横目で私を見る神蔵。
「そんないかにもお荷物みたいな目で見ないでよ。私だって頑張ってるんだから」
私の言葉に笑う哲也。神蔵は笑ってはいないが、少しだけ表情が緩んだようにも見える。
私の危機察知能力…… FBI時代ではこの直感で幾多の危機を乗り越える事が出来た。今思えば確かにこの能力は神がかっているものがある。常識ではおそらく察知出来ない危険を予測することが度々あった。結果的にその事が神蔵の命を救った事が何度もある。
アストライアーに搭載されていた人間の第六感を取り入れた波長型攻撃予測回避システム。今思えば私が感じた瞬間にクリスは緊急回避行動を取った。私の発する声よりも速く。
対AW用戦闘型UCAV。AWS-XF01アストライアー。横田に配備されていた事を知っていたのはおそらくクリスだけだった。そしてアストライアーに搭載されているシステムに関しては、厳重に彼女から口止めされている。
『室長! 指示はシステムルームから遠隔で聞きます! ここも襲われる可能性がある。わたしは対AW用UCAVで防衛準備します!』
『――分かった! 詳しい話は後で聞くわ!』
あの時のクリスと室長のやりとり。この会話もそれを裏付けている。アストライアーの存在は室長も認識していなかったと見るべきだろう。
「姫宮、どうした?」
神蔵が私に声をかける。いけない。今はこれからの作戦に集中しなくては。
「大丈夫。何でも無い」
私は少しヌルくなったレモンティーを口に含む。
「とにかくだ。今回の作戦はかなり危険だ。二人とも必ず生還しろ。お前達のために高いブランデーを数本注文したんだ」
哲也の言葉に神蔵が続く。
「――お前が高いというのなら、味は期待しておく。安心しろ。無駄にはさせん」
神蔵がそう言うと哲也は短くなった煙草の火を消した。
「麻美。必ず帰ってこい。神蔵と――二人でな」
哲也はそう言うと、一人基地の中へと戻っていった。室長達と打ち合わせすることがまだあるのだろう。作戦開始まで4時間を切っていた。
神蔵は地下空間の高い天井を見上げて、煙草の煙を吐いている。
「神蔵。哲也からもらったその煙草、普通に只の紙巻き煙草なんでしょ?」
きつい匂いのする副流煙。哲也はタールやニコチンも含まれていないと言っていたが、どう見ても普通の紙巻き煙草だ。
「そうだ。流石に姫宮でも分かるか」
学生時代からそうだったが、哲也と神蔵は適当なことを言って私をからかう事が多々あった。もっとも悪気のない冗談のようなものだが……。
「姫宮、あの女を信用するな」
神蔵はそう言って煙草を消した。
「――分かってるわ。神蔵に言われなくてもね」
私はレモンティーの空き容器をゴミ箱に入れる。神蔵も察している。いざというときは決断しなければならないだろう。
「ねぇ、神蔵。無事に作戦を終えて帰還したら……」
私は神蔵を見据えて言った。
「哲也が買った高級ブランデー。1本は全部――私が飲むからね」
真剣だった神蔵の顔。少し彼は吹き出したようだ。
「何を言い出すかと思えばそんな事か。あいつが高いと言うレベルの酒だ。おまえに独り占めはさせん」
ほんの少しだが、彼は笑った。それがとても嬉しく感じる。
「作戦では俺の側を離れるな。あの女とは距離を取って行動しろ。分かったな?」
神蔵はそう言って基地の中へと戻っていく。その後ろを付いていくように、私も基地の中へ戻ったのだった。
2026年10月26日。月曜日。24時30分。(作戦開始まで残り30分)
米軍横田基地。作戦待機室。
22時過ぎに基地から横田基地への移動を開始した。横田基地と新宿の捜査基地であるグラウンドベースは専用地下鉄道で繋がっており、秘密裏に高速で移動できるようになっている。グラウンドベースの先は国会議事堂にも繋がっており、非常時には日本政府の海外脱出ルートにもなっていた。
私と神蔵、北條さんと霧峰さん、詩姓と水原の六人は横田基地へと移動し、AASTウルフファングと合流。作戦で使う装備の説明を一通り受ける。
近年の米陸軍でも使用が開始された統合視覚増強システムであるIVAS(Integrated Visual Augmentation System)は兵士に様々なデジタル表示機能を提供する。暗視装置、サーマルサイト、昼光センシング、輪郭強調、3Dの地図と経路のオーバーレイ、照準器画像のピクチャインピクチャ表示等、多彩な機能を使うことが出来る次世代装備だ。
AASTウルフファングが装備している物は、第二世代IVASとも言えるもので、ヘッドセットは更に小型化かつ軽量化が施されており、様々な処理が高速化されている。そして米軍で密かに運用が開始された戦術指揮AIシステムであるMARIAと連携することで高度な作戦が可能になっているとの事だった。
黒百合の会主要メンバーのデータは既にインプットされているらしく、IVASに取り付けられたセンサーでデータが一致すれば、自動でバイザーにターゲット表示されるらしい。
私と神蔵はUCIAの人間かつ米軍に属している為、この最新装備が与えられた。詩姓を初め、教会の二人は霊的戦闘に特化している為、この手の装備は逆にその能力を発揮できないようだ。詩姓は黒のパンツスーツ。アルサード教会の二人は退魔用法衣を纏っている。水原は黒のコンバットスーツに身を包んでいた。
私達は作戦待機室の椅子に腰掛けていた。作戦開始まで30分を切っている。今は乗り込む強襲ヘリの最終チェックが行われているようだ。北條さんと霧峰さんが横に座っている。
不思議と彼女達は、落ち着き払った様子だった。不安そうな素振りは一切見せていない。
「北條さんも、霧峰さんも随分と落ち着いているけど…… やはり普段の任務はかなりの危険を伴うのですか?」
私はそう北條さんに尋ねた。
「――近年は、その危険度が高まっていると思います。霊的次元の干渉は日々強くなっており、顕現する闇の使者達も強大さを増しています。高位AWも脅威ですが、霊的磁場の乱れはもう危険域に入っています。正直なところ、何が起こってもおかしくはない……」
彼女の顔は深刻だった。心配そうに霧峰さんが口を開く。
「鮎香ちゃんを初めとするAMGEは、教会の中でも才のある高位退魔士の精鋭なんです。だから闇の使者達と接触する機会も多い…… そんな中で高位AWが出現して、私達もかなり逼迫しているというのが現状です。だけど、立ち止まっている暇は無くて。もっと――強くならなくてはいけないんです」
霧峰さんはそう力強く言った。更に言葉を続ける。
「姫宮さんは、私達が責任を持ってお守りします。そして――鮎香ちゃんには指一本触れさせない。全て私が切り祓います」
北條さんが霧峰さんの顔を見つめる。
「結衣花ちゃん、いつもありがとう。結衣花ちゃんがいつも守ってくれるから、私は詠唱に集中できる。今回の任務はかなり危険な予感がするけど、女神アルサード様がきっと私達を守り、導いてくれる」
そう言うと北條さんと霧峰さんが私を見つめる。
「姫宮さんは真由様の大切なお方。命に代えてもお守りします。ご安心ください」
北條さんがそう言って、二人は微笑んだ。どうやら教会の皆からはそう思われているようだ。下手に弁明をすると余計に面倒なことになりそうだ。
もっとも――朝霧さんに対して何か特別な感情を抱いているのも事実だ。
彼女の姿、透き通るような可憐な声。それが私の心に心地よい何かを与えている。
「真由様は最近、本当によく笑うようになったんです。わたしがAMGEに所属した当初は、とても静かなお方でした。何処となくうつろな瞳で遠くを見ているような……」
北條さんがそう語り始めた。
「真由様は、教会の中では救世主と崇められています。その強大な霊的能力を宿していることに、真由様は度々苦悩されているようで…… 現に私達でも対処が難しい闇の使者達が顕現した際には、いつも真由様に負担をかけてばかりで……」
北條さんの表情が曇る。本当に申し訳なく思っているのだろう……。
続いて霧峰さんが口を開く。
「真由様は、いつも何かを考え込んでいるようで…… 私が鮎香ちゃんを補佐するようになったのは一年生の7月からですが、その頃は今とは正直別人のようでした。口数も少なく、いつも何かを嘆いているような表情をしていました…… そんな真由様が少しずつ明るくなっていったのは、プリンセスメーカーで働き始めてからです。教会での重責に苦しくなっていたようで、上條聖司祭から相談を受け、父があのお店を買い取りました」
父が買い取った……? どういうことか私は質問してみた。
「つまりは別の経営者のお店だったけど、今は霧峰グループが経営してるって事かな?」
私の問いに霧峰さんが答える。
「真由様はプリンセスメーカーによく通っていて、お気に入りのお店だったんです。いつからか、あんなお店で働きたいと呟くようになり――それで真由様の心が少しでも晴れるならと、上條聖司祭がお父様に働きかけ、経営権を霧峰グループが買い取ったのです。それからは週に僅か数日ですが、真由様はプリンセスメーカーで働くことになり、少しずつ心の平穏を取り戻していったのです」
やはりというか、朝霧さんはあのような穏やかな空間にいるべき人だと思う。ただ二人の話を聞く限り、朝霧さんが記憶を無くしている事を二人は知らないようだ。
AMGEは救世主直属の高位退魔士。つまりは側近と言っても良い立場だが、そんな彼女達にも記憶を無くしている事を伝えていないとすると……。
北條さんと霧峰さんが知らないと言うことは、他のAMGEメンバーも知らない可能性が高いだろう。
『実は私、記憶が…… 無いんです。幼いときに交通事故で両親を亡くして――その影響だろうと医者からは言われているのですが。何か大事な記憶を全て忘れてしまっているような気がして……』
朝霧さんの言葉。交通事故の後、何か重大な記憶を無くしてしまった。その事が心に大きな穴を開けることになり、ずっと朝霧さんを今も苦しめている。
『姫宮さん。無責任なお願いで勝手なことを言っていることは、十分承知しています。ですがどうか、私の記憶を取り戻すお手伝いをしては頂けないでしょうか? 何かをして欲しいというお願いではありません。貴女と接することで、私は失った《大事な何か》を取り戻せる。そんな気がするんです……』
記憶を取り戻す手伝い…… 彼女の言うとおり具体的に何かをしてほしいという事では無いが……。
私だけにそのお願いをしたという事なら、私は心から彼女に信頼されているのかもしれない。
そして、失われた彼女の記憶…… それは一体、何なのだろうか……?
「真由様は姫宮さんの事を話すとき、とても笑顔になります。真由様にとって姫宮さんはとても特別な存在なのです。だからどうか、真由様のことを宜しくお願いいたします。これは私とAMGE、皆の願いです」
微笑み、静かに瞳を閉じ頭を下げる二人。霧峰さんにここまで言われては、私も引き下がる事は出来ない。
「――私は皆さんのようにまだ強くはありませんし、不甲斐ない捜査官かもしれません…… でも、私なりのやり方で朝霧さんを守っていきたいと思います。今後もきっとご迷惑をかけるでしょうが、宜しくお願いいたします」
そう言った時だった。作戦待機室の照明が薄暗くなる。正面の大型スクリーンにUCIAのロゴが映し出された。そして灰色の迷彩服を着た室長の姿が映る。
「UCIA日本支部室長、ハーディ=エヴァンズだ。これより強襲作戦である反撃の聖剣作戦を開始する。UCIA、公安警察、そしてアルサード教会からの選抜チームと、対AW特殊作戦部隊AASTウルフファングの合同軍事作戦だ。現場はUCIA特別捜査官である神蔵久宗少尉が指揮を執る。各自、神蔵少尉の命令に従い任務を遂行せよ。健闘を祈る」
室長の言葉が終わると、スクリーンの前に立っていた神蔵が挨拶する。
「今回の現場指揮を執る神蔵だ。今回の作戦はMARIAから脅威指数83%クラスAと判定された。AWが複数存在した場合、脅威指数とクラスは更に上がるものと思われる。対AW作戦では過去に例を見ない大規模作戦だ。組織主要メンバーの捕獲対象は檜山沙織。捕獲が困難な場合は即射殺しろ。それ以外の主要メンバー3人と組織構成員が投降に応じない場合は殲滅する命令が出ている。それでは全員強襲ヘリに乗り込め! 作戦を開始する!」
神蔵の号令と共に皆が席から立ち上がり、ヘリの駐機場所へ走り出す。
反撃の聖剣作戦。いよいよその覚悟を試されるときが、やってきたのだった……。
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