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第三章 幻夢の夜
亀裂 ①
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2026年8月26日。水曜日。20時12分。
温泉旅館 星嶺閣 座敷。
「流石に今日はお酒無しよ。悪酔いされたらたまったものじゃないわ」
長野旅行最後の夜。私達は温泉を楽しんだ後、皆で鍋を囲んで夕食を取っていた。
「蒼依ちゃんも一緒に温泉入ったら良かったのに」
千里さんの何気ない言葉。蒼依さんは自室のシャワーで済ませたようだ。やはり私達と一緒に温泉へ入るのは気が引けるのかもしれない。私や結衣花ちゃんも特にその辺りは気にしていないのだが、蒼依さんの性格上気を遣ってしまうのだろう。
「まあ好きにさせてあげたら? 一人でゆっくり湯を浴びたいときもあるのでしょうし」
松雪さんの言葉。少し言い方が冷たく感じるが、恐らく松雪さんなりにフォローしているのだ。
「すみません。先日微熱も出ていたので……」
蒼依さんはおそらく作り笑いを浮かべてそう取り繕っている。
「蒼依。このお肉もういいわよ。病み上がりなんだからしっかり食べなさい」
鍋の中で火が通ったお肉や湯豆腐を、手慣れた手つきで取り皿に移す松雪さん。
「あらあら。優しいじゃない彩奈。流石は蒼依ちゃんのパートナーね」
「からかわないで千里。病み上がりの人間に当然のことをしている迄よ」
そうは言うものの、松雪さんはかなり蒼依さんのことを心配しているはずだ。今日の昼間、蒼依さんのパートナーは千里さんだった筈。特に問題は無かったと思いたいが……。
「お肉、湯豆腐も美味しい……」
にっこりと微笑んで松雪さんが取り分けてくれた料理を食べる蒼依さん。その笑顔は作り笑いではない様に思える。
「今日は蒼依ちゃんと一緒に色々散策したんだ。この辺りは景色も綺麗で清々しくて。明日にはまた東京に戻るなんて考えたくないわね」
千里さんの言葉に皆が同意する。楽しかった長野旅行も今夜で終わり。明日の朝10時には迎えのバスが来る。もう少し羽を伸ばしたいとみんな思っている筈だ。
「結局鮎香ちゃんとはあんまり一緒に過ごせなかったなぁ」
その一言に皆が笑う。
「結衣花ちゃんはいっつも鮎香ちゃんにべったりなんでしょ? たまには鮎香ちゃんゆっくりさせないと」
「そうよ結衣花。北條の事も少しは考えなさい」
千里さんと松雪さんの言葉にいつもの反論をする結衣花ちゃん。只その様子をみんなが微笑ましく思っているようだ。
「蒼依さん。体を癒やすためにもしっかり食べてくださいね」
私はそう言って空になっていた蒼依さんの取り皿に、鍋の料理を数品よそる。
「ありがとうございます。北條さん」
そう言って微笑む彼女。その表情を見る限り、ほぼ問題なく回復しているようでホッとした。
それからしばらく夕飯を食べながら、皆と普段は出来ないようなたわいもない話や女子トークに花を咲かせながら夜が過ぎていった。普段AMGEとして教会の職務に就いている私達は、基本的にペアで動いている事からこういう機会はあまり無い。こういった場を作ってくれた真由様や上條聖司祭、佐藤聖司祭に心から感謝したい。
ただ、横目でときおり蒼依さんを見るが、あまり積極的に会話に参加していないように思える。大人しい性格だからこれが彼女の普通なのかもしれないが……。
「そういえば、明日東京に戻るけど16時に招集だとキツそうね」
千里さんがふとそんなことを言い出す。スマートホンを確認すると、私にも16時に教会からの招集がかかっている。結衣花ちゃんも同じようだ。
「二泊三日の旅行なら明日まで職務は無しにしてもらいたいけど……」
スマートホンを見ながらため息交じりの松雪さん。
「蒼依。明日の招集大丈夫かしら? まだ体調が優れないなら、あまり無理は良くないわよ」
「…………」
松雪さんの言葉に、蒼依さんが黙り込む……。
「蒼依、どうしたの……?」
「ごめんなさい…… 私はもう、AMGEとして皆さんと共に戦う資格が無いと、思っています……」
蒼依さんが発したその言葉に、全員が沈黙した……。
ある程度覚悟はしていたが、実際に本人の言葉をきくと、胸が締め付けられるように辛くなる……。
『啓ちゃんは、唯一の親友でした…… 一緒に泣いて笑って…… 二人で励まし合って…… 一緒にアルサード女学院へ通うことを夢見ていました…… それなのに……』
蒼依さんは、ずっとそれが心の傷として残っている。共にアルサード女学院へ通うことを夢見て、励まし合ってきた親友……。
だけど選ばれたのは彼女だけ。その親友は今どうしているかは分からないけど、経緯を考えれば蒼依さんの元から去って行ったのだろう。私が仮に同じ立場なら、誰もいないところへ逃げ出してしまいたくなる……。
「蒼依………… どういう事なの?」
沈黙を破ったのは松雪さんだった。
「その…… 色々と考えたんです。私は今現在、AMGE第二位として任に就いていますが、松雪さんの仰るとおり、誇りあるAMGE第二位には相応しくない…… それは前から分かっていたんです……」
俯き、蒼依さんは言葉を続ける。
「AMGEの皆さんは、松雪さんを初め、本当に尊敬する方達ばかりで…… 正直なところ私は和を乱してばかり…… 相応しくないと思うのです。私のような存在は……」
温泉旅館 星嶺閣 座敷。
「流石に今日はお酒無しよ。悪酔いされたらたまったものじゃないわ」
長野旅行最後の夜。私達は温泉を楽しんだ後、皆で鍋を囲んで夕食を取っていた。
「蒼依ちゃんも一緒に温泉入ったら良かったのに」
千里さんの何気ない言葉。蒼依さんは自室のシャワーで済ませたようだ。やはり私達と一緒に温泉へ入るのは気が引けるのかもしれない。私や結衣花ちゃんも特にその辺りは気にしていないのだが、蒼依さんの性格上気を遣ってしまうのだろう。
「まあ好きにさせてあげたら? 一人でゆっくり湯を浴びたいときもあるのでしょうし」
松雪さんの言葉。少し言い方が冷たく感じるが、恐らく松雪さんなりにフォローしているのだ。
「すみません。先日微熱も出ていたので……」
蒼依さんはおそらく作り笑いを浮かべてそう取り繕っている。
「蒼依。このお肉もういいわよ。病み上がりなんだからしっかり食べなさい」
鍋の中で火が通ったお肉や湯豆腐を、手慣れた手つきで取り皿に移す松雪さん。
「あらあら。優しいじゃない彩奈。流石は蒼依ちゃんのパートナーね」
「からかわないで千里。病み上がりの人間に当然のことをしている迄よ」
そうは言うものの、松雪さんはかなり蒼依さんのことを心配しているはずだ。今日の昼間、蒼依さんのパートナーは千里さんだった筈。特に問題は無かったと思いたいが……。
「お肉、湯豆腐も美味しい……」
にっこりと微笑んで松雪さんが取り分けてくれた料理を食べる蒼依さん。その笑顔は作り笑いではない様に思える。
「今日は蒼依ちゃんと一緒に色々散策したんだ。この辺りは景色も綺麗で清々しくて。明日にはまた東京に戻るなんて考えたくないわね」
千里さんの言葉に皆が同意する。楽しかった長野旅行も今夜で終わり。明日の朝10時には迎えのバスが来る。もう少し羽を伸ばしたいとみんな思っている筈だ。
「結局鮎香ちゃんとはあんまり一緒に過ごせなかったなぁ」
その一言に皆が笑う。
「結衣花ちゃんはいっつも鮎香ちゃんにべったりなんでしょ? たまには鮎香ちゃんゆっくりさせないと」
「そうよ結衣花。北條の事も少しは考えなさい」
千里さんと松雪さんの言葉にいつもの反論をする結衣花ちゃん。只その様子をみんなが微笑ましく思っているようだ。
「蒼依さん。体を癒やすためにもしっかり食べてくださいね」
私はそう言って空になっていた蒼依さんの取り皿に、鍋の料理を数品よそる。
「ありがとうございます。北條さん」
そう言って微笑む彼女。その表情を見る限り、ほぼ問題なく回復しているようでホッとした。
それからしばらく夕飯を食べながら、皆と普段は出来ないようなたわいもない話や女子トークに花を咲かせながら夜が過ぎていった。普段AMGEとして教会の職務に就いている私達は、基本的にペアで動いている事からこういう機会はあまり無い。こういった場を作ってくれた真由様や上條聖司祭、佐藤聖司祭に心から感謝したい。
ただ、横目でときおり蒼依さんを見るが、あまり積極的に会話に参加していないように思える。大人しい性格だからこれが彼女の普通なのかもしれないが……。
「そういえば、明日東京に戻るけど16時に招集だとキツそうね」
千里さんがふとそんなことを言い出す。スマートホンを確認すると、私にも16時に教会からの招集がかかっている。結衣花ちゃんも同じようだ。
「二泊三日の旅行なら明日まで職務は無しにしてもらいたいけど……」
スマートホンを見ながらため息交じりの松雪さん。
「蒼依。明日の招集大丈夫かしら? まだ体調が優れないなら、あまり無理は良くないわよ」
「…………」
松雪さんの言葉に、蒼依さんが黙り込む……。
「蒼依、どうしたの……?」
「ごめんなさい…… 私はもう、AMGEとして皆さんと共に戦う資格が無いと、思っています……」
蒼依さんが発したその言葉に、全員が沈黙した……。
ある程度覚悟はしていたが、実際に本人の言葉をきくと、胸が締め付けられるように辛くなる……。
『啓ちゃんは、唯一の親友でした…… 一緒に泣いて笑って…… 二人で励まし合って…… 一緒にアルサード女学院へ通うことを夢見ていました…… それなのに……』
蒼依さんは、ずっとそれが心の傷として残っている。共にアルサード女学院へ通うことを夢見て、励まし合ってきた親友……。
だけど選ばれたのは彼女だけ。その親友は今どうしているかは分からないけど、経緯を考えれば蒼依さんの元から去って行ったのだろう。私が仮に同じ立場なら、誰もいないところへ逃げ出してしまいたくなる……。
「蒼依………… どういう事なの?」
沈黙を破ったのは松雪さんだった。
「その…… 色々と考えたんです。私は今現在、AMGE第二位として任に就いていますが、松雪さんの仰るとおり、誇りあるAMGE第二位には相応しくない…… それは前から分かっていたんです……」
俯き、蒼依さんは言葉を続ける。
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