2 / 13
【 第1話: おばけが出た 】
しおりを挟む
『ガチャ』
『キィ~』
「ここになります。相場さん」
「こ、ここですか……」
「まあ、古いですが、全然住めますよ。痛んでいるところはありますので、その分お安いお値段にしてあります」
「そうですか……」
僕は、両親と離れて初めて一人暮らしをする。
大学受験に失敗し、働くことになったのだが、東京の郊外にあるこのかなり古い団地に引っ越すことになった。
当然、お金もないため、一番値段の安かった9階の9号室。
そう、一番みんなが嫌う数字が並ぶ、『909号室』がこの部屋だ。
さすがに人気がないため、この部屋だけ異常なまでに安い値段が付けられていた。
「じゃあ、鍵はこれね。あと、何か分からないことがあったら電話して下さい。それじゃ、私はこれで」
「ありがとうございました……。ふぅ~」
改めてこの部屋の中を見渡すと、やはり、値段相応の部屋だということが分かる。
床板は色褪せたわみ、ギシギシと音を立て、壁は黄色く変色し、所々剥がれ落ちている。
天井は色々な模様が浮き出すかのように、不気味な謎の染みがいくつもある。
キッチンのシンクは長年の汚れがへばり付き、浴槽はあるものの劣化が激しく表面がザラザラしていた。
トイレも付いてはいるが、便器のフタが無く、便座も少し割れ、臭いも激しい。
部屋の電気を点けると、昔ながらの蛍光灯が『バチッバチッ』っと、半分切れかかっている。
僕はこれから、ずっとここに住んで働くのかと、希望とはとても縁遠い、むしろ絶望の気持ちに苛まれていた。
『パリンッ!』
引越しの片付けをしていた時、実家から一つしか持って来なかった茶碗をいきなり割ってしまった。
その茶碗の破片を片付けていると、「痛っ」……。
僕は指を切って血が出てしまった。
「くそっ、ティッシュはどこにあったかな……。あれっ? 無い……」
僕はティッシュを実家に置いてきてしまったことに気付く。
台所へ行き、水で血を洗い流すと、シンクの排水溝の中から、『ゴボゴボゴボ……』っと、妙な音がした後、水が完全に流れなくなってしまった。
――引越しの後片付けが終わる頃には、すっかり夜になっていた。
僕は、部屋のカーテンを閉めようとしたのだが、カーテンは所々破れていて穴が開いている。
しかも、カーテンを完全に閉め切ることが出来ず、おまけに長さも短く、湿った臭いが染み付いていた。
こんな場所で暮らして行くことに、僕は不安と絶望感でいっぱいだった。
そんな時、ふと古く薄汚れた壁と柱の間に、わずかに隙間があるのに気付いた。
その隙間をよく見ると、何かノートらしきものが挟まっているのが見える。
前の住人か、そのまた前の住人のものかと思ったが、その時は、さほど気にも留めなかった。
食事はカップラーメンを食べて、あまり温かくならないザラザラしたお風呂に入り、ふとんを床に敷き、疲れた体をゴロンと横たえた。
しばらく、ボーッと今日の冴えない一日の出来事を思い出していると、先ほどの壁と柱の間に挟まっているノートのことがまた目に留まる。
僕は、そのノートが誰のものなのか、気になり始めていた。
「そうだ。ひょっとすると、箸でそのノートが取り出せるかも……」
先ほどカップラーメンを食べた割り箸で、その挟まっているノートを取ろうとした。
しかし、割り箸ではノートをこちら側へ引き抜くことは、なかなか出来ない。
「くそっ、出てこないな。割り箸では、ダメか……。あっ、そう言えば……」
そこで、実家から針金ハンガーを持って来ていることに気付き、それを細長く伸ばし、フック部分をノートに引っ掛けて取り出そうとした。
「もう少し……、よしっ! 行けるぞ……。と、取れた!」
取り出したノートは、かなり古いものだと一目で分かる。
買った時には、クリーム色の背景に、赤色のラインが入った綺麗なノートだったと思うが、色は変色し、湿気を吸って染みも所々ある、最近見かけないデザインの古いノートだ。
表には、綺麗な文字で『日記』と書かれていた。
人の日記なんて、見てはいけないと思ったが、この部屋には自分以外誰もいない。
だからこの日記を見たって、何の問題はないと、僕はそのノートの1ページ目を開いて見てみたんだ。
その日記には、『昭和42年4月2日 日曜日』の日付から書かれていた。
僕は、日記の内容を見てしまうことに、少し罪悪感を覚えながらも、内容が気になりそれを読んでみた。
『今日は、この団地に引越してきたお祝いの日! とても綺麗で一人暮らしの私にはもったいないくらい!』
――という書き出しで始まっていた。
『明日から始まる初めてのお仕事にワクワクが押さえ切れない! 早く職場の人たちと仲良くなって、楽しく働くぞーっ!』
それは、今の僕とは全く正反対の気持ちが綴られている内容の日記だった。
文面から想像すると、この日記の持ち主は、僕と同じくらいの歳の女性じゃないかと思う。
『今日は、引越しのご褒美に、デザートのプリンを作って食べました! おいしかったーっ! プリン最高ーっ!』
その日記の内容から、とても前向きで明るい性格の女性だと思われた。
読み進めると、あまり大した内容のある話ではなかったが、その女性の性格や生活ぶりが如実に現れた中身だった。
僕はその1日目の日記を読み終えると、今日の引越しで疲れていたのか、知らない間に電気を点けたまま眠ってしまっていた。
――深夜になり、何か隣で人の気配を感じて目を開けると、そこには何と……、
『おばけ』がいた……。
「ぎゃぁーーーー!! お、お、おばけが出たぁーーーー!!」
僕は思わず、部屋の隅まで逃げると、その『おばけ』は透き通った体で、こう言う。
「そんなに、ビックリしないで」
「お、お、おばけがしゃ、しゃべったぁーーーー!!」
おばけって、しゃべれるんだっけ……?
「そんなに大きな声を出したら、ご近所さんに迷惑よ」
「な、な、何で……、ぼ、僕の部屋におばけが出るんだよぉ~……」
「うふふっ、だって、あなた私の日記を読んだでしょ?」
「え、えっ? に、日記……?」
このおばけは、妙なことを言う……。
「そう。そこにある日記」
「よ、読んだけど……、でも何で読んだらおばけが出るんだよ……」
「あなたが、壁の間に挟まっている私を助けてくれたから、ようやく外の世界へ出ることができたの」
「えっ? た、助けた……?」
全然、意味が分からない……。
「そう。あそこの狭い暗い壁の世界から、あなたが助けてくれたのよ」
「な、何だかよく分からないけど……。君は僕を殺そうとしたり、変な呪いとかかけちゃったりしない……?」
「そんなの、しないから安心して。むしろ、助けてもらったから恩返しをしたいくらいよ」
「お、恩返し……?」
「そう、恩返ししてあげる」
僕はそんな不思議な『おばけ』と、人生生まれて初めて、会話というものをしてしまった……。
『キィ~』
「ここになります。相場さん」
「こ、ここですか……」
「まあ、古いですが、全然住めますよ。痛んでいるところはありますので、その分お安いお値段にしてあります」
「そうですか……」
僕は、両親と離れて初めて一人暮らしをする。
大学受験に失敗し、働くことになったのだが、東京の郊外にあるこのかなり古い団地に引っ越すことになった。
当然、お金もないため、一番値段の安かった9階の9号室。
そう、一番みんなが嫌う数字が並ぶ、『909号室』がこの部屋だ。
さすがに人気がないため、この部屋だけ異常なまでに安い値段が付けられていた。
「じゃあ、鍵はこれね。あと、何か分からないことがあったら電話して下さい。それじゃ、私はこれで」
「ありがとうございました……。ふぅ~」
改めてこの部屋の中を見渡すと、やはり、値段相応の部屋だということが分かる。
床板は色褪せたわみ、ギシギシと音を立て、壁は黄色く変色し、所々剥がれ落ちている。
天井は色々な模様が浮き出すかのように、不気味な謎の染みがいくつもある。
キッチンのシンクは長年の汚れがへばり付き、浴槽はあるものの劣化が激しく表面がザラザラしていた。
トイレも付いてはいるが、便器のフタが無く、便座も少し割れ、臭いも激しい。
部屋の電気を点けると、昔ながらの蛍光灯が『バチッバチッ』っと、半分切れかかっている。
僕はこれから、ずっとここに住んで働くのかと、希望とはとても縁遠い、むしろ絶望の気持ちに苛まれていた。
『パリンッ!』
引越しの片付けをしていた時、実家から一つしか持って来なかった茶碗をいきなり割ってしまった。
その茶碗の破片を片付けていると、「痛っ」……。
僕は指を切って血が出てしまった。
「くそっ、ティッシュはどこにあったかな……。あれっ? 無い……」
僕はティッシュを実家に置いてきてしまったことに気付く。
台所へ行き、水で血を洗い流すと、シンクの排水溝の中から、『ゴボゴボゴボ……』っと、妙な音がした後、水が完全に流れなくなってしまった。
――引越しの後片付けが終わる頃には、すっかり夜になっていた。
僕は、部屋のカーテンを閉めようとしたのだが、カーテンは所々破れていて穴が開いている。
しかも、カーテンを完全に閉め切ることが出来ず、おまけに長さも短く、湿った臭いが染み付いていた。
こんな場所で暮らして行くことに、僕は不安と絶望感でいっぱいだった。
そんな時、ふと古く薄汚れた壁と柱の間に、わずかに隙間があるのに気付いた。
その隙間をよく見ると、何かノートらしきものが挟まっているのが見える。
前の住人か、そのまた前の住人のものかと思ったが、その時は、さほど気にも留めなかった。
食事はカップラーメンを食べて、あまり温かくならないザラザラしたお風呂に入り、ふとんを床に敷き、疲れた体をゴロンと横たえた。
しばらく、ボーッと今日の冴えない一日の出来事を思い出していると、先ほどの壁と柱の間に挟まっているノートのことがまた目に留まる。
僕は、そのノートが誰のものなのか、気になり始めていた。
「そうだ。ひょっとすると、箸でそのノートが取り出せるかも……」
先ほどカップラーメンを食べた割り箸で、その挟まっているノートを取ろうとした。
しかし、割り箸ではノートをこちら側へ引き抜くことは、なかなか出来ない。
「くそっ、出てこないな。割り箸では、ダメか……。あっ、そう言えば……」
そこで、実家から針金ハンガーを持って来ていることに気付き、それを細長く伸ばし、フック部分をノートに引っ掛けて取り出そうとした。
「もう少し……、よしっ! 行けるぞ……。と、取れた!」
取り出したノートは、かなり古いものだと一目で分かる。
買った時には、クリーム色の背景に、赤色のラインが入った綺麗なノートだったと思うが、色は変色し、湿気を吸って染みも所々ある、最近見かけないデザインの古いノートだ。
表には、綺麗な文字で『日記』と書かれていた。
人の日記なんて、見てはいけないと思ったが、この部屋には自分以外誰もいない。
だからこの日記を見たって、何の問題はないと、僕はそのノートの1ページ目を開いて見てみたんだ。
その日記には、『昭和42年4月2日 日曜日』の日付から書かれていた。
僕は、日記の内容を見てしまうことに、少し罪悪感を覚えながらも、内容が気になりそれを読んでみた。
『今日は、この団地に引越してきたお祝いの日! とても綺麗で一人暮らしの私にはもったいないくらい!』
――という書き出しで始まっていた。
『明日から始まる初めてのお仕事にワクワクが押さえ切れない! 早く職場の人たちと仲良くなって、楽しく働くぞーっ!』
それは、今の僕とは全く正反対の気持ちが綴られている内容の日記だった。
文面から想像すると、この日記の持ち主は、僕と同じくらいの歳の女性じゃないかと思う。
『今日は、引越しのご褒美に、デザートのプリンを作って食べました! おいしかったーっ! プリン最高ーっ!』
その日記の内容から、とても前向きで明るい性格の女性だと思われた。
読み進めると、あまり大した内容のある話ではなかったが、その女性の性格や生活ぶりが如実に現れた中身だった。
僕はその1日目の日記を読み終えると、今日の引越しで疲れていたのか、知らない間に電気を点けたまま眠ってしまっていた。
――深夜になり、何か隣で人の気配を感じて目を開けると、そこには何と……、
『おばけ』がいた……。
「ぎゃぁーーーー!! お、お、おばけが出たぁーーーー!!」
僕は思わず、部屋の隅まで逃げると、その『おばけ』は透き通った体で、こう言う。
「そんなに、ビックリしないで」
「お、お、おばけがしゃ、しゃべったぁーーーー!!」
おばけって、しゃべれるんだっけ……?
「そんなに大きな声を出したら、ご近所さんに迷惑よ」
「な、な、何で……、ぼ、僕の部屋におばけが出るんだよぉ~……」
「うふふっ、だって、あなた私の日記を読んだでしょ?」
「え、えっ? に、日記……?」
このおばけは、妙なことを言う……。
「そう。そこにある日記」
「よ、読んだけど……、でも何で読んだらおばけが出るんだよ……」
「あなたが、壁の間に挟まっている私を助けてくれたから、ようやく外の世界へ出ることができたの」
「えっ? た、助けた……?」
全然、意味が分からない……。
「そう。あそこの狭い暗い壁の世界から、あなたが助けてくれたのよ」
「な、何だかよく分からないけど……。君は僕を殺そうとしたり、変な呪いとかかけちゃったりしない……?」
「そんなの、しないから安心して。むしろ、助けてもらったから恩返しをしたいくらいよ」
「お、恩返し……?」
「そう、恩返ししてあげる」
僕はそんな不思議な『おばけ』と、人生生まれて初めて、会話というものをしてしまった……。
0
あなたにおすすめの小説
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる